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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バラバラ都市伝説

作者: 暁理

「マシター。オレ、テル。今、お前の家の前に居るんだけど……」

「あ、取り込んでるから勝手に入ってきて。鍵開いてるし」

 勝手知ったる仲とはいえ、一応遠慮というものをして電話をかけてみるが、もう何度目ともなるいつもと同じ返答を返されて、テルは溜息をついた。そのまま、自分の能力で、『相手の背後』へと現れる。


 ポスン、と軽い衝撃を尻の下に感じて、テルは金髪の肩までの髪をかきあげた。相手の背後に出現したはずであるのに、テルの目の前には誰も居ない。

 いつものことだ、と呆れ半分、諦め半分に、長い髪を頭の後ろでひとまとめにすると、ひょい、と勢いをつけて、自分が今居る場所……。訪ねた先の相手である、マシタのベッドの上、から、下を覗き込んだ。


「いい加減、この状況を取り込んでる、て表現するの、やめねぇ?」

 苦笑交じりに尋ねるテルの内心などお構いなしで、ベッドの下にうつ伏せになって収まっているマシタは、やぁ、なんて呑気に手をあげている。

「だって、これ、僕のアイデンティティだし」

 なんて涼しい顔で言うマシタに、悪気などはカケラもない。


「に、しても、今日も暑いねー」

「冷凍庫にアイス入ってるよ。僕、宇治抹茶ね」

「……」

 頑なにベッドの下から出ようとしないマシタに、はいはいとテキトウな返事を返して、テルはキッチンの冷凍庫へと向かった。小さめの冷凍庫に身長を合わせるようにしゃがみこんで、中を物色していれば、背後で玄関の扉が開く音が聞こえた。


 電話でのマシタの証言はその通りらしく、鍵を開ける音がしなかった。

「お前、ホントに物騒だなぁ……。襲われたらどーすんだよ」

「襲われないよ。僕がここに居る限り、歓迎してないお客には見つからないからね」

 宇治抹茶といちごミルクのアイスを1本ずつ手にとって、マシタの元へ戻るとベッドの下から自慢げな返事が返ってくる。

 だったら、オレだけ危ないのかよ!?と思いながらも、もう何も言わずに、ベッドの下にアイスを差し出した。


 テルとマシタ個包装の袋からアイスを取り出して咥えたところで、ガシャガシャとビニール袋の擦れる音と共に足音が近づいてきて、小柄な人影が現れた。

「ただいまー。マシタ、お客さんー?」

 おかっぱの黒髪に、この暑いのに学ランを着こんだ男が、買い物袋を両手にぶらさげて部屋へ入ってくる。


「おま、太郎!? ただいま、て何だよっ?」

 まるで自分の家に帰宅するように返ってきた知り合いに、テルが目を見開く。

「あ、テルくんだ。久しぶりだねー」

 のんびりと笑顔を向けられ、一瞬癒されそうになりながら、そうじゃない!と首を振る。


「え、同棲? なんで?」

「同棲って、違う違う。ただの同居だよ」

 アハハ、と笑いながら否定する太郎を放って、ベッド下のマシタをにらみつける。睨みつけるのにも、身長の高いテルでは床にはいつくばる必要があって、とっても窮屈だ。

「夏休み始まってしばらくしたら、ただでさえ使用頻度の少ない、男子トイレの個室に誰も入ってくれなくなった、て泣きついてきた」

「マシタ!」

 淡々と事情を説明するマシタに、顔を真っ赤にした太郎がテルを押しのけるように止めに入った。


「あぁ……」

 慌てた様子の太郎には悪いが、マシタの言葉でだいたいの事情を察してしまって、生温かい視線を向ける。

「う、だって、だって。ただでさえ個室のトイレなんか入ってくれないのに、夏休み中なんて、さらに壊滅的で! 学校来てる運動部の子たちって、校舎じゃなくてグラウンド側のトイレ使うし……」

