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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋
第2章 激流と雷の支配者

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お願いされたらやるしかない、善意だったら汲むしかない

 トリル村は、今回の目的地のフォス村に先だって馬が導入された村だ。

 今回の派遣隊の代表を務めるローガンは、トリルの村長に案内されて馬小屋にやってきた。


「こちらです。まっこと領主様のご助力で、こったらええもんが建ちまして」


 この前の秋口に建てられたという馬小屋は、片流れ屋根で木造土壁の小さなつましい小屋だった。王都の貴族だったローガンの知っている厩舎とは比べものにならない粗末なしろものである。それでも馬房は10頭は入れるという話で、大きな給水桶もあった。その一角は、飼料小屋や馬具の整備用の屋根付きの作業場まで、必要なものは一通り十分に揃っている馬の飼育施設として整備されていた。


「立派なものですね。この土地らしくしっかり工夫されていて、よく手入れして使われている」


 馬小屋の北側の壁には風よけと保温のために土が盛られている。よく見れば、板張りや石積みの隙間にもコケや土が詰められていた。中で冬を過ごす馬への心配りがしのばれる小屋だと、ローガンは思った。

 村長は恐縮しながらも誇らしそうに、近隣の村から皆よく見学に来るのだと自慢した。


「今日は領主様のところから皆様がいらっしゃるちゅうんで、近在の者にも声をかけてあります。かねてから馬のことに興味があるちゅうとったもんは皆、来ちょります」


 なるほど、馬小屋の周りには大勢の人が集まっていた。

 トリルや周辺の村から来ている者達なのだろう。荷車と一緒に領主館から派遣されてきた親方連中とワイワイ賑やかに歓談している。皆、熱心で真剣な面持ちだ。腕の良い大工や馬丁、馬具の職人などから直接話を聞ける機会は田舎ではなかなかない。

 村長の話ではこれから行くフォス村からも何人か来ているのだそうだ。トリル村には馬の導入時からこの数か月とどまって技術指導をしていた者達もいて、彼らは今回フォスに移動するのだが、それに先立って、フォス村の実動部隊の者達とここで事前に打ち合わせをする予定らしい。フォスで建てる馬小屋とはいかなるもので、馬というのはどのように世話をして、どんな仕事に使うのかを実物を見ながら話をしたいということだろう。


「(ヴィクトリア様が、派遣する人数分よりもかなり多めに食料を荷車に積ませたのはこのためか)」


 ローガンは集まって挨拶を交わしている人々をぐるりと見た。

 こうして改めて見てみると、想像していた以上に年寄りや女子供の割合が多い。戦争で男手が減ったとは聞いていたが、よく見ると十代半ばの少年達や、男と同じなりをした腕っぷしの強そうな女達が、丈夫そうな爺さん連中と一緒に主力を務めている。

 これは、このまだ寒い時期に野営させるのは厳しかろうと、ローガンは判断した。

 小さな村だ。今日中に家に帰れる者はいいが、そうでなければ他所の者達を全員泊められる場所はないだろう。


「村長、今夜のことなのだが……」

「はい。ローガン様は我が家にお泊りください」


 いや、そうではなく……と言いかけたローガンに、脇から何やら物資の一覧が書かれた資料が差し出された。


「ローガン様。今夜の"説明会"用の資材一覧をお持ちしました。会場として天幕を立て始めたいのですが場所はどちらにいたしますか」


 誰かと思ったら護衛で付いていたラリーとかいう金髪の若者だった。

 ローガンは、派遣部隊付きの書記官が書いたと思しきリストを一瞥した。滞在する今日、明日でトリルで消費してよい物資が数量まで指定して書かれている。内容は至れり尽くせりで、その一覧を見ただけでローガンにはヴィクトリアがここで自分に何をどのようにやらせようとしているのかがわかった。


「(学者や魔導師などというものは浮世離れした理論家が多いものなのだが、ヴィクトリア様は呆れるぐらい実務的な方だな)」


 自分もかなりフィールドワーカーなつもりのローガンだったが、この手の仕事を計画段階から実務を想定して詰めてくる手回しの良さでは彼女にはとてもかなわないと舌を巻いた。彼女は本来煩雑なはずの雑多な仕事をシステム化して、各担当者の裁量で何とかできるサイズの仕事に切り分けて割り振る手腕が卓越している。さすが最上位貴族の出だとも思うが、あれは個人的資質によるところが大きいだろう。


