終章 「〝偽善〟が〝正義〟になる日まで」
1
ブランです。
ブラッドランナーが辞職し、パロディーがメディアから姿を消してから、四年が経ち、私は二十三歳になりました。
社会は思った以上に何も変わらなくて、新しいヒーローが登場しては抜けてを繰り返して、治安を守っていました。
私が働く孤児院もそこまで変化はなく、私達はいつも通りの生活を送っていました。
「シスター・ブラン」
「アキさん」
一つ違いがあるとするならば、日曜学校の日に、アキさんというジャーナリストの方が遊びに来るようになった事です。パロディーの件で上司と仲違いをしてしまったそうで、会社を変えて、ヒーローとは関係ない記事を書くようになったらしく、今は地域のほのぼのとしたニュースをまったりと探しているようです。
アキさんは授業を終えた私に話しかけてきました。
「今日はどのような御用件でしょうか?」
「そうね。今日はあなたが興味ありそうな情報を見つけたから、持ってきたのよ」
そう言って彼女は私に封筒を手渡してきました。それを受け取り、私は封筒を開けて中身を取り出しました。
「……!」
資料を見た私は目を疑いました。
「シアトルで、見つかったらしいわよ」
私の反応を見て彼女はそう言いました。
「そうですか……」
返事は返しましたが、私はずっと資料から目を離せず、彼女の言葉はあまり意識が拾ってくれませんでした。
2
シアトル郊外の小さな町で、殴り合いの喧嘩が起こったと、その地域の新聞の片隅に小さく載った。
普通ならば当事者以外は気にも留めないような出来事であったが、何故それが新聞に載ったのかは、その結末にあった。初めは二人が殴り合っていただけだったが、ある出来事をきっかけに、第三者が乱入し、二人をぶちのめしたというフィクションのような事が起こったというのだ。
資料を見る私に、アキさんは言いました。
「〝パロディー〟は死んだ。あくまでわたしは、あなたのご家族の情報を見つけて来ただけ……」
「分かっています」
私が返事をすると、彼女は胸ポケットに手を入れて、一枚の紙を取り出しました。
「シアトル郊外の……」
「……」
彼女が言葉を繋げようとした時、私は彼女の手を押さえました。
「シスター・ブラン?」
「今は、いいです……。彼が決めた事ですから。世間は変わらなかった。彼が示した志は依然〝偽善〟のまま……。でも、そんな偽善もいつか本物になるかもしれない……」
そして、資料を彼女に返しました。
「だから私は、待ち続けます。私の弟が〝偽善者〟ではなく〝正義の味方〟となって帰ってくる日を……。いつになるかは分からないけれど、きっとその日が来ると信じていますから」
「……そうですか」
私の言葉にアキさんは静かに笑って、資料と紙をしまいました。
3
二人の男が視線をある一か所に向けた。そこには、ニット帽を被った中肉中背の青年が立っていた。
「何だ、お前……!」
「邪魔するな……!」
二人の男は声を荒げたが、青年は静かに言った。
「殴り合うのは別に自由ですが、止めようとした女性を突き飛ばしましたね? そこは放っておく事はできない。〝邪魔だった〟ですって? それは相応の理由とは言えない。貴方達の喧嘩の邪魔をするつもりなんてないし、貴方達二人の問題なんて興味もない。しかし、何の非もない女性に怪我を負わせた事は納得できない。そこには〝正義〟はない……」
淡々と言葉を紡ぎながら青年は男達に近付いて行く。
「彼女に謝るだけでいい。それは喧嘩中でもできるだろう? それさえすれば、僕はもう何も言わないですよ?」
そんな風に青年は解決案を提示したが、頭に血が昇っている二人がそんな事を聞き入れる筈もない。そこで素直に従うのなら、そもそも公衆の面前で殴り合いなどしない筈である。
「黙れ、クソガキ!」
「ぶっとばすぞッ!」
二人の男が奇しくも彼への悪態で息を合わせた時、青年も雰囲気を変えた。
そして彼はポケットから手を出し、二人を睨み付けた。
「僕を怒らせたら後悔するぞ」
紫色の瞳が、他とは少し異なる正義感と闘志で静かに燃えた。
Ⅿr.Columbine
~英雄の是非~
