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旅路

注意

嘔吐表現があります。


朝露が鼻先に落ちてきて、浅い眠りから目を覚ました。明け方まで火の番をしてかろうじて残った焚き火から灰色の煙が1本だけ登っている。その先に小さく丸まった固まりが横たわり、静かな寝息を立てていた。

周囲の様子を窺い、異常なしと判断して俺は抱えていた剣から手を離して背を伸ばした。久しぶりに良質?なたんぱく質を摂取したからだろうか。血の巡りが良く身体が軽い。一晩中、浅い眠りだったにも関わらず頭もスッキリしている。


「ぅん、、それぇ、まだなまぁ~」


夢の中でも何かを焼いているのだろうか。昨日初対面とは思えない気の抜けようで、逆に心配だな。

とりあえず、この”チャル”はこのまま一人にさせておけない。一食の恩もあるし、近くの村か町まで送るか。来た道を戻ることになるだろうが、北方の荒れた町よりは帝都西の村の方がはるかに良い。


「おい、起きろ」


「んにゃ~」


「近くの村まで連れて行ってやる。支度しろ」


「ふわぁ~むらぁ~??」


「そうだ。お前が何してたか知らないが、この森よりは安全だ」


「森、、、あん、ぜ、、、んー!!」


「!」


突然飛び起きたチャルに思わず身を引くと、チャルは焦ったように身の回りを確認し始めた。魔物にくを捌いた短剣、小さな袋は腰紐に、多めに焼いた肉は大きな葉で包み、焚き火の近くで燻していた。それらを確認すると安心したように息を吐いて、俺を見上げて気まずそうに笑った。

何も捕ってないと両手の平を見せると、更に失笑した。


「ごめん。オレ、すっかり寝てたみたいで」


「そのようだな」


「こんなんだからさ、こんなに寝たの久しぶりでつい。騎士さまを疑ったわけじゃないんだ」


「分かってる」


「でもさ」


よく動く口だ。


「うわぁ!」


ぶつぶつと言い訳を繰り返すチャルの首根っこを掴み上げ、荷物ごと小さい荷物と自分の荷物を抱えて、俺は歩き出した。


「なにっなにっ!?やっぱり怒ってっ」


「口を閉じないと舌噛むぞ」


「!んぐぅ」


俺の言葉に慌てて両手を口に当てるチャルを無視して、俺は歩みを早めた。微かに聞こえる水音を頼りに河原を目指して足を進めると、チャルも目的地に気付いたのか、薄汚れた自身の手足を見つめて項垂れた。

観念したようだ。

森の中ならともかく、人の目に付く場所に連れてく前の少しは綺麗にしたほうが良いだろう。幸い、今日は水浴びにもってこいの空模様。

俺も少し汗を流したいしな。


数刻も立たずに目当ての川が現れた。周囲に何頭か獣は居たが、どれも大人しい種類のようで、一瞬こちらの気配に怯える仕草をするもすぐ落ち着いた様子を取り戻していた。

荷物と一緒に腕に抱え込んでいたチャルは、まだ柔らかい朝日に反射する水面に小さな声が漏れている。その反応が恥ずかしいのか、俺と川の間で気まずそうに視線を泳がしている。


「いけ。誰のものでもない」


「え、いや、でもっ」


「遠慮、する、なっ」


「へ?うわぁ!?」


”一番風呂”に戸惑っているチャルを川に放り投げる。間抜けた声の後にばしゃんと水が跳ね、穏やかに流れていた川の水面に波紋が広がる。流石に周囲の獣たちもビクリと逃げ出した。


「ひゃにすんだっ!うっひゃあーーつめたいーー!」


最初は驚きと戸惑い。次に俺の行動への怒り。そしてすぐに歓喜する紫水晶の瞳。小さい顔にしては大きなその瞳はコロコロと変化していった。

忙しい奴だ。

俺は一歩離れた位置に荷物を降ろした。適当な木を組み立てて、濡れた服を乾かす竿を作ってから俺も服を脱いだ。まだ冷たい朝の空気が肌に触れて身震いするが、服ごと手を川に浸けると更に冷たい川の水が気持ち良かった。

逃げ出した獣たちは、草陰からこの忙しいチャルを覗き込み、次に俺を見て、どこかに相談するように周囲を観察してから、また川に戻ってきた。濡れた服を脱ごうと苦戦してるチャルに、憶せず獣たちは鼻先で小さい腕や腹を突っついている。手伝っているつもりだろうか。時折、チャルが擽ったいと身をよじると、嬉しいそうに獣たちは更に脇腹を攻める。子ども特有の高い笑い声が川辺に響いた。


