"今日というイベント"
流血や戦場をイメージさせる表現がありますので、ご理解ください。
舞う粉塵の先に、影が3つ見えた。一つはアドルフォ、一つはカーリン。最後の一つは、姿を確認する前にこちらに走りかけてくる。普段の姿からは想像できない慌てた様子で、最後の影は大きな声で泣くように叫んだ。
「リリー!?」
彼の声で胸の奥にずきりと痛みが走った。驚愕と怒りと、恐怖が合わさった碧眼が捉えるのはただ一つ。俺の腕の中で短く息を繰り返す彼の妹だ。
「あぁ、リリー。どうして、、、こんなっ」
俺はゆっくりとフロリアーナ殿下の身体を床へと降ろした。ふさりとドレスの生地が石造りの床を擦る音が、妙に耳に響く。壊さないように妹に触れる皇太子は、そっとフロリアーナ殿下の胸に顔を埋めた。
皇太子に次いで駆け寄ってきたアドルフォは、その場も弁えず肩を震わせる皇太子に寄り添うように跪いた。カーリンはそんな3人の姿を見て、下唇に歯を立てた。
「ザッカルト!お前がいながらっ、なぜ、、、なぜっ、フロリアーナが!」
「、、、申し訳、ございません」
「殿下、んな叫んじゃあフロリアーナ殿下に」
「うるさい!」
泣き叫び続けるテレンツィオ皇太子の肩を抱きながら、アドルフォは皇太子の腕の中で微かに動くフロリアーナ殿下を苦しそうに見下ろした。異国譲りのストロベリーブロンドは土と血で汚れ、いつも自信気に笑みを浮かべる赤い唇は薄い色になり、その隙間から弱い息が漏れているだけだった。片腕は歪な方向に曲がり、彼女が持っていたはずの大剣は、彼女を守護するように赤黒く染まった新緑色のドレスに包まれ、同じように横たわっている。剣先が埋もれるスカートの下には、あるはずの足先が、一つ欠けていた。
俺が、切った足だ。
「どうしてっ、、、足がっ」
「、、、俺が、やりました」
「なっ!?」
「瓦礫の下で潰され出血が止まらず、そのままでは危ういと判断しました」
「貴様ぁ!!」
「っく」
「殿下っ!」
俺はよろめきながらも皇太子の拳を受け止めた。口の端が切れ血が流れる感覚はあったが、痛みはなかった。それ以上に、傷ついた顔をする皇太子のほうが、痛々しかった。
「お前は誰だ、帝国一を誇る騎士だろっ、俺たち皇族をっ、民を守るのがお前の仕事だ!それなのに、、、それなのに!!」
「弁解の余地もありません」
「フロリアーナは皇女だぞ!ダヴォリアが誇る第一皇女だっ、何よりっ、まだ、、、それをっ、こんな!!」
「落ち着けよ、殿下!まだ生きてる!早く治療しねぇと命まであぶねぇぞ」
「分かっている!はっ、そうだ。カーリン!」
取り乱しながら、今度はカーリンを呼ぶ皇太子。傍でおとなしくしていたカーリンがその声に応える。
「貴女なら治せるだろう、フロリアーナを治療してくれっ」
「それは、、、」
カーリンの反応は意外だった。皇太子の言う通り、カーリンの力なら欠損も治せるはずだ。だが、カーリンは自身の右手を空いている手で握りしめながら、首を縦に振らない。
どういうことだ。
「何故躊躇する、貴女もフロリアーナを慕っていただろう。フロリアーナだってっ」
「申し訳ございません、殿下。フロリアーナ殿下の御意思がなければ、このような傷は」
「意思だって、なんだそれは、、、そんなもの、、、っ、もういい!お前には頼らん!!」
カーリンの断りに皇太子は声を荒げてアドルフォに叫ぶ。
「デル・ピエロ、お前が運んでくれ」
「いいのか?」
「俺では、、、壊してしまいそうだっ」
そう言ったフロリアーナ殿下を抱きとめる皇太子の腕は、ひどく震えていた。皇太子らしからぬ言動にアドルフォは嫌な顔一つせずに、フロリアーナ殿下を皇太子から受け取る。
「殿下は、このでっかい剣を持ってくれ。いいな、チェーザレ」
「、、、あぁ」
この場で一番冷静であろうアドルフォが、念押しするように俺に声を掛ける。俺はそれに抵抗することなく了承した。
再びゆっくりと抱きかかえ上げられるフロリアーナ殿下を目で追う。だらりと力なく下がった腕は、つい先ほどまで大剣を振るっていたとは思えないほど細く、小さなものだった。
「ザッカルト。お前の処分は追って言い渡す」
「承知致しました」
フロリアーナ殿下が抱えていた大剣を今度はテレンツィオ皇太子が抱え、俺に命ずる。膝を折り、俺は深々と頭を下げた。
「ま、、って、、、」
「!リリーっ」
短い息を繰り返していたフロリアーナ殿下が、閉じていた瞳をゆっくりと開けた。薄く開かれた瞼から見えた新緑色の瞳はいつもの力強い意志は見られなかったが、自身を抱き上げるアドルフォの姿を捉えて、状況を把握したようだった。
「ザッ、、ルトは、、、何も、、」
「喋るな、リリー。すぐに帝国の者に治療させるからっ」
「おにぃ、さま、、、私が、切らせたの、、、だから」
「リリー、お前、、、」
