表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/8

第1話 時間が経つごとに、世界からは

 オルゴニア帝国の臣民に向かって『フランチーク・レンロス』の名をいってみたえ、『外地戦争の英雄』という言葉が返ってくるだろう。『外地戦争の英雄』ときいてみたまえ、人びとは『フランチーク・レンロス』の名を答えるだろう。

 戦争を終わらせる者、被支配民族の解放者──あるいは、オルゴニア帝国外征軍の裏切り者。

 フランチーク・レンロスは貴族の家に生まれ、歴史を学び、外地に渡り、抑圧されていた化外人たちを率いて征服者を打ち倒し、外地戦争の英雄となった。その後、いわれなき罪に問われて国内に連れ戻されたが、しかし、彼の名声が損なわれることはなかった。


 ぼくは母さんに似たのだろう──と、幼いころのフランチーク・レンロスはしきりにこう思った。

 母親と父親はいとこ同士らしかったが、長子のフランチークからするとその二者は似ても似つかないように思えた。


 片方は、繊細で、清らかで、儚くて、まぶしいような記憶の中にいる、もう死んでしまった人。

 そしてもう片方は、まだ生き残っている人。傲岸で、強欲で、そのくせ愚かな人。一体、伯爵位がなにになるというのだろう? 由緒のある家門ではあるが、この俗物の下では、さして大きくもない領邦は疲弊していく一方だ。


 フランチークが物心がつく前から慣れ親しんだ古美術品は、しかし、年を経るごとにつぎつぎと居城から運び出されていった。どこかに消え去ってしまうのだ。そのたびにフランチークは自分の胸の中に虚しさを覚え、苦しい気分になった。


 価値があるものは、その美しさと繊細さゆえに、儚いものであり、揮発するように消え去ってしまう──このような観念を、少年期のフランチークは抱いた。

 反対に、愚鈍でくだらないものはいつまでも消滅せずに、摩耗しながらもその場に残り続けてしまう。

 これは恐ろしいことだぞ、と当時のフランチークは思った。この考え方が正しければ、時間が経つごとに、世界からは価値があるものが消え失せていき、そして最後には価値のないガラクタばかりが世界を埋め尽くしてしまうのだ。果たして、自分が大人になるころまでに、世界に価値があるものは残っているだろうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