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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋
第2章 激流と雷の支配者

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気の利く部下はあらまほしきことなり

 昨夜、晴れすぎて冷え込んだ朝の空気が、明るい陽射しに緩んでいく。

 朝早くトリル村を出た派遣隊は、一路、目的地のフォス村へと向かっていた。


「あ、道祖柱(ルマ)かな」

「どれどれ? なんだ、ただの古い切り株じゃないか」

「ちぇ~、休憩はまだか~」


 ディックとボーは今日は馬車から降りて、荷馬車の横を歩いていた。トリルからフォスに帰る村人などが合流した結果、派遣隊の荷馬車は徒歩の人々に合わせたゆっくりしたペースで進んでいる。

 黒騎士も、これまでのように箱馬車には籠らずに、今日は馬上にいた。

 村を出発するときは、虚空から現れた黒い装甲の立派な馬……月魄(つきしろ)号に乗っていたのだが、今は護衛用の普通の馬に騎乗していた。派遣隊の荷馬車の歩みが遅すぎて、月魄がたちまち機嫌を悪くしたからだ。

 とろとろ歩くのが面倒になった月魄は、その場にいた馬の中で一番ましな軍用馬だったラリーの馬に近づくと、鼻息一つで"お前に任せた"と偉そうに命じ、黒騎士を押し付けてさっさと虚空に帰ってしまった。

 いくら黒騎士が中身のない鎧だけで軽いとは言っても、二人乗りするわけにはいかない。やむなくラリーは黒騎士に馬を譲り、自分は箱馬車に乗った。


 これで得をしたのはローガンだった。


 この辺りの出身で、おばあちゃんっ子だったらしいラリーは、ここの伝承をよく知っていた。領主館で斥候を任されているだけあって目端が利くラリーは物をよく見ていて記憶力もよかった。ローガンは次々と質問しては、ラリーが覚えている”おばあちゃんの昔話”を教えてもらった。


「その黒い杖を持った老人はさっきの話にも出ていましたね」

「混ざったり、使いまわしたりしているところはあるでしょうね。暇なときにばあちゃんが語って聞かせる話なので本に書かれているわけでもないんです」

「非常に面白い。よく考えたら、君は領主館にいたんだから、もっと早くから君から話を聞けばよかった」

「そういえば、この後一緒に帰るんですから、僕からじゃなくてここの人から話を聞いた方がよいんじゃないですか?」


 ラリーは「護衛の僕が隣にいるから問題ない」という綺麗な建前を用意してから、本来は身元が良くわかっていないものを不用意に乗せてはいけない規則の馬車に、交代で村人を2名ずつ呼んだ。

 ひたすら歩くか、ガタつく荷馬車に揺られるかしかなかった者達は、貴族用の乗り心地の良い馬車に順番に乗れると聞いて喜んだ。トリル村に馬小屋を見に行っていた者の中には、腰や膝のあまり丈夫でない年寄りや持久力のない女性もいたからだ。彼らは喜んでローガンに村に伝わる面白い話や変な噂を語り、ローガンに新しい作物の育て方や食べ方を質問した。


 もちろん、村人たちは王都の貴族と話したことなど一度もなく、要点を絞って要領よく話すことはおろか、筋の通った話をすることすらおぼつかない無教養な田舎者が多かった。皆、最初は緊張してしどろもどろな上に、前提とする村の知識がローガンにないことを全く考慮せずに、田舎言葉丸出しで話した。


「ユン坊がまだこんまいときに石洗いのじっちゃんちのケケボを持ち出して、えーれぇ叱られたんだけんども、そんとき、たまたま草むらからしらんじゃが出たっちゅうんでこりゃ棒打ちまではせんでもええかねっちゅうことになったんだが、後から聞いたら、ケノっ子がおととの下履きを草むらに置いて、"しらんじゃじゃ!"言うて騒いで見せただけっちゅう話だったんじゃ」

「…………なるほど?」


 一番わかりやすくて簡潔な話でもこのありさまだったので、見かねたラリーが間に入った。


「ローガン様、よろしければ補足説明をしますよ」

「頼む」

「ケケボというのは村の祭事に使う道具なんです」

「なんじゃ、このセンセはケケボも知らんのか。長くてようけ毛の付いたアレじゃ」

「ほう。さては毛々棒(ケケボ)の意味ですか。面白い呼び名ですね。というと"しらんじゃ"は?」

「しらんじゃはしらんじゃじゃ。そんなもんも知らんじゃ真っ黒じゃのう」

「ローガン様、"しらんじゃ"というのは、白い蛇のことです。村では豊作の吉兆です」

「そうか。死と生命をつかさどる幻獣伝承のうち生育と繁殖を象徴する蛇ですね! 死と再生を象徴する鳳雷鳥と、長寿と不死を象徴する亀と共に、北方の説話によく残っているシンボルです」

