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Mr.Columbine ~英雄の是非~  作者: Satanachia
1/4

第一章 「青天の霹靂」

「……」

 マンハッタンの夜景を一望できる高台の上に、一人の男がしゃがみ込んでいる。

 彼は眼前に広がる景色の中の、ある一部分だけを切り抜いて見つめていた。遠目からでもよく見える程の大きさに作られたそれは、眩しい照明に照らされ、何処か誇らしげに右手を翳している。

 それは、ヒーローの像だった。

「くだらないな……」

 自身の手に持つ、その像が象っているのと同じ人物が表紙に描かれたパンフレットを見下ろしながら、彼は吐き捨てる。

「上手く張り付けているようだがな、僕の目にはそのメッキがとうに剥がれ落ちているように見えるぞ。偽善者め……」

 怒りとは異なる、しかしながら途轍もなく後ろ向きな感情がその表情を支配している。

 その顔に出ている精神状態に操られるように彼はポケットから取り出したライターでパンフレットの端に火を点けた。

「……!」

 そんな時、そう遠くない場所から聞こえた音を彼の耳が掬い取った。

「シャッター……」

 虫の羽音のような小さな音だったが、確かに聞こえた。

「行かなければ……」

 そう言うなり、彼はマスクを取り出してその顔を隠す。途端に彼の鼻から下は、威圧的に口角を吊り上げる悪魔の下顎を象った。

「精々上っ面だけの栄光に酔いしれるがいいさ……。ここからは、僕が働こう」

 燃えるパンフレットを近くの水たまりに投げ捨てて、彼は閃光のようなスピードで駆け出した。

 その背後の石畳の上で、忽ち滲んでいくパンフレットは、ある文字だけがグズグズに焼け落ちていた。

〝Hero〟の文字だけが……


      *


 これは、自身の正義を信じた戦士の物語。

 世界を敵に回そうとも、変わらない矜持の物語。


 第一章 「青天の霹靂」


 1


 初めまして。かな?

 わたしの名前はアキ。アメリカ・マンハッタンで働くしがないジャーナリスト。

 今日は、私が出会ったあるヒーローの話をしようと思うの。


 このジャーナルを読んでいるあなた達からすれば、少しだけ未来の話になるかしら?

 わたしが住んでいるマンハッタンは、アメリカに根強く残るヒーローの文化が少しだけ発展していて、「ヒーロー」という存在がかなり日常に浸透している。

 尽きる事のない犯罪者達に対抗するため、アメリカ政府は「合衆国英雄協会」という組織を立ち上げた。これによりヒーローは政府に認められた選りすぐりの精鋭達で溢れ、二十四時間アメリカ全土で活躍を続ける存在となっていった。


 兎にも角にも、ヒーローという存在が実際に治安を守っている世界である事は分かって欲しいわね。

 そんな世界であるが故に、わたし達ジャーナリストが扱うネタも約六割が彼等に関するもので、わたしも一日中走り回り、彼等の活動を追いかける事が日常になっていたわ。


 そんな生活を続けていたある日、わたしはある一人のヒーローだけに釘付けになる事になったのよ。

 よく聞いていて欲しいな。

 私にとっても、忘れられない記憶だから。


 2


「あれ……? この辺りの筈なんだけど……おかしいな……」

 黄金色の夕日に照らされる中、周囲を見渡してわたしはそう呟いた。

 いつものように事件を解決したヒーローをフィルムに収め、話を聞こうと追いかけていた時、普段あまり立ち寄らない場所での仕事だった事が災いして見失ってしまったのだ。

「流石、期待の新人。逃げ足の速い……」

 犯罪者達への抑止力になるように力を誇示する必要はあるものの、恨みを買いやすい立場である事もまた事実であるため、メディアと関わる事に消極的な者もヒーローの中には一定数存在する。


