日帰り勇者の異世界弾丸攻略
「知らない天井だ」
この時の俺はテンションが上がってしまっていた。この後にどんな目に遭うのかも知らずに——
「お目覚めですか? 勇者様」
金髪碧眼の美女、そしてこの反応、間違いない。異世界召喚きたー!!
「ああ、随分と長く眠ってしまっていたようだ」
「いえ、勇者様はつい先程こちらの世界に転移されたばかりですよ」
「そうか、何わともあれご苦労だった。で、早速本題なんだが、魔王か? 邪神か?」
すると、彼女は少し驚いたような表情で答えた。
「魔王です。なぜ勇者様はそのことをご存知だったのですか?」
俺はさも自信ありげに答えた。
「テンプレだよ」
「何をおっしゃられているのかわかりかねますが、この世界を救ってくださるのですね!」
「ああ、そうだ。ところで、この世界は魔王を倒したら元の世界に帰れるのか?」
「もちろんお帰りいただけます。それに、勇者様がこの世界にいらっしゃる間は勇者様の世界の時間は止まりますのでご安心ください」
なるほど、地球には帰れるのか。ん? いま、聞き捨てならないセリフが聞こえたぞ。俺がこの世界にいる間は俺のいた元の世界、つまり、地球の時間は停止する、だって?
「聞き間違いだったら悪いんだが、俺の元いた世界、地球の時間が止まるのか?」
彼女は少し不思議そうな表情を浮かべて言った。
「ええ、その通りでございますが、何か不都合がおありでしょうか」
え——
「え、ええと帰らないという選択肢はないのか?」
「そうですね……前例はありませんので、おそらくは不可能かと思います」
俺は驚きのあまり、今の自分のキャラを忘れて言ってしまった。
「マジで?」
「おそらくは」
タイミングが悪すぎる。実は明日はテスト最終日なのだ。さらに、そのテストは学年末テスト、しかも、俺はそこで赤点をとってしまったら進級をすることができなくなってしまう。俺はそんな状況の中、一夜づけを敢行しているところで召喚されてしまったのだ。
確かに、赤点をとってしまうと留年してしまうということと、そんな状況にもかかわらず、一夜づけを敢行していたのは完全に俺の責任だ。しかし、である。こんなタイミングで異世界に召喚されることってある? 誰も想定していない出来事だよね?
「では、勇者様、まずは我が国の王、アイザック・ショート様に謁見していただきます。その後に、勇者様を歓迎するためのパーティーを予定しております」
謁見にパーティだって? 滅茶苦茶異世界召喚っぽいイベントだな。でも、そんなことをしていたら、俺の脳内にあふれているこの一夜づけの記憶がとんでしまう。それだけは絶対に防がなければ!
「すまないが、俺にはやるべきことが残っているんだ」
「それはとても重要なこと——なのですね」
「ああ」
そう、今の俺には進級がかかった一夜づけをする必要があるんだ。
「承知しました。では、本日は王への謁見のみという——」
「いや、すまないがそれもできない。俺にはやることあるんだ。いますぐ魔王を倒しに行こう」
「さすがにそれは勇者様でも——」
「できる。俺は勇者だ。不可能を可能にしてこその勇者だろ」
ちなみに、今のセリフには、学年末テストは含まれない。
彼女は少し悩んだ表情をして答えた。
「では、せめて装備だけでも整えてから出陣をしてください。そうでないと、勇者様の首も私の首もとんでしまいます。あと——」
「すまない! 魔王のことを討伐した後にその話を手紙にでもして渡してくれ! また会おう、姫様!」
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彼女は走っていく勇者の後姿を見つめていた。
そして、彼女はそんな彼の背中を見てつぶやいた。
「勇者様……魔王も異世界から召喚されたようです。お気をつけください。あと、私はシスターです……」
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そんなこんなで俺は平原にいた。
「いや、ここどこだよ。さっきのお姫様にどうやって魔王のいるところに行くのか聞けばよかったー」
俺が平原でうずくまっていると、その様子を見かねたのか親切にも話しかけてくれる集団がいた。
「おい兄ちゃん、ここらでは見ない顔だが、大丈夫か? ここは魔物も出るし、賊も出るから気をつけたほうがいいぞ。体調が悪いってんなら、俺たちが送ってやるよ」
俺はこの強面のおっさんとその仲間たちが賊なんじゃないのか、と疑いながらもなるべくフレッシュな返事をした。
「ありがとうございます! 俺はいま魔王がいるところに向かっているんですけど、どこにいるのかわかりますか?」
俺が魔王という言葉を口にした瞬間、強面のおっさんは眉をひそめた。
「あ? 魔王だ?」
「そういえば、こいつ、ここらでは見ねえ顔立ちだし、今日召喚されたとかいう勇者様じゃねえか?」
「馬鹿かお前は、勇者様ってのはな王城で最低でも二年は訓練して、その後にダンジョンを攻略して、さらに訓練をして……やっとの思いで魔王城に行って魔王を倒してくれるんだよ。そんな勇者様がこんな平原に初日からいるなんてありえないだろうが」
それがありえるんだよな。事実は小説よりも奇なりとはよくいったものだが、まあ、信じがたいよな。俺だって、明日テストがなくて、進級がかかっていなかったら、絶対にパーティだって参加したし、五年だって十年だって訓練してから、魔王を討伐しに行っただろうしな。
ん? ちょっと待てよ。二年以上訓練しないと倒せないって……無理じゃないか? いや、俺の勇者マインドが『君ならできる!』と言っている。まあ、いけるだろ!
