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九尾の狐の娘  作者: 冬戸 華
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第4話 巫女

 万姫が宗仁と逢瀬を重ねるようになってから一年程が経った頃。京の周辺は大干ばつに見舞われていた。何日も雨が降らず、食物は次々と枯れ果て、民は飢えから強奪をするようになった。

 

 ある日、万姫の小屋へ訪れた宗仁は、初めて万姫に頼み事をした。


「万姫、巫女をやってくれないか。」

「は?巫女ですか?」

「そうだ。いや、一時的にだ。ずっとではない。今、京周辺は大変な干ばつに民が飢えておる。そなたの妖術で雨を降らす事はできまいか。」


 万姫にとって天候を操る事など造作もない。だが、なぜこの男が頼むのか…。


「黙っていてすまなかったが、私は鳥羽上皇という者だ。いつか話そうと思ってはいたが…。万姫の母殿が王を籠絡していた事を悔いるそなたが、私が上皇だと知るといつか離れてしまうのではないかと恐れて、話す事ができなかった…。」


 ああ、そうか、と万姫は思った。高貴な服を着たり政務の話をしたり、ある程度予想は付いていたが、あえて万姫から正体を聞く事はしなかった。今はすでに、彼が何者でもいいと思えるようになっていたからだ。

 上皇様に対し失礼な態度をかなりとってきたが、それは許してもらおう。


「雨を降らす事はできます。が、どのように行うのですか?」

「神宮で雨ごいの儀式をやる。その時そなたに巫女として儀式を執り行ってもらいたい。

そなたにとって、危険なのは承知なのだが…他に術がないのだ…。」


 神宮…。陰陽師や僧侶などがいる宮中関連の場所は、妖怪にとっては多くの敵の檻に入るようなものだ…。

 が、珍しく宗仁が頼み事をしてきた。それも、万姫にとって危険を伴う事を承知の上で。


「分かりました。やりましょう。いつ行いますか?」

「干ばつはひどい。できれば早い方がいい。」

「では、準備出来次第お呼び下さいませ。」

「ありがとう、助かった。」

 礼を言うと、宗仁は急いで御所へと戻っていった。


 雨ごいの儀式を神宮で進めていた勅使たちは、突然の上皇の指示に戸惑っていた。

「儀式を玉藻という巫女に務めさせる。」


 豊穣祭など神宮で行う儀式は神聖なもので、天皇の勅命があった正式な勅使たちが執り行うのが通例である。

 それを、どこの宮の巫女とも分からない者がいきなり努めて良いものか。いくらかの神官達は反対したが勅命だ。逆らう事はできない。

 本来の重要な仕事を奪われたかのような気分になった神官たちは、その巫女とやらがいかほどの者であるのか見てやろうという気持ちを心中に潜めた。


 翌日、祭事場にやってきた巫女は、皆に拝礼すると厳かに祭壇に上がった。神官たちはみな一様に驚いた。どんな巫女がやってくるのかと思えば、実に麗しい美貌のうら若い巫女である。

 誰もが目を奪われた。


 舞も美しく流麗であった。しゃらんと神楽鈴を鳴らし、鈴と榊を手に長い袖をたなびかせ、途切れる事なく厳かにかつ優美に舞う。


 舞を始めて幾ばくも無く、ぽつりぽつりと雨が降り出した。誰もが無言だった祭場にどよめきが起こった。

 確かに勅命で連れてこられた巫女だけある。神官たちは、その玉藻という巫女の実力を認めざるを得なかった。


 儀式が終わると同時に、雨が一層強く降り出し、乾いた大地がみるみる水を吸い込み、民は久々の雨に喜び天を仰いだ。

 

 その後も干ばつは続いた為、都度玉藻という巫女が呼ばれ、雨ごいを行った。

 すると必ず雨が降る。枯れた大地は潤い、新しい芽吹きは勢いよく育ち、沢山の粒を実らせた。数年に一度は起こると言われる大干ばつを乗り越え、飢えから逃れる事のできた民は大変喜んだ。

 

 この頃には神官を含め誰もがこの巫女に感謝するようになっていた。かくて、巫女の玉藻は京では名の知れた存在になってしまった。


 万姫は正直戸惑っていた。妖術を封印すると誓っていたが、こんな形でその封印を破るとは思ってもいなかった。


 そして、多くの民が感謝してくれる。


 妖術を使って感謝されるなど、全くもって初めての事だった。無論、民はこれが妖術のお陰だとは知るはずもないが…。


 祭事場から一人帰ろうとする万姫に、声をかけてくる者がいた。着ている物は貧しく、体もかなりやせ細り、髪はぼさぼさだった。

 どうやら女のようだが貧民だろうか。女は同じようにやせ細った幼子を抱えており、万姫の着物の裾を引っ張って声を掛けてきた。

「突然申し訳ありません。あなたがとても力をお持ちの巫女様とお見受けしまして…。」

 おどおどしながら女は言った。

「どうかされましたか?」

「はい…。私達には食べる物も住むところもありません。この子も流行り病にかかってしまい…。ですが、お金がなくお医者様に診てもらう事もできません。どうか巫女様のお力で何とかなりませんでしょうか…。」


 あまりに哀れな姿だった。万姫はためらうことなく幼児の額に手を当てた。熱がある…。

 誤魔化しに念仏のようなものを唱えて、妖術で病を消した。すると、子どもはみるみる内に顔色が良くなり、泣く声に力がみなぎった。

 これには母も驚いた。何という素晴らしい巫女様だ。

「あ、ありがとうございます。本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません…。」

 女は泣きながら万姫に大層感謝した。

「いえ、一時的に良くなっただけですよ。この先は、しっかりと清潔な水と栄養を与えてくださいね。」

 と、懐からいくらか金貨の入った袋を手渡し、盗難に気を付けるように言うと、泣き感謝する母子を置いてその場を去った。




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