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兄の気持ち

再びカーリン視点となります。

入ってすぐ目に入ったのは、おびただしい本の数とそれが収まった本棚だった。本来、鏡やら窓やらがあるはずの壁は全て本で埋め尽くされ、部屋の端の机とローテーブルにソファの上には、またしても積みあがった本。そして申し訳ない程度のベッドが置いてある、皇族らしからぬ部屋だった。


「散らかっていてすまない」


どうやら本来の”私室”はあるらしく、ここは書庫兼私室のようだった。これでは本来の”私室”はあまり使われていないのだろう。この部屋は生活感がありすぎる。ソファに積みあがった本を雑にローテーブルに移し、皇太子は空いたスペースに座るようにと言ってくる。言われた通り座ると、スプリンクラーのはずみで残っていた本がぐらぐらとする。思わず手で押さえると、また皇太子が数冊本をローテーブルに移動させる。何冊かソファに残ったが座るのに支障はなくなった。


「片付けは苦手でな」


「お気にせず」


完璧な皇太子かと思っていたけど、意外なところに隙があるのね。


「お茶を出したいところだが時間も時間だ。単刀直入に言わせてもらう」


皇太子の言う通り、既に日が沈んでいた。世間話をするわけでもなさそうだし、長居する気にもしなかった。


「お聞きします」


未だ立ったままだった皇太子を見上げるように答える。どんなことを聞かれるのだろうと言葉を待っていると、私の視線は少しずつ下に降りていき、ついに床を見ることになった。


「フロリアーナを治療してくれ」


テレンツィオ皇太子の明るい髪が、赤い絨毯で敷き詰められた床に広がった。両手を着き、頭を下げた皇太子は、そのまま言葉を続けた。


「一度貴女にした非礼はお詫びする。これは帝国としてではなく、俺個人としての願いだ。フロリアーナを、妹を治してくれ」


頼む、ともう一度床に頭を着け直した皇太子の思わぬ行動に、反応に困った。いくら個人的といっても、帝国の皇太子が土下座をするなんて前代未聞だ。それに、


「テレンツィオ皇太子、おやめください」


「いやだ」


いやだ、って。


「貴女が首を縦に振るまで、俺は何度でも頭を下げる」


「ですが」


「勝手だとは分かっている。こうして俺が頭を下げれば貴女が困ることも承知している。だが、フロリアーナをあのままにはしておけない」


がばりと頭を勢い良く上げ、皇太子は私を見上げる。強い意思が宿る緑がかった碧眼の中に、困った自分の顔が映った。


「テレンツィオ皇太子」


「頼む。分かったと言ってほしい。でないと、俺は」


どうして、この兄妹は家族思いなんだろうか。互いが互いを想い合って、それですれ違って。でもお互いを大切に思っていて。


「申し訳ございません」


逆に苦しい。


「、、、なぜだ」


「フロリアーナ殿下が首を縦に振らない限り、私も降りません」


皇太子の顔が悲痛で歪む。それでも、私はフロリアーナ殿下の意思を尊重したい。いつか、彼女が取り戻したいと思うことがあるとしても、今はその時じゃない。無理矢理ヒールをかけでもしたら、先に心が壊れてしまうかもしれない。それは絶対に避けたかった。


「そこを、なんとかならないのか」


「なりません。ダヴォリア皇帝が命令をしてもできません」


「それは、、、貴女が、ノルドハイムの使者だからか」


「えっ」


ふるふると体を震わせ始めた皇太子は、勢いよく立ち上がりこちらに近づいてきた。突然の動きに驚いていると、ばさりと本が床に落ちる音がする。背中に固い何かが当たって痛みが走り、それが本だと気付いた時には、目の前に皇太子の顔があった。


