それどころじゃない!
殺風景な地下室で、館の下働きのボーは持ってきた毛布と枕を部屋の隅に置いた。
「なあ、ディック。これ、寝台も運んできた方がいいかなぁ」
「ええ? いくらお前が力持ちだからって、それは大仕事だぞ」
「でも、床にじかに寝かせるってわけにもいかないだろう?」
モップで床を掃除していたディックは、簡素な机と椅子があるだけの室内を見回した。
たしかに石の床は硬そうだ。……ただし、寝る当人の方がもっと硬そうなのでどうにも判断に迷う。
「そもそも寝るのかな」
「枕が用意されたってことは寝るんじゃないのかな?」
ボーは部屋の隅に寄せたテーブルの方を見て、本人に尋ねてみた。
「えーっと、寝るときって、いつも立ってます? 横になってます?」
「ばか、黒さんは今、"はい"か"いいえ"で答えられる質問じゃないとだめだよ」
「そうだった。ごめんよ、黒さん」
卓上の黒い兜に向かってボーはぺこりと頭を下げた。
床掃除の邪魔になるからと、さっき本体は廊下に出してしまったのだ。それではなんだか寂しそうだったので、兜だけ中に入れてあげたのだが、ちゃんとテーブルの上にふかふかのクッションを敷いたので、たぶん暗い廊下に立たされているよりは快適なはずだ。
「頭は現状通りで、本体だけ後で毛布にくるまって床で横になってもらうのがいいかなぁ」
「頭が縦置きで、身体だけ横だったら変な感じがしそう」
「そもそも俺達は頭外れないから感覚わからないよな」
ディックとボーは、困惑気味の黒い兜としばし見つめあった。
「あ、ひょっとして寝るときって鎧脱ぎます?」
「あほ。脱いだら何にもなくなっちゃうだろうが」
「そっかー、毛布かけられないのは寒いねぇ」
「そういう問題か?」
とりあえず床の掃除が終わったら、頭は元通り戻そうということになった。
地下室の外で起きていることには全く気付かずに、ディックとボーはまだ少し砂でざらざらしている床を手早く掃除し始めた。
§§§
地面に転がっている汚れた塊は、月光と篝火を鈍く反射していた。
私は闇に目を凝らした。
複雑な意匠の金属格子の中に石が入っている。あれが勇者が探していた"聖珠"だろう。
晩餐の時に勇者が私に見せた聖珠は秘匿された術式で堅く閉ざされていて何の力も感じることはできなかったが、目の前のあれは違う。人の体内にあっても、それとわかるほどの禍々しい気配をその穢れた聖珠は放っていた。
私はそれを拾い上げようとはせず、丘の上の祭壇の傍らで詠唱を続けた。人の動きで乱れていた場が鎮まって、より鮮明に魔力の流れが視えてくる。
人という魔力の殻を無くして、汚れた聖珠の中に蠢くおぞましきものは、現世側に滲み出してこようとしていた。
張り詰めた静寂を破るように、四方の篝火に焚べられた薪が同時に崩れ、赤い火の粉が夜空に高く散った。
来る!
私は差し出された黒柄の薙刀を握った。
「悪しき者、猛き者、汝、魔よ。我が力恐れ、我が下に伏して、我が意に従え」
掲げたグレイブの刃先が装飾紋に沿って金色に輝く。大きく回せば刃先の軌跡が宙空に光の円を描く。
私はグレイブを両手で構え直し、穢れた聖珠に向かって振り下ろした。
ゴボリ
聖珠の曇った水晶から闇が湧き出す。くすんだ金属の殻の隙間からあふれ出した漆黒の粘体は、私のグレイブの刃に触れた瞬間に弾けて、その金色の輝きを巻き込むように渦を巻く黒い炎となって噴き上がった。
「退避!」
鋭く命じる声に私の部下が一斉に下がる。こういう魔術関連の事象のトラブルでは、十分な素養のない者は下手に関わると命を失う。庇わねばならない者が増えると面倒なだけなので、手伝わせる者にはあらかじめ「私が引けと言ったら絶対に全速で引け」と言ってある。主を助けねばと半端に前に出られると邪魔なのだ。
気を失ったままの娘も避難させようと部下が二人、彼女を抱えあげる。だがその一拍の遅れがアダになった。
『躰……』
聖珠から立ち昇った冥き焔は、意識のない若い女の肉体に向かって、蛇のように伸び上がった。
「絶ち、祓い、禁ずる!」
私は伸びた焔をグレイブで払って散らし、間に割って入った。柄の石突を強く大地に打ち付け、そのまま地を搔き切るように自分と聖珠の間に線を引く。
「この先、越ゆること能わず」
短縮句だが、正規の法具で発動した術はそれなりに利く。焔は仰け反るように揺らめいて一度大きく下がった。
「今の間に!」
振り向かずに命じれば、了解の応えとともに、部下達が狙われている娘を連れて屋敷の方へ下がる。
私は人型を取ろうとしている怪異に立ち向かうべく、グレイブを構えた。その時……。
「そこまでよ!!」
私の背後からピンと響く少女の高い声がした。
「あなた達! 観念してその娘を離しなさい!!」
……勘弁してよ。
集中力の途切れが隙になった。
§§§
「じゃあもうこの際、寝ないっていうのはどうですかねぇ、黒さん」
掃除を終えたディックは懐からカードとダイスを取り出した。
「声は出せなくてもカードゲームならできるでしょ。それに黒さんの相手だっていうことなら俺達もさぼりじゃないってことになる」
「すごいや。さすがディック。冴えてる~」
「ボー、身体を連れてこいよ。手がなくちゃ遊べない」
「よし来た」
ボーが扉を開けて連れてきた首無し鎧にディックは兜を手渡した。
「はい、おまたせ」
鎧は受け取った頭部を自分で首の上にのせて、少し左右に回してからカチリとはめた。
「準備はいいかい?」
「あれ、どうかした? 黒さん」
黒騎士は何かが気になったように上を見上げた。
「なんか音がした?」
「気のせいだよ。さ、始めよう。座って座って」
ディックは卓上にカードを配り始めた。
タイトル通りです。