「(何が怖いって、割り当てられた仕事がたいてい"ちょっと本腰を入れてがんばってね"と言われているような程度の内容だということですね)」


 ローガンは内心で苦笑しながら、しかし表面上は穏やかな笑みを浮かべて、村長とこの後の予定について相談し始めた。



 §§§



 天幕の設営や食材の調理の準備の依頼を関係者各位に一通り伝え終わったラリーは、黒騎士を待たせている村はずれまで一度戻ってきた。厳つい風体の黒騎士が田舎の村を闊歩すると悪目立ちするので、彼には資材の警備と称して人目の少ない場所で待機してもらっていたのだ。

 この村では使わない荷物を載せた荷馬車はもう馬を外されており、ここには最低限の見張りだけが残っているだけなので静かなものだ。箱馬車を覗き込んだラリーは、黒騎士がそこにいなかったので、辺りを見回した。


「おや?」


 黒騎士は二人のお供と一緒に道端でかがみこんでいた。その場にはもう一人、トリルの村民ではなさそうな大男がいた。大きな荷物を背負っているところを見ると他所から来た者のようだが、軍人崩れでもないし、商隊の行商人にしては粗末な身なりだ。

 大男は身振りを加えながら、ディックとボーに何やら説明をしているようだった。黒騎士は隣で頷いては、周囲の地面を見て何かを探している。

 状況がよくわからない。


「何かあったんですか?」

「やぁ、ラリー」

「あのね、この人のおじいちゃんの飼ってた亀を探しているんだよ」

「亀?」


 探すにしてもここじゃないだろうとラリーは思った。


「亀には詳しくないんですが……もっとほかのところで寝てるんじゃないですかね? 寒いですし」

「亀って寒いと寝るの?」

「水辺に棲む貝みたいな殻のあるトカゲみたいな生き物だって、ばあちゃんは言ってました」


 昔話に出てくる生き物という程度の知識しかないが、トカゲみたいな生き物なら冬場は外に出てこないだろう。トリル村のあるこの辺りは乾いた台地で、村はずれのこの辺りは吹きっ晒しの荒地だ。


「探すならもっと水場の近くの灌木が多い辺りなんかの方がよくないですか?」


 亀を探しているという大男は、のんびりとした口調で「それもそうか」と肯いた。

 黒騎士を含めて、ここにいるメンバーは全員ちょっとどうかと思うぐらい呑気だな、とラリーはいささか失礼な感想を抱いた。出かけにヴィクトリア様から直々に「よろしく頼むわね」と言われた時には、単に光栄だと思っていたのだが、あれはひょっとするとこういう事態も含めての「よろしく」だった可能性がある。ラリーはじわじわと嫌な事実に気づき始めていた。


 正直言うと、こんなことにかまけているよりも、村の説明会準備を手伝わねばという思いがあったのだが、ラリーは自分が果たすべき役割と優先順位を再考した。

「下手に村の中をその格好でうろうろしないで、馬車で待っていてください」と言っておいたのに、このザマだ。今、これを止めても、このメンバーはこうして何か小ネタを見つけてはウロチョロするだろう。ならば、自分が"護衛"すべきは村ではない。


「ラリーはこの辺り詳しいって言ってたよね。近くに亀が居そうなところってある?」


 気が付くと、当たり前のように亀捜索隊に組み込まれてしまっていたラリーは、ここの荷の見張りを別の者に頼んでから、一同を村の東に案内した。

 村はずれのささやかな(カブ)の畑を越えると、そこはもう台地の端だ。


「このトリルからフォスまでの一帯はちょっと高台になっていて川とかはあんまりないんです」


 村のため池はもう探したのかと尋ねると、大男は「そういうところにはいないと思う」と答えた。


「だとすると、この東側を下った沼地とかですかね」

「へー、沼なんかあるんだ。バロールは乾いた荒地ばっかりだと思ってた」

「まったく、ボーときたらぼーっとしてんな。昨日泊った貯木場は森の中だったじゃないか。ギリ峠の方も含めてバロールだって南っ側は森も多いんだよ。……それにしてもこの辺りに沼ができるほど水があるとは知らなかったな」


