表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

秋の桜子の物語集

長月の蝉

作者: 秋の桜子

 ぽってりとした猫じゃらしが頭を垂れる頃、稲穂は黄金に色づき項垂れる。


 独りハンドルを握り、越してから誰も住まぬ家がある田舎へ墓参りに向かう道中、通り過ぎた麓の集落では、稲刈りが始まっていた。真紅の彼岸花の花が律儀に首を伸ばし、ぽつりぽつりと並んでいた。


 遠い南の海には台風がひとつ。湿った熱帯の空気が列島に入り込んでいるのだろう、深山であっても心地よい爽やかな秋の風の気配は、まるで無い。


 透き通る青い玻璃の様な空。先祖代々の周囲に敷き詰められた砂利の上にへたり込み、見上げる先には湿気った雲が天を覆う。時々に割れて太陽が姿を見せる。まだ夏は終わっていないと言わんばかりの強い日差しが、ご先祖様の前で落ち込みしゃがみ込む私に届く。


 紫苑の花にアゲハチョウが、ひらひらと。


 小さな青い蝶々の様な露草、ゲンノショウコの白い花、麦わら蜻蛉が色づき始め、朱色の胴でツイツイ、ツイツイ、遊ぶ様に飛んでいる。


 リリリ、コロコロ、チチチ。


 草むらの中で鳴き始めた秋の虫は、まだその数は多くない。外で鳴いている分には構わないが、家の中に一匹でも入り込むと、鳴き声は小さな身体に反比例をし、びっくりするほど大きい。


 秋の虫達の恋の季節に移行している。

 伴侶を求めて競い合う、虫の鳴き声。


 飛んできた種なのか、草むらに秋桜の立ち姿ひとつ。

 人の手で撒かれたそれと違い、儚げな風情は無い様子。

 一本でも、種を無数につけてやらんと意気込む様に、大きく育ち、他の花達とは違う存在感を発していた。



 晴れると気温が上り名残の蝉の声。



 地から這い出したのが遅かったのだろうか、終わりのツクツクボウシに混じり、ミンミンゼミ。


 ミーン、ミーン、ミーンミンミン……


 渋く鳴いている彼、独り。


 蝉も伴侶を求めて鳴いているのだろうに、この時期に相手に果たして巡り合う事ができるのだろうか。


 そんなお間抜けな男は要らないとはねられそうだが。


 ミーン、ミーン、ミーンミンミン……


 独り鳴くミンミンゼミの彼。

 腹をビビビと震わせ鳴いている。


 もうひと月、早く地面からかいでていれば、伴侶を射止めるべく、競い合いながら鳴いていただろう。

 生物の正しき生殖本脳、より優秀なる遺伝子を持つ子を産むために、雌は優秀なる持ち主を選ぶという。


 蝉もまた然り。


 力強く響き渡り、葉を震わせ立ち昇り、堅い青、密度の濃い入道雲が高さを増す天に届くよな、声が雌を惹き付ける。


 木々の幹にしがみつく、蝉達。

 雄は腹をビビビ、ビビビと震わせ鳴く。


 隣の雄がそれに負けまいと鳴き始める。

 上の雄がそれに負けまいと鳴き始める。

 下の雄がそれに負けまいと鳴き始める。


 蝉時雨、完成。


 ミーンミンミン、シャンシャン、ニィニィ。


 山の中ではギーギギー、チッチッチと鳴くのもいる。人の耳に入る擬音。


『彼女、僕のラブソング聴いて』

『彼女、羽の網目が素敵だね』

『彼女、美しい愛しき君よ』

『彼女、麗しき我がアモーレ』


 蝉の女性に届いて居るのは、こういう唄声だろうか。


 誰とも契る事なく時を終えるように謳う、男の声。


 九月の蝉。こえひとつ。


 台風接近、ニュースで流れる中、


 何を想い、何を願い、独り男は


 鳴いているのだろう。





 6月。


 梅雨がそろそろ終わって欲しいと思う頃。

 あちこちの紫陽花が盛りの頃。


 夏のワンピースを通販サイトで買った。合わせてサンダルも。それらを身に着けて、髪をざっと纏めてアップして、どう?とピンクのグロスを引いた私は、訪れた彼に笑顔を向けた。


 何処か行くの?テレワーク中なのに。勿体ない。


 ドアフォンの後、三和土で靴を脱ぎながら話す彼。


 褒めてもらいたいとは思わなかったけど。初めて聞いた素っ気ない言葉に、少しだけがっかりした私。


 こんな人なの?見た目は優しく幼く見える容姿、ふとしたきっかけで付き合う事になった私達。


 それは、ほんの数ヶ月前の事。鯉のぼりの前、お花見の前、菜の花の咲く頃だったかしら。



 7月。


 七夕、短冊に願いを書いたのはむかしむかし。


 カフェのプランターにマリーゴールド。


 コンビニでバニラアイスクリームを買った。缶詰のフルーツをカット、それらと共にお気に入りのガラスの器に、お洒落を目指してよそう。


 アンテークだと言われた、海の蒼を閉じ込めた様な切子細工。公園でやっていたフリマで見つけたソレ。缶詰の果物でも、安いアイスクリームでも、きゅうりの漬物でも、美味しくなる魔法がかかる硝子細工。


