2-3 ~第一章・付き従う者 その3~
“魔女屋敷”があるじゃないか。
銀髪の女の子のことや、退学になった一件でしばらくは近くにも行かなかったけれど。
あの公爵邸、もしかしてトレーニング施設としてはかなり優秀な部類に入るんじゃないか?
足腰鍛えて、目指せ俊足!
追っかけ番犬からの逃走ゲーム!
逃げ切れた後にあなたを待つのは、今まで味わったことのない爽やかな汗と達成感。
何度も繰り返すことによりあなたの両足はまるで韋駄天のごとく風を切る矢のごとし――。
待て。ちょっと待て。落ち着け。
確かそれで、僕は死にかけたんじゃなかったっけ?
繰り返すの? 馬鹿なの? 死ぬの?
いや、でもそれだけではなかったはず。
迫り来る灼熱の炎。君は、この地獄を乗り越えることが出来るか?
身を守れる物は、君を屋敷の奥へと誘う深紅のカーペット。
この地獄を乗り越えられた者は、以後どんな悪魔が生み出す闇の炎も恐れず、火竜の息吹さえものともしない屈強な肉体と精神を――。
待て。ちょっと待て。落ち着け。
確かそれで、僕は燃えかけたんじゃなかったっけ?
ていうかそもそも、なんであの公爵邸、邸内の廊下の天井に火炎放射器がさも当たり前のように設置してあったんだ……?
それに身を守れる物はカーペット、も何も。
燃えたし。即行で燃えたし。ものの数秒で燃えカスになったし。
危うく僕も燃えカスになるところだったし。
いや、でもまだまだあったはず。
神々の怒りに、君は成す術があるというのか。
天が、地に堕ちる。愚者を裁こうと無数の断罪の針が迫り来る。
神の裁きに下る前に君に残された可能性は、ただひとつ。それは――。
待て。ちょっと待て。落ち着け。
確かそれで、僕は走って逃げただけじゃなかったっけ?
というよりさっきから思っていたが、瞬発力や反射神経が鍛えられるだけで……いやそんな凄いものじゃない。
逃げ足が速くなるだけで何の戦闘訓練にもなっていないような気がする。
事実、先述のトラップは全て全力疾走だけで踏破した訳であって。
俗に言う、愚直ダッシュっていうやつです。
え? そんな言葉知らない? だったら辞書で調べてください。
間違いなく載ってないから。
ここで僕はひとつの結論にたどり着いた。
アレクサンドロス公爵邸、通称“魔女屋敷”を利用しての訓練は。
騎士を目指す者において。
全くもって、役に立たないということが分かった。
むしろ、盗賊になれる気がする。
侵入だとか、トラップだとか、逃げ足だとかはまさに盗賊が必須とするスキル。
この際、訓練校を退学になったわけだし、盗賊を目指すのも悪くない気がしてきた。
と、まぁ、そんな半ば本気だった冗談はさておき。
あの銀髪の女の子。
彼女にもう一度逢いに行ってみる、という大義名分ならば。
“魔女屋敷”に再度行くという試みもあながち悪くないのではと考えていた。
元々僕が大きな罪に問われなかったのも、皆が好き好んで訪れる場所じゃなかったという事もあったから、ある程度時が経った今、僕がもう一度“魔女屋敷”に行こうとも見張っている人間なんていないのではないのだろうか。
万が一、僕の姿を見かけたところで。関わり合いになりたいとは思うまい。
街の住民や訓練校の生徒、教師達から見れば。
僕は『呪われている』も同然――だ、そうだ。
実に気分が悪い。
嫌われている人間だからって、いくら悪口陰口叩かれても気にしないと思ったら大間違いだ。
もしも僕が本当に『呪われて』いて。
今後もあいつらが僕の心を蝕むような扱いをするのであれば。
おめでとうございます皆様。
僕が回す不幸のルーレットに当たった方から、順番に。
もれなく、『呪い』という素敵な贈り物を差し上げます。
なーんちゃって。くだらない。
でも、簡単な、軽い仕返し程度なら。してやるのも面白そうだ。
そうなると以前は全く興味がなかった単語に、自然と興味が湧いてきた。
なんだっけ、アレ。
なんていうんだっけ。
『誓約者』?