 台地のヘリの見晴らしの良いところで、ラリーはその先に広がる景色を指さした。


「ほら、もうすぐ近くに山が迫っているでしょう」

「親指山だね」

「親指? ……ああ、そうです。トールスの山々です。あそこから流れてくる水が溜まるんです」


 トールス山系は魔導王国の北方を大陸東方の諸国と隔てる広大な山岳地帯である。その山々からの水はバロールの東の端で、このトリルやフォスのある台地に当たり、北と南に分かれる。大半は北に流れてルオボ川に集まり、そのままナジェールというもっと大きい河に合流して西に下っていく。しかし、南に来る水は、もっと南のエンデミール大森林に染み込んでいく。海という明確な出口に向かって流れるわけではないので、雪解けの時期などに水量が増えると、大森林手前のこの辺りの低地は水浸しの沼地になるのだった。


「水が近くにあるなら、わざわざ高台なんかに住まなくても、あのあたりの緑がある低地のが住みやすそうだと思ったんだが……春になるたびに水があふれて沼地になるってのは、そりゃ、やだな」

「雪解けで水が増え始めるのはこれからだから、いまならあの辺りも歩いて回れると思いますよ」


 一同は、崖というほどでもない段差に作られた小道を下って、灌木の茂みや背の高い草が生い茂る低地に降りた。小道は亜麻の水浸け(レッティング)場に続いていたが、一同は道を外れて茂みの間に分け入った。


「うわぁ、こんなところにトカゲみたいなのがいたってわからないなぁ」

「探している亀って、どれぐらいの大きさで何色なんですか」

「さぁ、俺も見たことがないから詳しいことはわからなくて」

「えぇ~?」


 聞けば、大男はトールスの山奥から塩を売りに来た物売りで、亀を探していた老人とは山で知り合っただけで血縁でも何でもないのだという。


「ただ、その爺さんには世話になったんでな」


 山奥で孤独そうな爺さんに、一緒に暮らすものはいるのかと尋ねたところ、以前は亀を飼っていて可愛がっていたのだが、山を下りる用があった時に残していくのが可哀想で連れて行ったら、麓で用を済ませている間にはぐれてどこかに行ってしまって見つからないのだという話だったのだという。


「それで探してきてほしいと頼まれたんですか」

「うーん。特に頼まれてはいないんだが、見つけてやったら喜ぶかと思って……」

「ああ、それは喜ぶだろうねぇ」


 人の好さそうな顔で人の好いことを言っている大男と、にこにこしながら肯いているボーと黒騎士の隣で、ディックとラリーは「ちょっと待て」と、冷静になった。


「その老人が亀を逃がしちゃったのって、いつ頃です?」

「どうだろう? 正確には聞いていないけれど、結構前だったかもしれないな」

「このトリル村のどのあたりだったか聞いていますか?」

「いや、山のこっち側って言っていたけれど、ここの村だとは言われていない」


 これはダメだ。


「ここはいったん帰りましょう」

「そうだな」


 ディックとラリーは顔を見合わせて互いに肯きあった。


「ここいらは日が沈み始めると村より早く足元が暗くなるから早めに帰りましょう」

「そうだな。もうぼちぼち日が暮れてくるころだし……って、黒さん、どうした?」


 それまで静かに一番後ろを歩いていた黒騎士が、日暮れと聞いたとたんに急に焦った様子でガチャガチャと鎧を鳴らした。振り返って様子を見ると、どうやら腰のベルトについている小物入れを開けようとしているらしい。鎧の腰につけられたささやかな小物入れはちょっとした鍵やオイルの小瓶などを入れられる革製のポーチで、手甲を付けた手でも開けられるようにはなっている。だがいかんせん、黒騎士は例のかさばるミトンをつけっぱなしだったので、その単純な開閉にすら手間取っていた。


