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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋
第2章 激流と雷の支配者

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温かい差し入れ

 トリル村に張られた軍用天幕の前で、ローガンは篝火(かがりび)に当たりながら村長らの相談にのっていた。


 派遣隊の男達が手際よく木を組んで作った篝火は、歓談する人々を赤々と照らしている。貯木場で、建築用ではなさそうな歪で細い間伐材を何本も荷馬車に積んでいるのはなぜかと思ったら、このような時に使う薪用だったらしい。

 ローガンは派遣隊に同行するのは初めてだったが、他の者達が慣れた様子でどんどんやってくれるので、その手の実務作業はほとんど差配する必要はなく、村民達と話をすることに専念できていた。


「おかげさまで冬の作業も余裕をもって進められまして、この冬は麻仕事をする時間も十分に取れました」

「それはよかった。道具は足りていますか?」

「はい。以前、領主様に送っていただいた道具一式を見本にして、数を増やして皆で使っちょります」


 亜麻の繊維の打ちほぐし(スカッチング)用のボードなどの単純な道具は、簡単に自作できたのだが、梳き(ハックリング)作業のための梳き櫛(ハックル)は、村の鍛冶屋では櫛の歯の鉄針を作るのも木の板に刺すのも綺麗にやるのが難しくて、なかなか数が揃えられなかったのだそうだ。それが馬のために来てくれた鍛冶屋と大工が皆の分を作ってくれたらしい。

 道具が良くなったおかげで作業が楽になり、この冬は女性や年寄り総出で亜麻を梳いているという。


「良い糸が十分にできれば、この春には村の若い者に新しい布で服を作ってやれます」


 ローガンはしみじみと肯いた。伝えた知恵が顔の見える相手の幸せにつながったのを見るのが、これほど胸が温かくなるものだとは、彼はこれまで知らなかった。

 彼は村長に、亜麻を育てる場所は毎年変えて3年は同じ場所では育てずに土を休ませた方が良いと助言し、空いた畑には冬にも豆を植えればよいと提案した。


「豆を冬越しさせるのですか」

「寒さに強い豆なら幼苗の状態で冬が越せます。ただし玉葱ほど強くはないので色々と気を付けることはあります」


 村長は後で若いものを呼ぶので詳しい話を、とローガンに頼んだ。詳細な注意事項は又聞きよりも実際に行う者が聴く方が確かだ。

 村長は年寄りの自分は新しいことをなかなか覚えられないが、新しいことが入ってくるのは良いことだと笑った。


「玉葱はいいですな。あれは旨い。今年は馬もいるので玉葱や蕪の作付けももう少しずつ増やしたいと思っちょります」

「重い野菜や、深くまで耕す必要のある芋や根菜も作れるようになりますから、いろいろ試してみてください。玉菜(キャベツ)拳芋(こぶしいも)以外にも今回持ってきた黒長根(くろながね)も美味しくて保管が効きますから」

「ありがとうございます。毎日毎日、羊豆の粥と無萎花莧(アカヒユ)ばかりだった飯が最近少し違うものが出てくるようになりました。慣れないうちは奇妙な感じがしますが、祭りでもないのに食卓に昨日と違うものが出てくるというのは、あれでなかなか楽しいものですなぁ」


 村長はローガンに子豚の礼をいい、できることなら山羊や羊も少しずつ飼う頭数を増やしたいと言った。


「どうも少し豊かになると人間、欲が出るものでしてな。村のもんの顔つきが明るくなっていくのを見ると、もっとええ暮らしをさせてやりたいと思ってしまうもんです」


 村長は「うちの家内も、もういい歳でそろそろ寒さが辛そうでしてな」と言い添えて、今は亜麻の服ももう何年も作ってやれていないが、そのうち毛織の肩掛けなんぞを着せてやれたらと望んでしまう……とこっそり打ち明けた。


