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姉の気持ち

カーリン視点です。

カーテンは閉められ部屋の照明だけが淡く照らすベッドに、帝国の第一皇女は座っていた。私が訪れるまで読んでいたのか、分厚い本を枕元に置き、彼女はいつもの印象的な赤い唇を上げて笑みを浮かべた。本の隣には小さく弱い光を出すあの不死鳥が寝ている。


「こんにちは、カーリン様」


よく通る凛とした声色のはずなのにどこか力ない声に、私は笑みを絶やさないよう返事をしてからベッドの傍に座った。どうしたのか、とフロリアーナ殿下が首をかしげると、解かれた赤い髪が一緒に揺れて、とても綺麗だった。折れた左腕は肩から吊るされ、布団で隠されていたが失った右足の部分は少しへこんでいるように見える。そんな状態なのに、背をぴんと伸ばして私を出迎えてくれるフロリアーナ殿下の姿に言葉が出なかった。


「フロリアーナ殿下、このような時に何度も訪れて申し訳ございません」


私がフロリアーナ殿下の部屋に訪れるのは、今日で何度目かだ。先日の襲撃から1週間。私はフロリアーナ殿下の元に赴き、治療をさせてもらうよう話をしに来ている。その度に彼女の口からは出るのは否のみ。他は読んでいる法律書や軍事書の話を少し、時折雛鳥になった不死鳥が邪魔をしてきては宥め、退室をする。


「構いませんわ。今の私をお相手してくださる方は、どなたでも大歓迎です」


笑っているのに、どこか弱弱しい。気丈に振舞っているのが目に見えて分かり、胸が苦しくなった。


「今日はどのような本をお読みですか」


「少し長いのだけれど、巷で流行っているという恋愛小説よ」


意外なジャンルがきた。


「意外とお思いでしょう?」


「、、、いえ」


「ふふふ。正直におっしゃってくださいな。私だって、このようなことがなければ読む機会はなかったと思いますわ」


慣れない片手で閉じた本の表紙を開き、フロリアーナ殿下は挟んでいた栞のページを開いた。本文を指でなぞりながらゆっくりとした口調で小説の解説をするのを聞きながら、私はいつ切り出そうかとタイミングを見計らっていた。


「ここで主役の女性がこう言うの。”私は貴方にふさわしくありません。どうか、私のことはお忘れください”走り去ろうとする彼女の手を、相手の男性が掴む」


身分違いの恋愛だろうか。謙虚な女性と彼女に恋焦がれる男性。ありそうな話だ。


「不思議だわ。無遠慮に女性の手を掴む男性に、何故心惹かれるの。私には理解できないわ」


感想は彼女らしかった。思わず小さく笑うと、少し拗ねたフリをしてから、フロリアーナ殿下も笑った。2人の笑い声に寝ていた不死鳥が何事かと顔を上げるが、私がいるのを見ると、なんだお前かと無関心に顔を背き、無遠慮にフロリアーナ殿下の膝上に飛び乗り、また眠りについた。全く、生みの親に失礼なやつだ。


