1-6 ~序章・その6~
すると女の子は目をもう一度パチクリとさせると、突然オーバーリアクションで驚きだし、顔を真っ赤にして後ろを向き、両手で顔を覆いながら俯いてしまった。
何がなんだかわからない。
少なくとも顔を真っ赤にするほど格好の良い台詞ではなかったことは確かなのだが。
それだけ大きなリアクションができるなら是非最初の、
「あの、どうも、不法侵入者です」
の時点でやってほしかったと心の中で強くツッコミを入れつつも、僕は目の前の女の子に見惚れていた。
すぐに後ろを向き俯いてしまったので、ハッキリとは見れなかったのだけど。
とても、綺麗な顔だった。
「あ、ごめん! ビックリ、させちゃったかな」
女の子はピタリと動きを止めると、小さくふるふるとその華奢な首を横に振った。
(絶対ビックリしてたよな、さっきの)
心の中のツッコミが止まらない。
まぁ、でも無理もない。
突然家に忍び込んできた男から、泣いている声が聞こえて気になったから逢いに来たなんて言われたら、僕はそいつを変態か犯罪者としか思わない。
そう思いつつ自分がそれに当てはまっているのだと思うと寒気が止まらないが、ここでは気にしないでおくとしよう。
「僕の通っている騎士養成所……僕らは訓練校って呼んでいるところなんだけど、そこでこの屋敷が色々と噂になっていてね。ほ、ほら、ここはちょっと他の家とは違うよね? 家はとっても大きいし、庭も広いし、犬さんもいっぱいいるしさ!」
その犬さん達に軽く殺されかけたんだけどね。
「僕の街では、その、ちょっとした有名スポットなんだよ」
〝魔女屋敷〟として、なんて口が裂けても言えなかった。
それを言ってしまえば、噂の内容を話さなければいけないし、噂を聞いたらその泣き声は自分のものだと女の子は気づいてしまうだろう。
あなたが街で有名な、〝魔女屋敷〟の魔女さんです。
そう、告げるようなものである。
女の子はまたゆっくりとこっちに振り返ると、顔を覆う両手を静かに下ろした。表情は、また泣き止んだときのものに戻っていた。
そして女の子はその冷たい声で、今度は僕をオーバーリアクションに驚かせる言葉を放った。
「知っていますわ。ここは〝魔女屋敷〟と呼ばれていて。そこにはいつも泣いてばかりいる『泣き虫魔女』がいる、と不気味がられているのでしょう?」
これには驚きを隠せなかった。
まさかこの家の人が、噂のことを知っているなんて。
何か言葉を返そうとしても、動揺しているせいで上手く喋ることができない。
しかし目の前の女の子は、さも当たり前と言わんばかりの表情で続ける。
「私は貴方の住んでいる街のことなら、殆ど知っていますから」
この街の歴史に、詳しいのだろうか。
「もう……誰にも逢うことはないと思っていました」
どういうことだろう?「誰にも」?
「あの。一つだけお願いがあります。聞いてもらえないでしょうか」
え?
動揺は増すばかりで、素っ頓狂な声で返事をすることしかできなかった。
「もし貴方さえ良ろしければ。私を、貴方の『従者』にしていただけませんか」
はい?
あん…と…ら…何だって?
僕には女の子が何を言っているのか、全くもってわからなかった。
「えっ、あの、もう一度、言ってもらっても、いいかな」
「私を、貴方の『従者』にしていただけませんか?」
あんとらーじゅ。なんだ、それ。おいしいの?
ぼく、あたまわるいからわかんない。
だれかしってるひとがいたらおしえてほしいな。
時はフィラルディア暦八百九十二年、十二月十五日。
夕方、午後四時三十二分。
〝魔女屋敷〟アレクサンドロス公爵邸にて。
僕は、自分の人生を大きく変える少女に出逢った。
今でも覚えてるのは、あの時僕が彼女に抱いた感想。
「可愛くて。綺麗で。美しくて。そしてやたら電波な女の子」
それは僕が。『誓約者』として彼女と大いなる世界へ冒険の旅に出る、五年前の出来事だった。