手探りの黄昏時
勇者との晩餐を終えた私は、再び病人の様子を確認しに使用人用の棟に向かった。
晩餐と言ってもイラ湯を一杯飲んだだけなので大した時間はかかっていない。イラ湯は便利だ。体が温まるし量のわりに腹にたまって腹持ちがいい。食べられるようにするのに手間がかかりすぎるところは問題だが、元来、国境防衛のために生やしているだけの代物だ。増えすぎたら食べられるというのはとてもありがたい。
それにしても、厨房め。私が"今晩の自分の分は減らしてよい"といったのと、"客人にはそれなりの体裁で"といったのを、あんなとんでもないメニューで返してくるとは。なんなのだ、あの蒸かした拳芋が丸のまま皿に乗っているシュールなメインは! 見た瞬間、目を疑った。たしかに今の厨房にろくな材料はないし、拳芋ばかりが食卓に上る日々を過ごしてはいるが、ダイニングルームでの晩餐であれはひどい。
高慢ちきな帝国の勇者への嫌がらせではなく「ここではそういうものです」という涼しい顔で乗り切った私を誰か褒めて欲しい。
……私の皿もあれでなくてよかった。あれを真面目な顔で黙々と食べたあの子はとても偉い。塩を振っただけの芋をすごい勢いで一個丸ごと完食していたけれど、よほどおなかが空いていたのかしら?
そう考えたら、あのミソサザイのような少女が、ちょっとかわいそうになった。
「(小さいけれど、声は大きくて威勢はいいのよね)」
部屋に案内するときに軽く背を押したときの感触を思い出す。
肉付きの悪い薄い身体だったが、体内魔力は豊富で循環状態も良好だった。あれならあの細く小さな身体でも大の男と同様に寒さに耐え、馬での移動を含むハードな任務にも従事できるだろう。神聖帝国では魔術の研究は発展しておらず魔導師はいないと聞くが、呼び名が違うだけで勇者というのは一種の魔導師なのかもしれない。
従者の方も、手や肩に触れた感じでは見た目の印象よりも身体は鍛えられていたし、魔術的な素養もありそうだった。わずかな接触では読み切れなかったが、あれは何かしらの修練を積んだものの魔力だ。あの男はただの世話役ではなく魔導王国で彼女を守る護衛と見るべきだろう。魔道王国以外の民は魔術の素人でウツケだと侮って下に見るようなことすれば王城の者たちのように敗北する羽目になる。
「(あの従者。どこまでこちらの手を読んでいるのか)」
客間のタペストリーの裏の聞き耳穴に気づかれていたとしたら痛い。あの手の小細工はバレるとこちらの痛くない腹を探られる。おまけに今回は痛くない腹どころか、こちらの腹の内は真っ黒だ。
一応、無害で無難な建前の顔を作りはしたので、向こうが積極的にその話に乗ってくれれば丸く収まる可能性はある。あとはあちらがどれだけこちらの顔を立てる気になってくれるかだが……あの勇者はそういう駆け引きができないタイプだろう。丸め込みやすい相手と話を丸く収めやすい相手は同じではない。頭が痛い話だ。
「お客様には今夜は予定通り南西の奥の客用寝室でお休みいただいて。夜間は部屋を出ないように伝えてちょうだい」
守ってくれるかどうかはわからないが、あの勇者ならそのように事前に口頭で明確に伝えれば、違反するのを躊躇する可能性は高い。
使用人用の西の棟の通路を歩きながら、私は必要な指示をいくらか追加で出し、病人の眠る部屋の前で立ち止まった。
「月が昇ったら解呪の術式を行います。北側の庭の開けたところに寝台と儀礼の準備を」
「はい」
「関係者以外が近づかないように人払いは厳重に、特に勇者とその従者には警戒を」
「承知しました。奥様」
今回の騒動の中心である行方不明の呪われた聖珠は、おそらくこの部屋で眠っている彼女の体の中だ。
私はより精密に状況を把握するために意識を研ぎ澄ませて部屋の扉を開けた。
§§§
「どう思う? ディーノ」
「非常に興味深いですね」
「やっぱりあなたの読み通りだったわ」
案内された客用寝室の前室で、もっともらしい顔で頷いているイラーナを、ディーノは少し見直した。
「おわかりになられましたか」
「バカにしないでよ。さすがにわかるわよ」
イラーナは胸を張った。
「ここはとんでもなく貧乏だわ」
「あぁ~……まぁ、そうですね」
ディーノは興味なさそうに閉ざされた窓の鎧戸の隙間を覗き込んだ。
「なによう。それだけじゃないこともわかってるわよう」
「あまり期待してはいませんが一応お伺いしておきます」
「あの領主代理はきっと魔女ね。 でなければ魔導王国の妖魔の類よ。人間じゃないわ」
「お、こちらがイラーナ様の寝室で従者控えはこちらですね。いやぁ、気が利いてるなぁ」
「人の話を聞きなさいよ」
「人に聞かせたい話は吟味してください」
「むぅ〜」
イラーナは手近にあった椅子に腰掛けて、足をバタバタさせた。ディーノは部屋に用意されていた水差しの水で手布を絞ると、跪いて彼女のブーツを脱がせた。イラーナの華奢な足を丁寧に拭きながら、彼は「今夜はこのまま大人しくお休みください」と釘をさした。
「なんだか怖いわ」
「ディーノがおります」
イラーナは室内履きを履かせる手を止めて彼女を見上げているディーノの目をじっと見つめた。
「信用できない」
「ひどい」
「夜中に出かける気でしょう」
「いえいえ」
「ついていくわ」
「イラーナ様……」
イラーナはツンとすまして足先で従者をつついた。
「あの女の何をそんなに気にしているのか正直に言いなさい」
優男の従者は目を泳がせて、しばしためらってから渋々答えた。
「あのご婦人は……質問しなかったんですよ」
イラーナは思いがけない答えに目を瞬かせた。
「何を?」
「怪異です。普通、怪異が現れたとなったら、それがどのようなものかを知りたくなるでしょう」
「言われてみれば、そうね」
「だが、彼女は山賊とのやりとりやあの娘のことばかり聞いてきた」
「たしかに!」
捕らえたという男達からある程度聞いていたからという理由も考えられるが、それにしても全く触れないのは不自然だ。特に黒騎士について、彼女は周到に話題がそこに向かないようにしていたようにすら思われた。
ディーノの説明にイラーナは「考えすぎじゃないかしら」と思ったが、そういえば、ここに来たら問いただしてやろうと思っていた黒騎士の件を、今の今までまるっきり言及できていない。
「何か隠している?」
「はい」
イラーナは、晩餐の席で聖珠を出したときの女主人の様子を思い出した。「よく見せてほしい」と彼女のそばに来て、聖珠をじっと見ていた彼女の目は、まるで内側から光を放っているかのように強く輝いていた。イラーナはあの時、緑色の光の深淵に意識を呑まれそうになった。
魔導王国の北の外れに建つ暗い館に棲む黒衣の魔女。
その後ろに黒い騎士がいる姿を想像して、神聖帝国の聖女にして勇者たるイラーナは身震いをした。
バロールに白い月が昇った。
ヴィクトリアと黒騎士、悪役すぎる絵面がめっちゃ似合う(笑)




