舞台裏ー蜂蜜の騎士ー
今日は2話更新。この物語のヒロイン、クラウディア皇女の視点です。時系列的にチェーザレが騎士団長に就任する前のあるひと時。
むかしむかしあるところに可愛らしいお姫様がいました。
その姿から人々にとても愛されていたお姫様は、魔物にも愛されてしまいました。
そしてついに、ある日お姫様は攫われてしまい、崖の上に立つ塔のに閉じ込められてしまいます。
狭く薄暗い部屋に1人でいるお姫様は、大きな瞳から幾度も大粒の涙を流しました。
恐怖で震え出す体を抱き締めながら、お姫様は窓の外に広がる夜空を見上げます。
ーあぁ、私はここで魔物に食べられてしまうのだわー
すると、絶望に嘆くお姫様に一筋の光が差し込みました。
ー姫君ー
窓から姿を見せた見知らぬ彼は、青い騎士の服を纏い腰には剣を下げ、お姫様に手を差し伸べます。
ー貴方は?-
ー貴女を助けに参りましたー
お姫様が差し出された彼の手を取ると、体がふわりと浮き彼がお姫様を抱き上げます。
ーさぁ、ここから逃げましょうー
高い高い塔の窓からお姫様を抱き上げたまま、彼は窓から飛び降りました。
恐怖のあまりお姫様は目を瞑って彼の首にしがみつきます。
ー大丈夫ー
彼はお姫様に優しく声をかけます。恐る恐るお姫様が目を開けると、彼はお姫様を抱き上げたまま空を飛んでいたのです。
ー私がお傍についておりますー
触れた彼の胸が逞しくて、自分の胸が熱く鼓動して、
目の前に広がる大きな夜空と彼の紅く光る瞳に心を奪われ、
お姫様の恐怖も絶望もどこかに消え、体の震えも止まっていました。
囚われてのお姫様は、空を支配する龍族の王子によって救われたのです。
魔物の塔からお姫様を救い出した王子は、お姫様と結婚することになりました。
2人は人々に祝福され、いつまでも幸せに暮らしたのです。
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厚い表紙を閉じて、膝の上に座る妹のエルシーリアにおしまいと声をかける。
今年で8歳になる幼い妹がもう一度と強請るので、本を表に返し、最初のページへと戻ることにした。
「むかしむかしあるところに」
「ルーシー。何度ディディに読ませる気だ?」
「テオおにいさまっ」
最初の一文を読み始めたところで、テレンツィオお兄様がその端正な顔を緩めて部屋に入ってきた。
エルシーリアはソファから飛び降り、お兄様に駆け寄り足にしがみ付く。お兄様は彼女の行動を注意しながらも、その逞しい腕で彼女を抱き上げた。
「ディディおねえさまのこえ、とてもすてきなの」
「そうだね、俺もそう思うよ。ディディの声はいつまでも聞いていたい」
「だからたくさんおねがいになったの。ごめんなさい、ディディおねえさま」
「謝らなくていいのよ、エルシーリア」
陽が良く当たる喫茶室のソファに座っていた私は、侍女にお茶をお願いしてから、立ち上がって手に持っていた本をエルシーリアへと渡した。
「また一緒に読みましょう」
「ありがとう、ディディおねえさま」
小さな両手で大きい本を抱える妹の頭を撫でると、白い歯を見せながら笑う小さな顔が輝いて見えた。
合わせて口元を緩ませていると、テレンツィオお兄様が意味ありげに微笑んで私を見つめてきている。
「テレンツィオお兄様も、ですね」
背伸びをして高い位置にあるお兄様の前髪を撫でると、満足気にお兄様は頬を緩ませた。
皇太子であるはずのお兄様は、時々こうして幼い下の弟妹たちの真似をしたがる。いつもはフロリアーナお姉様に咎められてしまうが、今日はいないのでお兄様も気兼ねない様子だ。
「ディディは優しいね」
「とんでもないです、私もこの本が好きですから」
