少年の日の面影
バロールは昔からずっと貧しかったわけではない。この領主館はバロールが豊かだった時代に建てられたものなので、大変に立派で、広く……維持が大変である。
「今日はいつもの部屋で」
「承知いたしました」
勇者に芋を振る舞った主食事室は一人で使うには広すぎるため、普段の食事にはこじんまりした家族用食事室を使っている。そちらのほうが居室から近くて、広すぎない分、暖炉の効きもよい。
「旦那様がお帰りだったら今夜は一緒に食事をいただけたのだけれど……黒騎士を食事の席に呼ぶのは酷というものよね」
「酷も何もアレはまだ立場上、奥様とお二人で食事ができる身分ではございません」
「グレンはとうに彼を当人だと認めていると思っていたわ」
うちの厳格な老家宰は、灰色の眉を少し動かしただけで、特に迷いもなく答えた。
「仮にアレの中身が坊っちゃんだとしても、鎧を着た者はここには立ち入らせません」
「そっち?」
「ここはご家族の団欒のお部屋ですので」
老グレンの口ぶりはいつもどおりだったけれど、私は少し申し訳なくなった。ここは多分、グレンにとっては、今は亡き先代のバロール領主夫妻と旦那様の優しい記憶のある部屋なのだ。
これまでグレンは先代夫妻や夫のことを極力私の前で語らないようにして私に気を使ってくれていた節があるが、それはまた彼が領主一家のことをとても大切に思っているからでもあるのは十分に感じられた。
その思い出の場所に私という他人が居座って食事をし、思い出を持っているであろう彼を締め出しているのは正しくないことのような気もする。
でも、こんなことを言えば、私を受け入れてここにいさせてくれるバロールの皆への侮辱になるだろう。私は新参者の身内なのだ。許容してくれた彼らの心を信じない言動をしてはならない。私はバロールの家を継ぐものの一人として振る舞うことを望まれている。それはこれまで私が得られなかったものであり、全力で応えたい想いでもあるのだ。
私に家族の団欒の記憶はない。
「(この部屋は暖かいわ)」
私は給仕に食事を始めてよいと合図した。
同じように一人で食事をするにしても、バロールのこの食事室は安らげる。
私はふと、自分の夫がこの館でどんな幼少期を過ごしていたのかに興味がわいた。
「旦那様は……どんな子供だったの?」
「それはもう愛らしくお可愛らしいお子様でいらっしゃいました」
「そうなのね。想像がつかないわ」
私が知っている彼は"荒鷲"の二つ名が似合う強く雄々しい騎士だ。
グレンは飾り棚のところへ行って、飾ってあった絵皿を手に取った。
「こちらが、坊っちゃんが五歳になったときにお祝いで作ったものでして」
「えっ?」
それは飾り棚の中でも私が気に入っていた品だった。とても可愛らしい巻き毛の子供の顔が描かれていて、見ているだけで幸せになる絵皿だったのだ。私がここで食事をするのが好きな理由として、この館では他に見かけない感じのその絵皿による部分はそこそこ大きい。
「肖像画の予定でしたが、坊っちゃんがちっともじっとしていられなかったので、絵師が困りまして。なんとか顔だけ描かせたのがこちらでございます」
いつもと違う服を着て、髪を丁寧に梳いて分けて撫でつけた姿を描き残したって思い出なんかにはならないと言って逃げ出したのだそうだ。
そんな御託は聞かずに肖像画を残しておいていただければ、お伝えするよすがにできたのですが、とグレンは残念そうに詫びた。
「その絵皿だけでもあって良かったわ」
「これはたいして似ておりません」
グレンは絵皿を見てそう評価した。
私は少し納得した。大方、困った絵師は依頼人の貴族の坊っちゃんを最大限に愛らしく美化して描いたのだろう。正直、私はそれを架空の妖精の子供の絵だと思っていた。
グレンは絵皿を元の位置に戻した。
「坊っちゃんはもっと可愛らしゅうございました」
「そうなの!?」
私はあらためて絵皿を見た。
ダメだ。あの黒騎士の中身があの顔だというのは想像がつかない。……いや、成長しているのだから当然五歳児の顔ではないだろうが。
「その子がどうやったら、あの"荒鷲'になるのかわからないわ」
「それはもう頑張ってお仕えいたしました」
私はグレンに定規で叩かれて泣きながら書き取りをしている金髪巻き毛の愛らしい少年を想像した。
「(黒騎士さんには優しくしてあげよう)」
その日の黒長根と羊豆のスープは優しい味わいでとても体が温まった。
この温かさを一緒に分かち合えたらいいのに。そう思ってから、私は空洞の鎧と食卓を囲みたがっている自分がなんだかおかしくなった。
私はその日、食事が終わってもしばらく家族用食事室の食卓で絵皿を見ていた。
金髪巻き毛で天使の微笑みw




