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旅立ち

まだ空が薄暗い中、城の裏門から少し離れた城壁の前に俺は立った。シャツにズボンとラフな格好に使い古したマントは頭から被った。腰にも馴染んだ剣と合わせて小金があることを確認する。門番に気付かれないよう壁の上まで跳び、辺りに人の気配がないことを確認してから城外へと飛び降りた。繁みから様子を伺うと、城壁を背にして真っ直ぐ立っているところから気が付かれていないようだ。


目的地ではないが城下街に向かうと、漁師達はまだ海に出ているのか人気は薄かった。次第に朝市の準備のために人が出始めるだろう。その前に西へと向かうことにした。

街の外れまで来て振り返ると、朝方の静けさが遠のき、呼び込みの声や商人が引く馬車の音、子ども達が遊ぶ声にそれを追いかけ叱る親の声。活気溢れる音が聞こえ始めた。


色褪せているが、平和だ。


数ヶ月前に見た光景と、変わりなかった。魔物が現れ、城内が殺伐とした雰囲気でも、街は、人々は動いている。そう思うと、昨日より気持ちが楽になった。

必ずしも俺が騎士団(あそこにいる必要は無い。代役がいるのならば、事足りることだ。そもそも、俺一人いなくなったところで破綻する組織だったらそれこそ問題だが。


「あれ、あんた、、、」


ふと声をかけられる。商店や民家が途切れ、あとは西の森と国境があるだけの街外れに、1件家が建っていた。その家の窓から、一人の老人がこちらを見ている。顔を隠すように頭を下げてその場を立ち去ろうとすると、老人は慌てて飛び出してきた。


「ちょっ、ちょっと、待てぃ」


あまり関わりたくはないが、誰にも気付かれずに、というのがやはり難しいらしい。


「、、、何か」


「この先は森しかぁないし、最近は様子がおかしいことが多い。行っちゃあ、あかん」


この口振りだと、俺が誰か知らないらしい。


「お気遣い、感謝します」


「そん様子だと分かってて行くつもりかい。中心地が騒ぎになっちょるのは知っとるか。そのせいなんだか知らんが、森の奥から不気味な声が聞こえてくるようになったんじゃ。悪いことは言わん、引き返せぇ」


「ご老人は、」


「わしはほれ、もう老い先短い。住むとこもばぁさんと過ごしたこの家しかない。どうせ死ぬならここがえぇんじゃ」


そう言って目を緩ませながら老人は家のドアを撫でた。


「お前さんも中々の色男じゃ。良い人がいるだろうに」


余計なお世話だ。


「、、、失礼する」


余計なことを口走る前に、俺は止めていた足を動かす。背後からしがれているがよく響く老人の静止を無視して、森の入口を進む。時間的に明るいはずだが、行く先は薄暗く、老人の言うとおり”何かがおかしい”ようだった。

それが逆に俺には好都合だった。


旅立ちを決意して、俺はどう魔王に辿り着くか考えた。カーリンは当てに出来ないし、騎士団の調査は帝国内、特に城下街周辺に留まっている。現地調査したくとも、城内の警備とフロリアーナ殿下の祝賀会にカーリン達の対応諸々に追われ、忙しかったのもある。

やはり自分の足で赴き自分の目で確認するのが、一番だ。


「ギャッ」


時々現れる野犬を剣で切り付けながら、俺は久々の感覚を確かめた。腕はもちろん、勘も鈍っていないようだ。

ダヴォリア帝国の西に位置するこの森は、定期的に騎士団で調査に入る領域の一つだ。目的は野犬などが増えすぎて人害が出ないようにすることと、森自体の調査だ。西の森は深い。全ての範囲は歴史深いダヴォリアでも把握し切れて折らず、


「キシャー」


「っと」


頭上から襲ってきた飛行物をかかんで避けると、それは無能にも近くの木へとぶつかり、そのまま途切れた。べっとりと木に着いた飛行物だったモノは腐敗臭を放ちながら、幹を浸食し、やがて小さめの穴を作る。

脆いな。


森の奥に進むとこいつらのような魔物が増えることも、調査が滞っていた原因だ。ただの獣なら良い。だが魔物が相手だと進軍には”貢献者”が必要だ。”貢献者”不在で進軍したとて、追ったけがれが重症化し直ぐに戻る羽目になるし、加えて”貢献者”の手配は手続き等が多かった。

確かに稀少な”貢献者”、しかも治癒の力を持つ者を派遣するのは帝国の資産として慎重になるのも分かるが、穢れを浴びてこいと部下に命令するのもおかしな話だ。それに重傷を負った場合、帰還してからでは帝国の”貢献者”では治せないこともある。だからこそ、即時対応できるよう伴って進軍するのが通例だったのだが。


「はぁ!」


今度は茂みから出てきた大猿のような獣を切り捨てる。大猿は甲高い声を上げ、切り付けた体から血を吹き出し、その場に倒れ込んだ。首の裏に剣を突き立て絶命を確認する。

返り血を浴びた頬を拭うと、先程の飛行物と動揺に腐敗臭を放っているが、大猿の死体は未だ地面に転がっていた。

少し様子を見るも大猿の死体は煙に消えることなく、穢れた血が地面に黒い染みを作り、少し沈んだだけだった。


確かに、老人の言うとおり”何かがおかしい”。


事切れた後も姿形を保っている魔物を見るのは初めてだった。これは例の”魔王復活”が原因なのか、はたまた。


「   ぁーーー!?」


遠くで誰かの叫び声が聞こえる。獣とは違うそれは、少し高くまるで人の子のようで。


「むっ、りぃーー!!」


「なっ!?」


大猿の死体を飛び超える勢いで、ナニかが茂みから飛び出してきた。剣を構えて応戦しようと思ったよりも先に、そのナニかが俺の横に倒れ込み。

避けられたのか。

俺の間合い内で回避行動をしたナニかを確認する前に、もう一つ茂みからナニかが飛び出してくる。それは視界で捕らえる前に特徴的な腐敗臭で正体が分かった。狼に近い魔物だ。


「はぁ!」


本来、狼なら群れで行動するだろうが魔物化するそうではないらしい。腹に一撃。串刺しにした狼型の魔物を大猿の死体投げつける。どちゃ、と液体がぶつかる音がした後、今度の狼型は大猿の血の海の中に沈み、煙に消えた。


どういうことだ。狼型は従来の死に様のようだが、大猿の血に溶けたようにも思える。少し消えた狼型の跡を確認するも、先と変わらず大猿の血が地面を削っているだけだった。

血によって、優劣があるのか。


「、、、、、あの」


「!」


「ひぇっ!?」


ふと背後から声をかけられ、振り向きざまに剣を掲げる。剣先には小さく丸い顎。毛がないそれの元に視線を移すと、小さな唇が歪な笑みを作っていた。


「おおお、おれはっ」


小さい手2つを頭の上まで上げ、震えながらも真っ直ぐに俺を見つめ返す紫色の瞳は帝国内でも珍しい。


「ひと、だよ?」


幼い人の子だった。


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