お兄様がエルシーリアを抱えたままソファに座ると、丁度良くお菓子と一緒に侍女がお茶を持ってきた。向かい側のソファに座ってテーブルに並べられるお茶を眺めていると、まだテレンツィオお兄様が意味ありげに私を見てくる。
「お兄様、いかがされましたか」
「いや、ディディが綺麗だな、と思って」
「ありがとうございます。テレンツィオお兄様もとても綺麗です」
「ありがとう、ディディがそう言ってくれると嬉しい。でも俺は男だから格好良いと言ってほしいな」
テレンツィオお兄様のわざと拗ねた表情に微笑みだけで返すと、エルリーシアが自分も混ざりたいと話に入ってきた。
「テオおにいさま、とてもかっこいいの」
「おっ、嬉しいな。ルーシーもとても可愛いよ」
紅茶のカップを手にしながら、私はエルシーリアの満点の笑みが愛おしくて口元を緩めた。
「だってね、テオおにいさまはね、ルーシーのおうじさまなの」
「おぉ、光栄です、エルシーリア姫殿下」
少し大げさに手を胸に当てお辞儀をするお兄様に、エルシーリアは満点の笑みを浮かべてお兄様の首に抱き着いていた。
「ねぇねぇ、ディディおねえさまのおうじさまはだぁれ?」
「おうじさま、、、」
聡明で美しい兄と愛らしい妹の微笑ましい光景を目にしながら、私は手の中のカップに視線を落としエルシーリアの言葉を頭の中で繰り返した。
私の王子様、か。
香ばしい紅茶の香りごと口に含みながら、幼い頃の記憶を思い浮かべた。
ダヴォリア帝国第二皇女クラウディア・レッサ・ダヴォリア。それが私が生まれながらに持つ名前だった。
広大な大陸の東側を支配するダヴォリア帝国の長い歴史の始まりは、小さな集落だったとされる。帝国の礎を築いた初代皇帝が、龍王と手を取り合い、当時世界を滅ぼそうとしていた魔王を封印したことで、帝国は龍王の加護を受けていた。
その初代皇帝の末裔が私たち皇族であり、私の瞳の色は初代皇帝と同じ色合いとされている云われから、民からの多くの寵愛を頂いていた。
幼い頃、冬の間に過ごした南の港町から帰る途中、街並みを見たいと我儘を言った私は城下町に寄り道をし、そこで従者たちとはぐれてしまった。その際、身なりの整った紳士に声をかけられたが、彼の胸バッチの紋を見て、すぐにその場から逃げ出した。
皇族としての日頃教育を受け、帝国内の情勢を学んでいた私は、その紋が何を示すのか理解していた。最近、平民貴族関係なく幼い少年少女が誘拐され、二度と戻ってこないという事件が多発している。黒い噂が絶えない協会が裏で手を回しているのではないかとされていて、紳士の胸のバッチはその教会と同じものだった。
そして逃げている最中に助けてくれた人がいた。
その人は私が見上げるほどの高い身丈に幅広い肩、マントの隙間から見える私の青よりも濃い色の髪、少し鋭い赤茶色の瞳を緩ませながら笑いかけてくる彼に、私は一瞬で心を奪われた。
まるで物語に出てくるお姫様を助ける龍族の王子のようで。エルシーリアが問う王子様は、私にとってまさに彼だった。
皇女だと気が付いていない様子の彼は、妹のために買ったとするお菓子を一つ分けてくれ、私の頭を撫でた。その大きな手が頭に触れたときの体温は、今でも忘れられないでいる。
皇族の私の体に触れるを許されるのは家族や侍女たちぐらいで、普段から人肌に触れることはなかった。しかも、お父様やお兄様以外の男性に触れられたのは、本当に彼が初めてだった。
大きな手で小さい頭全体を包まれる衝撃と彼の体温に頭がぼうっとしてしまい、私はようやく合流できた従者たちに事の顛末を報告できず、足早に城へと戻った。
城についてから我に返り、急いで今日の出来事をテレンツィオお兄様に報告すると、すぐにお父様と宰相のオルフェオへと伝わり、城下町で私に声を掛けた協会の男の足取りを追った。本人は直ぐに見つけることができたが持っていた情報が少なく、結局協会の動向は詳しく掴めなかった。
