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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋


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10/13

勇者の努め、領主の務め

 もともとイラーナはこの領主館に来るまではあれも言ってやろうこれも言ってやろうと少なからず思っていた。

 本街道の宿場をあれほどさびれさせるのは統治する領主の怠慢だ。盗賊の跋扈を許すなど言語道断。当主不在で統治ができぬなら返領せよ。……実際に返領を強要する気がなくても、そう強く脅したうえで協力を要請すれば、馬だろうが物資だろうが人手だろうが供出させるのはたやすいというのがディーノの見立てだった。彼女達はバロール領主の十全な支援を受け、盗賊をとらえ、聖珠を取り戻すことができるはずだったのだ。


 しかし、イラーナの目算は日が傾かないうちに崩れた。


 ギリ峠で怪異に襲われたあの村娘が、倒れて気を失ったまま目覚めなくなったのだ。

 事件の直後は無事な様子だったので、イラーナは特に気を配っていなかったのだが、手が空いて暇になったところでディーノが彼女の様子を見に行ったところ、具合を悪くして苦しんでいた。特に目立つ外傷はなく、持病もないとのことだったので怪異の悪影響に違いない。とはいえ解決策も介抱の仕方も見つからぬまま村娘の病状は悪化し、ついには意識を失った。

 イラーナは目の前で苦しむその娘を見捨てることはできなかった。

 ディーノが、ちょうど峠道を通りがかった旅人の馬を借りてくれたので、イラーナは彼と二人で領主館に先行することにした。洗った法衣はまだ乾いていなかったが、そんなものを待っていて人を死なせるわけにはいかない。領主館にいって何ができるかはわからなかったが、少なくとも寒村よりは取れる手段はあるだろうという希望的判断だった。


 実際に訪れた領主館はどこからどう見ても悪霊の住処で、イラーナは村娘を連れてきたのを正直後悔した。しかしふたを開けてみれば、当主の留守を預る女主人はイラーナが頼む前から病人の介護を引き受け親身になってくれた。


「いやあ、まいりましたね。これでは、強く出ようがない」


 館の女主人がまず病人の様子を見てくるといって席を外し、二人だけになったところでディーノは苦笑した。


「まぁ、あれだけ協力的に出てくれたなら、この後の要求も通りやすそうですが」

「なによデレデレして。ちょっと美人を見るとそうなんだから」

「いやいや、あれは"ちょっと美人"なんてもんじゃないでしょう。なんでこんな辺境にいるんだか」


 不満そうにぷうっと頬を膨らませたイラーナに気づかないふりをして、ディーノは客間の中を見回した。


「古くてしっかりした造りの領館ですね。調度品も良いものだし手入れもされている。だが、最近天井の釣り照明にろうそくを立てた様子がないな。長い間、夜に訪れるような客がいなかったか……あるいは、よほど困窮しているか」

「どういうこと?」

「ろうそくやランプオイルの無駄遣いすらできないんですよ。屋敷が暗いのはそのためでしょう」

「まさか! 領主の館なのよ」

「どうでしょう。街道がさびれていたということは、外との取引が絶えていたということです」


 王都とバロールを結ぶ北街道の交易都市ミトラが神聖帝国軍に焼かれてから、ろくに物資が入ってきていないのだろうとディーノは壁にかかったタペストリーを眺めながら眉を曇らせた。


「考えすぎよ」


 イラーナはそっぽを向いてそう断じたが、じきにその考えを改めることになった。



 §§§



「(晩餐が薄い玉葱の塩スープと蒸かした芋?!) 」


 黒い太い梁が並ぶ堂々たるダイニングルームで供された晩餐にイラーナは驚いた。

 先ほどのディーノの話がなければ、身なりがみすぼらしいからと己を侮ってのことだろうと怒っていたに違いない。しかしこのダイニングルームでも、天井から下がる大きな鉄輪の釣り燭台にろうそくはなく、長いテーブルの両端に作られた女主人とイラーナの席の前に卓上ランプがあるきりだ。さすがに出入り口付近の壁際には背の高い燭台が置かれているが、ほの暗い灯りはダイニングルームをゆらゆらと照らすだけで、分厚い木の装飾も深紅のカーテンも半ば闇に沈んでいる。

 器も銀器(シルバー)も重い立派なものであるだけに、皿の上に鎮座している蒸かし芋が何かの冗談のようだった。


「大したものがお出しできなくて申し訳ありません」


 静かにそう謝罪するバロールの女主人の前には、そのスープや芋の皿すらない。彼女の前にあるのはやや大ぶりのカップで、黒髪の美女が匙ですくいあげる中身はとろりとしていて湯気が立っていた。赤い唇がその粘性のある透き通った何かに濡れて艶やかに光るのが妙になまめかしい。