「それ、開けるんですか? 僕が開けましょうか」

「黒さん、手袋外してやるよ。手をこっちに……」

「あ!」


 勢いよく開いたポーチから何か小さなものが落ちた。

 手のひらに収まる程度の大きさの、黒っぽくて平べったいそれは、ひらりと丈の長い草の合間に消えた。


「~~~!!」


 この世の終わりのような軋み音が黒い鎧から発せられて、周りにいた者達は耳を押さえた。


「なに? 黒さん、あれ大事なものだったの?!」

「落ち着いて、今、みんなで探してあげるから」

「すぐそこに落ちただけだ。この辺りだろう」


 ラリー達が黒騎士をなだめようとしている間に、大男は草の葉をガサガサ分けて落とし物を探した。


「あったぞ。そこだ」


 茂みの奥に踏み込んだところで、大男は「ぬおっ?!」と叫び声をあげた。


「どうしました。大丈夫ですか?」

「いかん。ここは沼だ。……足が埋まって抜けない」


 大柄なうえに大荷物も背負っている男は、己の体重でずぶずぶと沈んでいく足を泥から引き抜けなかった。ラリー達は彼を助けようと思ったが、重い彼を引き上げるには彼ら三人は非力だったし足場も悪かった。

「どうしよう」と口に出す間もなく、黒騎士が動いた。


「あ! 黒さん。沈んじゃうよ」

「いや、黒さんはあれで見た目よりは軽いからひょっとしたら大丈夫かも……」


 そんなこともなく、黒騎士の足も泥に沈んだ。


「おい、騎士さん。無茶すんな。俺のことはいいから」


 止めようとする大男を背後から荷物ごと抱えるようにして、彼の腰のベルトをつかんだ黒騎士は、ずぶりと彼を泥から引き抜いて、ラリー達のいる方に投げ渡した。「わっ」と声を上げて大男を受け止めきれずに転がった三人が顔を上げると、黒騎士は草の葉の間から自分が落としたものを大事そうに拾い上げているところだった。


「って、黒さん、脚! すっかり沈んじゃってるじゃん!」

「どうするんですか、いったい!!」


 慌てるラリー達に黒騎士は手を振った。


「さよなら?」

「帰っていいよ?」

「帰れるわけないでしょうが!」

「騎士さん、すまない。俺のために」

「縁起でもないこと言ってないで早く何とかしますよ!!」


「村に戻ってすぐにロープと人手を調達してきますから、下手にもがかないでそこでじっとしていてください」と言ってラリーが駆けだそうとしたとき、夕闇が迫った芦原に風がどうっと吹いた。


「黒さん、ひょっとしてまた"呼び出し(コール)"?」


 布製の小さな人形をとても大切そうに両手で持って、しみじみと感慨に浸っていた黒騎士は、次の瞬間、つむじ風と共に虹色の揺らぎの中に姿を消した。

登場していないヴィクトリアの「お願い」パワーが強いw

黒騎士も『あなた、そろそろ帰ってきてくださいな』と言われたので速攻で帰る!


遠征中でも毎日帰れるのは便利ですね。

ざっくり地図をまた載せておきます。

現在地は#。

-[簡易地図]----------------------------------

^^^^^^^^^^ガラ大山脈^^^^^^^^^^^^^^^ ↑北

~~^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

~ルス湖==⑤=ナジェール河=====

~L_____」^           |ルオ^^^

~| デボン^          △ Lボ川^^^

~L 山地^     荒野     ④^トールス

~L^^^           ③#^^^山系

~L^^^   ①領主館 ▲②▲▲▲▲^^

~~L^^▲ ギリ峠 ▲▲エンデミール大森林▲

-----------------------------------------------

~:海、^:山、▲:森、#:沼

②貯木場、③トリル村、④フェス村


[オマケ解説]

・亜麻の水浸け場:亜麻は繊維をとるために収穫後にしばらく水に浸けておきます。

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― 新着の感想 ―
悲鳴だったのでしょうか?、その凄まじい軋み音。 鎧さんがどんどん可愛らしく思えてきました。 だいぶ、イカれてきたな、私(苦笑)
この世の終わりのような軋み音が黒い鎧から発せられて、周りにいた者達は耳を押さえた。 鎧さま、悔しさと悲しさで竦み上がったんでしょうね。全身が軋んでるという・・。 拾い上げさえすれば、沼から遷移できるし…
その場にいないというのに、圧倒的存在感……ヴィクトリア様、あなた様のことですよ。そして、その実務能力、イベント企画と段取り実行能力に震えます。 しかし、亀男さんは怪しすぎて、一周回って何者かわからない…
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