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幸せな香りの創り方  作者: 喰骨
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懐かしい香り

あの人と初めて会ったのは、しとしとと雨が降り続いたそんな梅雨の始まりだった。



あの人を初めて見たのは、うららかな春の日差しが降り注ぐ桜舞う春の事だった。


都会に憧れて東京の大学を受験し、無事合格!...までは良かったが、旅行で一泊や二泊するのとは違う。荷造りや住民票の変更、それが終わっても荷解きや、足りない備品の買い足し。

それに加え、地方から出たてのこんな田舎者にとっては都会の目まぐるしさにはほとほと疲れ果て、落ち着いて寝れるまでに10日は掛かった。

そして迎えた11日目ついにやってきた入学式の日、学校近くの桜並木の緩やかな坂道で、桜舞う風の中濡れ羽色の髪を嫋やかに見上げる彼女に僕は見惚れてしまった。


それから約2か月。分かったことは彼女が新入生であること、同じ学部であること。そして、話しかけるきっかけが見つからないことだ。

何分今まで異性と関りが薄かったため、初対面の女性にどう話しかけていいか解らず、そうして時間を浪費している間に僕も彼女も他の人間と小さなコミュニティも築き上げていった。


「はぁ、今日も疲れた」

今日は5コマの授業を受けた後、先ほどまでバイト先の喫茶店で閉店まで仕事をしていた。

夕方に小雨が降り、それを逃れようとしたサラリーマンや学生で込み合ったのもあっていつもより疲れた。

「明日は午後まで授業はないからゆっくり寝よう」

そうしてスマホを操作しながらゆっくりとした足取りで自室のあるマンションの前まで歩いているとふと、違和感に気づく。

ぎりぎる灯りの届かない入り口の右側の花壇の前に何か大きなものが見える。

「なんだ?犬...じゃないよな?」

スマホから目を離し、恐る恐る近づいてみると...

「う、うーん...」

灯りが無いためはっきりと顔は見えないが、息苦しそうにしている女性だった。

「大丈夫ですか!どうしました!?」

やばい、こんな状況初めてだ。どうしよう、救急車とか呼んだらいいのかな?近くに病院あったっけ?そうして見事に混乱していると。

「すいません。今日体調がよくなくて、でも、もう大丈夫です」

か細い声でそういうと彼女は立ち上がろうとして体勢を崩し尻餅をつきかけた。

「危ない!」

なんとか彼女が倒れこむ前に手首をつかみ、もう片方の手で腰に手をまわし受け止めた。

「大丈夫ですか!?ケガはないですか?」

僕がそういい彼女のほうを見ると

「はぁ...はぁ...」

息も絶え絶えとはまさにこのことだろう。

とりあえずいつまでも外にいるのはまずい、かといって彼女に詳しい症状などを聞ける状況ではない。

一度僕の部屋まで運んで、彼女の体調が回復するのをを待とう。

「一度、僕の部屋まで送るので、肩に手を回してもらえますか」

そう言って彼女の前に片膝を立てて座ると、息を荒げながらもおずおずと後ろから肩へと手を伸ばした。

「そのまま、僕に体を預けて、揺らさないようにゆっくり行くんで」

「はい...すいません」

もはや、蚊の鳴くような声だ。おぶっているため顔が近くにあり何とか聞こえたが、そうじゃなかったら聞こえなかっただろう

「それじゃ、立ちますね...よいしょっと!」

勢いをつけないように何とか立ち上がると自分の部屋がある三階まで向かった。

エレベーターを使い、ゆっくりとした足取りで自分の部屋の前まで来た。

「ふぅ...えっと鍵は...」

いつも左のポケットに入れているが、今は人をおぶっているため、ポケットをまさぐるのが大変だ。

「ふぅ...ふぅ...」

僕が鍵を取り出すのに手間取っていると、背中から苦しそうな声が聞こえる。

熱があるのだろう彼女から体温が伝わり、じんわりと額に汗をかく。

「ようやく、取れた」

早くしないと女性を背負い部屋の前でもぞもぞとしている変質者と勘違いされるかもしれない。

いそいそと鍵を鍵穴にねじ込みガチャリと鍵を上げる。

靴を強引にもう片方の靴にひっかけて脱ぐとキッチンの灯りをつける。

いつも履いているスリッパを跨ぎ、キッチン奥にある自室まで進む、中に入り入り口脇にある灯りのスイッチを押し、右奥にあるベッドの前まで行くとおぶっている女性に声をかける。

「とりあえず、ここで寝てください。僕はこの後冷却シートとか買ってくるので」

そういって彼女がベッドに腰を下ろせるようにゆっくりと腰を下ろす。

「じゃあ横になってくださ...って!?」

なんと僕が今までおぶっていたのは、僕が一目惚れした桜並木のあの人だった。

「え、嘘?なんであんなところで?」

いろんな考えが頭の中を堂々巡りしていると、彼女がまた息苦しそうにし始めた。

そうだよな、今は考えたってしょうがない。それよりも、彼女の体調が最優先だ。

「こっち頭にして楽な体制で寝転がって」

気持ちは切り替えたつもりだったがまだ声が上ずってしまう。

コロンと彼女が寝転がるとそっと靴を脱がし、布団をかけた。

「ふぅ...とりあえず風邪用のグッズと飲み物と、あとは風邪と言えばあれだよな」

そう呟いて僕は彼女の靴を玄関に置き、近くの24時間営業しているスーパーまで走った。


なにか懐かしい匂いがする。あれはいつのことだったのだろう。

私がまだ小さかった頃、今みたいに風邪をひいて苦しかった時だったっけ?あれは確か...