 イラーナはもそもそする蒸かし芋を咀嚼しながら、あれは人間の食べ物なのだろうかといぶかしんだ。


「それがあなたの食事ですか?」

「ええ」


 彼女は少し後ろめたそうにはにかんで目を伏せた。


「イラの根をさらして採った粉を湯に溶いたものです。特に味はないのですが……少しだけ花の香料を垂らしていますのよ」


 イラと言えばこの辺りの荒地に繁茂する棘のある草だか灌木だかわからないもじゃもじゃした厄介な茂みのことだ。ギリ峠の手前にもたくさんはびこっている。賊を追って領境を越えようとしたときに、結局イラの茂みが越えられずにギリ峠に続く街道まで遠回りさせられた。

 どういう加工をしたらあんなものが食べられるようになるのかわからないが、量はありそうだった。


「イラの根が食用になるとは知りませんでした」

「お試しになりますか?」

「いえ、私はこちらで結構です」


 やはりあんなものは人間の食べるものではない気がして、イラーナは塩味の芋をもぐもぐと頬張った。



「それで、実のところギリ峠で何があったのか細かなところをお聞きしてもよろしいかしら」


 最初に客間で手短に説明していたが、詳細までは語っていない。イラーナは女主人の問いかけに順を追って説明した。最初に山賊から村娘を助けたくだりで、女主人はその男達は何をしていたのかと尋ねた。


「なにって……こう、往来で一人を数人で取り囲んで……」

「不埒を働いていた?」


 女主人はその整った眉をキュッと寄せ、顔を険しくした。長テーブルの端と端なのにその緑色に燃える眼に殺気を含んだ怒りを感じて、イラーナは慌てて両手を顔の前で振った。


「いえいえ、そんなことは! ただこう立って話をして……あれ?」


 その時の情景を改めて思い出してみてイラーナは戸惑った。そういえば彼らは単に道端で立ち話をしていた。ほっそりとした村娘が人相の悪い大柄な男たちに囲まれていたので、てっきり暴漢に襲われているものだと思ったが、よく考えてみると特に何もしていない。

 イラーナはもにょもにょと当時の様子を説明した。


「その男達はすぐに立ち去ったのですね?」

「はい……」

「そしてその後、大勢でやってきた」

「そうです!」

「同じ男がいましたか?」

「え?」


 イラーナは記憶をたどってみた。……むさくるしいゴロツキ顔ばかりで覚えていない。


「いたような……たぶん」

「そうですか。無関係な別の一団の可能性もあるのですね」

「ん? そういわれてみれば……そう? あれ?」

「後からやってきた男達は、何をしたのですか?」


 イラーナはまた思い出してみた。洗濯板云々の下りはなかったことにして要点を抽出する。


「馬に乗って大勢でやってきて、ここは自分たちの縄張りだから帰れと言ってきました」

「そうですか。それから?」

「あの村の女の人を人質にして……」

「人質とは穏やかではないですね。人質がいないと危害が加えられそうな状況だったのですか?」

「んんん?」


 こめかみに指をあてて一生懸命考えてみる。たしか自分が勇者武装を発動しようとしたときに相手は剣を抜いていたような気がする。どっちが先だっただろうか?


「こちらは私と従者の二人で、賊に囲まれていました。皆、武装していて殺気立っていました」

「それは怖かったでしょう」

「いいえ」


 イラーナは即答した。


「私は勇者ですし、ディーノがいましたから」


 女主人は壁際に立って控えているディーノの方をちらりと見た。


「お強いのですね」

「勇者は田舎山賊ごときに負けません」

「では、打ちかかってこられても無事だったのですね」

「いえ、結局、賊は一度も私に手出しは……あれ?」


 イラーナは腕を組んで首を傾げた。たおやかな女主人はその様子を静かに見ていたが「ということは……」と言い出しにくそうに控えめに続けた。


「十分に武装したあなた方は、"帰れ"と言いに来た男達と()()になったが、互いに終始手は出さなかったということでよろしかったでしょうか」


 なんだか自分の認識と大きく食い違う結論が出てきてイラーナは大いに困惑した。これでは自分たちはまるで地元のやくざ者と問題を起こしたイキった難儀なよそ者のようだ。助けを求めるようにディーノに目をやると、彼は目を伏せて首をかすかに振った。「イラーナ様、その通りなのでどうしようもありません」の意味だ。腹立たしいがイラーナはディーノのその手の表情は明確にわかる。イラーナはしぶしぶ女領主に同意した。


