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手風琴弾きのリュカ

 むかしむかし、あるところにリュカという男がおりました。

 森のそばにある大きなお屋敷に代々やとわれている道化師です。

 リュカのおじいさんは手品が、おとうさんはジャグリングとおしゃべりが得意でしたが、リュカは手風琴を弾く以外のことは、あまり上手ではありませんでした。

 お屋敷にはリュカと同じ年頃のお嬢様がいます。

 リュカの仕事は、このお嬢様を笑わせることでした。

 けれどもお嬢様はなかなか笑ってくれません。

 リュカたちが一生懸命芸をしても、少しも笑わないのです。

 そのうち誰もがお嬢様を笑わせることをあきらめてしまいました。


「どうやったらお嬢様は笑ってくれるだろう?」


 リュカはおじいさんやおとうさんの真似をしましたが、うまくいきません。

 どれだけ練習をしても、お嬢様の前へ出るといつも失敗してしまうのです。



 あるとき森で狩りがありました。

 お嬢様は大だんな様ややとわれた村の男たちが獲物を追うのを、退屈そうにながめています。

 リュカはお嬢様に声をかけましたが、おしゃべりの上手でないリュカはお嬢様を楽しませることができません。

 狩りの様子を伝えても、きれいなお花を渡しても、お嬢様の顔は晴れることがありませんでした。

 そうこうするうちに日が暮れて、お屋敷の大だんな様がイノシシを捕まえて帰ってきました。

 たき火の前にどっかりと大きなイノシシを置いて、宴がはじまります。

 狩りを手伝った村の男たちはお屋敷で作られたお料理を食べ、お酒を飲んで、大きな声で笑いました。

 そのうち歌がはじまって、リュカが手風琴を弾きはじめると、厨房を手伝っていた女たちも加わって踊りがはじまりました。

 オレンジ色の光に包まれて、みんなが楽しそうに笑っています。

 リュカは手風琴の蛇腹をのばしながら、そっとお嬢様を探しました。お嬢様はいつの間にか椅子から立ち上がって、村の女たちと楽しそうに踊っていました。

 リュカははじめて、お嬢様が笑っているところを見ました。

 そうして、今が夜でなければもっとよく見えるのにと思いました。



 翌日、リュカはお嬢様の前で手風琴を弾きました。

 今度は明るいところでお嬢様が笑うのを見たかったのです。

 お嬢様は小さく笑って、村の女たちに教わった踊りをはじめました。

 スカートのすそをほんの少し持ちあげてブーツのかかとを鳴らし、軽やかにステップを踏んで両腕を広げます。

 リュカはお嬢様が笑ってくれることが心の底からうれしかったので、何度も何度も手風琴を弾きました。



 あるとき、お屋敷にお客様がやってきました。

 お客様はごちそうを食べてお酒を飲んで楽しそうですが、お嬢様は退屈そうにしています。

「お嬢さんは具合が悪いのですか」と心配するお客様に、だんな様が「これは愛想も面白みもない娘で」と答えると、お嬢様はぎゅっと唇をかんでうつむいてしまいました。

 お料理をあらかた食べ終わったところで、リュカたち道化師の出番がやってきます。

 リュカは手風琴を弾くことにしました。

 あの曲を弾けば、お嬢様は顔をあげて笑ってくれるだろうと思ったのです。

 蛇腹を引きのばしてから風を送ると音が鳴って、いくつもの音が続きます。

 リュカは手風琴を弾きながら、顔をあげてにっこりと微笑んでいるお嬢様を見ました。

 テーブルクロスに隠れた足がとんとんとステップを踏んでいるのがおかしくて笑うと、お嬢様は意を決したように椅子から立って踊りはじめました。

 もうお嬢様のことを愛想も面白みもない娘と言う人はいないはずです。

 狩りの日の村人たちのように手を打って口笛を吹き、満面の笑みで迎えるでしょう。

 だんな様の声を聞くまで、リュカはそう信じていたのです。


「下々の踊りなど、なんとはしたない!」


 赤い顔をしただんな様が葡萄を投げて、お嬢様は踊りをやめてしまいました。


「どうせお前が教えたのだろう。クビだ!」


 大だんな様がとりなしてくれましたが、だんな様は聞く耳を持ちません。

 とうとうリュカはお屋敷を追われてしまいました。



 リュカは固い木靴をはいて森を抜け、小高い丘の上で歩いてきた道をふりかえりました。

 日が暮れてからしばらくたっていたこともあって、あたりは真っ暗でしたが、お屋敷には夜でも明かりがついているのですぐに見つけられました。

 あの中にはきっと、お嬢様やリュカのおじいさんやおとうさんがいるのです。

 リュカは切り株に座って、手風琴の蛇腹をのばしました。

 お嬢様の好きだった曲をいくつもいくつも弾きました。

 頭の上でお月様が静かに輝いています。笑ってくれる人も、踊ってくれる人ももういません。

 鍵盤に指を走らせながら、リュカはようやく気付きました。

 お嬢様は一緒に笑ってくれる人が欲しかったのではないでしょうか。

 たくさんの人に囲まれていても、お嬢様は一人ぼっちなのだということに、あのお屋敷にいる誰もが気付かなかったのです。

 蛇腹にぽつりと涙がこぼれました。

 一人ぼっちとはどれだけ寂しく悲しいことなのでしょう。

 森を抜けた小高い丘は村を見渡すことができるけれど、ここには誰もいないのです。

 そのときです。お屋敷の明かりの一つがふわりと動きました。

 どこか物悲しい光は、まるで踊るように右へ左へと揺れています。

 お嬢様だ、とリュカは思いました。

 リュカは顔をあげて、もっと大きな音が出るように蛇腹を押したり伸ばしたりしました。

 そうして大きく息を吸って、喉のところで涙を止めました。

 自分が泣いていたら、お嬢様も泣いてしまうような気がしたのです。

 日がのぼってお屋敷の明かりが見えなくなるまで、リュカは何度も何度も手風琴を弾きました。

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