第5話 フランチークが大陸を離れる日
フランチークは逃げ出したい衝動に駆られていた。逃げ出してしまおうかと、何度も思った。しかし、どこに逃げられるというのだろう?
一方で、頻繁に顔を合わせるようになったパヴェルときたら、のんきなものだった。作戦の劇的な成功を一切疑わず、しかも短期で終わることばかりを考えている。
「いいか? おれたちはこれから軍人だ。上下関係はしっかりしておこうぜ。こっちが上官で、お前は部下だ」
大貴族のおぼっちゃんは兵隊ごっこにご満悦か、とフランチークは内心あきれ果てた。
大島における土候の反乱の扇動作戦には、イオキア伯爵家がその立案からかかわっており、かの家の意向をくまざるを得ないらしい。
さらにいえば、パヴェルは、大島において一度作戦が始まってしまえば、イオキア伯爵家というよりは、パヴェル・イオキア個人がなし崩し的に作戦の決定権を得ると推測しているらしく、自らの辣腕こそが作戦の要であると確信しているようだった。
そしてついに、フランチークが大陸を離れる日がやってきた。
本当にこの海があの帝都の港と一続きに繋がっているのだろうか? 大島に上陸したフランチークは、船酔いに苛まれる中、このように思った。
見慣れぬ海、見慣れぬ空、見慣れぬ植生、見慣れぬ地形──それと、見慣れぬ化外人。
大島北岸の港湾の周囲には、都市が形成されつつあるようだった。名目としてはこれらの港湾はオルゴニア皇帝の直轄地だ。
オルゴニア帝国外征軍本隊の駐屯地もある。外征軍の兵たちは、敵対的な化外人部族による襲撃からの防衛を現在の任務としながらも、実際には抑留されているも同然だった。オルゴニア帝国の農村部から強制的に徴用され、この化外の地に連れてこられた上に、留め置かれた環境は劣悪だ。
もしもオルゴニア帝国外征軍がさらに内陸へと進もうとしても、要所はカルドレイン王国の兵、もしくはカルドレイン王国に恭順した化外人の部族が守りを固めているため、手痛い反撃をもらうことは必至だろう──
与えられた休養期間に、フランチークはこのオルゴニア帝国外征軍の支配地を見て回り、前述のような印象を受けた。