「しかし、あの賊徒はハキマーの宿営を襲った凶悪な一味なのです!」

「と言いますと?」


 ドン、とテーブルを拳でたたいて強く主張するイラーナに女主人は小首をかしげた。


「元々、私達はハキマーの宿営地を襲った賊を追っていたのです」


 ハキマーには、軍が徴収した品の中に神殿で適切な浄化の儀式が必要な呪物があったために受け取ろうとして出向いたのだが、一足先に賊徒が他の品物と共にその呪物を奪っていってしまったのだとイラーナは語った。

 その呪物というのが本来は勇者の聖珠で、堕落した神官が秘匿していた物だったことや、軍がそれを横領しようとしていたことは伏せた。なにも魔道王国の地方領主代理に神聖帝国の汚点を晒すことはない。


「ギリにいた盗賊の首領は、ハキマーで盗まれた品を持っていました」

「それが呪われた品だったということですね」

「そうです! あのヒゲもじゃの山賊がハキマーの宿営地を襲って盗んだに違いありません!」

(わたくし)、領外のことにはあまり存じ上げないのですけれど……ハキマーの宿営地というのはそんなに警備が手薄な小さな宿営地なのでしょうか」

「いいえ。シロツカ平原北部一帯に展開する神聖帝国軍の部隊に物資を中継する重要な場所です」

「それは……ヒゲもじゃの田舎山賊に襲われて重要な秘匿物を取られるような警備状態だったのですか?」

「にゅ?」

「あのう、もしかするとハキマーを襲った賊は別のもっと手練れの一団だったのではないでしょうか? あるいは……」

「あるいは?」


 あたりをはばかるように目を伏せて、ためらいがちに声を落とした黒髪の美女につられるようにイラーナは身を乗り出した。


「お気を悪くなさらないでください。当て推量で申し訳ないのですけれど」

「何ですか?! 早く言ってください」


 バロールの女主人は、長いまつげが影を落としていたその緑色の眼をはっきりと見開き、射るような視線でイラーナをとらえた。


「ハキマーの宿営の襲撃という狂言を謀って、その呪物を処分しようとした者が帝国軍内にいたということはありませんか?」

「えっ?!」


 黒衣の美女は背を伸ばし両手を膝にそろえて、ささやくように告げた。


「本日、演習に出ていた当家の守備隊が不審な様子の男達を確保しました。彼らは狂乱状態にありましたが、一様にギリ峠に黒い怪異が現れたと証言しました。そのうちの一名が申すには、昨夜、拾った首飾りの石の中からその怪異は現れたと……」


 イラーナは思わず勢いよく立ち上がった。そのはずみで椅子が倒れてダイニングルームに大きな音が響いた。


「そ、その男は今どこに?!」


 女主人は落ち着いた様子で召使に椅子を直すよう身振りで指示を出した。


「所持品をあらため、証言を取ったのち、ちょうど出発予定だった部隊に預けて北方の労役に向かわせました」


「あなたからお話しいただいた状況を加味すると、厳しい北辺での土木作業を命ずるほどのことはなかったかもしれません。大したことはしていないので労役の期間は短縮できそうですね」と彼女は微笑んだ。


「聖珠……いや、呪物は所持品にありましたか?!」

「お待ちください。ただ今、持ってこさせます」


 彼女が手を挙げると、使用人がするりと部屋を出ていき、ほどなく文箱ほどの大きさの小ぶりの手箱を持って戻ってきた。イラーナは装飾文様の彫られた黒い手箱の蓋を急いで開けた。


「あっ、これ、ドラドーザで買ったお土産……じゃなくて。ない! ないわ!!」

「捕らえた一団が持っていた品はこれですべてです。どのような形状のものかもう少し詳しく教えていただければ、明日にでも捜索隊を出しましょう」

「ありがとう!」


 イラーナは自分の胸元に手を差し込み、首から下げた金鎖の先の飾りを引き出した。


「これと似たような形のものなの。ただし石はもっと曇った色よ」


 金鎖の先に下がった金属製の装飾格子の中では、澄んだ紫水晶がキラキラと輝いていた。

拳芋は概ねゲンコツ大のずんぐりした芋です。

イラはとげとげした灌木(というか茎に棘のある多年草)です。

この世界のオリジナル植物ですがイメージするときは概ねジャガイモと葛で近似していただければOK。

そのものではないので、特性が違ったりしても文句は言いっこなしですよ(笑)

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― 新着の感想 ―
 勇者と言っても、まあ世間知らずの小娘ですものね〜。 あの奥さまと互角に渡り合えるはずもなく、手のひらで踊らされてしまうかなぁ?  と、ちょいと意地悪い想像をしてほくそ笑む、いけない読者であります。 …
正義を掲げて、村民から物資を無期限借り入れ、あるいは軍票というただの紙切れと交換する、それまさしく勇者! まあ、まだイラーナさんは真っ当なので知らずに悪意なくやってきたのでしょうが……分かってやってる…
やってることが正義を掲げた盗賊なんよなあ
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