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長細いグラスを傾けている由良を見て、雅は腕を組んで壁にもたれて見ていた。
「俺の夢でも見ていたのか?」
「ぶはっ!」
盛大に水を吹き出してしまった。
「おい、布団を濡らすな」
「や…、だって雅ちゃんが…ええっ?」
由良は顔を赤らめて口元を拭う。
その様子を見て雅は小さく笑った。
「冗談だ。俺の名前を言った気がしたから聞いただけだ。気にするな。」
しかし君は汚すのが好きだな…と雅はタオルで丁寧に布団を拭いていく。
由良はグラスを片手に固まったままだった。
「み、雅ちゃん?」
雅は顔を上げ由良を見る。
顔は紅潮していた。
「もし、あたしが雅ちゃんの夢を見てたら…どう思ってたの?」
尋ねられ、雅は考える素振りを見せる。
「まぁ、そうなのか。と思うくらいだろうな」
「そ、そう…」
由良は残念そうに肩を竦めた。
何だ、少しは悦ぶ…とか、動揺とかして欲しかった。
由良は口を尖らせていた。
「…に、しても…何も無い部屋ね」
雅の部屋を見渡しながら由良は呟いた。
デスクに、ローテーブル、ソファ、ベッドしか無かった。
「越してきたばかりだしな。
それに必要最低限のものがあればいい。」
「そうなの…」
女の影も無さそうで、由良は少し胸を撫で下ろす。
「君は今日は休みだったな。ゆっくりして行っていい。外に出る時は鍵を閉めてくれ」
チャリ、とキーホルダーも何も付いていない鍵を手渡される。
由良は驚いてしまった。
「えっ!合鍵?」
「当たり前だろう?」
鍵を開けたまま家を出るなんて物騒だろうと言いながら雅はスーツを着ていく。
「雅ちゃん…。え?貰っていいの?」
ドキドキと手が震えるのを隠しきれず鍵を握る。
しかし雅は眉をひそめて由良へと視線を向けた。
「何を言ってる?
必ず返してもらわないと困るだろう」
な、なんだ…ただ預けただけなのね
由良はガックリと肩を落とした。
そんな由良をよそに雅は出掛ける支度を終えていた。
「部屋は好きに使っていいが、戸締りだけはしっかりとするように」
雅はきっと普通の事を言っているが、何故か大切に思われてる錯覚を覚え、由良は頬を染めて頷いた。
「それじゃ、仕事へ行ってくる」
まるで同棲しているみたい、と思いながら由良は手を振って見送った。
顔はまだ熱かった。
こんなにされた事は一度も無かった。
雅への想いが次から次へと溢れてきてしまっていた。
ベッドから降りて、グラスを洗いにキッチンへと行く。ここも物があまり無かった。
これから買い足すのだろうか。
もし良いのなら一緒に買いに行きたい…
そう由良は思っていた。
ふと、足元へ視線を落とすとダンボールが置いてあった。
まだ開けていないのだろうか。
ダンボールの側面には私物、と黒ペンで書かれていた。
見てはいけなそうだったが、好奇心に負けて、由良は座り込みダンボールに手を伸ばす。
蓋を開けると、写真立てだけが入っていた。
それを手に取り見てみる。
映っていたのは雅。
そして隣に女性。
特に抱き合ったり腕を組んだりなどしていなかったが、特別な存在なのだと分かる。
「可愛い子…」
雅と同じく黒髪を長く伸ばしている女性は楽しそうに笑っていた。
由良は小さく溜息をついた。
「やっぱり、あんな素敵な雅ちゃんだものね
…彼女くらい、いて当然だわ…」
由良は小さく呟いた。