フロリアーナ殿下は何度か視線を動かした後、俺を見つめた。薄くなった新緑色の瞳は、今まで彼女から向けられていた強い感情はなく、穏やかなものだった。
こんな状態でも、俺は”皇族”に”許される”というのか。フロリアーナ殿下の言う通り、彼女の指示で俺は彼女の足を切断した。出血が多かったことも事実だ。偶然、カーリンの魔術で火属性になっていた俺の剣で、傷口が焼かれ止血処置がされたのは幸いだったかもしれない。だが、帝国の皇女を、一人の女性を傷物にした事実も、変わらなかった。
「カー、リン、、様は、、、?」
「、、、ここに」
カーリンは、フロリアーナ殿下の視線が自身に向けられるのを確認してから一歩前へと出た。垂れ下がっていた細い腕が震えながら持ち上がるのを右手で受け止め、カーリンはフロリアーナ殿下の顔を覗き込む。
「ごめん、なさぃ、、貴女も、、、悪くな、、いわ、、、だから」
カーリンの手に包まれたまま、フロリアーナ殿下は自身の手でカーリンの頬に触れた。すっと横に細い指が動くと、白く小さな”北国の聖女”の頬に、赤い筋が浮かんだ。フロリアーナ殿下の震える唇が、何かを紡ぐ。
「殿下っ」
「もういいだろ、行くぞ」
カーリンが震えた声を出すのと同時に、アドルフォはフロリアーナ殿下を攫うようにその場から立ち去って行った。出口付近で待機していた騎士たちの間に、貢献者たちの姿が見えた。テレンツィオ皇太子の言う通り、フロリアーナ殿下はすぐに治療を受けられるだろう。だが、帝国に失われたモノを取り戻すほどの強い力を持つ者はいない。
そう、帝国には。
「っ!!」
項垂れる顔を持ち上げるように細い首を掴み、俺はカーリンを壁へと叩きつけた。窒息させないようにと力を制御するが、少しでも気を抜いたら細い首を折ってしまいそうだった。
「チェ、、ザっ」
「何故、ヒールをかけなかった」
少しだけ手の力を強めた。苦しそうに顔を歪めるカーリンだったが、特に抵抗をしてこないところを見ると、どうやら何か考えがあるらしい。またか。
「また何か考えってのがあるのか、ふざけたことを」
「そ、んな、つもりじゃ」
「じゃあ、なんなんだ、、、なんなんだ、この状況はぁ!!」
更にカーリンの顔が歪むが、俺は力を抜かなかった。
何故、どうしてこうなった。突然巨大魔物が現れ、新しい未明の魔物もいて、クラウディアの身が危険に曝され、その上俺がフロリアーナ殿下を。おかしい。なぜ、俺は守れなかった。力があるのに、傍にいたのにっ。
「説明しろっ!」
「ちょっと!?チェーザレ!!」
怒りのままカーリンを床に叩きつけようした瞬間、俺の腕にヴィットーレがしがみ付いてきた。
「放せ、ヴィットーレ」
「やめてよ、チェーザレ!カーリンが死んじゃうっ」
何言ってるんだ。チートのカーリンが死ぬわけないだろう。そうだよ、こいつチートのくせに真っ先にやられてたな。
「反撃しないのか」
「っ」
「できねぇのか。いつも偉そうな口ぶりのくせして、肝心な時に役に立たないなんて、とんだ”聖女様”だな」
「待ってよ、カーリンは僕をっ」
「いぃ、トーレっ」
「でも!」
なんだ、庇い合うなんて相当良い仲になったのか。カーリンは帝国に男でも探しに来たのかよ。ふざけんな。
「おい、カーリン。遊びじゃねぇんだ」
「そん、なこと、、」
「ゲームでもねぇ、小説でもねぇ。これが、現実だ」
カーリンの首から手を離し、辺りを見渡す。崩れた天井、落ちて歪に折れたシャンデリア、土埃と血が混ざった鉄臭い匂いに事切れて動かない騎士たち。そして、そんな中でも高潔さを失わんばかりに形を保った王座。その前には、おびただしい量の血痕。
そう、これが現実だ。
「これが!現実なんだ!!」
俺の叫びに、喉元を抑えながらもカーリンは真正面で受け止めた。今までのように言い返しても来ず、また耐えるように下唇に歯を立てるだけだった。
そんな彼女の態度に俺は力なくその場に立ち尽くした。分かっている、フロリアーナ殿下のことは俺の判断でやったことだ。だが、騎士として受け止めるにはあまりにも酷だ。
仮にカーリンの考えが正解で、カーリンが未来を知っていたとしても、きっと”今日”は起こった。チートのカーリンが、あの状態でもフロリアーナ殿下の治療をできないはずはない。あの場で敢えてヒールをかけなかったということは、”今日”が”そういうイベント”だからだ。
「カーリン」
そしてこれが”ループもの”だったとしても、何度"今日"を繰り返しても、俺はフロリアーナ殿下の足を切断する。
「なに」
ひどく後悔して、守るべき人に剣を立て、騎士の矜持を傷つけられて、震えるほどの怒りと後悔と決意を抱えて、”俺は魔王を倒しに行く”。
「行くぞ」
「、、、、、、分かった」
長く待ってから、カーリンは短く応えた。
いつもお読みいただきありがとうございます。本作品もタイトルの通り、大きな展開がやってきました。長い説明文書にいつもお付き合いいただき、心から感謝いたします。




