荷馬車はギシギシ、子豚はブーブー
からりと晴れた空の下を、大きな荷車の列がぎしぎしと進んでいく。
大柄なバロール馬が引く十を超える荷車の荷台に積まれている荷は実に雑多だ。干草の束、樽、いくつもの麻袋。大型の農機具や鍛冶道具のような物まである。
「子豚や鶏まで連れて行くとは思わなかったなぁ」
「子豚かわいいねぇ」
ディックとボーは荷台で揺られながら、いつもどおり無駄話に興じていた。
すると隊の護衛役の一人が退屈だったのか馬車の横に馬を寄せて二人の会話に混ざってきた。
「豚は、小さな村では冬の始めに肉にしてしまいますからね。こうして春に子豚を持っていってやると喜ばれます」
「へ~ぇ、そうなんだ」
「君、詳しいね」
「僕、これから行くあたりの農村の出なんですよ」
明るい金髪の青年は朗らかに笑って「ラリーと言います。よろしく」と挨拶した。
§§§
「悪いわね。今回も守備隊から派遣隊の荷馬車の護衛に人を回してもらっちゃって」
私は執務机の上に所狭しと広げられた資料……守備隊の新しい警備プランや、フォス村に向かう派遣隊の名簿や積荷目録……越しに、守備隊長のムーアに礼を言った。使いやすい丈夫な大きい執務机を残してくれた歴代のバロール領主にも感謝したい気持ちである。バロールは貧乏な割にこういうものはちゃんとしている。
「いえ、今回は護衛は前回までほど出さなくて済んだので助かっています」
ムーアは落ち着いた声でそう答えた。この声は私を安心させてくれる。
一騎当千の黒騎士が付いていくのだからと通常の人数の護衛はつけなかったのだが、決断には迷いもあった。
「以前よりは傭兵崩れや敗残兵の野盗の類はいなくなったと思うのだけれど」
「そういうロクデナシ共は全部領境で止めていますから」
「領内にいたのはムーアに頑張ってもらって根こそぎ労役送りにしたしね」
「うちの領内で領主の荷馬車を襲うバカはいません」
ムーアは追従や慰めは言わないが、ちょっとした言葉遣いや声の調子で私の気を楽にしてくれるいい部下だ。実用的な案を「これでよいです」と肯定的に評価して、リスクを気にしてネガティブになりがちな私の思考を現実的なラインに引き戻してくれる。おかげで私は領主代理などという不慣れな職を、表向きだけでも自信に満ちた顔をして大胆に行えている。
「でも、ラリーといったかしら、あのできの良い斥候の子を貰っちゃったでしょう」
「ああ、あいつは若いので今のうちに色々やっておくのはいいことです。それに本人は思わぬ里帰りの機会ができたと喜んでいましたよ」
土地勘があって目端の利く斥候職が一人いると、何かと助かることが多い。私は守備隊所属の斥候の中から、今度、馬を導入するフォス村近辺出身の者を護衛役に出してもらっていた。
……勇者の洗濯物にこっそり水をかけて足止め工作をしてくるような神経の斥候だ。怪異なのに真正直でからめ手が苦手そうな黒騎士の気が付かぬところを、上手く補ってくれるだろう。
今回は物知りで思慮深いログ先生も同行しているから、あちらはよほど大丈夫。
グレンから追加の資料を手渡されながら、私はムーアともう少し今後の対応を詰めた。
「領境の警備はしばらくこの計画でいいわ。ならず者と神聖帝国軍の越境にだけ注意して」
「やることが一つに絞れるのはやりやすいです」
守備隊長のムーアはいつも通りの真面目な表情にひとつまみだけ笑みを足して「おまかせを」と、快く引き受けてくれた。この調子なら領境と勇者の件は、全部ムーアにお任せして大丈夫だろう。
私はムーアが退出したあと、一通りの資料を片付けてよいと部屋付きの秘書に告げて、ぐっと伸びをした。
「さて、残りの雑務をちゃちゃっと片付けてから魔導術式の解析を……」
「ヴィクトリア様」
椅子の背にもたれて反り返ったまま、伸びをして上げた手の先を見ると、侍女のリラが怖い笑顔で私を覗き込んでいた。
「休憩にいたしましょう」
「……はい」
私は残件のうち領主権限がいらない執務を優秀な家宰のグレンと秘書に任せて、遅い昼食をとるために執務室を出た。
§§§
領主館を北上し、白い石柱の立つ三叉路を東に曲がった荷車隊はトールスの山並みに向かってゆっくりと進んでいた。
「のんびり旅だね~」
「こうもガタガタ揺られると歩いた方が楽そうだ」
「でもさっきからちょっとずつ登ってるよ。上り坂がずーっと続く道を歩くのは嫌だなぁ」
ディックとボーはギシギシ音を立てる荷馬車の荷台で呑気に揺られていたが、三叉路を過ぎて道が悪くなってきてからは、子豚や鶏の籠だけではなく自分も荷馬車から転がり落ちないように気を付ける必要があった。
「ディック、僕らどこに行くの?」
「俺も北の村ってぐらいしかわかってないけどよ。……トールスの山が前に見えるってことは東に向かってるよな」
「そうだねぇ」
よくわからなくなった二人は、さっき知り合ったラリーという若い護衛に声をかけた。