「で、寂しくなったんだ?」

 言い訳じみた言葉にテルがニヤリと笑えば、想像通り顔を真っ赤にした太郎が睨みつけてくるが、身長差の関係で上目づかいにしかならないそれは、まさしく逆効果である。


 クツクツと笑い声を押し殺して、溶けて来たアイスをペロリと舐めれば、太郎はバッと視線をそらしてキッチンに駆けて行ってしまった。

「相変わらず可愛いなぁ、太郎は。言えばオレが泊めてやったのに」

「テルの家は他人を泊められる広さじゃないだろ」

「ここだってワンルームじゃねーか」

 マシタの要領を得ない言葉に首をかしげる。ワンルームの小さな部屋は、ベッドと机を置くだけで、キャパシティいっぱいだ。


「ここは、ちゃんと太郎を泊められるスペースあるし」

 マシタは言って、わずかに自慢げに自分の上を指さした。マシタが居るのは先述のとおりベッドの下であり、その上にはベッドがある。

「…………。太郎が来るまでどうしてたの、これ」

「僕の寝床、ここだし」

 僅かに呆気にとられたテルに、マシタがさらり、と言葉を返してくつろぐようにその場で体を伸ばした。


「テルくん、お茶いれたよー。マシタの分もあるからね」

 と、そこでキッチンで買ってきた物の片づけを済ませた太郎が部屋へ戻ってきた。おぼんに乗ったお茶を3人分もってきて、机に並べる。

 その様子に、しょうがない、と溜息をついてマシタの分のお茶をベッド下へ差し出そうとしたテルの腕を太郎が掴んだ。


「ん?」

「だーめ。今、練習中なんだから」

「は?」

 意味の分からない言葉だったが、ニッコリ笑った太郎が可愛くて、持ちあげた湯呑みを言われるままに、机の上に戻す。

「欲しかったらちゃんと出てきてね。ベッドの下を汚したら掃除が大変だし、そこで寝てるマシタの衛生状態も悪くなっちゃうんだから」

 小さな子供をしつけるようにマシタを嗜める太郎に、テルはニヤリとしながらマシタを見る。


 さて、アイデンティティと可愛い太郎、どちらを取るか……。と、考えの終わらぬ間に、さっと姿を現せたマシタが机の前にちょこん、と座り込んだ。

 呆気にとられて固まるテルの前で、至極当然そうに、ずずっとお茶をすする。

「お前……」

「うん、よくできましたー」

 ニッコリ笑う太郎と湯呑みで顔の下半分が隠れたマシタを交互に見比べて、溜息をつく。


「アイデンティティはどうなった、アイデンティティは」

「それを言うなら、学校から出歩いてる上、トイレにも住んでない太郎の方が深刻だから」

「どっちが上とか下とか言う問題じゃねーだろうが」

 こめかみがひきつるのを抑えながら、マシタをにらみつけるが、馬に念仏。まるで堪えていないかのように、太郎に茶菓子を要求している。

 それにニコニコと笑顔で応じる太郎に深く溜息をついて、テルは歩き出した。


「あれ、テルくんどうしたの?」

「帰る。なんか胸やけしてきた」

「えー? アイスで? テルくん、甘いもの好きじゃなかったっけー?」

 きょとん、と首をかしげる太郎に背を向けて、テルはマシタの家を出た。次来る時は、電話なんかせず、何の前触れもなく背後を不意打ってやろう。できれば、夜中。マシタも太郎も寝てる時間がいいな、などと考えながら。



(前触れもなく、ベッド下で寝ているマシタの背後⇒ベッド上で寝ている太郎の上に現れて、太郎に怒られるのは、それから数日後の話、かもしれない)



メリーさん:テル・いまどきの若者風のおにーさん。言動に似合わず甘いものが好き。

ベッドの下男:マシタ・マイペース。違う星の住人じゃないか疑われている。

トイレの花子さん:太郎・みんなのアイドル。そして何気に常識者。

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