小春日和
領主館の西側。使用人向けの棟の中庭に道具箱を運んできたボーは、先に来て用意をしていたディックといつも通りダラダラ雑談を始めた。
「いやぁ、昨日はびっくりしたねぇ」
「ほんと、ほんと。カード拾い集めるの大変だったよな。上にいた皆もあれからなんか色々あったらしいよ」
「僕ら地下にいてよかったよねぇ」
中に戻っても下っ端は雑用にこき使われるのはわかっているので、二人は日当たりのいい中庭でのんびりしていた。そこに、のどかな中庭にそぐわない漆黒の鎧姿の騎士がやってきた。
「あ、黒さ~ん」
「よかったぁ。昨夜はいきなり消えちゃったからびっくりしたよ」
ディックとボーは気のいい愉快なカード友達に気さくに声をかけた。
「負けそうだからって、ああいうのは良くないからね」
「勝敗の得点はちゃんとつけてあるから。また続きやろうな」
黒騎士は一、二拍ばかり面食らったように立ち止まり、それからカタリと兜を鳴らしてディックとボーの隣に来て二人の肩をポンポンと叩いた。それから黒騎士はそこに置かれた木箱の中身を覗き込んだ。
オイルの瓶と大小のブラシと磨き布。隣の箱には工具や革の切れ端その他もろもろ。
怪訝そうに首を傾げた黒騎士に、ディックは「黒さん用だよ」と答えた。
§§§
私は明るい陽射しの下で鎧に傷や染みがないか徹底的に調べた。艶のある黒い表面には傷も汚れもない。念のために革製のはずのバンド部分も緩みや劣化がないか確認したが、こちらもなんの問題もない。
屋外で戦闘したのだから、鎖帷子や脛当だの鉄靴だのの隙間に枯草や土汚れぐらい付いていそうなものだが、拍子抜けするぐらいどこにも汚れはなかった。もちろん私の血汚れなど跡形もない。
「勇者の特殊武装は魔導的な術で呼び出された半分現実ではない装甲だから、突然現れても急に霞のように消えても、汚れなくて真っ白でも、そういうものかって思えたのだけれど……」
私はとても見覚えのある鎧をなでた。
これはどう考えても私が職人に作らせた鎧だ。色は黒く変わっているが装飾の一つ一つに覚えがあるし、できが気に入らなくてやり直させた部分の細工まで完璧に一致しているから、見た目だけ何となくまねた幻覚ではない。
私は簡易椅子に座らせた鎧の周りをぐるぐると歩き、首の後ろや肘の隙間、膝の裏まで覗き込んで、腹の下に垂れた鎖帷子の端を手に取ってじっくりと見た。間違いない。この鎖の編み目は私だ。多少不出来でも一番動きに支障が出なくて問題がなくて平たく編めばよいだけの簡単なところを作らせてもらったのだ。何度もやり直して苦労しながら一つ一つ工具で輪を作って編んだ鎖の、ちょっと職人さんみたいにはできていない部分が完全に私の作であることを示している。
「あの……ヴィクトリア様」
脚の間に座り込んで、黙って腰の下の鎖帷子の垂れを凝視している私を不審に思ったのか、甲冑師で武具職人のサムソンが苦笑気味に声をかけてきた。
「鎧の旦那が居心地悪そうなので、そのあたりで……」
「ああ! ごめんなさい。私ったらつい夢中になっちゃって」
顔を上げると、黒騎士がなんとも緊張した様子でギシリと全身をきしませた。
「動きがぎこちないわね。潤滑油が必要かしら」
「そういうこっちゃないと思いますが」
サムソンは癖のある赤毛をわしわしと掻きながら呆れたようにそういうと「まぁ、一応、油差しときましょうか」といって道具箱から油と布を出してきた。
「サムソン。私にやらせて」
「だめですよ、ヴィクトリア様。お手が汚れます」
「いいじゃない。向こうの家で保管していた時にはずっと私が手入れしていたんだから」
「大事にしてましたもんねぇ」
「ふふ。だって、大事な大事な鎧ですもの。毎日、王城の晩餐会の銀食器よりピカピカにしていたわ」
私は道具箱から綺麗な布を取り出すと、兜の側頭部に付いた翼を模した飾りの裏側に「はぁ……っ」と柔らかく甘い息を吹きかけてから、キュッキュッと優しくこすった。
黒いせいであまりわからないが綺麗になった気がする。こういう細部のお手入れが大事なのだ!
「ヴィクトリア様……その調子でお手入れをなさっていると、たぶん鎧がガタガタになります」
「そぉ?」
私はちょっとしょんぼりした。でもプロの職人の言うことは聞いた方がいい。
サムソンは丁寧に私から磨き布を取り上げた。
「後は俺がやりますから。ヴィクトリア様は少しお休みになってください」
昨夜ほとんど寝てないのにお昼寝をしてくださらない! と言って、リラがカンカンに怒っていたとサムソンから教えられ、私は首をすくめた。
「では、あとをお願いね」
私はちょっとしおらしくサムソンにそう言って、素直に寝室に戻ることにした。昨日から色々大変で、確かにちょっと疲れて頭が回っていないなという感じもしている。
私は少しふわふわした気持ちで、この小春日和の中庭から立ち去ろうとした。最後にふと振り返ると、私が作った旦那様の鎧はやっぱりとっても格好良かった。私は鎧を背中側からキュッと抱きしめた。
「ああ、私の大事な……ちゃんとここに……うれしい」
感慨深く一人満足に浸って幸せな気持ちを十分に補充してから、私は足取りも軽く寝室に戻った。
「鎧の旦那、大丈夫ですかい?」
カタ……カタカタ……パタリ