「おーい、ラリー。僕らこれからどこに行くの?」
ラリーはディックたちの馬車のところにすぐに来てくれて、今日はこの後、貯木場に行くのだと教えてくれた。
「"貯木場"って、何? 木をためておくところ? 森?」
「そうですね。エンデミールの大森林ってわけじゃないですが、ちょっとした森にあります」
貯木場は森で切り出した木をしばらく置いておくところだとラリーは説明してくれた。荷馬車隊は材木を積み込むためにそこに立ち寄るらしい。
「なんで木なんか運ぶの?」
「これから行くフォス村に馬小屋を建てるためです。フォス村の辺りでちょうどいい大きさの木があるかわからないですし、探して切り倒しても、すぐには使えませんからね」
切ったばかりの木は建物を建てるときに使うのには不向きだから、切り出した後、貯木場で少しの間保管して乾燥させるのだという。
「へーぇ。じゃあ東の貯木場にまず行って、それからさっきの三叉路に戻って北に行くのか」
「ああ、戻らなくていいんです」
ラリーは持っていた手綱を鞍の前にくるりとひっかけると、右手をディックとボーに見せて、手首のところを左手で指さした。
「この手がバロール領だと思ってください。領主館が手のひらと手首の間のこの真ん中のくぼんだ所だとすると、僕たちは今この辺りにいます」
ディックとボーは、ラリーの手を見て、それから自分も同じように右手を開いて見比べてみた。
「ええっと……?」
「四本指のある方が北です。四本指がガラ大山脈ですね。それで親指側が東のトールス山系」
「バロールの南の端が領主館で今がここということは……」
ディックとボーが自分と同じように右手の上を左手で指さして確認しているのを見ながら、ラリーは二人から見えやすいように自分の手を指して説明を続けた。
「これからこの親指側の膨らんだところを、手のひらの縁に添って進んでいきます」
手首の右端辺りに貯木場、そこから親指の付け根に向かって上がっていった先にトリル村。最終目的地のフォス村はその先にもう少し進んだところ、手でいうと親指の付け根の人差し指側の端ぐらいの位置だという。
「なんだ。近いね」
「なに言ってんだ、ボー。手のひら全部でバロールだぞ」
「あっ、そっか」
ボーは荷台から身を乗り出して、乾いた荒れ地にのびている白茶けた道の先を見た。
土埃の彼方に霞んでいる山々がトールスだとすると、だいぶ遠い。
「ふわあ。バロールは広いね」
「なぁんにもない荒れ地ばっかりだけどな」
ディックは荷台の端にもたれかかると、行儀悪く組んだ足の先を、北方にどこまでも広がる荒野に向かって、ブラブラさせた。
ゆるゆると進む荷馬車からの景色は、しばらく経ってもまったく変わらない。
「どれくらい来たんだろう」
「さあな」
「まだ貯木場までの半分も来ていませんよ」
「何でわかるの?」
「道祖柱でだいたいわかるんです」
目をぱちくりさせたボーに、ラリーは道端に白い石の道標があるのだと教えた。
ルマと呼ばれるその白い石柱は、大きな分かれ道以外にも、街道の3リード毎に建てられているという。
「フォスまでが30リードぐらいで、貯木場はそこまでの真ん中ぐらいにあるから」
「えっ?えっ??」
計算が苦手でちっともわかっていないボーに、ディックは両手を広げて見せた。
「いいか、ボー。フォス村まで石柱が10本だ。今夜泊る貯木場は真ん中だから5本」
ディックは片手をおろして、残った片手の5本の指だけをボーに見せた。
「俺は白い石の柱は領主館の入り口の大きい奴を知っているけれど、あれは数に入れないから、三叉路で見た奴が1本目」
「そういえばあったね。なんか真ん中に黒い線が書いてある奴」
「それです」
指を1本折り曲げたディックに、ラリーは「もう1本勘定してもよさそうですよ」と道の先を指さした。そこには領主館や三叉路にあったものより背の低い石柱があった。ここの石柱の隣にはずんぐりとした黒い丸石がある。徒歩の旅人がちょっと座るには良さそうな石だ。
「休憩の目安の腰掛け道祖柱です。ここいらで一度、馬も人も休憩ですよ」
荷馬車の列の前方から休憩の声がかかり、車列はゆっくりと停止した。
「ここで半分にもならないのか~」
「最初の宿泊地までのな」
「ふええ、その先もまだまだ遠いんだっけ」
「伝令の早馬じゃないので何日もかかりますよ」
「お仕事なくて座っていればいいのはいいけれど、荷馬車って揺れるから結構大変だねぇ」
「着く頃にはケツがおかしくなっていそうだ」
ディックとボーは馬車から降りて、腰やお尻をさすりながら「こりゃ大変だ」と笑った。
幸いなことに、ディックとボーは翌日からは荷馬車に乗らなくて済んだ。
作者にしては珍しい地図説明回。
観光バス気分でどうぞ(脚の太い大型馬が引く荷馬車ですが)
「皆様、右手をご覧ください~♪」