肌着一枚まで脱ぐことに成功したチャルは、今度は獣たちと水の掛け合いで遊び始めた。攻撃された獣たちは怒ることなく、反撃にとチャルの髪や頬を頬張った。それにチャルも小さな反撃をしつつ、獣たちの頬や背を撫でた。

不思議な奴だ。獣たちにとって、俺たち人間は狩るか狩られるか。命のやりとりしかない関係性かと思っていたが、あいつは違うらしい。

鋭さが増した朝日にキラキラと光る水面と、小さいチャル達が作る水飛沫。細やかな喧騒が心地良い。終わりが見えない戦いの序章だというのに、まるで別世界にいるような感覚に俺は短く息を吐いた。目を閉じるとすぐ、昨夜の戦闘が頭に浮かんだ。特有の腐敗臭と血に消えない魔物の亡骸。パチパチと音を立てる焚き火に、肉を裁く音と焼ける匂い。

目を開けるとはっきりとした雲一つない空が広がる。不思議と川が流れる音ははっきりと聞こえ、チャルの声と時折鳴く嬉しそうな獣の声が、昨夜の喧騒を遥か昔のことのようにする。無垢な笑みを浮かべるチャルが妙な魔物を捌いたとは信じがたいが。


「おーーい、騎士さまぁー!」


手を振るチャルに軽く返す。そろそろ本格的に汗を流そうと川の中腹足を進めると、上流から何かが流れてきた。泥と小さく刻まれた葉。それにどろりとした黒い液体。その先を目で追うとチャルが脱いだ服を川に何度か浸けて洗っていて、薄汚れた手足も幾分か綺麗になっていた。

昨夜の魔物の血かと、俺も自分の手にこびり残っていた黒い血のりを落とすように手を擦った。と、水面が大きく揺れると次に流れてきたのは薄い色の髪の毛。


「!」


思わず仰け反ると、今度はざばりと大きな音を立てて髪の毛が盛り上がる。


「えへへー驚いたぁ?騎士さまぁ」


盛り上がった髪の毛の隙間から紫水晶が無邪気に俺に笑いかける。小さな手が雑に掻き上げた濡れた髪は、残っていた魔物の血もすっかり洗い落とされていた。登り始めた太陽を背中に背負い、歓喜の表情を浮かべる幼顔が、少し大人びて見える。


「気持ちいいなぁー髪もべとべとだったからなぁー」


「、、、そうだな」


歯を出して暢気に笑うチャルに、何事かとまた獣たちが近づき、突っつき合いを始めた。まだ俺に警戒してるのか時折意味ありげに視線を送ってくる獣たちを無視して、俺は水浴びを再開した。

何度か手腕を擦り黒い血を落としてから、頭から水を掛けた。頭皮にはまだまだ刺激が強い水温のせいで、冷めていた意識が更に冷めた。

顔に垂れてくる水を拭うように髪ごと掻き上げると、戯れていた手を止めたチャルと獣が俺を見上げている。


「どうした」


「ぁ、いやっごめん」


「?なんだ、言いたいことがあるなら言え」


「えーーまーー、やっぱりさ、騎士さまってぐらいだから格好いいんだなぁって」


まぁ、否定はしない。

恥ずかしそうに俯きながらぶつぶつと答えるチャルに少し意味深な視線を送って口元を上げると、更に恥ずかしくなったのか誤魔化すように忙しなく口を動かし始めた。


「ま、まぁ、格好いいってのは当たり前なんだよなっ。オレ、あんまり騎士さま、っていうか人とさ。いや最近だ。最近っ。ずっと、ずっと?しばらくだ、しばらく森にいたから。そのー他の人はあんま分かんないけどさっ」