そこまで考えるとパチッと目が覚めた。

ここはどこだろう?私の部屋じゃないし、病院でもないし。

そういえば誰かと話していたような気がする。

そう思いながら部屋を見渡す。カーテンの隙間から日差しが差し込んでいる。

あまり物は置いてないが、小物を見るに男性の部屋だろう。

立ち上がろうとベッドから足を投げ出して立とうとすると、足に何かが当たった。

「うぐっ!」

「えっ?何?」

突然何かの呻き声が聞こえたことに驚きつつも、ベッドから身を乗り出して下をのぞき込むと、

「やぁ、体調はどう?」

くすんだ茶髪の優しそうな顔をした男性が気まずそうにこちらを見上げた。


「ごめんね、昨日のこと覚えてる?」

彼女が気まずそうに俯いているので、勇気を出して声をかけた。

「いえ、その申し訳ないのですが殆ど覚えていなくて」

「そりゃそうだよね、それより体調は?どこか苦しかったりする?」

「もう大丈夫です。本当にご迷惑をおかけしました。見ず知らずの私にこんなに親切にしていただいて」

そういうと彼女はペコリと頭を下げた。

「あ、えっと...その、見ず知らずではないというか...」

僕が戸惑いながらそういうと彼女はきょとんとした顔をしていた。

「実は僕も君と同じ学部の新入生で、何度か授業で見たことがあったから」

「そうだったんですか!?すみません私、見ず知らずなんて」

そういうと彼女はすごい勢いでぺこぺこと頭を下げた。

「いや、大きな教室でたまたま(・・・・)見かけただけだから。」

僕は目の前で大きく手を振り否定する。

ぺこぺこ頭を下げる彼女と大きく手を振る僕。お互いに疲れて目が合うと、

「「あははは」」

2人同時に笑い出した。

「ハハハハ!そ、そういえば自己紹介がまだだったね」

笑いながらそういうと彼女も「そうですね」と笑いながら返した。

「じゃあ僕からするね。僕は北条 つくる

「私は、南方 幸香さちかです。改めて昨晩はあり」

そこまで言うと彼女のおなかからくきゅーと可愛い音が聞こえた。

「いや、あのこれは違うんです!」

彼女が顔を赤らめ恥ずかしそうに否定する。

「大丈夫大丈夫。気にしてないよ。それより夜のうちにおかゆを作っておいたから温まるね」

そういって僕が立ち上がりキッチンへのドアに手をかけると、

「そこまでしていただかなくても」

慌てた様子で彼女が声をかける。

「いいから、病人は安静にするのが仕事だから。それに、作りすぎちゃったから食べてくれたほうが僕としても助かるんだよね」

僕は彼女を一瞥してキッチンへと進んでいく。


「あとは、胡麻を散らして...完成っと」

胡麻を散らしたアツアツのそれを持ってキッチンへと向かう。

「おまたせーできたよー」

そういって落ち着かない様子でキョロキョロと室内を見ていた南方さんの前に料理を置く。

「生姜入りの卵粥です。生姜の効果で体が温まるから風邪の時にピッタリなんだよ」

彼女は驚いた顔をして卵粥を見ている。

「南方さん?どうかした?」

「いえ、何でもないです。いただきます。」

そういうと彼女はふうふうと粥に息を吹きかけパクリと頬張った。

「おいしい!」

そういって彼女は目を輝かせて僕にそう微笑みかけた。

彼女にとってはただの料理の感想だったんだろうが、僕にとっては天使が微笑みかけているかのようだ。

今まで料理の勉強して来て良かったー。そう心の中で涙を流している最中も彼女はパクパクと食べ続けている。

「僕もそろそろ、いただきます。」

そういって一口食べると、食べた瞬間やさしい食感が口の中に広がる。その後に卵の優しい味わい、どんこを出汁をとる際に入れたことで強い旨味が続いてくる。

そして何より生姜のピリッとした風味が味を引き締めすっきりとした後味になる。そうして、一口二口と食べ進めていく。

最後に胡麻をかけたことで別の食感と風味が感じられる。あぁ、風邪の時の特権だよなこの味って。

僕が食べ終えて、ふと前を見ると彼女が最後の一口を口に運ぶところだった。

「はぁ、おいしかった」

彼女がはふと息を漏らしながらそう声を漏らした。

「口にあったようで何よりだよ」

「私、ごはんあんまり食べないので、こんなにいっぱい食べたのは久しぶりです」

彼女はもじもじとしながらそう告げた。

「そうなの?食べて栄養付けないと風邪長引いちゃうよ」

「そうですね、北条さんの料理ならいくらでも食べられるんですが」

はにかみながらそんなことを言ってくるなんて、やっぱり天使なんじゃないかこの娘。

「よかったらまだあるから、タッパーに詰めるから持って帰ってよ」