「ああ、実は俺は勇者だ。今から魔王を討伐しに行くところなんだが、案内してくれないか」
「本当に勇者だったのかよ! いや、でも俺たちは——」
俺は言葉を遮った。
「君たちがいないと、俺は魔王を倒すことはできない。どうか、お願いだ。世界を救うために……協力してくれないか……?」
「ああもう! わかったよ、協力しよう! 魔王城はここから西に三キロほど行ったところにある。そこまで、俺たちが勇者様を案内してやるよ」
いや、近すぎないか? 国防の面とか大丈夫なの? 王とかなんとか、お姫様が言っていたしここ首都とか王都とかだよな。
うーん、まあ、俺が気にすることじゃないか。
それよりも、さっきから言葉を遮ってごり押しすると意外とみんな俺に協力してくれるな。これが勇者補正とかご都合主義とかいうやつなのか? まあ、何でもいいがこれが俺の能力なのだとしたら、地味だな。
「ありがとう! これで世界を救うことができる!」
「礼にはおよばねえさ。ただ、勇者様の冒険譚が世に出るときは俺たちのこともしっかり書いておいてくれよ!」
「ああ、もちろんだ!」
すぐ帰る予定だが。
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あれから、ゴブリンを俺の話術で仲間にしたり、寝むっていたドラゴンを目覚めさせて、俺の話術で仲間にしたり、いろいろあって……、いや、ほとんど同じような出来事だったかもしれないが、俺たちは魔王城に到着した。
そして、俺はだいぶ板についてきたシリアスボイスで言った。
「ここが魔王城か……」
「ああ、そうだな。それとよ、勇者の兄ちゃん、俺たちはいろいろと考えたんだが、最後まで兄ちゃんの冒険に付き合いたいんだ。俺たちを魔王のところまで連れて行ってくれるか?」
「ダメだ、と言ってもついてくるんだろ? なら、俺と一緒に、いや、俺たちで伝説を作ろうじゃないか!」
こんな羞恥心があふれるほど出てくるセリフにも、どうもみんないい反応をしてくれるんだよな。
「そうだな、兄ちゃん! お前ら、いくぞ!」
「「「うおおお!」」」
と、士気も上がったところで早速魔王城に突入しようと思う。ここまででだいたい、異世界に召喚されてから二時間強の時間がたっていた。普通に進行した場合と比べて、二年以上節約できているから、だいぶ良いペースだ。これなら、完全な状態で一夜づけすることも不可能ではない。
「よし、じゃあ行くぞ! さっき会ったばっかりのドラゴンさん、門をぶち破ってくれ!」
すると、ドラゴンさんは見事に門にタックルをかましてぶち破ってくれた。その姿はまるで、鉄球のようだった。
「みんな、突撃だー!」
あれよあれよという間に魔王城最深部、つまり魔王のもとに到着した。もちろん、途中に四天王が一人とか言っている奴が四、五人いたが、そいつらはすべて親切なおっさんやゴブリンたちが『ここは俺に任せてくれ』といって引き受けてくれた。
そして俺は今、魔王と対峙していた。
「魔王よ、われは異界より召喚されし勇者、夏井瞬なり。魔王、貴様も名乗るがよい!」
すると、魔王はどこか驚いたような表情を浮かべた。
「え、瞬? 俺だよ俺」
なんか聞いたことがあるしゃべり方だな、もしかして……
いや、待てよオレオレ詐欺かもしれないな。よし、ためしてみるか。
「え? もしかして優斗?」
「いや、違うわ。え? 博人だよ」
「いや、すまん。気づていたけど、オレオレ詐欺を疑ってカマかけてたんだよ」
博人は不思議そうな顔で言った。
「でも、どうして瞬が勇者なんだ?」
いや、そんなこと聞かれてもわからないな。それよりも、魔王が博人なら話し合いでけりをつけられるかもしれないな。
「それはこっちのセリフだけど、とりあえず情報交換もかねて話し合いしないか?」
博人は微笑んだ。
「そうだな、平和主義国家から来た俺たちが戦争とかするもんじゃないしな。停戦協定でも結ぼうぜ」
「やっぱり、異世界の体験よりも地球の友だな」
「なんだよそれ」
俺は、持つべきものは友だなとしみじみと感じた。
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俺はまだ興奮が冷めないまま、一夜づけを敢行していた。
「やばい、もう外が明るくなってきてる。でもまだ、数学が終わってない。もう留年かもしれない」
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あれから、俺たちの高校では学年末テストが行われ、博人はもちろん進級し、俺も何とかギリギリではあったが、留年を回避することができた。
え? 話し合いの後どうなったかって?
停戦の決定を勇者の俺と、魔王の博人がくだした瞬間、俺たちは、強い光に影が打ち消されるように異世界から消失させられたのだ。そして、今に至るというわけだ。結局のところ、俺たちは、あの世界にとっての異物でしかなかったのかもしれない。
それでも俺は、この短期間ではあったが、異世界に召喚された時間を心に刻み、二度と一夜づけはしないと心に決めた。