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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋
第2章 激流と雷の支配者

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生きるということ、食べるということ

 バロールの領主館は石造りの堂々たる屋敷だ。現在の貧乏さからは考えられないが、昔は良質な石材を産することでそれなりに豊かだったらしい。今もその収入があればとは思うが、敗戦で混乱している魔導王国では新しい建築や石像のための石材の需要などない。


「(復興需要なんて夢見る前に、王都の混乱に巻き込まれずに生き延びることが先決なのよね)」


 まずは民の食だ。小麦どころか、拳芋(こぶしいも)もろくに育てられないバロールでも何とかやっていけそうな、段階的な農作物や家畜の導入計画が今の主題である。

 私はまず、目の前に並べられた黒長根の試食用の料理を吟味することにした。


「これは燻製ね」

「燻した黒長根と山羊のチーズの盛り合わせです。干しナツメやクルミと一緒にお召し上がりください」

「黒長根の辛味がまろやかになって塩漬けよりも風味はいいわね……燻製のチップもクルミの木かしら」

「はい」

「おいしいけれど村で食べるなら祝祭用ねぇ」

「奥様がお好みであればお館ではお出しできます」

「では、なにかお祝いしたいことがあった時に果実酒と一緒にいただくわ」


 給仕は私の遠回しな断り文句を黙って受け入れてくれた。昨今の人手不足で、領主館でさえ葡萄の世話やワインの仕込みがろくにできていない。果実酒にしても最近はあまり口にしていない。そして祝杯を挙げるほどの祝い事の予定など今のところない。

 あまり食が進まない私への気遣いは嬉しいが、今は領内の村に紹介できる調理方法を探したい。


「こちらはパイ包み焼きです」


 出てきたのは真っ黒なパイだ。無萎花莧(アカヒユ)粉のパイだろう。

 麦の育たないバロールでは無萎花莧(アカヒユ)という草の種子の粉でパンなどを焼く。赤紫色の花が咲くこの草は、雑草のように丈夫でバロールの荒れ野でも育つ。独特のえぐみはあるが葉や茎も食べられるし、私たちにとっては羊豆と並んで大変有用な作物である。

 石のような見た目の黒いパイを割ると、中からは白い具材が出てきた。黒長根の薄切りを獣脂で炒めた玉葱と煮込んで塩やスパイスで味を調えたものだと給仕が説明してくれた。食べてみると香ばしい皮と優しい甘みのあるとろりとした中身の食感の違いが楽しく美味しい。干したナツメやスグリも入っているようだ。熱々の状態でこうしていただくのは大変良いがこれなら冷めても美味しいだろう。試食用なので数口で食べきってしまうような小さなものだが、まだあるなら冷めた状態でどういう味になるのか確認してもよい。


「美味しいわ。生地には小麦とバターも使った?」

「はい。少量ですが」

「そう……これならライ麦でも作れそうね。ライ麦なら少しずつ耕地面積は増やせているわ」


 美食とは豊かさが支える贅沢だ。

 小麦粉とバターと塩で作ったパンが贅沢品だなどと考えるときが来るとは王都に住んでいた時には考えたこともなかったが、ここに来て食べるということは手に入れるということなのだと思い知った。基盤を整え、産み出し、勝ち取ったもので、日々の食を用意して生きる。困窮した貧乏領主なんてものをやっていると生きるということの基本を知ることができる。

 私は次の料理を出すように言った。


「煮込みは2種類作ってみました」


 一つは角切りの黒長根を羊豆と煮た素朴な味わいのもの。

 これは温まる。よく汁の染みた黒長根が入っているため、豆だけの粥よりも熱い汁が口の中にじゅわりと広がる感覚がある。汁で煮ると黒長根の苦みや辛味はすっかりなくなってほのかに甘くなる。こういう寒い時期には体の芯から温まる食事はそれだけでごちそうだ。


「こちらは祝祭を想定して少し贅沢な材料を使っています」


 給仕が事前に牽制を入れてきた。私が贅沢品にダメ出しをしてくるから気を使っているのだろう。料理人が新メニューを考えろと言われたら色々と凝ったものを作りたい気持ちはわかるので、私は素直にもう一つの煮込みをいただいた。


「黒長根と猪の蜜煮です」


 それは美味しいわよね!

