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第4話 伯爵家の鼻つまみ者


 フランチークの図書館籠りは、相も変わらず続いていた。知識をかわれて、長期にわたる探検調査に駆り出されることもあったが、それ以外についてはおおよそ、彼の肉体は大図書館の中にあった。

 一方で彼の魂は、現実の場所と時間を離れて、解放戦争時代をさまよっていたといえるのかもしれない。


 彼は修道会が編纂した正史を何度も読んだ。現存する野史も余さず読んだ。当時制作された石碑の碑文の写し、反乱軍兵士が残したといわれる望郷の詩歌──とにかく、解放戦争時代の情報がわずかにでもほのめかされているものは、全て読んだ。


 彼の頭の中には、解放戦争の地理的推移と時間的推移が再現されていた。それは絶えず点検され、常に更新されつづけたが、全体としてはすでに完成しているものだった。無論、資料上の欠落というものはどうしても残ってしまうが、事象の細部に繰り返し現れる構造と全景を把握すれば、その空白を埋めることは訳がなかった……すくなくとも、フランチーク自身はその推論が正しいと確信することができた。


 やがて彼は、その推論を自著として残し始める。


 ある日、彼の執筆を妨げる来訪者が現れた。

「フランチーク・レンロスくん、だね?」

 現れたその若者は、どこか軽薄な印象の男だった。

 当世風の身なりと、自信に満ちた顔つき。ある意味ではこの図書館という空間にもっともふさわしくなく、実際、それはまるで見覚えのない顔だった。


「おれはパヴェル・イオキア」来訪者はにやりと笑った。「きみと同じ、伯爵家の鼻つまみ者ってところかな。レンロス伯爵やきみの弟君とは社交の場で会ったことはあるが、きみとはこれが初対面だな」


 さすがのフランチークもイオキア伯爵家の家名は知っていた。現代においても皇帝派として名高く、皇帝からも様々な特権を付されている、帝国有数の大貴族の家門である。


 たしかに貴族のぼんぼんといった感じだな、とフランチークは思った。

「イオキア伯爵家の方が、いったいなんの用でしょうか」

「聞くところによると、きみは古代言語が得意だそうだね」

「専門は解放戦争史ですが」

「それはこの際どうでもいいよ。──おれはいま外征軍の特務機関に従事していて、化外人との連絡役を探している。その連絡役に、きみが適任ではないかと思ってね。おれにとっちゃあ、言語学なんていうのはちんぷんかんぷんだが、化外人は古代語を使うんだろう?」


 パヴェルの言うことは、おおむねは正しかった。

 古代においては大陸と大島はほぼ同一の言語を使っていたと考えられている。しかし大陸側では解放戦争後、言語における魔術的要素へとつながりうる語彙、文法、文字体系、発音、詩形がに修道会の主導によって排除された。この根本的な改定により、現代の修道会言語へと変貌したのだ。


「なあ、フランチークくん──いや、フランチーク・レンロス!」パヴェルは体を寄せて、強引に肩を抱き寄せた。「これは千載一遇の機会なんだよ。この大陸のなかじゃあ、おれたちみたいなのは飼い殺しのままで、けちなおこぼれしか回ってこない。実際、おれは三男で家を継ぐ見込みはないし、きみは長男だがお家から勘当されているも当然じゃないか。皇帝陛下は、この鬱屈とした世界の改革者なんだよ。巷じゃあ悪く言うやつもいるがね。外地進出こそがその改革なんだ。──おれと一緒に大島にわたって、一旗あげようぜ?」


 ベラベラと口の回る男だな、とフランチークは冷ややかに思った。この手の人間を信用する気にはなれなかった。むしろ軽蔑するべき人間の類型といえよう。

 ──大島にわたって一旗あげる、だって? カルドレイン王国だって馬鹿じゃない。なにせあの国は伝統的に陰謀に長けている。それに、化外人土候だって、オルゴニア帝国外征軍が企んでいるどおりに、動いてくれるだろうか?

 信用できない人間と、成算が見えない作戦。まったく心惹かれない勧誘だった。

 ──勝手にやればいいさ。しかし、こちらを巻き込んでくれるな。


「申し訳ありませんが、お断りします」

 パヴェルはじっとフランチークの目を見た。そして、ため息を一つ。おもむろに前髪をかきあげる。

「悪いが、実はきみにはこの誘いを断る権限はないんだ」

「はあ?」

「さっきも言ったが、おれは外征軍の特務機関に所属していてね。帝国内のものを徴用する権利が貸与されているんだ。外征軍の作戦のためには、きみは必要だ。必要だから、きみは徴用される。従わない場合は、すなわち脱走兵だな。……それがどのような意味を持つか、わからないきみではあるまい」

「──」

 フランチークは愕然とした。こいつ、なんてことをいいやがる!

 おののくフランチークをみて、パヴェルはにやりと笑った。

「まあ、仲良くやろうじゃないか。心配することはないさ。おれたちの伯爵家のご先祖さまは、もとを辿れは戦争で名を挙げた連中だったわけじゃないか。おれたちにだって、同じことはできるはずさ」


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