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日常からの変化

ここまで読んで頂きありがとうございます。ようやく話に展開が出てくる頃です。でも、やっぱりチートの見せ場がない。。。

座り慣れた皮の椅子に座り、俺は両腕を組んだ。

大柄な俺の体に耐えられるくらいの上質な椅子は、背を預けるとキィと少し鳴いてから、丁度いい位置で安定する。執務机の上に積み上がる書類やら書状やらを見て、思案する振りをしながら胸中で溜息をついた。

実際に口に出さないのは、優秀な副官が睨みを利かせているからだ。


今朝の"警邏"に怒りが治まらないリッカルドは、大人しく従う俺に今日予定されていた量以上の事務処理を持ってきた。

どれも俺にしか処理できないものらしい。一応正誤を確認したが、この量で合っていると言う。

絶対嘘だろ、それ。普通一日で処理できる量を超えてる。

俺の背よりも高く積み上がってる未処理書類の山を見上げて、ついに溜息が出てしまった。


「チェーザレ副団長、何かお困り事でも?」


「いや、大丈夫だ」


目敏い副官殿に短く返し、書類処理に戻った。リッカルドは解せない様子だったが再び手を動かし出した俺に納得したのか、自身が持つ書類に目を戻した。処理しきれないかもしれない、という心配はないらしい。


まぁ、少し頑張ればこれくらいの量は処理はできることはできるんだが。

もう少し上司への配慮という姿勢を見せてほしいものだ。




とは言っても、最近リッカルドはある噂で頭を悩ませているのでそれどころではない。しかも、噂の対象は俺だ。問題の噂によると、”次期ダヴォリア帝国皇帝は、チェーザレ・ヴァリ・リタ・ザッカルドこそが相応しい”、というものらしい。一体、どこからそんな話が出てきたんだか分からないが、とんでもないことだ。


ダヴォリア帝国は、代々”皇帝たるに相応しい力を持つ者”が皇帝の名を継承する実力主義国家だ。結論から言うと建国伝説に出てくる龍王の血の力を引き継いだ系統「貢献者」が皇帝を務めてきた。

「貢献者」の力は、必ずしも直近の直系に引き継がれるとは限らない。直近の直系に何も力がなくとも、その何代か後の者に力が宿ることは不思議ではなかった。遡る代が多すぎて追えない者もいるため、血筋を重視すると跡継ぎが途絶えてしまう時期も多々あった。


しかしここ数百年は、ずっと皇族の血筋が継承している。

長い歴史の中で、現存する「貢献者」の力がかつてと比べると弱まりつつあることもあり、今は「皇族の血筋こそがたるに相応しい」という思想が出来上がっている。


そんな時代の流れの中、俺チェーザレ・ヴァリ・リタ・ザッカルドが現れた。

お陰様のチートで、異例の早さで帝国騎士団の副団長まで上り詰め、「貢献者」の中でも飛び抜けた力を発揮している。

俺自身としては、取りあえず悪党倒して魔物倒して、頂ける名誉は頂いて、営業スマイルを振りまいてきただけなのだが、周囲の者はそうではないらしい。耳に入ってくる自身を称賛する声が心地よかったのは事実だが、皇帝陛下の椅子を狙っているわけではない、むしろ、願い下げだ。

俺には、騎士団の皮の椅子で十分だというのに。



「チェーザレ副団長」


どうしてこうなったのか。いや、客観的に俺の経歴を見ると可能性はあり得なくもない。

確かに自覚するほどの美丈夫ではあるし、前世の分を足して精神年齢50以上だから、包容力もあるだろう。

リッカルドのような部下を罰しないぐらい、俺はとても優しいはずだ。


「チェーザレ副団長、聞こえてますか」


しかし、本当に皇帝になどなりたくない。になど、なんて言ってしまったら反逆罪で死罪になりそうだが、本当に皇帝になんぞなりたくない。

それにしても、サインしてもサインしても書類が減らないな。


「チェーザレ副団長!」


「あー、うるさい。何でこんなにあるんだよっ」


サインの途中でペンを机に放り投げて叫ぶ。


「それは貴方が逃げ出したからですよ」


さっきからリッカルドの声が五月蠅い。思考の邪魔だ。大人しく書類処理に勤しんでいるのだから、少しの間だけでも放っておいてほしいというのに。


「お前の言う通り、異常なまでの書類を処理しているだろう」


乱暴に途中だったサインを最後まで終え、処理済みの山に書類を放り投げた。今度はペン置きにペンを戻してから、まだ嫌味を言い足りないのかと執務机の先に立つリッカルドを強く睨み上げる。

彼は俺の睨みに怯むことなく、乱れた髪一房を手で撫で付けていつものようにフチなしの眼鏡越しに俺を見下ろしてくる。

何も感情も籠っていないリッカルドの瞳に見据えられ、急速に頭が冷えていった。


「まだ俺にしかできない仕事でもあるのか」


感情的になってしまった。反省の色を声に乗せながら、俺は再びペンを手に取る。俺の言葉にリッカルドは何も答えなかったが、静かに書類とにらめっこしている俺の目の前に、一通の書状を出してきた。

