”信仰”の意味
前回の説明会の続きです。長すぎて、分けました。
一杯目の紅茶が終わり、二杯目をカップに注ぎながらカーリンはまた口を開いた。俺は空になったカップの中を覗き込んだまま、カーリンの話を消化しきれずにいた。クラウディアが”建国王”である証拠。それは、俺の想いがあるからか。
「俺が彼女に惚れていなければ、良かったのか」
考えたくもないが。
「それはないわ」
「何故言い切れる」
「貴方は、どこでどう出会っていたとしても、クラウディア殿下に惹かれる。それは、変わらない事実よ」
俺の気持ちをカーリンが決められるわけないのに、確信めいた言い方が癇に障るな。
「ノルドハイムは秘密国家なのは知っているでしょう。それは対国内でも同じ主義よ。歴史も国教の教えも詳しいことは一部の人間しか知らない。でも、国民は疑うことなく”女神”を信仰し、”聖女”を愛し、そしてその所以をあえて口にはしない。なぜなら」
「”その血にすべて刻まれているからだ”」
「あら、知っていたのね」
ヴィットーレの諜報がここで役に立つとはな。
「ノルドハイムの女神信仰は、ダヴォリアの龍王信仰に似ていると思わない?」
「言われてみればな。俺たち帝国民はまさにその身に刻み込まれるように言い聞かされていた」
だが、それが今なんの関係があるんだ。
「ノルドハイム国でも同じよ。私はそれを身に染みて感じたわ。ただ髪が黒いだけだというのに、騎士たちは得体のしれない私に無条件で好意を持ってくれた。それがどうしてか当時は分からなかったけど、ノルドハイムの、ダヴォリアの成り立ちを知って、信仰の本当の意味を理解した」
一息置いて、カーリンは紅い瞳をゆっくりと閉じた。
「この大陸の歴史に再び龍王の名が挙がった時があった。はるか昔、王権争いによりある国が滅びかけた。”人間同士の災い”に終止符を打ったのが龍王と女神。女神は龍王から”血”を与えられ”災い”を鎮めた。再び”災い”を起こさないために女神は”血”が薄れた力なき”人間”を新たな王へと座した。そして”災い”から生き残った力ある”人間”を新たな王とは決別させ、遠い北の大地で生きるよう言い渡した。決して、新たな王に干渉しないようにと」
「、、、ちょっと待て」
「北の大地の”人間”は血塗られた歴史を守るように新たな信仰の象徴を作り出す。この信仰が女神信仰シュバルツ教。そして、力なき”人間”の王の国がのちに大陸の大半を占める大帝国ダヴォリアとなる」
はっきりと言い切ったカーリンに、俺は一瞬思考が固まった。カーリンの言うことが本当なら、ダヴォリアとノルドハイムは元は一つの国、王家が統治していたということになる。
「ノルドハイム国が長く機密国家を通しているのはノルドハイムだけではなく、ダヴォリアの血塗られた歴史も守っているの。信仰の、忠誠の対象である王族が身内争いをしていたなんて体裁が悪いし、何より”龍王”の監視がある。当時、女神の采配により国が別っただけになっているけど、両国の歴史の先に”龍王”が存在し、両国の民にはその”龍王”の”血”が受け継がれているのは事実よ。そして、その”龍王”がはるか昔、歴史の始まりで心を許し、手を取った者が」
「”建国王”」
カーリンよりも先に口に出した。俺の答えにカーリンは苦い笑みを浮かべた。その先の答えを言わなかったが、彼女の笑みが全てを物語っていた。思いもよらない展開し、俺は戸惑った。ダヴォリアはダヴォリアのみで成立したし、脅かされることもなかった唯一の帝国だと信じていた。俺も、ただ帝国民の一人、ということか。
「ダヴォリアの言い伝えでは彼等は対等だった。何故、弱い”人間”が強い”龍族”と等しく入れたのか。それは、”龍王”が”建国王”に想いを寄せていたから」
突如、もやがかかっていた思考が晴れてくる。カーリンの長い話が、一番繋がりたくないルートで繋がっていくようだった。
「”民”が”建国王”を無条件に慕うのは、”龍王”の”血”が引き継がれているから。血に刻まれた歴史が、”龍王”の想いが、”民”の想いに作用している。そして、”血”が龍王を決して裏切ることはない」
それと同時に俺の胸に衝撃が走る。
「じゃあ、なんだ、、、」
俺が、クラウディアを想う気持ちも、”血”のせいだと言いたいのか。だから、俺がクラウディアに惚れるのは必然だと。そう問おうとして、俺は言葉を止めた。応える側のカーリンが、俺以上に苦い表情をしていたからだ。ずるいだろ、そんな顔。
「ずっと話を濁していたのは、この夢物語みたいな話を貴方にするか悩んでいたから。だって」
「、、分かった、もういい」
「貴方がクラウディア殿下に抱いている感情がもしかしたら、」
「その先は!、、、言う必要はない」
ソファに拳を叩きつけ、俺は叫んだ。思ったよりも声が枯れていたのが情けない。だが、この先の言葉は聞きたくなかった。どんな理由であれ、”この物語”の”設定”であれ、俺の感情を他の誰かのせいだと思いたくなかった。
あの噴水で鼓動した熱が、頬に触れたときに走った衝撃が、彼女を腕に抱いたときの心地よさが、俺の感情じゃないなんて、考えたくない。
「チェーザレ、、、”血”は感情だけじゃない。思考も、信念も、それに伴った行動も、その人そのものも支配することもできるかもしれない。これが、どういうことか分かる?」
”人そのものも支配”
頭の中でカーリンの言葉を繰り返した。最後まで言われなくてもわかってしまい、思わず舌打ちをした。”龍王”の想いが”血”を持つ”民”を支配するということは、大陸に生きる”人間”全てを”建国王”が従わせることができるということだ。かつて世界の半分を制していた王が抱いた感情が、全て彼女に掌握されている。