「素晴らしいことですよ。バロールの方は皆、強く健やかでたくましいと思います」

「はっはっは。特にかかぁどもは強いですな」


 笑う村長を、木の器を持ってやってきた夫人が小突いた。


「なにをバカなことを言ってるんだい、お偉い方の前で恥ずかしい。すみませんねぇ、いつもしょうもないことばっかり言ってるんですよ、ほんとにもう」

「おいおい、領主館から来た都の偉い先生の前でそういうことは言わないでくれよ」

「なんだい、見栄を張りたいならしゃんとおしよ。ほら、これ」

「なんだい」

「領主様が送ってくださった新しい野菜だそうだよ。白くてきれいだろう。こっちが生で、こっちは薄切りを塩漬けにしたもんなんだってさ」

「ほおう」


 村長は夫人の持ってきた器の中をしげしげと物珍しそうに見てから、一切れずつ食べた。


「ああ、それが先ほど言っていた黒長根です。蕪と同じように冬に植えて今時分に収穫できますし日持ちもいいですよ」

「なるほど生の方はピリッと辛いですが水気とほんのりとした甘みがあって、塩漬けはなかなかいける」

「大した量ではないですが荷車に積んできましたので皆さんで試食してください。塩漬けがお好みならこちらで少し漬けてみてもいい」


 試せるだけの塩は十分にあるかと尋ねると、村長はちょうど塩売りがやってきていると答えた。


「塩売りですか。この辺りに来るというと王都の商人ですか?」

「いえ、王都からは戦争が始まってからろくに人が来なくなりましたなぁ」


 今、村にいるのはトールスから山塩を売りに来た男だと村長は答えた。


「塩漬けを試すならもう少し買ってやってもいいですな。山の民なのかずいぶん背の高い男ですよ……ああ、あそこにいる」


 たしかに背の高い男が一人、篝火から遠いところにいる。

 だが、ローガンはその男よりも、そのすぐ後ろからやってくる一行に意識を持っていかれた。


「(なにをやっているんですか、黒騎士殿?!)」


 三々五々集まって立ち話をしている人々に「ちょっと通らせてくださいよ」という感じの身振りで頼み込みながら、人垣を分けている大男の後ろには、漆黒の鎧の騎士がいた。その手元からは何やら湯気が上がっていて……。


「はーい、大鍋が通りまーす」

「熱いから道開けてくださーい」


 黒騎士の両脇では、従者のディックとボーが大鍋用の柄杓(ひしゃく)をカンカン打ち合わせながら声を張っている。よく見ると黒騎士は軍や祭りで使うような炊き出しの大鍋を一人で持っていた。しかも、鍋が熱いからなのか、その手には例の大きな革のミトンをはめている。


 ローガンは村長に「ちょっと失礼」とことわって、速足で彼らの方に向かった。



 §§§



「いやぁ、この領主様からの差し入れは、たいそう旨いですなぁ」

「こんなええもんは村じゃ秋の祭りでも食えねぇよ」

「そら、領主様ンとこじゃ、ええ材料使って、腕のええ料理人様が作ってらっしゃるからな」

「なんの。中身の具がおらが村でも採れるようになりゃ、うちのかかならこんくらい作る」

「またおめぇは嫁自慢か」

「はは、そんじゃ、おめぇは嫁っ子さの飯を食うために畑がんばらねば」

「味を教えるためによぉけ食うておこう」

「かき込むな、あほう。味わって食え」

「まっこと寿命が延びるような、ええ味じゃて」

「これまでも日持ちのするもんを差し入れてくださったことはあったが、こげに(ぬく)い煮込みをいただいたのは初めてだなぁ」


「それはこの偉大な魔導騎士である黒騎士様のご尽力によるものです!」


 きっぱりと胸を張って爽やかに言い切った金髪の若い護衛の言葉に、村人たちは皆「ありがてぇこってす」「そいつはてぇしたものだ」とてんでに礼と賛辞を口にした。


「そうそう。黒さんはすごいんだよ」

「というわけで、まだまだあるぞぉ。並んで並んで。食べてない人が優先な」


 ディックとボーは、急いで用意された台に置かれた大鍋から熱々の煮込みを村人によそってあげた。その後ろで満足げに立っている黒騎士を村人たちは畏怖ではなく感嘆の眼差しで眺め「さすがヴィクトリア様んとこの騎士様だ」、「こったら大鍋を一人で持てる大力な上に、魔導の術まで使えるとは」と称えた。