私を助けてくれた彼の足取りも掴めなかった。
貰った飴を侍女に毒味させてから口に含むと、甘さの中に苦味が含まれていて、当時の私としては少し大人の味だった。後で調べたところ、蜂蜜の飴だという。
もう一度あの飴を食べたいと侍女に頼んだが、彼が飴を買った店は別のお店になっていて元の店の行方は分からなかった。
他の店でも似たようなものしか手に入らず、城内の菓子職人が復元を試みてくれたが、どれもあの時の彼にもらった飴とはどこか違っていた。
数ヶ月ほどが経ち、彼の行方も蜂蜜の飴も良い成果が出ず、焦心し落胆する従者たちを見て、自省した。隠ぺいされているが、城下町での騒動は私の我儘が原因だ。皆に心配をかけてしまったし、彼と飴の捜索に多くの手を煩わせた。帝国皇女としては、浅はかな言動だった。
これ以上、私の我儘で振り回すわけにはいかない。
私は彼と蜂蜜の飴を探すのを止めた。
カップの中で揺れる紅茶を見つめ、胸の中だけで溜息を吐いた。
紅茶の色は彼の瞳と似ていたが香ばしく苦味が弱い紅茶と違って、彼の瞳にはとろけるような甘さと鋭い意志の光があった。
テーブルに並んだ焼き菓子と手に取って口に含むと、砂糖の甘さが広がったが、あの蜂蜜の飴とは似ても似つかなかった。
「ディディおねえさま」
「ん、なぁに。エルシーリア」
「ディディおねえさまのおうじさまは、だぁれ?」
「そうですね、、、」
まだ8歳のエルシーリアに、すべてを話すことはできない。本の物語とは違う、現実に起こった事件だ。
正直に話して、怯えさせてしまってはいけない。
「難しいですね、どなたかお一人をというのは」
「どうしてぇ?」
「だって、私の周りには素敵な方々ばかりですから。テレンツィオお兄様は聡明でお父様ゆずりの金色に輝く髪が綺麗で、すらりとした背と光り輝く微笑みはまさに王子様のようですし」
「そーめー?」
「とても頭が良いということだよ」
「はい。フロリアーナお姉様はお母様と同じ新緑色の瞳がとても精彩に輝いて、見つめられると森に包まれたように心が温まります。それに木苺のような真っ直ぐな髪を靡かせて歩くお背中は凛として、とても心強くて見惚れてしまいます」
「ルーシーも、リリーおねえさまのめとかみ、すきー」
「あら、私も王子様候補なのね。光栄だわ」
いつの間に部屋に入っていらっしゃったのか。
汗を拭きながらテレンツィオお兄様に軽く返事をして、フロリアーナお姉様は結んでいた赤い髪を解いた。ふわりと広がる長い髪の後ろに11歳になる弟のアンドレアが項垂れて立っている。
2人ともTシャツにラフなズボンとブーツと動きやすい恰好をしていた。
お姉様のご用事は、アンドレアの指南だったみたい。
「リリー、お疲れ様。どうだった、アンディは?」
「まだまだ、といったところですわ」
「リリー姉様、全然加減してくれない、、、」
新しいタオルを侍女から受け取り、後ろで一本に髪を結びなおしたお姉様は、ソファの背中越しに私の顔を覗き込んでくる。
指南で体を動かした後の高揚感からか、頬が髪と同じ色に染まり緑の瞳に篭った熱は艶やかに光、胸がどきりとした。
「フロリアーナお姉様、アンドレアに手厳しいのですね」
「これでも甘い方なのだけど」
「えー」
お姉様の答えに衝撃を受けた表情をしてアンドレアは、首にかけていたタオルを両手に持ったまま、お兄様の座るソファの横に顔を俯せた。
フロリアーナお姉様は私の横に座り、テーブルに並べられたお菓子を一つ口に含む。お姉様は溶けた砂糖が彩られた焼き菓子はとても好きだった。
「テオ兄様~、今度は兄様が相手をしてよ~、兄様の方が強いでしょ~」
