厨房係
「おはようエマ。モーブが来たっすよ」
オリバーに連れられて着いた先は、上級使用人休憩室。個人で部屋を割り振られている上級使用人達が、仕事中の休憩や使用人会議の際に使う部屋だ。
「おはぅ〜」
部屋の中にいた、目元は切れ長で白い肌、そして赤茶のロングヘア。どこか懐かしさの感じるアジアンビューティ、辺境伯家厨房係のエマだ。
俺は手を振りながら挨拶をする。舌がうまく回らないので[よ]が上手く言えない。
「おはようございます、モーブ。挨拶ができてえらいですね」
エマは少し微笑みながら俺を撫でてくる。基本無表情でキツめの印象を持たれやすい彼女だが、良く冗談を言うし笑う。ただ、彼女と親しくない使用人からは、人形と言われているのを聞いたことがあった。
「俺は無視すか」
「あら、いたのですね。オリー」
エマはそう返しながら、俺に向けていた笑顔とはまた違う、イタズラな笑顔をオリバーに見せる。
(この笑顔はオリバーだけに見せるんだよなぁ)
俺は赤ん坊だから警戒されていないんだろう。
「俺がいなかったら、モーブが1人で来たことになるっすよ?」
「モーブならできるでしょう」
エマは俺を天才と思っているようで、事ある毎にこういった発言をしている。中身がいい歳の身としてはとてもむず痒い。
「なんの信頼っすか…。それよりも今日はどうだった?」
「小麦は良くはないです。中の下と言った所でしょうか。乾物と塩漬けは変わりなかったです。野菜も痩せているものが多く、いい物は高くされました」
エマの仕事である厨房係は簡単に言うなら、おつかいだ。
シェフから注文された、肉屋·青果店·食料品雑貨屋での食糧調達、その値段交渉。支給された手持ち金からの支出。エマはそれ以外にも厨房の手伝いを行っている。
本来、中世では厨房周りの使用人は女性が多いらしいが、辺境伯家ではむしろ男性の方が多い。世界の価値観の違いなのか、辺境伯の考えなのかはわからない。
「小麦がダメなのは痛いっすね」
オリバーとても苦々しい顔をする。パン職人にとっては小麦は仕事の種だろうから、大変そうだ。
今年は夏季の雨が少なかったらしく、大事な時期に乾燥してしまったため、不作とまではいかなかったものの、小麦の質が全体的に落ちてしまったらしい。それに伴い、野菜もダメになってしまったようだ。
「他家の厨房係はまだ普通と言っていましたよ。ただジェフさんの希望を満たすものではありません。野菜は諦めて高い物にしましたが、小麦はお金ではどうにも…」
ジェフはシェフの仕事だけではなく、ハウスキーパーの仕事も兼業しており、陶器やスパイスの管理もしている。
エマへの注文も殆どがジェフが出したものであり、どうやら要求が高いようだ。
「シェフは伯爵家に出す料理だけは、誰よりもうるさいっすから。それにしては斬新な考えを持ってるけど」
休憩室は厨房に近い位置にあり、特に壁が分厚いわけでもない。
ジェフの声はよく響く、決して声を荒げているわけではないのだが、「これはダメだ、作り直せ」と言った声がよく聞こえる。
(前世でも料理人はこだわりの強い人が多かったけど、やっぱり職人気質なのかね)
今世と前世の料理人に思いを馳せつつ、オリバーたちの会話に耳を傾けた。
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