「いえいえ、さすがにそこまでは」

「こんなに喜んで貰えて僕も嬉しいからさ」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」

そういって彼女は小首をかしげてはにかんだ。

「あっ、いつまでもお邪魔するわけにはいかないので、そろそろお暇させていただきますね」

「すぐに、タッパーに詰めて来るから、ちょっと待っててね!」

僕は急いで立ち上がりキッチンへと駆けていく。

シンク上の戸棚からタッパーと取り出し軽く水で流してから水気をとり卵粥を入れる。

他にも冷却シートと清涼飲料水や栄養ドリンクを別のビニール袋に詰めると、自室に戻る。

「南方さんおまたせ。こっちが卵粥でこっちが飲み物とか冷却シートとかが入ってるから今のが効果切れたら使ってね」

というと、彼女がきょとんとしている。

「ほら、ここ」

そういって僕は自分のおでこをトントンと人差し指でつついた。

そうすると彼女は自分のおでこにずっとそれがついていたことに気づきまた、顔を赤らめる。

昨日まではまさかこんなに表情がコロコロと変わる娘だなんて夢にも思って無かった。

「じゃあエレベーターまで送るよ」

そういって玄関まで彼女を案内する。

サンダルを履きドアを開けて彼女が靴を履き終えるのを待っていると、

「今日は本当にありがとうございました」

彼女が申し訳なさそうな声でそう告げる。

「ほんと気にしてないから、それより安静にしなきゃだめだよ」

彼女が靴を割き終えたのを確認して一歩避け彼女が通れるようにスペースを開ける。

彼女が廊下に出たのを見てドアから手を放す。

僕が前を歩き、南方さんが後ろを歩く。倒れないか横目で確認しながらエレベーターの前までゆっくりとした足取りで歩を進めた。

「南方さんってこのマンションに住んでいるんだよね?」

ボタンを押す構えをしながらそう尋ねる。

「そうです。私8階に住んでます」

「はーい」

軽く返事をして、僕が昇りのボタンを押すと中から駆動音がした。

まさか同じマンションだったなんて。こんなラッキー二度とあるかわからないだろ。

でも、僕らの関係これっきりで終わるのか?せっかくご近所さんで知り合いになれたのに。

俯きながらそんなことを考えているとチンとエレベーターの到着音が鳴り、扉が開かれた。

おずおずと彼女が僕の後ろから横をすり抜けエレベーターに乗り込んだ。

彼女は中でくるりと僕の正面に顔を向け、

「今日は本当にありがとうございました。また後日お礼をさせていただきます。」

「本当に気にしなくていいから」

そういうと扉が閉まり始める。

本当にこれでいいのか?御礼でありがとうございましたと言って菓子折りを貰ってハイ終わり。

それでいいのか?今までこんな機会かかっただろ?もう二度とないかも知れない。

僕の料理をあんなに幸せそうに食べてくれる人なんてほんとに現れるのか?

そんなことネガティブなことを考えていたのに、顔を上げ自然と扉に手をかけていた。

ビーっと大きな音が鳴り響き、不安そうな顔で南方さんがこちらを見つめる。

扉がまた開き始める。もうこうなったら言うしかない。

「あの!南方さんもしよかったらまた僕の料理を食べてくれませんか!?」

自分でもわかるくらいこわばった顔で叫ぶようにそう告げる。

そうすると彼女は今日一番の笑顔で

「はい、私でよければ喜んで!」

また、扉が閉まり始める。

彼女が小さく手を振り、「では、また」という。

エレベーターが上がっていき彼女が完全に見えなくなってから、腰が抜けぺたりと尻餅をついてしまった。

俯いて顔を手で隠し、アー!と大声で叫ぶ。

「言っちゃった!言っちゃった!」

もうこんなの告白じゃん!どうしよ!何も考えずに言っちゃった!

そんな風にジタバタしていると後ろでガチャリとドアの開く音がした。

「どうかしました?」

後ろを見ると赤ちゃんを抱っこした奥様が怪訝そうな顔で玄関から上半身をのりだして怪訝そうな顔でこちらを伺っている。

「アハハ、何でもないです、本当にアハハ」

ひきつった笑いをしながらそそくさと自分の部屋まで早歩きで向かい、勢いよくドアを開けさっと身をよじり中に入る。

玄関の扉を背もたれにしてずるずるとしゃがみ込む。

まだ頭の中で様々なことが渦巻いては消えてゆく。

「でも、これで一歩彼女に近づけたんだよな」

そう呟くと俺はまだ彼女の匂いの残る自室に浮足立って歩いていくのだった。

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