「これくらいで音を上げるな。リリーの方が人に教えるのが上手なんだ」
「あら、ありがとう、お兄様。でもディディの王子様になるのなら、私は素敵なお兄様を倒さないといけないわ」
「止してくれ。可愛い妹を傷つけたくない」
お姉様の好きな焼き菓子のお皿を差し出しながら、お兄様は少し悪戯っぽく口元を上げる。差し出された焼き菓子をつまみながら、お姉様も合せるように口元を上げる。お2人とも負ける気はないみたい。
視線をお兄様の横にずらすと、まだ幼さが残るアンドレアが唇を尖らせて拗ねていて、口元が緩んだ。
「ディディ姉様、僕は?」
「ん?」
向かいのソファに座り直したアンドレアが、お姉様と同じように少し熱を持った瞳で上目遣いをしてくるが、まだ拗ねた口をしていた。
お兄様やお姉様のように、王子様らしいところを言ってほしい様子が分かって、とても可愛らしかった。
「アンドレアはとてもがんばり屋さんで何事にも一生懸命です。今はまだテレンツィオお兄様やフロリアーナお姉様よりも心もとないですが、きっと素敵な王子様になります。何より真っすぐで大きな瞳と夏の花のような笑顔は、貴方の一番の魅力です」
「わーい!」
「こら、お行儀が悪いわよ」
両手を上げて喜ぶアンドレアに、フロリアーナお姉様が軽く叱るが、聞こえていないのかアンドレアは侍女が新しく持ってきた冷たい紅茶と焼き菓子を口に放り込んでいる。
口元に焼き菓子の欠片がついているが気にしていない様子で、またお姉様のお咎めが飛んでいた。
大きなガラス窓からは少し傾いた陽の光が差し込み、愛しい家族を包み込む。もう一口紅茶を口に含むと、少し温くなっていた。
お兄様とエルリーシアが笑い合う声がする。お姉様がアンドレアと剣技について語り合う声がする。
団欒の中、なぜだか私一人取り残されているような気がしたけど、気のせいと言い聞かせて侍女に紅茶のお替りを頼んだ。
エルシーリアが昼寝をして自室に運ばれ、フロリアーナお姉様とアンドレアは指南再開ということなので、私は喫茶室に残って途中だった刺繍に勤しんでいた。お兄様はソファで足を組んで、帝国の法律書を読んでいる。
「そういえば」
「はい?」
後数針でレース編みが終わり差し掛かったところで、お兄様が話しかけてくる。
手を止めて向き合うと、お兄様は手に持っていた書を横に置き、新しい紅茶を片手に私に微笑みかけていた。
「先程の王子様についてだが」
「えぇ」
「俺たち以外に、候補はいないのか」
「と、おっしゃいますと?」
「身内ばかりだっただろう」
「そうですね、、、近衛の方々はいつも私を守って下さり、夜の番の方は朝の挨拶をする時でも厳格は表情を保っているところは任務に誠実で素敵ですし。お兄様の親友のアドルフォ様はとても背が高く、深い青の瞳は夜空のようで吸い込まれそうなほど魅惑的です。何より、去年の騎士団での仕合で御披露された鮮麗された武技は、本当に輝いておりました」
「ディディ、アドルのことそういう風に見ているのかっ」
カップと音を立ててソーサーに戻したお兄様は、何故か焦ったように腰を浮かせて目を見開いている。問いかけたのはお兄様なのに、どうしたのだろう。何か良くない答えだったのだろうか。
「アドルフォ様は、お兄様と同じく一緒の時間を過ごしましたもの。素敵なところを沢山知っております」
「俺と一緒、、、」
「えぇ。それにアドルフォ様は帝国騎士団第2騎士隊の隊長を務められている方。そんな素晴らしい方がお兄様の親友でいてくださるなんて、とても心強いです」
「そうか、、、まぁ、そうだな、うん」
小さな声で何かを呟きながら少し浮かせた腰をソファに戻し、お兄様は少し思案した様子でまた法律書を手に取った。
不思議に思いながらも、私も刺繍の手を再開する。