追加かとろくに見ず未処理の山に乗せると、リッカルドは俺の目の前に書状を戻してくる。また未処理の山に移動させようとすると、今度は手で軽く制止された。

急ぎの案件かと内心苛立ちながら、渋々その書状に目を向けると。


「皇帝陛下からの勅状?」


嫌なタイミングだ。


「はい。お目を通して頂いたら、マッテオ団長の執務室まで来るように、と申し使っております」


「なにっ。それ、いつだ?」


「副団長が"警邏"から戻られて少しした時に、団長付きの副官が参りました」


思わず手に力を入れてしまい、くしゃりと握っていた書状を潰してしまった。2人で皺の寄った書状を見下ろし、俺は気まずそうに両手で皺を伸ばす。

見れるようにはなったが、さすがに元の状態には戻らなかった。


「もっと早くに報告すべきでなかったか、これ」


「それだと、この山はいつ処理されるのでしょうか」


まだ高くそびえる未処理書類の山を見上げて、リッカルドがわざとらしく息を吐いた。

本当に出来た副官様だよ、リッカルド。皇帝の勅状よりも俺の事務処理を優先させるなんて。


呆れた息を吐きながら封を開け内容を改めると、そこには衝撃の内容が綴られていた。


---

ダヴォリア帝国皇帝カールミエ・レッペ・ダヴォリアより命ずる。

現帝国騎士団副団長チェーザレ・ヴァリ・リタ・ザッカルドは現職を解し、

次期帝国騎士団長の任に就くと共に、更なる帝国への忠誠を誓い、

その身を帝国へと捧げることを命ずる。

---


数行読んで、目を見開いた。思考が停止する。紙一枚のはずの勅状が嫌に重く感じる。俺の様子にリッカルドが不審そうに俺の名前を呼ぶが、反応してる余裕はなかった。


---

それに伴い

現帝国騎士団長マッテオ・ヴァリ・ルゼ・イッツオはその任を解き、

自身が所持する領地の管理と更なる発展に尽力を注ぐよう、

ここに命じる。


以上

---


「、、、以上、、、か」


思った以上に声が擦れて、唾を飲み込んだ。


「チェーザレ副団長?」


ついさっきまで遠くに聞こえていたリッカルドの声が鮮明に聞こえる。勅状を机の上に置き、リッカルドに見るよう促す。天井を見上げ、大きく息を吐いてから背を後ろに反らすと皮の椅子が大きく鳴いた。


「団長に、、、団長、が、、、」


普段冷静沈着なリッカルドが言い淀むところを初めて見た。それもそうだろう。副団長に就いてからまだ半年程しか経っていないのに、帝国騎士団長とは。スピード出世にもほどがある。その上、現マッテオ騎士団長が退役。


「チェーザレ副団長、これは、一体どういう」


「俺も初耳だ。だが、思い当たる節はある」


「それは、先日の東国境門の一件でしょうか」


居住まいを正し、頷いてリッカルドの答えを肯定した。


先日、北の街が隣国からの侵略を受けた。たまたま非番で、たまたま北の街の南に位置する職人の街で武器を物色していた俺は、騒動に気付いて直ぐに北の街へと向かった。

自分の店の武器が役立つとかで店主に武器を押し付けられそうになるのを丁重に断り、街から逃げ出す民の流れに逆らいながら現場に到着した時には、既に交戦が始まっていた。

指揮官になる騎士を探すも隊長クラスは一人もおらず、ようやく見つけたマッテオ団長は負傷し、敵兵に襲われてるところだった。


一足でマッテオ団長と敵兵の間に入り込み、斬りつけられる寸前のところを自分の腕で受け止めた。団長の剣を借りて、混乱する騎士たちの統率を行い、後続の対国境門部隊に事態を引き継いで、団長を駐屯所まで運んだだけなのだが。


「だけ、ですか」


「あぁ」


当日の様子をリッカルドに話すと、呆れた息を吐かれた。意図を汲み取った俺は、両手を組んで額を乗せた。

自分でも思い返してみて分かる。先日の俺の行動は「だけ」では済まされない、多大なことを仕出かしている。功績といえば功績なのだが、非番で装備なしの騎士が、国境を支える門を死守するなど。

流れている噂に拍車をかけるようなものだ。


「で、どうされるのですか」


「どうもこうも」


皇帝の勅命は断れない。受けるしかない。あの事件でマッテオ団長が重症を負ったということも知っている。現役続行は難しいだろう。あり得る決定だ。覚悟を決めるしかない。

そもそも、前世が云々とかチートだとかに気付いたときに、この世界で生きる覚悟は決めていた。少し想定よりも早い昇任だったが、頂けるものは頂く主義だ。


「リッカルド、お茶を淹れてくれ」


「承知しました、濃いものをご用意します」


優秀な副官は話が早くて済む。彼は香りが強く少し上質な紅茶を濃く入れて持ってくるだろう。集中して何かをする時には、カフェインたっぷりの飲み物が最適だ。珈琲はまだこの国にはないのが残念だが、俺は以前から紅茶派だから特段問題ない。

俺が戻ってきてまだそんなに経っていない。半刻で目の前の未処理案件を処理して団長の執務室に向かえば、時間的にもまだ言い訳ができるだろう。あの方は厳格だが、飴と鞭を使い分けることができる人だ。これくらいの遅刻は許してくれるだろう。

リッカルドがティーセットを用意する音を耳にしながら、改めて書類処理に取り掛かる。今度は思案したりせず、効率よく進めることにしよう。リッカルドの入れた紅茶を口に含み手と頭を動かすと、半刻も経たない内に高く積み上がった書類が綺麗に処理された。

皺が残った皇帝陛下の勅状を手にし身なりを整え、団長の執務室へと足を向ける。


「いつもこのくらいして下さればいいのに」


「、、、行ってくる」


後ろからの嫌味を無視して、俺は部屋を出た。早ければ一月以内に騎士団長の職を引き継ぐことになる。

何か忘れているような気もするが、大したことではないだろう。

今まで以上に多忙になる日を考えながらも、思わぬ出世に浮かれて俺の足取りは軽くなった。



紳士的なチェーザレだけど、優秀な副官殿の前では少し気が抜けてたりします。次回は少し恋愛の矛先が見れれば、いいかなぁ。

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