 ぷちっと、アップルミントの葉を一枚。在宅ワークのおかげで、ベランダ菜園も順調に育っていた。グラスにレモンを絞って炭酸水をそそぐ。ソレに浮かべたり、使い勝手が良いハーブ。


 食えない葉っぱなんて育てるなんて、勿体ないね。


 彼の声、何かが勢いをつけ転がり始める。



 8月。


 ランタナの鉢植え、こんもりと育っている。


 週末に私の部屋で、いつもの様に逢う。

 洗いたてのシーツは糊の爽やかな香り、サララとした肌触りが気持ちいい。


 たまにはちょっぴり良いご飯、テイクアウトしようよ。近くのイタリアンのお弁当、綺麗なの。返事は分かっているけど、期待をして話した。


 もったいないから、コンビニでいいよ。定番の答え。  


 つまんねぇ男だな!心のなかで声が響いた。


 結婚とは、好き嫌いではない。

 合う合わない。なのかと気がつく。


 どうして二人の間で、結婚の未来が見えなかったのか。


 どうして二人の間で、堅実な未来の話がなかったのか。


 週末は必ずこうして私の部屋で、一緒に夜を過ごす仲なのに。


 何かが、カチリと音立て動く。



 9月。


 とりどりの色や模様の、コリウスが綺麗。


 多忙らしい両親に変わり、墓参りをする為、田舎へと向ったある日。


 彼とのやり取りが頭の中を終始グルグル。

 私の気持ちはムシャクシャ、ムシャクシャ。


 敷地の一角、仕切られた場所にある墓地にて、ブッチブッチと高く伸びた、雄シバ、姫シバ、猫じゃらし、蓬に、露草、諸々雑草達を抜いていく。


 墓参りに行くから。


 つまんない男に、だから今週末は無理。そう断ると。

 つまんない男は、僕の予定が狂うと文句を言ってきた。


 じゃぁ、一緒に行く?男手があれば墓掃除も楽だし、お弁当作る。最大限譲歩した私。


 そんな時間が勿体ない事はしないよ。週末は君の家で食事をするから、その予定でかかる生活費を決めてるのに。余分な出費になる。勿体ない。仕方がないからご飯食べに、()()()帰ろっかな。


 はあ?目からウロコどころか、私のポンコツで曇りまみれの恋しちゃったフィルターが、バリンバリン割れて、いや、思えば3ヶ月前から四方八方、ひび割れてたけど、とにかくソレが木っ端微塵に吹き飛んだ。


 しかも。


 ご飯食べに、()()()()()()()()


 リフレインするその台詞。付き合って直に半年だったはず、周りは次々にウェディングブームの中、私達はそんな気配も話も無かった。


 私の両親には、とうの昔に顔見せは済ませているというのに、コイツの家には、なんだかんだで未だお招きは無い。


 ママがあかんと言ってるのか?

 それっぽい事は言ってたけど。


 ママが選んだ、血統書付きの雌じゃないとアカンと言ってるのか?

 それっぽい事を言ってたけど。



 ブッチ!ブッチ!草を力任せに引っこ抜く。

 ブッチ!ブッチ!私の中で音立て切れた何か。



「とっととママンの元に帰りやがれ!二度と電話してくんじゃねぇ!ど!阿呆がぁぁ!あー?」



 喚き通話終了しようとしたら先に切られた。おまけにその場でヤツは私の全てを拒否設定。 


 くっそぉ!つまんねえ男に、無駄にときめきと時間を貢いだ!


 もったいないねぇぇ!



 ミーンミーン、ミンミン……。



 渋く鳴く長月のミンミンゼミは、僧侶の読経の様に聴こえる。


 夏の恋に浮かれ、先に逝った輩を弔うかのような、蝉の声が。伴侶を求めても、誰もきっともういない、ガックリとしながら鳴いてる気がするミンミン蝉。


 汗にまみれながら、軍手を草の汁で染め疲れて砂利の上にへたり込む、私を慰めてくれる様。



 長月に独り鳴く蝉の声。来世は仲間が沢山いる時に、産まれるんだよと、したたり落ちる汗をタオルで拭いつつ、エールを送った。



 ミーン、ミーン、ミンミン……、ジジ。



 終



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] むぎわらとんぼは色づかないのでは?(^_^;) 細かいことすみません。 [一言] まるで蝉の恋ですね。 頑張っていた主人公さまに、次は素敵な恋を! ぜひ!!w
[一言] 夏過ぎて 秋召す蝉の 独り鳴き なつすぎて あきめすせみの ひとりなき ※誤字に気付き、一度感想を削除しました m(_ _)m
[良い点] 「喚き通話終了しようとしたら先に切られた。おまけにその場でヤツは私の全てを拒否設定。」 ああ、これは辛いですね。 消化できない悲鳴ほど残酷なものはありません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