憩い
ご無沙汰になりました、申し訳ございません。
ちびちび書いていましたが、前回から一年以上経過しているとのことで、表現の質が変わっているかもしてませんがご了承をお願い致します。
肉が焼ける臭いと薄暗い曇天。混沌と欲望を背負った黒いソレは、目かどうか分からない不鮮明な瞳の一つを"俺"に向けて動かない。もう一方は、忙しなく上下左右に動いている。
ソレが吐く息は毒となり大気を汚し、ソレが触れた大地は心底から枯れ、新しい命が芽吹くことはない。ソレを皆"魔王" と呼んだ。
"俺"の横に"あいつ"が控え、息乱れて今にも倒れそうなのを必死に耐えている。元より貧弱な体にしては耐えた方だ。
"よう、やく、、、"
地に崩れ落ちそうな小さい体を爪先で支えると、"あいつ"は遠慮なく凭れ掛かってくる。
"感謝します。王よ"
なんのことだと鼻から息を吐いた。目の前には封印の狭間でも変わらない"魔王"の、一方の瞳が俺を感情なく見ている。もう一方の半分は既に封に埋まっているが、変わらず忙しなく動いているのか、印の一部が蠢いている。
"これで思い残すことは、ありません"
何を言っている。もう死ぬ気か。
そう叱責しようとした瞬間、"魔王"の瞳が動いて、静止した。"俺"と、血と同じ紅い瞳が照準合わせるように"あいつ"を見据える。
何をしている"'魔王"は"あいつ"に、何をしようとしている!
腹奥底から炎を吐いた。炎が"魔王"に届く前に、印は完了する。その瞬間、感情などないはずの"ソレ"の紅い瞳は、"俺"を嘲笑うように形を歪ませた。
"王、、、?"
小さな声が聞こえる。とっくに耳に馴染んだはずのその声は、ついさっき稼働した腹奥へと妙に響いた。疼く腹底を知っているかのように、"あいつ"は"俺"の爪を撫でる。傷だらけで汚れた小さな手に比べて、"俺"の爪は無傷だ。
"もう、終わりましたよ"
一体何が終わったというのか。"魔王"の命か。千を跨ぐほどの長い戦いか。それとも。
"否"
まだ終わっていない。"魔王"は死んでいない。そもそもアレに生命などの質はない。ただただ、そこに"在って"、どこにも"無い"。だから"俺"達の争いは長かった。終わりなどもなかった。
故に、"今"も一時の休息に過ぎない。"魔王"は必ず再び現れる。そしてその時、真っ先に矛先を向けられるのは、人間達だ。
小さい身体に比べ、大きな黄金色の瞳が"俺"を見上げる。無知で、無防備で。
"王よ、我らの空の王"
分かったように、"俺"を映す。
"ご安心を。私が、います"
立つのがやっとであろうに、"あいつ"は爪先のそばで膝を着く。
"最期まで、共にいるとお約束致しました"
爪先に"あいつ"の小さい額が触れる。温度は爪の方が高いはずなのに、"あいつ"の触れたところが熱い。
"お一人では、つまらないでしょう"
顔を上げた"あいつ"は、黄金色の瞳を緩めて笑う。相手が"龍王"であっても、臆せず生意気な口を利く。異常だ。
何が"一人ではつまらない"だ。何が"共にいる"だ。軽々しく嘘を吐くな。
先に逝くくせに。
そういえば、これは最初は"あいつ"が発したのか。てっきり、"あの者"の戯言かと記憶していたが。
「 」
長く生きていると記憶が曖昧になる。どちらにしろ、言い捨てられた言葉だ。
「 レ」
結局、"龍王"は孤独の時間の方が多かった。
「 ぁ、レ」
今も。
「チェーザレ!!」
「は!」
突然、頭にがつんと声が響いた。咄嗟に起き上がって、体が勝手に周囲を警戒すると、少し離れたところに子どもが一人、立っている。腕を組み、眉間に皺を寄せて口を歪めてる辺り、どうやら怒っているようだ。
「よーーーうやく!起きたっ!!もうっ」
早く早くと小さい手腕を振って、起床を催促してくる。
「もしかして、調子わるい?だったら、朝のとーばん、オレがやろうかぁ」
語尾が緩い声で俺の顔を覗き込んでくる紫水晶を見て、ようやく頭が冴えて来た。
「いや、大丈夫だ」
家主のチャルに、問題ないことを伝えるが納得のいっていないように眉間の皺が再生した。
床に獣の皮を敷いただけの簡易寝床に、ぶつぶつと文句を言ったり、無遠慮に俺の額に手を当てて熱を確かめてくる。
「うん、オレよりは冷たい!」
「、、、やめろ」
子ども体温と比べれば、当たり前だろう。
もう一度、大丈夫と伝えて俺はドアに向けて立ち上がる。ついでに敷いていた皮を外に持ち出し、風に当てるためにこれまた簡易的に作った物干し竿に引っ掛けた。そこには既に、チャルが使っている掛け布団風の布が干され、そのすぐ下にはチャル専用の足台があった。
背筋を伸ばしつつ、"朝のとーばん"である畑に向かう。畑といっても、小屋の近くに3、4列だけ棟を作っただけのものだが、土が良いのか果肉が詰まった野菜が多く採れた。不思議とチャルの小屋周りだけ木々が開けて、太陽光もよく当たることもあるのだろう。
畑の側を進むと小川が流れており、澄んだ水質で魚や子ガニなどもよく獲れる。
子ども一人の生活にしては、良くやっている方だ。