「でも、羨ましいわ」


自身の膝の上で顔をこすりつけてくる不死鳥の頭を撫でながら、フロリアーナ殿下は頬を緩ませた。


「結局この女性は、身分は違えど意中の男性に選ばれ、結ばれる。幸せな結末だわ。それに比べ、」


言葉を切ったフロリアーナ殿下は、顔を伏せる。ころころと甘い鳴き声を出す不死鳥を見ているかと思ったが、彼女の新緑色の瞳はその先。凹んだ布団を見ていた。


「殿下、やはり」


「いいえ、カーリン様。結構ですわ」


「ですが」


こんな作り話で動揺するぐらいだ。自身でも思っている以上に心が傷ついているはず。なのに、どうして断るんだろう。


「前からお伝えしている通り。この傷は私の罪、私の意思で負った傷よ」


「だとしても、、、重すぎます」


「それでも愛しいクラウディアを守れたの。あの子には辛い思いをさせてしまったけれど」


「クラウディア殿下は、良くなってきていると聞いています」


「そう、良かった。でも、私は姉失格ね」


「そんなことはありません。現に、あの日クラウディアをお守りしたのはフロリアーナ殿下です」


「でも、最期まであの子を守ったのはザッカルドだったわ。結局、私はあの子の騎士にはなれなかった」


「彼は騎士としての役目を果たしたまでで」


「そうね。でも頭がおかしいと思うかもしれないけど、この傷が、一瞬でもあの子の騎士だった証と思えれば、どうってことないわ。名誉の傷よ」


顔を上げ、また頬を緩ませるフロリアーナ殿下の顔は、どこかに消えてしまいそうなほど儚く、見ているこっちが痛々しかった。

いつも言われる。罪、名誉の傷。そんなもの、私のチートでどうとでもなる。なかったことできるのに。足を取り戻せば、また彼女の好きな剣を振るえるのに。


「カーリン様。貴方の方が苦しそうだわ」


「、、、当然です」


「私のせいね。ごめんなさい、我儘を言って」


「謝らないでください。私の申し出も、私の我儘です」


「なら、私たちは共犯ね」


くすくすと笑うフロリアーナ殿下の声に、また不死鳥が目を覚ました。今度はうるさいとばかりに、小さくなった嘴でフロリアーナ殿下の指を突き始める。それに彼女はあらあらと、宥めるように不死鳥の頬を擦る。


「小さくなってしまったけど、この子がずっと傍にいてくれてる。貴女がくれたこの子がいれば、心休まるわ」


「お役に立てているようで、何よりです」


そう。あの日に力尽きたと思っていた不死鳥は、いつの間にか姿を現し、フロリアーナ殿下の所に戻っていた。親鳥について回る雛鳥のように、片時も離れない。私が下した役目を終えた後も、自分の意思で不死鳥はフロリアーナ殿下の傍に居続けている。本当に、懐いていた。

気持ちよさそうに目を閉じる不死鳥に手を差し出すと、不死鳥は探るように嘴を私の指先に触れてくる。そっと、力を籠めると、不死鳥は強い眼差しで私を見上げた。


「そろそろ帰ります。いつまでも殿下を占領していては、この子に怒られてしまいます」


軽く不死鳥の頭を撫でてから、私は椅子から立ち上がった。


「いつもありがとうございます。また、いらしてください」


一度腰を折ってから、私は扉へと足を進めた。背後でまた不死鳥がくるくると喉を鳴らしているのが聞こえる。大層ご機嫌そうだ。ドアノブに手をかけ、私は足を止めた。


「フロリアーナ殿下」


「何かしら」


「貴女が願うのなら、いつでも」


この先の言葉は言わなかった。新緑色の瞳が大きく開いてから、緩み、また赤い唇が笑みを作る。


「ありがとう」


もう一度だけ頭を下げ、私は廊下へと出た。ゆっくりとドアを閉め、かちゃりと金具が音を立てたのを確認してから、私は扉に背を預けた。

廊下は静かだった。いつもいる護衛の騎士はいない。私が来るときはいつも人払いをしている。少しして、ドア越しに声が聞こえた。小さく、漏れそうになる嗚咽をこらえるフロリアーナ殿下の泣く声だった。この音を誰にも聞かせたくないと思った。

大帝国ダヴォリアの誇り高き第一皇女フロリアーナ・レッサ・ダヴォリア。彼女はいつ何時でも皇女らしく、自身でもそうあろうとしている。そんな彼女の弱々しいところを、彼女の矜持を守らなくてはいけないと思った。


こういう時、私は無力だ。いくら治癒の力が強くても、誰よりも長けた魔術が使えても、チートでも。人の心は癒せない。


ゆっくりと、音を立てないように足の力を抜く、ずるずると床に座りこみ、どこということもなく空を見る。廊下は薄暗い。部屋の中も薄暗い。いつの日か、彼女の心が晴れる日がくるよう心から願った。その時は、またあの不死鳥が助けてくれるだろう。なんせあの子は、彼女にぞっこんだから。


「カーリン」


呼びかけられる声が聞こえた。誰かと声がした方を見ると、薄暗い廊下の中、テレンツィオ皇太子が立っていた。少ない照明の中でも明るい金髪は輝いて見えた。


「少し、いいだろうか」


差し出された手を取り、誘われるまま私はテレンツィオ皇太子の私室へと向かった。


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