転生
「オギャア!オギャア!」
目が覚めると身体中に痛みが襲う。
皮膚を突く様な痛みが寒さによるものだと気づくのは数分。次に意識がいくのは赤ん坊の鳴き声のようなもの。
それは自分の口から発せられていた。
焦りながらも現状を分析している意識とは別に、本能的に泣いてしまっていた。
(夢にしては痛みがリアルすぎる!これは現実なのか?それとも走馬灯の一種か?)
涙でぼやける視界で周辺を見渡すが、辺り一面白銀の世界。寒さや冷たさ、落ちてきたなにかが肌に当たると、解けることから考えるに雪なのだろう。確認してみた限り布のようなもの1枚しか身にまとっていない。凍死してしまうのも時間の問題だ。
(なんにせよ、また死ぬのはごめんだぞ!)
しばらく試行錯誤していたが、赤ん坊の身では何かができるはずもなく。ただ泣くことしか出来なかった。
(ヤバい、この眠気はアカンやつや)
力の限り眠気に逆らうが、次第に声も出なくなっていく。声も出なくなってきた時、雪を踏む独特の音が近づいてくる。
「…ミーア?」
「フギャ?ギャッ!」
誰かを呼ぶ声に重い瞼をなんとか開くと、目の前にはクマのような人間がいた。
肩幅がとても広く、身長も2m以上はありそうだ。片方の目は動物にやられたのか、爪痕があり瞼は癒着してしまっているようだ。
毛だと思ったものはどうやら毛皮のジャケットのようで、それのせいで余計にクマに見えた。
「…あぁ、神よ」
クマ…のような人は涙を流しながら俺を壊れ物を扱うように抱き上げる。
頬に当たる涙は、冷え切った体には火傷するほどに熱かった。
「ふぎゅぅ」
強く優しい抱擁に安心感を覚えた俺は、先程ものとは違う、暖かな眠気に身を任せた。
「いくぞ。モーブ」
出会いから1年が経ち、俺はモーブと名付けられた。拾ってくれた人の名前はジェフ。捨て子同然の俺を助けてくれた上に、父親になってくれた。
予想外な事に育児の手際がよく、ミルクやオムツもそつなくこなしてくれた。
不思議に思っていたが、ハイハイができるようになった時期に家を探索したところ、女性物の服や、三歳くらいの子供が着そうな服がまとめて置いてある部屋があった。部屋の中央には小さな天使の像があり、傍には指輪と小さな靴が置かれていた。
(…初めて会った時に呼んでいたミーアとは、妻か子供の事だったのだろうか)
ちなみに言葉はなぜか理解できた、実に都合がいい。
「あい」
ジェフの声に返事をしつつ、この1年を振り返る。身体は赤ん坊の為、ハイハイができるようになるまでは、前世の記憶を思い出すことを日課にしていた。
この子が凄いのか、赤ん坊が凄いのかは分からないが。前世ですら覚えていなかった産まれた時のことさえ思い出せた。目にしていたもの、聞いていたものであれば事細かにだ。
(完全記憶能力とかあった人はこんな感じだったのかね)
思い出す作業をすると、エネルギーを使うのか眠ってしまい。1年などあっという間に過ぎてしまった。
思い出す以外にも、自分が今どんな世界にいるかも確認した。といっても狭い活動範囲なので家具や服装·食事、子守りに来る薬師のおばあちゃんが判断材料だった。中世ヨーロッパ風の世界。これは窓から見える風景と、食事にでてくるパンで判断した。
(基本はライ麦パン、たまに小麦パンなことには驚かなかったけど。太陽が2つあるとは)
家の周りには畑が広がっており、中程に見える道には馬ではない生物が引いている馬車が通り、遠くには森が見える。
ここまではいいのだが、空には太陽がふたつある上に、夜になった時には見慣れた星などはひとつもない。
(異世界転生なのかねぇ)
転生だとしても魔物や魔法は存在するのか。スキルは?ステータスは?と考えたが家の中ではどうしようもない。ステータスオープンと唱えても出てこない。
(そりゃ、こんなシチュは妄想してたけどさ。初手から死にかけた身からすれば、恐怖心もうまれるわけで)
とにかく情報が足りない。いっそハイハイで外を見に行ってみようと血迷ったのが先月。玄関からどうにか抜け出したところをジェフに見つかり、本気で叱られた。ちびるかと思った。
…正直に言おう。盛大に漏らした上にギャン泣きした。
(あの体格に強面だもんなぁ。前世でもチビったんじゃなかろうか)
怒られはしたが結果、仕事先に連れていってくれるようになったのだ。しばらくは、薬師のおばあちゃんが常に見張りだったが。
そんなことを考えていると、ジェフの仕事先に着いたようだ。
「おはようございます。シェフ」
呼び間違えではない。
我が父ジェフはこの世界の貴族専属料理人、更にその総料理長。
シェフ·ド·キュイジーヌだった。
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