「ふうむ……たしかに変に隠すよりも、こうして周知してしまった方が良いですね」

「あの方は本人としては大人しくしているつもりでも結局目立ってしまいますから」


 隠せば怪しくなるが、ああして表に出せば本人の醸し出す雰囲気のためか座が和む。何かと迷信深いはずの田舎の村人でさえ誰一人怖がらない。


「人徳という言葉が当てはまるのか、よくわからないんですが、なんか傍にいると理由(わけ)もなく、"ああ、もう全部大丈夫なんだ"っていう謎の安心感を感じますよね」


 ローガンはラリーの言葉に「なるほど」と肯いた。


「僕なんかは、彼を見ているとそのうち、"大丈夫なのか?"って不安になってくるんですけれど」


 ローガンはラリーの言葉にもう一度「なるほど」と肯いた。


 ラリーの報告によると、日の入りの頃に突然姿を消した黒騎士は一刻ほどのちに、また突然、鍋を持って戻ってきたらしい。ディックとボーの証言では黒騎士は昨日も夕刻に一時的に姿を消しており、どうやら毎日領主館に戻っているらしいとのことだった。


「ヴィクトリア様の署名のある書付を預っています。こちらがローガン様宛てです」


 渡された紙片にはたしかにヴィクトリアの筆跡で”美味しい煮込み料理をたくさん作ったからみんなで分けてね”と書いてあった。その下には館の料理長が書いたと思しきレシピがある。

 ローガンはレシピの下にもヴィクトリアのメモ書きがあるのに気づいて丸眼鏡の奥の目を凝らした。


「なになに……”追伸1:大鍋は使い終わったら洗わずに、蓋をしていない状態で黒騎士に渡すこと"? いくら何でも黒騎士殿に鍋を洗わせるわけにはいかないぞ」

「いえ、たぶんそれは黒騎士殿が魔導の術で鍋を館に持ち帰ってくださるということかと」


 ローガンはラリーの顔を見た。言っている本人も当惑気味であることを確認して安心する。


「あの方にそんな給仕の下働きのようなことをさせてよいのだろうか」

「たぶんご本人は気にしなさそうですね……」


 羊豆や冬野菜と一緒に肉もたっぷり入った濃厚な煮込み料理を頬張ってにこにこしている村人らの間で、鷹揚に肯いている黒騎士は、冷たく厳つい戦場用の鎧なのにもかかわらず、とても親しみ深く優しげに見えた。


「それが追伸1ということは追伸2があるのですか?」


 ローガンは黙って、ラリーに紙片を見せた。

 紙片には追伸2として一言が添えられていた。


 "これぐらい毎年どの村でも食べられるようにしようね!"


はい、奥様(ヤーフラー)


 かちんと踵を打ち鳴らして、正規の拝命の礼を取った若い兵士の横で、ローガンは深く肯いた。

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― 新着の感想 ―
 このところ、更新のたびに最後の数行に泣かされてる気がする。今日も  "これぐらい毎年どの村でも食べられるようにしようね!"  「はい、奥様ヤーフラー」 のところで、うるっと……。 やぁね〜、歳取ると…
もう一度「なるほど」、もう一度←! 良かった、黒騎士様が受け入れられてる。何気ない普通の生活の描写なのに、差し入れの暖かさが心にも沁みます。黒騎士様に下働きをさせていいのか、と迷うのも当然ですが。そう…
鎧様に触れる機会の少ない人は頼りがいにやられて、身近に接する人は危なっかしさにやられるわけですね。 やーん、鎧様が魅力的すぎますー。 何かの拍子にアレがご領主様だと知ったら村のみんなは驚くでしょうね。…
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