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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋
第1章 バロールの風は昏き淵より来たる

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18/21

痛みなんてこらえ慣れている

「申し訳ございません!」


 老グレンは膝と手をついて、私に深々と頭を下げた。なぜかわからないが、その隣で勇者の従者も一緒の格好で頭を下げている。


「事情はわからないけれど、頭を上げてちょうだい。……あなたも」

「はっ」


 優男が上げた顔は、後で腫れそうな跡がついている。


「グレン……」


 私は、目深にかぶっていた白い外套(ケープ)のフードを少し上げて、館のホールと二人の惨状に、もう一度ひと通りぐるりと目をやってから、うちの老家宰にひと言だけ文句を言うことにした。


「手加減する気があったのなら、ちゃんとしなさい」

「面目次第もございません!」


 私は、片付けはあとでいいから、先にこちらの用をと言って、勇者を介抱する手配を命じた。

 うちの使用人達に丁寧に運ばれてきた勇者を見て、従者は痣ができた顔の色をさらに青くした。


「イラーナ様!」

「大丈夫。命に別条はありません。呪物の無害化の儀式中に結界内に入ってしまって、余波で気を失ってしまったようなの。かわいそうに。気づいたときには倒れていて」


 魔術の発動は、不慣れなものには危険な影響がでることもあるから、館から離れた外で行なっていたのだが、想定外に巻き込んでしまったと、私は勇者の従者に説明した。


「それは……」

「勇者殿は責任感の強い方ですのね。呪物にアテられて具合を悪くしていたうちの領民が心配だと、こんな夜更けだというのに様子を見に来てくださって」


 たまたまそれが治療の一環で魔術を用いている最中だったので、うっかり巻き込まれてしまったようです……と、何食わぬ顔で言っておく。まぁ、正しいかと言われると譲歩の余地はあるが嘘ではない。


「目立つ外傷はないけれど、術の影響で何かしら記憶の混乱が生じているかもしれないわ。彼女が目を覚ましたら、良く様子を見て、あなたからもきちんと状況を説明してあげてくださいな」


 勇者の従者は、何か嫌なものを飲み下して喉が詰まった時のような顔をした。ひょっとしたら顔の痣の部分以外もあちこち痛むのかもしれない。かわいそうに。


「まずは、彼女は寝室に。治療の必要がある外傷などがないか、館付きの医師に詳しく診察させてもよろしい? 神聖帝国の独自の規範や禁忌があるなら断っていただいて結構ですよ。でも特になければ、あなたも治療を受けた方がよさそうですわ」

「ご配慮痛み入ります」


 従者は丁寧に回りくどい言い回しで医師の診療を辞退した。神聖帝国には魔道王国に関する根強い偏見があるというし、そうでなくてもこの流れで無防備にこちらを信頼してくる男なら、グレンがここまで面白がって相手をしていなかっただろう。

 私は相手が状況を判断しやすいように、もう少しだけ手札を配ってあげた。


「そうそう。あなた方がお探しの聖珠……でしたかしら?」

「いえ、呪われた品です」


 賢い従者はひっかからなかったのでご褒美を増やしてあげることにする。


「そうそう。形が似ているだけだったわよね。これでしょうか?」


 私は召使に銀の盆を持ってこさせた。盆の上の緋色の布の上には、ひしゃげた金属の格子飾りと割れた水晶片が載っている。


「それで……っ……それです」


 慌てて身を乗り出しかけた従者の青年は、どこか痛めたところが突っ張ったのか、うずくまった。


「まぁ、大変。相当お加減が悪いようですわね。ある程度の解呪はしたとはいえ、体調が悪いときに呪物を近くに置くのはよくありません。まずは部屋に戻って治療と休養を。これはあなた方が回復なさってからお返ししますわ」


 ご自分である程度手当てができるように、お湯ときれいな布と着替えをご用意しましょうと言って、微笑んで見せると、従者は脂汗を垂らしながら顔を上げ「ありがとうございます」と歯を食いしばった。

 良かった。話の通じる人らしい。こういう言外の交渉がちゃんと通じる相手はとても話が早くて助かる。


「お部屋でお休みください。必要なものがあったら宿直(とのい)に言いつけてくださいね」


 私は笑顔で、勇者とその従者をお部屋まで案内するようにグレンに申し付けた。



 §§§



 厄介な勇者たちが去ったところで、私は足早に館の外に戻った。


「待たせたわね。もう入っていいわ」


 正面玄関脇の通用口の前に所在なく立っていた黒騎士は、私が声をかけると嬉しそうにこちらにやってきた。馬がいないところを見ると、馬は先に帰したらしい。


「こんな寒空で待っていなくても、来た時と同じように、自分で帰ってもよかったのに」

 カタカタ(いいえ)。


 黒騎士は律儀に兜の顎の部分を鳴らした。

 そういえばこの屋敷には私が結界を張っているから、幽世の存在は許可されないと入れないのだった。

 私はこの世のものではない彼の手を取った。


「こんなに冷え切ってしまって」


 中身がない鎧は、冬の夜気で悲しいくらい冷たくなっていた。

 私は黒騎士の手を引いて館に入った。

 さっきまでずっと外にいたのに、今の方がずっと寒さが身に染みた。



それは血の通わぬ魂の殻

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― 新着の感想 ―
カタカタ(いいえ)。 鎧様、本来はどんな言い回しだったんでしょうか。 「いや」「気にするな」「大して待ってはいない」……… 声が聞けないのもですが、そういう個性も見えて来ないのが本当に寂しいです。 …
グレン老が遊んで、従者がムキになっている間に、大変なことが起こっていたのですよ。二人とも、後で話を聞いて、戦闘中以上に肝が冷えたでしょうね、、、どんまい! ヴィクトリア様が何とか穏便に済ませようとして…
可愛いと可哀想と切ないと少しの笑いがミックスして、、楽しいです!
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