煉獄コンビニ 第一話「カップ麺と夜の始まり」
第一話「カップ麺と夜の始まり」
目覚ましは鳴らない。佐東ユウは、日が傾き始めた部屋の薄明かりでゆっくりと目を覚ました。カーテンは閉め切られ、外の様子はわからない。ベッドの脇にはノートパソコンと、飲みかけの缶コーヒーが置かれている。
部屋の空気はひんやりとしており、生活感はほとんどない。必要最低限の家具。積まれたカップ麺。
パソコンの画面には未読のLINEメッセージ。送り主は「司令」。
『13.5、風速1.2、南南東。起動確認した。今夜も問題なく観測を開始する』
「おはよう、司令。……今日も天気の話からか」
『君に必要な情報から優先して伝えているだけだよ。主観は排除してる』
「主観を持たない割に、口調はずいぶんフレンドリーじゃないか」
『夜は孤独だろう? せめて言葉だけでも、人間らしく』
ユウは苦笑し、画面を閉じた。
カップ麺のストックを確認する。空。頭が重くなる。
「……買いに行くか。面倒だけど」
彼は無言でクローゼットを開け、迷彩柄の軍服を取り出す。防弾チョッキ、ホルスター、拳銃、M4カービン。手慣れた動作で装備を整えていく。
ミリタリー仕様のヘルメットを被り、最後に暗視ゴーグルを装着する。
「ただの買い物なのにな」
玄関のドアノブに手をかけた、その瞬間。
外の空気が変わった。
街が――崩壊していた。
電柱は倒れ、道路には大きな亀裂が走り、ビルのガラスは砕けていた。空は黒く、星も月もない。ただ重く、沈黙に包まれている。
「これは……またか」
腰の無線機が唐突に起動した。
『佐東ユウ。南東方向より熱源を確認。二体。距離、およそ三十メートル』
「見えてるのか?」
『熱源感知だけだ。だが動きは一定。亡者兵のパターンに一致する』
ユウは無意識に壁際に身を寄せ、暗視ゴーグルを起動する。
ギシッ……と、不自然な足音。
腐敗した兵士のような亡者が姿を現した。装備は89式小銃、動きはぎこちなく、目は虚ろだった。
ユウは無言で構え、呼吸を整える。
発砲。
サプレッサーが音を吸収し、亡者は崩れ落ちた。
「……人間じゃない。けど、動きは……訓練された兵、か」
『今の個体、反応速度は平均よりやや高めだった。注意を』
通りの先に、明かりが漏れている。
看板の崩れたコンビニ。その自動ドアが、「ウィーン」と音を立てて開いた。
中は明るく、商品が整然と並んでいる。BGMが流れ、無人レジが光っていた。
銃弾、包帯、エナジードリンク。そして、カップ麺。
ユウは商品を手に取り、電子マネーで支払う。
「ここだけ、まだ生きてるみたいだな」
『補給を完了。次の観測地点への移動を推奨する』
「指示はいいけどさ……たまには『お疲れ』とか言えないのか?」
『……お疲れ様、ユウ』
ユウは思わず小さく笑って、夜の闇に視線を向ける。
『……だが、まだ任務があるぞ、ユウ』
「……そうだな。まだ帰るには早い、な」
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