淑女の作法として、レース編みや刺繍などの裁縫は、皇族であっても一通り習うことになる。幸い手先が器用だった私は、日を追うごとに上達し、お母様からもお褒めの言葉を頂いている。
指南役のお母様は外国からの嫁ぎのため、レースや刺繍のデザインがダヴォリア帝国とは少し違う。それがとても特別な感じがして好きだった。
「ねぇ、ディディ」
「はい、お兄様」
「今縫っている刺繍は、誰かにあげるのか」
なんだか今日のお兄様はとても私を気にかけてくださる。
笑みだけで答えてから、最後の一針を刺し終える。糸を切って刺繍していたハンカチを綺麗に畳んでから、刺繍した箇所が見えるようにお兄様へと差し出す。
「苺?」
「はい、赤く色づいた木苺とその葉を刺繍しました。お相手は、フロリアーナお姉様です」
「リリーか」
「はい、もうすぐ成人の儀を迎えられますので」
白い絹のハンカチの端に、赤く小さい木苺を数個とそれに絡まる深い緑の葉と枝。絵柄の下には、皇族の証である金色の糸でお姉様のイニシャルを添えた。
お母様に見て頂いてからになるけど、絵柄を指でなぞると高さも均等に揃っていて、綺麗にできたと思う。
「よくできている」
「ありがとうございます」
「そういえば、なぜ木苺なんだ?」
「赤い実と緑の葉っぱは、お姉様の色と同じもの。小さく熟すその果実は甘酸っぱくて、少し大人の味です。これから成人皇族としてご公務に当たられるお姉様に、ささやかな門出のお祝いとして」
差し出がましいでしょうか、とお兄様に尋ねると、そんなことはないと微笑んでくれた。
社交界の方々は、フロリアーナお姉様の色合いをあまりよく思っていない。お兄様や私と比べて、外国出であるお母様エルメントルート皇妃の色が強く出ているだけで、嘲りの故とする。お姉様は帝国皇女として尊敬すべき素晴らしい淑女だというのに、皆が皆それを分かってくれないのはとても悲しかった。
「素敵な贈り物だね」
「はい。喜んで頂けると嬉しいのですが」
ハンカチを丁寧に袋に入れ、刺繍の用具が入った籠へと入れる。
いつか、私の王子様に自分が刺繍したハンカチを差し上げられればと思って裁縫を続けてきたけど、腕は上達したが縁は上手くいかない。
憂いを晴らすように何枚ものハンカチを刺繍しては身近な人に送り、レースを作っては衣装担当の侍女に渡したりしているけど、そろそろ潮時なのかもしれない。
「ねぇ、ディディ」
「はい、お兄様」
「"蜂蜜の騎士"は、もういいのか」
お兄様の言葉に一瞬体が固まった。ゆっくりと籠の中身を整理しているふりをして、微かに震える手を落ち着かせ、笑みを顔に貼りつけた。
「お兄様、あれは幼かった私の夢物語です」
「しかし」
「刺繍をお母様にお目通りできるかお声を掛けて参りますね」
刺繍籠を両手で抱え、お兄様に笑顔で辞の挨拶をした。
お兄様は少し困った顔をしながらも、途中まで送ると申し出てくれたけど、それを断って部屋を出た。
お兄様に心配をかけさせてしまった。
お母様への言伝を侍女に頼んでから、私は私室に向かう廊下を進んだ。喫茶室から伸びた赤い絨毯の廊下は、侍女と近衛騎士が伴っているというのに、彼女たちは私に自ら声を掛けることはない。
もちろん触れうことも、頭を撫でることなんて。
諦めたはずなのに、まだ未練がましく彼を思い出す自分がお粗末だった。
ここで皇族方の名前を軽くまとめます。
皇帝:カールミエ
皇妃:エルメントルート
皇太子:テレンツィオ(愛称:テオ)
第一皇女:フロリアーナ(愛称:リリー)
第二皇女:クラウディア(愛称:ディディ)
第二皇子:アンドレア(愛称:アンディ)
第三皇女:エルシーリア(愛称:ルーシー)
多いですね、、、どこかで登場人物をまとめます。