俺は朝採りの野菜を幾つかもぎ取り、小川へと向かう。野菜を洗うのと昨晩設置しておいた罠の結果を見に行った。罠の中には大きめの魚が3匹。俺とチャルで1匹ずつと残りは保存用に加工する。下処理をした魚と川の水で艶が増した野菜を抱えて、小屋へと戻る。
囲炉裏風にしている小さい焼き場に魚を仕掛け、小屋の中に入るとチャルが既に朝食の準備をしていた。あとは魚が焼き上がるのを待って、野菜と一緒に並べるだけだった。
「ほら、美味しいって〜」
「いや、俺はいらない」
ニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべてから、チャルは勝ち誇った顔でさっき採った野菜の果肉を口に含んだ。皿に残った数粒を見て、俺は胸の奥が嫌に疼いた。
「食べないと、大きくなれないぞ〜」
「俺はもう十分大きい」
「あ〜そ〜いうのは、へりくつ!って言うんだよぉ」
知ってるっつーの。
なんて冗談を言い合えるぐらいには、チャルと打ち解けて今に至る。俺がチャルの小屋に来て、早数週間が経過していた。
遡って小屋に到着した当日。どっちがベッドで寝て、どっちが床に寝るかで揉めた。流石に家主のチャルを床に寝させられない主張する俺と、客の俺をベッドに寝かせて"おもてなし"をしたいチャル。だが、どう見てもチャル用のベッドは、俺には小さい。体半分も収まらないだろうし、試しに少し腰を下ろしただけで悲痛の悲鳴をあげた。
流石にベッドの悲鳴を聞いたチャルが折れたが、道中の野宿等々で疲労していた俺たちは、思考も大分疲れていた。終わった口論後の静けさに、ギシギシというベッドの音だけが室内に響き、終わる頃にタイミング良く、互いの腹が空腹を主張した。
どっちからともなく、俺たちは笑い出した。チャルは腹を抱え、床に額を着け、俺も声が喉に戻って息が出来なくなるまで笑った。ようやく笑いが落ち着いてきた時を見計らって、チャルがわざとベッドをギシギシ音を出すと笑いが振り出しに戻る。
見目通り悪戯好きのチャルを、俺は怪我しない程度にふざけて拘束した。思ったより柔らかく小さい体に正直に音に出したら、今度はチャルから反撃蹴りをくらった。勝敗は、引き分けだ。
「もぅ〜栄養たっぷりだってのに」
そうまたブツブツと言いながら、チャルは残りの果肉をたいらげる。口の端から少し漏れた果汁を小さい舌が絡めとるのを見て、喉の奥に青臭い匂いを思い出した。
未だ色は分からないが、味と匂いは形で分かる。前世でも同じ野菜を見たことがあるが、俺は決してソレを口にすることはなかった。
「そうだ、今日ちょっと散歩してくるからぁ」
「1人でか?」
思い出したかのように、チャルがさらりと言う。
「まぁねぇ、前に見つけた果実がまた実ってると思うからそこにいくつもり〜」
「危険だ。また魔物が現れたら」
「へーきへーきー。慣れた道だし、すぐそこ」
俺の分の食器も手際良く片付けたチャルが、小さい窓の先を指差す。そこは今朝収穫した野菜と川が流れてる方向だった。不思議と緩やかな空間で切り取られてると思われる小屋と周辺だが、俺には境目が分からない。
「俺も行く」
「だぁかぁらー、大丈夫だって〜」
ボロ切れで出来た肩掛け鞄に、非常食として作っておいた魚の干物と芋の粉を練ったものを入れて、チャルは歪んだ編みカゴを手に取った。
「待て、俺も準備してくるから」
「もーしつこい男は嫌われるってぇ〜」
颯爽と小屋を出ていこうとするチャルを遮ろうと立ち上がるが、その小柄さが活きる俊敏な動きでチャルは俺の脇をするりと抜け出して行った。
「あ!こら!!」
「チェーザレは洗たくでもしててくれーー」
小さいチャルの姿はあっという間に、もっと小さくなっていき木々の中に消えて行った。
騎士である俺の動きをかわすとは、なかなかにやる奴だ。
仕方がないと息を吐いて、俺は小さい家主に言われた洗濯物の山を見る。洗濯カゴなんてものは無いから、部屋の隅に積み重ねていくだけだ。気候が良いからか、あまり溜まっていない。
正直、洗濯は好きじゃ無い。騎士学校時代はなんでも自分でやらされて、ある程度出来はしてる。が、まぁ、よくトーレ達に揶揄われた。
チャルにも基本がなってないとかで。散々小言を言われてた上に、結局チャルが奪っていく。そんな家事ダメな俺に頼むほど、今日は着いてきて欲しくないらしい。皺を伸ばして、よく乾く様に風が当たる位置を考えて竿に掛ける。散々な小言の成果が出てのか、まぁ。まぁまぁな具合だ。
緩い風が鼻を掠めると、僅かに甘い香りがする。香りの素を辿るとチャルが消えて行った方向。無事に果実摘みが進んでいるのかと思い、改めて迎えに行くか悩んだ。
ここ数週間で、一辺が安全地帯ということは理解している。チャル一人で過ごして来た軌跡も安心要素の一つだが、やはり気になるものは気になる。
本当はこんなところで立ち止まってる時間はないはずだが、どうしてもチャルを残して行けなかった。どこかの町に連れて行こうにも、ここの生活は妙に居心地が良い。生き生きと過ごすチャルの笑顔が、時折"彼女"のと重なる。
"私は、置いてきたわ"
俺もアイツも、同じかと。久しぶりに深い溜息が出た。
まったく、らしくねぇ。
「いくか」
誰に言うでもなく、俺は壁の飾りなりかけの愛剣を手に取った。