一体何に言い訳してるんだか。


「でもさ、オレが知ってる中でも騎士さまはいっちばん、格好いいよ、うん。水も滴る~ってやつさ、なっ」


「それは、どうも」


ある程度血が落ちた自分の服を絞り川瀬に向かって歩き出すが、チャルの言い訳なんだか世辞なんだか事実なんだかの”言葉”は、俺の背中で続いていた。


「いや、ほんとさ。ほんとっ。昨日だって、オレ、魔物あいつに追いかけられてさ、ほんと死ぬー!って思ってたら、ズバーッと騎士さまが魔物あいつを真っ二つ!」


俺の武勇伝が始まった。しかも”真っ二つ”の動作つきだ。


「いやーーアレはすごかった。びっくりを通り越して、感動したよ、オレは。今も格好いいけどさ、昨日の血に染まる騎士さまも、すっげぇ格好よかった!」


「はぁ」


本当によく動く口だ。


「あれだな、髪の色がいいんだっ。昨日は暗くて真っ黒に見えたけどもうちょっと薄いかな。青?空色?銀?とにかく、キラキラしてる。そこに血の紫色がいい感じに散ったもんだから、更に良い感じになってさっ」


髪色とか細かいとこまでよく見てるな。

ん?


「あれだ、貴族様が持ってるようなお洒落な帽子みたいでさ」


こいつ、今なんて言った?


「薄い色の生地に濃いめのヒラヒラリボンを着けたりするんだよな、貴族様たちって。空色に紫、いやーー良い。オレ、センスあるかも!」


「おい」


「やっちゃうか、帽子屋。いちお~、手先は器用な方なんだ。なぁ、騎士さまぁ、ちょっとツテ、あったりしない??」


「いま、なんて言った」


「え?帽子屋のツテがあるかって?」


「違う。その前だ」


聞き捨てならないことを言っていたような。


「え、え、、ごめん。怒った?騎士さまぁにリボンの帽子に似てるなんて言っちゃあ、失礼だよなぁ。ごめんよーオレ、いっつも調子乗っちゃってよく人を怒らせててさー。というか、オレみたいのが帽子屋とか、そっちの方が調子乗ってるっていうかおかしいよなー」


頭を掻きながら、から笑いするチャル。落ち込んでるのか、少し顔を俯けると獣達が慰めるように小さい手を啄む。

正直、帽子屋の件はどうでもいい。もっと重要そうなことをさらっと言っていた。


「チャル」


「ん、なんだ」


思いの外、低い声が出た。


「昨晩の魔物の件だが」


「魔物?あぁ、もちろん騎士さまぁが大活躍したってみんなに言うよ。いや、みんなっていってもオレみたいのが誰に言うんだってのなー」


「それはどうでもいい。お前、魔物(あれ)を捌いただろう」


俺の意図が分からないと首を傾げながらも、チャルは問に頷く。次の問いを言葉に出す前に、迫り上がってくる不快感を誤魔化すように俺はゆっくりと喉を鳴らした。俺の言葉を待つ透き通った紫水晶に映る男の顔は、なんとも情けない。


魔物(あれ)の血は、何色だ?」


「何言ってんだー騎士さまぁ、大抵"紫"に決まってんだろー」


脳天を殴られたような衝撃的事実に、一瞬視界が暗転した。

そんな俺を無視して、チャルは陽気な声で続ける。


「紫色がいっちばん美味いんだよ!騎士さまぁだって、昨日がつがつと食べてただろー」


「いや、、、まて」


「あーでも、焼くとちょーーっと黒っぽくなるけどさ、味に変わりないから。腹に収まれば一緒さ」


「チャル、ちょっと待て」


「あぁ、燻しておいた肉も美味いんだよ。色もさ、くすみがかっててさ、磨く前の宝石みたいで」


続くチャルの言葉に、昨夜の光景が脳裏に浮かぶ。食欲を唆られる匂いを出して、地面に作られた肉汁の跡に昨夜の俺の喉が動く。それを手に取って、大きく口を開けて、少し硬い魔物(にく)を俺の歯が齧り切る。


「でもやっぱり採りたて捌きたて焼きたてがいっちばん良い。肉汁だって薄めの紫でさ、」


粗く咀嚼し、口腔内で広がる魔物(にく)の甘い香りを堪能する前に、


「食べた後、舌は紫色になるのが面白かったりしてさ」


「俺は、、」


空っぽの胃が早くしろと、急かして魔物(にく)を喉を通す。


「ん?どうしたー騎士さまぁ」


「食ったのか。。。」


紫色をした、魔物(にく)を。ここぞとばかりに。


「、、、そう、だけど?」


チャルの軽い肯定に、抑えていた不快感が嘔吐感に急変し、俺は川に走った。揺れる川面に今にも吐きそうな男の顔を見つけて、誰だお前、と悪態をついたと同時に俺は盛大に"何か"を吐き出した。




そこからはあまり覚えていない。



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