帝国(うち)の者になれば、やってくれるのか」


両腕を掴み、私をソファに押し倒した状態で皇太子が低く呟いた。


「ならば、」


「皇太子、何を」


首に皇太子の顔が埋まる。皇太子の息が首筋にかかり、むず痒い感覚と共に、背筋に衝撃が走った。まさか、手籠めにしようと思っているのか。


「やめてください」


「嫌なら燃やせばいい。貴女なら簡単だろう、カーリン」


「そんなことっ」


はい分かりました、と燃やせるわけがない。でも力を使わずに皇太子をはねのけるほど、私に筋肉はない。どうしようかと抵抗しながら、皇太子を睨みつける。


「カーリン」


歪む赤みがかった碧眼。


「頼む」


小さくなるいつも自信に満ちた声。それは次第に途切れ途切れに息を漏らした。


「リリーは、、、ずっと耐えてきたんだ」


私の首の隙間からソファに顔を埋め、皇太子は涙ぐみながら言葉を続ける。


「皇族の色を持たなくとも、より皇女らしくあろうと。ずっと頑張ってきた。ようやく、報われるところだったんだ、、それを、こんなっ」


腕の拘束が外れ、代わりに腕が私を抱え込んだ。泣いていることを隠そうともせず、皇太子は私の肩に縋りついてきた。


「頼むっ、、、あの子に、、、リリーに、また未来をっ」


震える肩にそっと腕を回して、嗚咽で上下する背中を擦った。大帝国の皇太子に子供のようなことをするのは気が引けたけど、今の皇太子は我儘を言う子供のようだった。叶わない願い。それでも願わずにはいられないのが、人だ。その願いが大切な人を想うものならなおさら。


片足を失ったフロリアーナ殿下は、腕の骨折が治ったとしてももう剣は振るえないだろう。皇族としての役目を果たせる体であるが欠損した体は嫌煙される。嫁ぎ先もきっと決まらない。不自由な体では公務にもつけないし、何より彼女があの姿で民の前に出るのを嫌がるだろう。誇り高く、強い輝きと女性の憧れの存在であった帝国の第一皇女が、あのような姿を見せたら。民の反応の想像は容易い。そしたら、フロリアーナ殿下はずっと帝国の城の中、日の目を見ることなく人生を終える。未来が奪われるんだ。


「カー、リンっ、、、頼む、リリーを、、妹をっ」


テレンツィオ皇太子は何度も懇願した。何度も愛しい妹の名前を呼んだ。その度に私は背中を擦り、時に軽く叩いた。それでも、了承できない言葉は続いた。その度に私は心の中で謝罪し、何も口にしなかった。したところで、何も変わらないし、変えるつもりもなかった。

本棚の隙間から薄い朝日が差し込んだのに気づき、窓が残っていたのかと思った時には、皇太子は泣きつかれて眠ってしまっていた。断るしかないお願いが止まったのはいいが、この状況には困った。どうやら、一晩皇太子の私室で過ごしてしまったみたいだ。ゆっくりと風で皇太子をベッドまで運びシーツをかけてから、私は人目を気にしながら退室をした。


『リリーに、また未来をっ』


どこということもなく廊下を進んでいる間、皇太子の言葉を思い出す。そして、また自分の無力さを痛感した。この前、チェーザレが私に怒鳴った気持ちが痛いほど分かる。なぜ、力があるのに救えないのだろう。あの人の言う筋書き通りに来て、”物語”は正常に進んでいるはずなのに、壁にぶつかることばかりだ。


頭を抱えながら足を進めていたら、開けた場所へとたどり着いた。そこはダヴォリア帝国に来た日の夜、チェーザレとクラウディア殿下が相瀬を過ごしていた噴水だった。庭の先には壊れた天井がそのままになっている公城が見える。早く、もう一人の仲間を見つけないと。空いた城の壁を見ながら改めて決意をしたのと同時に、噴水の向こうから人影が現れる。


「、、、カーリンか」


「チェーザレ、、、」


薄い朝日に照らされたかつての親友の顔はきっと私と同じで、浮かない顔をしていた。



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