 特に今追っていたヒーローである、ツァリーツァはかなり手強かった。ロシア出身の若手ヒーローで、協会が作られてから約八年ぶりに登場した女性のヒーローだった。

 登場するなり圧倒的な活躍を見せ、世間が今、最も注目しているヒーローと言っても過言ではなかったけれど、故に目立ちすぎる事を良しとはしていないようだった。

「本人が嫌なら、わたしも追いかけるべきではないと思うけど……」

 そんな考えが浮かぶが、わたしも上からの命令で動いているからそうもいかない。

「仕方ない……またチャンスを待つか……」

 肩を落としてため息をつくと、その場でUターンする。

「ここ……」

 すると、眼前に広がる景色にわたしは硬直してしまった。

「……どこだろう」

 呆然と立ち尽くすわたしの横を、まるで煽るかのように風が静かに吹いた。


 3


 慣れない場所での狼狽と時間を前後し、ある町の教会に場所を移す。

「……」

 目を閉じ、静かに祈りを捧げる青年が、午後五時の少し冷たい空気に包まれていた。

「……」

 くしゃくしゃとしたくせ毛の黒髪が、窓から入り込む微かな夕日の光に照らされて紅茶色に染まる。

「ブラザー・リエラ」

「!」

 自身の体よりも少しだけ低い位置から声を掛けられ、青年は瞼を開く。そこからは美しい紫色の瞳が覗いた。

「……あぁ、すみません。気付きませんでした。何か用ですか?」

「いえ、司教様が呼んでいましたので……。こちらこそ、お祈り中申し訳ありません」

 控えめに笑いながら頭を搔く青年に、彼の名を呼んだ白い髪の女性も笑う。

「そうですか。わざわざありがとうございます」

 軽く頭を下げてそう言うと、彼はその場を離れる。

「申し訳ないけれど、終わったら私の方も手伝って頂けますか? 少しだけ力仕事が……」

 彼の背に向けて女性が言うと、彼は振り返らずに「はい」とだけ口にした。


 4


「ここはどこだ……?」

 ツァリーツァを見失ってから、早くもかなりの時間が経過していたのだけれど、わたしは依然見慣れない道を彷徨っていた。

「もう最悪……」

 同じ場所に四回辿り着いた所で、わたしはがっくりと肩を落とす。

 タクシーを使いたかったのだけれども、ヒーローが近くで戦闘を行った場合、一時的とはいえどうしても交通網が麻痺してしまうために、タクシー乗り場は何処も混んでいたのだ。わたしは列に並ぶ事が嫌いだ。

「はぁ……」

 溜め息をついて近くの壁に寄り掛かる。

 ふと周囲を見渡すと、既に日は落ちていて夜の闇に景色が染まっていた。

「九時か……もう……」

 道に迷うという全くもって無駄な行為で一日の貴重な時間を浪費した事に何だか悲しくなった。

「もう流石に空いているよね……」

 わたしはタクシー乗り場に向かって歩き出した。町中を彷徨っている間は何処にあるかは分からなかったけれど、今は奇しくも記憶に残っている場所に立っているため大方何処に行けば乗れるか分かっていた。

「さっさと帰ろう……」

 ポケットに手を突っ込んで目線を前方へ向けた時、

「……!」

 わたしはあるものに関心を奪われた。

(あの人……)

 それは、一人の男だった。

 中肉中背でアメリカ人にしてはやや小柄な体格に、くしゃくしゃのくせ毛が特徴的な男が歩いていた。一見すると只の一般市民だった。

「でも……」

 果たして、彼の纏う色褪せたロングコートなのか、それとも遠目からでもなんとなく感じる、命を直に撫でられるような名状しがたい威圧感からなのか、とにかくわたしには、彼が普通の人とは何かが違うように見えた。

「これは、何か匂いがする……」

 自慢ではないけれど私の勘はよく当たる。

 初見の場所では勘で進むと酷い事になる方向音痴ではあるけれど、スクープの事となると、何故かその勘が一気に冴え渡るのは自分でも不思議に思っている。

「ここまで来たら、とことんやってみよう」

 わたしは息を殺しながら彼の行く道を付いて行く。

 本当にこの好奇心と探求心は何なのだろうか?