あとがき
僕は小さい頃、ウルトラマンになる事が夢でした。
変身者を演じる役者になりたい訳でも、スーツアクターになりたい訳でもなくて、本気で身長約五十メートルの「光の国の使者」になりたかったのです。故に怪獣の絵を描いた紙切れに向けて十字を組んで光線を出そうとしたり、「太陽エネルギー吸収」という名の日光浴をして強くなろうとしたりと、毎日色々な事をしていました。
しかし、小学生になる前くらいに、人間の身長が、大きくても精々カネゴンと同程度までしか成長しないと知って、叶わぬ夢だったと理解させられました。
勿論それ以降は光線を出そうとする事はなかったです。
それでも、光の巨人の真似事をして培った正義感は残っていて、ウルトラマンになる夢は諦めたものの、いくつになってもヒーローへの憧れは消えませんでした。
そして月日は流れ、色々な事、特に人間関係が上手くいかずに精神的に擦り減っていた高校時代。
僕は、ある一人のヒーローを知り、人生が変わりました。
ボロボロのトレンチコートとソフト帽に身を包み、体温や圧力によってシンメトリーの白黒模様が常に流動する「顔」が特徴的な小柄なキチガイ。ヒーローと呼ぶにはあまりにも非常かつ暴力的で手段を選ばない「悪党」相手の通り魔のような男が、彼でした。
はたから見れば彼は〝模範的な正義〟とは呼べない男でしたが、僕は彼の生き様から、特徴的なコスチュームに包まれたスーパーパワーの持ち主や、かつて憧れた、怪獣や宇宙人をあらゆる超能力で葬り去っていく光の巨人などの万人に分かる勧善懲悪を体現するような者達だけを指すのではないと教わりました。
周囲に理解されなくても自分自身を信じる彼に、生きる勇気を貰ったのです。それから僕は、人から嫌われる事も怖くなくなりました。
彼が僕に示した生き様は、間違いなく男の矜持と決して風化しないヒーロー像でした。
もしも貴方がヒーローを名乗るならば、何を信じ、どんな人になりたいですか?
この物語は、信じたものが他と違った者達の話です。
「勧善懲悪に則り、ヒーローを美化する周囲の考えに賛同はせずに、あくまで自身の正義と矜持を信じる」パロディーというキャラクターを通して、ヒーローとはどんなものなのかという疑問を僕なりに解釈して文にしました。
今僕は、ヒーローというものは、少し周囲とは違ったとしても、自分の意思で啓いた正義に殉じて自分なりに世の中を良くしようとしたり、誰かの為に考え、悩み、行動する者を指すと思っています。
その志とは相容れない〝別の正義〟に否定される事があっても、絶対に妥協しない覚悟で自身のセンセーションを信じ続ける者、その行動が何であれ、それが人や世の中の為になったのならば、その時点でその人はヒーローになっていると思うのです。
「笑わせるな。絶対に妥協しない。例え世界が滅ぼうと……それがお前と俺の違いだ。ダニエル……」
僕が最も尊敬するヒーローの言葉です。
時に間違う事があっても、偽善だ、悪だと否定されても、きっと突き進めば何かが変わる。そんな僕自身が現時点で一番かっこいいと思うヒーロー像と、僕の正義感の終着点を決めてくれた彼への敬意を込めて、この物語を書きました。
〝正義〟というものは各々で異なるものだし、中には僕みたいに難しく考えるのではなく、あまり深く考えないで「どうでもいい」と済ませる人もいるでしょうから、きっとこの物語を、理解に苦しむ妄言と切り捨てる人もいるでしょう。
しかし、この物語を読んで〝正義〟という人間誰しもが持つ個性に意識を向けるきっかけができたという人がもしいたのなら、僕はこの物語を書く為に費やした二週間を誇る事が出来ます。
二十二歳を迎え、キュリア星人と同程度の身長まで成長しても尚、ヒーローに憧れる男の妄想に最後までお付き合いいただき、心から感謝申し上げます。
この物語が、貴方のなりたい自分を信じる為のマスクになる事を願っています。
あまり上手な文章ではなかったかもしれませんが、ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
Satanachia