こんなことが知られていたら帝国の皇女という肩書きだけではない。もっと大きなモノが彼女を狙い、襲う。まさに今、”魔王”がそうしているように。なんせ、彼女の一言、一振りで、軍事国家ダヴォリアだけでなくノルドハイム国他、”血”を持つ者全てが動くことになるんだ。一つ間違えれば、世界が滅びる。とんだデカい”物語”だ。
「カーリン」
「なに?」
「いつから、彼女がそうだと気付いていた」
「昨日までは分からなかったわ。だって、彼女は誰よりも”聖女”らしかったし、欲や争い、国政から一番遠い存在だと思ったから。でも、貴方が心を寄せていると知った時点で察するべきだった」
「彼女を、クラウディアを連れて行くことになるのか」
「分からない。”龍王の血を強く引く3人”が”魔王”を倒しに行く。私が知っている本筋はその程度の情報しかない。連れて行かなくてもいいかもしれないし、居ないといけない人物なのかもしれない。でも、」
「なんだ」
途中、カーリンは言葉を切った。”龍王”と同じ紅い瞳で俺を見返してくる。俺もその視線を真っすぐに返した。日が傾き、いつの間にか窓から夕陽が差し込んでいた。そのせいなのか、もともとなのか、カーリンの頬が妙に白く無機質に見えた。
「、、、貴方が、」
躊躇った後、カーリンが口を開いたのと同時に、軽い空洞音が響く。一瞬それが何の音か分からなかったが、つられたように俺の腹からも同様の音がして、思わず自分の腹とカーリンの腹を見比べてしまった。先に我慢できなかったのは、やはりカーリンだった。
「くくくっ」
「、、、なんてタイミングだよ」
そういえば、朝早くから話し始めて俺たちは紅茶二杯しか口にしていない。テーブルの端に寄せた焼き菓子の皿をカーリンが物欲しそうに見ているのに、呆れながらも彼女の無言の提案にのることにした。皿をカーリンの前に移動させ、どうぞと許可を出す。照れ笑いしながらも、カーリンは焼き菓子を一つ手に取っておもむろに口に頬張った。それに俺も習った。
覚悟を決めてカーリンを呼んだが、俺たちの間ではシリアスムードは長く続かないらしい。
「続きは食べた後にする?」
「いや、今日はもうやめよう。俺も昨日のことがあって冷静じゃなかった」
前に聞いたカーリンの話では、もう一人仲間が必要になる。この問題を端において話を進めても得策じゃない。
「そうね。私も、気が気じゃない」
あっという間に皿が空になったのを2人で見つめて、今日は解散することにした。差し込んでいた夕陽はいつの間にか月光に変わっていたし、糖分が足りない頭で思考するのも限界があった。だが、これだけは聞いておきたいことだあった。ポットに残った紅茶を最後の一滴まで注ぎながら、足りないのか自身の腹をさするカーリンに再度問う。
「最後に聞きたい。フロリアーナ殿下を治療しなかったのは、何故だ?」
「それは、」
「皇太子に言っていた殿下の意思とかが関係しているのか」
「そうね、それもあるけど。どちらかというと、私自身の問題かな」
カーリンはカップに残った紅茶をあおる。
「肉を切られても、骨を断たれても、内臓が飛び出ても、私がヒールをかければ一瞬で治る。一見、救済に思えても現実は地獄よ」
カーリンの言うことがなんとなく分かった。ヴィットーレからの情報では、カーリンは戦場の前線に立っていた。自身で敵を攻撃することもあっただろうが、主な仕事は騎士たちの治療。繰り返される痛みと逃げることのできない戦場。そこで心を病んだ者がどれだけいたのだろうか。
「私は傷は癒せても心までは癒せない。だからクラウディア殿下の方がよほど”聖女”らしいのよ」
どこか諦めたように笑って、カーリンは席を立つ。一応、部屋まで送ろうと申し出るが断られた。まぁ、カーリンなら問題ないだろう。
ドアノブに手を掛けたまま、カーリンは足を止めた。
「チェーザレ。さっきの話、どうしたいかよく考えてね」
クラウディアのことだろう。この”夢物語”を彼女の話すべきなのか。はたまた。
「どんな答えであっても、それは貴方のものだと思うから」
「、、、分かった」
難しいな問題だな。
「私は、、、置いていったわ」
なんのことだろうか。
そう問いかける前にカーリンはドアの向こうへと消えていった。閉まるドアを見送ってから、俺は再びソファへと座り込んだ。
今日得た情報が多すぎた。だが、明瞭なのはクラウディアが重要な役割だということだ。俺は、守り切れるのだろうか。現に昨日は守れなかった。もし、クラウディアに”建国王”としての目覚めがあったらどうなるのだろう。彼女はどう受け止めるだろうか。こんな大きな責務を突き付けられて、嘆くのだろうか。いや俺たちと共に行くと言い出すかもしれない。そしたら、彼女に残るよう説得できるのか。帝国に残して、もし昨日のようなことが起こるのならそばに居た方がいいのか。クラウディアを危険な目に合わせたくない。あんなに小さくて、儚い。自身よりも皇族を、帝国民を優先する彼女に。
ここまで考えて思考を中断した。この想いも”血”のせいなのかと思うと、どうしたらいいのか分からなくなった。どちらにしろ、三人目が見つからないことには”物語”は進まないだろう。月の光で照らし出された空の皿を見つめて、この先を考えるのをやめた。腹が減っては戦はできぬ、だ。棚の奥からとっておいたとっておきの菓子を取り出し、俺はそれを無作法に嚙み砕いた。