 少しだけ歩幅を狭めながらわたしはこの疑問に首を傾げた。


 5


 少し前の時間に戻る。

 古びたランプ片手に、協会の廊下を二人の男女が歩いている。白い髪の女性と、紫色の瞳の青年だった。

「皆、いい子で眠りに就きましたね。小さいのに立派だ」

「ふふ、そうですね」

 二人はこの教会にある孤児院で働く聖職者である。子供達を寝かしつけて、各々の自室に戻っている所だった。

「貴方が小さかった頃とは比べ物になりませんね、ブラザー・リエラ。毎晩毎晩すすり泣いてちっとも眠りに就きませんでした」

「あはは……。その節はすみません……」

 冗談交じりに女性が笑うと、青年も照れくさそうに頭を掻く。

「一方で貴方は立派ですね。僕と一つしか変わらないのに」

「そう見えるだけですよ」

 リエラと呼ばれた青年は控えめに笑いながらランプを女性に手渡した。話している間に自室の前に来たからだ。

「それでは、おやすみなさい。シスター・ブラン」

「ええ、おやすみなさい。あまり、遅くに寝ないようにね」

「分かっています」

 また頭を掻いて笑うと、彼は自室へ消えていった。

「……」

 ブランと呼ばれたシスターはドアが施錠された音を確認した後、自室へ向かって歩き出した。

「……」

 その足音を聞きながら、リエラは修道服を脱いでハンガーに掛ける。

「さて、行くか……」

 そして、そう言うなりクローゼットを開いて中からあるものを取り出す。

「……」

 取り出した、色褪せたロングコートを見つめる紫色の瞳が、怪しく輝いた。


 6


 彼を追っているうちに、町からいつの間にか離れ、人通りの少ない場所に出た。

「こんな場所に何の用が……?」

 わたしは彼の動向を見ながら、カメラを起動し、いつでも写真を撮れる状態にした。

 異様な雰囲気を纏ったおかしな人間が誰も訪れないような怪しげな場所に向かっているのだ。仮にヒーローと関係のない事だったとしても、何かしらのスクープに関係する可能性は十分にあった。

「……」

 ストーカーやタレコミ屋の真似事をしているようで何だか気が引けたのだけれど、時にはこれくらいの無茶をしないとスクープにはあり付けない。

 わたしは再び彼の方へ視線を向けた。

「……?」

 彼は少しだけ開けた場所にしゃがみ込み、何やらブツブツと呟きながら持っていた何かにライターで火を点けていた。

「何……、何なの……?」

 スクープの匂いが一瞬で薄まり、関心などとうになくなった筈だったが、どうしてなのか彼から目が離せない。

「一体……」

 詳細を知ろうとわたしが更に身を乗り出したその時だった。

「……んぐッ?」

 わたしは突然背後から口を押さえつけられた。

「ッ……?」

 そして、何が起こったのか理解する間もなく、わたしの体は後方へ引っ張られる。

「あ……」

 その弾みで石畳の上に落ちた私のカメラからシャッターの音が聞こえた。


「……ッ!」

 胸倉を掴まれながら壁に背を叩き付けられて、わたしは顔を顰める。

「……?」

 目を開けると、目の前で挙動不審な態度を張り付けた、人相の悪い男がわたしに銃を向けていた。

 清潔感のないボロボロの見てくれに頬が痩け、目の窪んだ屍のような表情で分かった。

 わたしは浮浪者に絡まれたのだった。

「ぐぅ……」

「死にたくねぇなら……」

 男の目を見たわたしは戦慄した。その目には一切の躊躇が感じられず、最早正常な思考を失っていた。

(この人、ヤバい……!)

「や……やめてよ……」

 恐怖を押し殺して、わたしの襟を握る右手を掴む。力は全然入らなかったが、一刻も早くその場から逃げ出したかった。

 しかし、その行動が更に男を刺激した。

「チッ……!」

「あ……!」

 男が乱暴に右腕を振ったと同時に、わたしは勢いよく床に叩きつけられる。

「お前、もういい……」

「ッ……!」

 男の方を見ると、今にも銃の引き金を引きそうだった。

「ぁ……ちょっと……」

(撃たれる……ッ!)

 わたしは、本気で死を覚悟した。

「……!」

 その時だったんだ……。

 彼が現れたのは……。


 7


 ある男の噂が、話題に上がっていた。


 始まりは、ある脱獄犯の男がガムテープで拘束されて警察署の前に放置されていた事だった。

 その数日前に警察の追跡から逃げ延びて指名手配されていた男だったために、その場に居合わせた者は皆驚いたが、それ以上に彼等は、男が顔に強烈な一撃を食らったと一目で分かる程に大きな打撲を作っていた事に驚いた。