「このセンセは、よおわからんことを言うお人じゃな。話がさっぱり真っ黒じゃ」


 ラリーの"通訳"は必須だった。



 §§§



「今頃、どのあたりかしらね」


 私は、軽く目を通していた書物を閉じて、鎧戸を開けた窓の向こうの遠い山々に目をやった。朝方はひどく冷え込んだが、このところ日中の日差しは柔らかくなった。今時分の外気はひんやり心地よくて、疲れた頭にちょうど良い。荷馬車で街道を旅するにも良い天気だろう。

 胸元にそっと手を当てて、あの方の無事を祈る。黒騎士人形が私の想いを青空の彼方に伝えてくれる。


「予定では夕刻にフォスに到着ですから、フォスの手前6リード程の頃合いでしょう」


 老グレンは日の高さも見ずにそう即答した。さすが、規則正しく日常業務をこなしている家宰は時間の感覚がしっかりしている。うっかり調べものに熱中してしまっていた私は、夕刻までにしておかねばならない用事を思い出して、資料を棚に戻した。


「承認が必要な案件が溜まっているでしょう。持ってきて」

「はい。ただいまご用意いたします。奥様にはその間にホールの内装の状態をご確認いただきたく」


 領主代理の検印用の印章を用意しかけていた私は、グレンに言われて執務室を出た。うちの使用人は、どうも私が机仕事を長時間ぶっ続けで行うのをよしとしない。王都の学院時代には朝から晩まで研究漬けなんてことは普通だったし、徹夜も当たり前だったが、バロールではそういうのはよろしくないとみなされるらしい。……燈明代が馬鹿にならないという切実な理由が一番大きいのだろう。今度、執務にちょうどいい明かりを長時間ローコストで灯し続けられる魔導的な術式ができないか考えてみよう。


 大階段を下りながら吹き抜けのホールの状態をチェックする。

 先日、グレンが年甲斐もなくここで勇者の従者と大立ち回りをやったので、片付けのついでに大掃除を命じたのだ。


「綺麗になったわね」


 埃と油煙でくすんでいたせいで全体に重苦しい雰囲気があったホールは、多少は往年の美しさを取り戻していた。様式が様式だから"華やか"にはならないが、物は良いので重厚な品格がある。客など来ないからとホールや客間の維持にかける手間をよそに回していたせいで、このところ廃墟の古城めいていたが、こうしてきちんとすると、この領主館はとても良いところだと感心する。

 グレンが物を壊さないように手加減してくれたのは本当に良かった。ここにあるものを壊されたら今のバロールの財政状況では、とてもではないが修繕できない。


 私は、磨かれて飾り台の上に置かれた大きな壷の見事さにうっとりし、傾いていたり落っこちていたりした狩猟の獲物の角などの装飾類やタペストリーが、歪みなく適切に飾られているのを確認した。

 くすみ切っていたタペストリーも、ざぶざぶ洗ったわけではないだろうが丁寧にほこりを払われて柄がよくわかるようになっている。客間のもそうだが、ここのタペストリーはしっかりした良いものが揃っている。こうしてあらためて見てみると、細かく織り込まれた柄はこの土地の古い伝承や風俗を表していて非常に興味深い。


「ああ、これは……ふーん、そうだったんだ。とすると……」


 興が乗った私は客間のタペストリーも見に行って、ついでに館内に他にも同時代のタペストリーはないかと探しに行こうとしかけた。


「奥様、執務のご準備ができました」

「わかりました」


 老グレンは、興味のままにウロチョロする主人に仕事をさせるのが本当にうまいと、私は感心しながら執務室に戻った。

オマケです。村人の話現代語訳

ーー

ユン坊がまだこんまいときに石洗いのじっちゃんちのケケボを持ち出して、えーれぇ叱られたんだけんども、そんとき、たまたま草むらからしらんじゃが出たっちゅうんでこりゃ棒打ちまではせんでもええかねっちゅうことになったんだが、後から聞いたら、ケノっ子がおととの下履きを草むらに置いて、"しらんじゃじゃ!"言うて騒いで見せただけっちゅう話だったんじゃ

ユン少年がまだ小さいころに、[石洗い]の爺さんの家の祭器を持ち出して、とても強く叱られたが、その時偶然草むらから白蛇が出たというので、「これは(吉兆だから)棒で打つ刑罰は免除してよいということになったのだが、後から聞いた話では、ケノという娘が弟の下着を草むらに置いて「白蛇だよ!」と言って騒いでみせ(てユン少年を助け)ただけだったという話だったよ。

ーー


ラリーお疲れ様!

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― 新着の感想 ―
通訳は必須ですが、それよりもラリーさんは、軍に入って標準語を覚えたんですね!? 軍に入って新しいことを覚える、に加えて、言葉の習得も同時にしていたスーパーマンでしたか。まあ、相手の言葉が分からないと、…
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