 見ただけでわかる。厚めの輪切りにされた黒長根には、肉の旨味がしっかり染みていて、蜜と脂の照りで輝いている。

 うまく煮えている。口に入れて柔らかさに驚く。でもとろけるというのとは違う。食べ応えはある。噛みしめるというよりも上あごと舌で押しつぶすようにして味わう。猪肉の方も黒長根のせいか臭みが全然ない。

 ああ、これは大地の滋味だ。


 いつもなら獣肉は私の胃には少し重いのだが、これは実に美味しく食べられた。黒長根には消化を助け胃腸の調子をよくする効果があるとログ先生はおっしゃっていたのでそのためかもしれない。


「お気に召していただけたようで大変うれしく思います」

「ありがとう。蜜を使うレシピは難しいかもしれないけれど、秋の祝祭の時なら林檎や杏と一緒に煮てもいいかもしれないわね」

「では、今年の秋の祝祭用に地方の村でも再現できる材料と調理方法を書き出しましょう」

「ありがとう」


 テーブルの向かいに目をやると、飾り棚の絵皿に描かれた少年がにっこりと笑っていた。

 バロールの皆が秋の祝祭で美味しいものを楽しみにできる日が来るようがんばる気力が湧いてきた。

 私は厨房に顔を出して、調理をしてくれた者達に味の感想と、この後に準備してほしいものを伝えた。




 夕刻、私はすっかり準備を整え、リラにもう一度身だしなみをチェックしてもらった。


「よし!」


 一度、執務室から出て、西側の窓から外を見て日が沈み始めているのを確認してから戻ってくる。

 少しドキドキしながら、胸元にしまっていた黒騎士の人形を取り出す。

 肌着とドレスの間に入れていたのでほんのり暖かいそれを両手で持って、意識を集中する。


 彼と私の魂の繋がり……なんてものはまだないので、魔導で自分の印を付けて作った形代を、対にして作ったこの黒騎士人形から辿る。造形は実は何でもよくて小さなベルあたりにしてもよかったのだが、やはりこれにして正解だ。このポヤンとゆるい表情の人形を見つめると、うちの鎧がどこかでまごまごしているのを私の分身で探すというイメージがとてもしやすくて、大変に集中力が上がる。


 見つけた。


 勇者が持っていた聖珠と呪物に使われていた術式を解析して、わかった簡単な一部を応用して作った術式だが、ちゃんと発動できそうだ。用意した形代を介して魔力を遠隔で作用させるというのは、面白い技術である。


 私は黒騎士が持っていてくれているはずの私の分身にメッセージを託した。


『あなた、そろそろ帰ってきてくださいな』


 私の目の前が虹色に揺らめいた。


黒長根は「Brack Radish」が元ネタなのですが、味は概ね大根でご想像いただいてOKです。

羊豆は≒ひよこ豆。

ファンタジー世界なのですが、味はだいたいそんな感じで近似していただければ良いかと。

(^∇^)ノ♪


ちなみに無萎花莧の元ネタはアマランサス。そのままの日本名で出すと風情がないので別名表記のファンタジー野菜にしています(笑)


麦の栽培から厳しい貧乏領は色々大変なのです。

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類感魔術系統かな。見てすぐ解析して一部の技術を流用、どんなチートかと。やはり、頂点は丹精込めた手作りの一品が最良最強なんでしょうが……戦争は量なんですよねえ。質が三段落ちようとも、量で凌駕したら、戦争…
うちの鎧、うちの鎧ですってよ! 高貴なヴィクトリア様が絶対に口にしないたろう「うちの旦那(not宿六)」という響きを感じて身悶えしました。 そこに「そろそろ帰ってきてくださいな」と来たもんだ。しかも「…
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