 そして、暫くの間伸びていた男が目を覚まし、彼の事情徴収が行われた際に警察署の者達は更に驚愕する事となった。

「や……やめろ……」

「お……おい、どうした……?」

 偶然だった。事情徴収を担当した者が、どうやらきっかけだったようだ。

「それを隠せッ……! やめろ、〝紫〟だけはやめろ……。やめろやめろやめろ……ッ!」

「紫……? 何の話だ? おい、何だ? どうしたんだ……?」

 何事かと立ち上がる担当者の動きに、更に男は取り乱したのだ。

「やめろ、近付けるな。俺に、俺の見える所に、それを近付けるなぁぁぁあああッ!」

 後々、男は「紫色」を過剰に恐れており、担当者が着けていた紫色のネクタイに反応した事が、精神科医の催眠療法で分かった。

 そして、その時に男が口にした言葉が、警察を含め、アメリカ全土を注目させたのだった。


「アイツは、自分の事をヒーローだと言っていた……。でも、違うんだ……。アイツは……、悪魔だ……。悪魔の顔を俺は知っているんだ……。悪魔は……。〝紫色の瞳〟で俺を見ていたんだ……」


 そこまで言うと男は、一昔前の携帯電話のように震えだし、大声で許しを乞いながら発狂した。

 その事件を皮切りに、主にマンハッタンで夜な夜な犯罪者達がボコボコにされて警察署の前に放置されるという事が何度も起こり、その時に捕まった犯罪者達は「紫色の瞳を持った悪魔みたいなヒーローにやられた」と口を揃えて言ったのだ。

 当然世間は〝紫色の瞳〟のヒーローを探したが、協会に所属するヒーローだけでなく、歴代のヒーローの中にも該当する者が一人もいなかったため、こんな噂が立つようになったのだ。


 非合法でヒーローを名乗る〝紫色の瞳〟を持った何者かが、夜な夜な犯罪者を狩っている、と……


 8


「……!」

 わたしは驚いた。

 さっきまでわたしに銃を向けていた男が、その銃を握っていた右手を抑えながら呻いていたからだ。

 何処からともなく釘が飛んできて、引き金を引こうとしていたその人差し指に深々と突き刺さったのだ。

「ぐおぉぉ……ッ⁉」

 苦悶の表情で男は前方を睨み付けた。

「……?」

 すぐさまわたしもその先に目を向ける。

「な……ッ!」

 そこにはさっきまでわたしが追いかけていた男が立っていた。

 追いかけていた時とは若干の相違点があったけれど、彼で間違いなかった。

 あまりサイズの合っていないボロボロのニット帽で髪を搔き上げ、まるで悪魔の下顎のようなマスクで顔の下半分を隠している。

「何だ、テメェは……ッ!」

 引っこ抜いた釘を投げ捨てながら浮浪者の男は叫ぶ。さっきまでの異常者のような目は変わらなかったけれど、新たに芽生えた焦りや恐怖が見て取れた。


「フフフ……」

 顔を痙攣させながらどんどん冷静さを失っていく浮浪者の男とは対照的に、静かに笑いながら、コートの男が近付いてくる。

 ただ、その静かな雰囲気に反して浮浪者の男とは種類の違う暴力性のようなものが常に彼から発せられていた。

(表情が笑っていない……)

 これから屠殺される豚でも見るような冷たい目を向けながら、彼は静かに笑っている。

 しかし、笑い声は聞こえるが、明らかにそのマスクの下は無表情だった。彼のマスクの悪魔の顔が歪に口角を吊り上げている事と合わさってそれがかえって不気味だった。

「クソッ……!」

「……!」

 彼の雰囲気に圧倒されていたわたしよりも先に、浮浪者の男の方が我に返った。

 残った左手で突然わたしの腕を掴んでコートの男を睨み付ける。

「動くんじゃねぇ……ッ! それ以上近付いたらコイツを殺すぞ……!」

「ぁ……!」

 その言葉によって再び恐怖で狼狽するわたしをよそに彼は歩を止めたものの、一切焦っている様子はなかった。

 むしろ、クスクスと笑いだした。

「無理はしなくていい。その怪我をして銃すらまともに使えなくなった手で何が出来ると言うんだ……?」

「……!」

 なんと、それどころか頭のネジが吹っ飛んだ異常者相手に挑発しだしたのだ。

(何なの……? この人、わたしを助けに来たんじゃないの……?)

 予想外の事が続き、混乱するわたしには全然構う事なく、彼は続ける。

「それでも、僕の妨害を躱してその女性を殺せる自信があるのなら、遠慮なくそうすればいい……」

「ぐぐぐ……」

 浮浪者の男は汗を止める事が出来ずに小刻みに震えだしていた。気付いていない。多分体が本能的に危機を感知しているのだろう。

「だが、覚悟がいるぜ? 何かアクションを起こした瞬間、今度はお前の喉目掛けて石でも投げつけてやろうかと、僕は本気で考えているんだからな……」

「ぐおぉ……」

 淡々と恐ろしい事を口にするコートの男の只ならぬ雰囲気に、一瞬浮浪者の男の、私の腕を握る力が緩んだ。

「ほら……」

 その一瞬を見逃さず、もう一本隠し持っていたのか、コートの男がわたしの腕を掴む左手に釘を投げつけた。

「があぁぁああ……ッ⁉」

 無事だった左手をも負傷し、男はその場に膝を付いて悲鳴を上げた。

「ぁ……」

 男の拘束から解放され、わたしは情けない声を上げながら男と距離を取った。


「なぁ……」

 そんなわたしの背後から声がした。

「ッ……⁉」

 振り返ると、いつの間にかわたしの真後ろにコートの男が立っていた。

「あんたのだろう……?」

 そう言って彼は、さっきわたしが落としたカメラを差し出した。

「え……あ……、ありがと……」

 わたしがそれを受け取ると、彼は軽く頷いた。

「あなたは一体何者なの……? わたし、ジャーナリストになって長いわけじゃないけど、あなたみたいなヒーローは見た事ない……」

「知らないだろうな。僕は政府の犬じゃないから」

 わたしの質問に、彼は素っ気なく答えた。

「あんたの記事はまぁ、大丈夫かな……。いいよ。教えてやっても……」

 さりげなく失礼な事を言われた気がしたけれど、気にせず彼の言葉に耳を傾けた時、

「許さねぇぞ……、この野郎……!」

「ッ……!」

 浮浪者の男が銃を彼に向けていた。

「ぁ……」

 怒りと興奮によって分泌された脳内麻薬が痛覚を麻痺させているのか、血を流す右手で銃を力強く握っていた。

「危ない……!」

「……」

 取り乱すわたし、やれやれといった感じで静かに溜め息をつくコートの男。

 その奇妙な空間に横槍を入れるように銃声が鳴り響いた。


「……!」

 わたしは再び、驚いた。

「何だと……」

 しかしそれ以上に発砲した本人が驚いていた。


「残念、そんなものは当たらない」

 こめかみを人差し指で搔きながらコートの男はそう言った。

「クソッ……!」

 続けて浮浪者の男は発砲したが、二発目、三発目、四発目……。

 とうとう最後の弾丸が放たれたが、それはコートの男に掠りもせずに全弾後方の景色へ消えていった。

「あ……」

 浮浪者の男が驚きに硬直して力ない声を上げた頃には、コートの男は距離を詰めて浮浪者の男の十センチ前まで近付いていた。

「昔から視力には自信があって……。弾丸程度ならば、目視で避けられる」

「ぐぅ……」

 圧倒的な実力差で浮浪者の男が完全に戦意を喪失したのを見て、コートの男は静かに拳を握る。

「さて、終わりだ。期待はしないが、ちゃんと更生するんだな……」

 その言葉と共に放たれたコートの男の右ストレートは浮浪者の男の顔面の中心に命中した。

「ゲバァ……ッ⁉」

 浮浪者の男は短い悲鳴と共に噴水のような鼻血を撒き散らして倒れ、そのまま失神して動かなくなった。


「あぁ、さっき言いかけた事だったな……」

 今までで一番の衝撃に目を見開くわたしの方へと振り返り、彼は喋りだす。

「僕の名前は、パロディー」

 静かに燃える黒いオーラを纏いながら、彼はそう口にした。

「協会には属していない。政府とも関係はない。それでも、本物の〝正義〟を貫くヒーローだ……。」

「パロディー……」

 ヒーローを名乗る〝紫色の瞳〟を持つ男と初めてまともに目が合った。


 それが、わたしと〝アンチヒーロー・パロディー〟との出会いだった。


 第一章 「青天の霹靂」




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