聖女の加護
戦闘シーン、流血シーンなどがあります。
崩れ落ちたシャンデリアを乗り越えようとすると、間空かず巨大魔物の腕が俺に襲い掛かってきた。
「くそっ!」
剣で受け止めつつ攻撃を躱す。巨大魔物の赤い目は俺に照準を合わせたのか、じっと俺を俺を見下ろしながら何度も長い腕を叩きつけてくる。都度、受け止め、切り落とすがすぐに腕が再生していく。切り口から血も出ないところを見ると、今までとは明らかに違う性質の魔物に俺はまた舌打ちをした。
早く、早く。殿下の元に。焦る気持ちが抑えられない。
「”アロー”」
迫りくる魔物の腕を受け止めようと剣を構えたと同時に、後ろから炎の弓が真っすぐと魔物の腕を貫いた。振り向くことなく次の攻撃を剣で弾くと、少し息が乱れたカーリンが視線の少し上に浮いていた。乱れた黒髪はセットを解いたのか背中側で揺れている。ヴィットーレの姿はないようだ。
「北国の聖女様は、随分と苦戦されていたようで」
「言い訳はしないわ。フロリアーナ殿下は?」
「見ての通り、行かせてしまった」
「そう。でも彼女にはあの子が」
「いやーーーー!!」
「「!?」」
シャンデリアの向こう側から、悲鳴が聞こえた。高いその声は、戦闘音で満ちた戦場の中でもよく響いた。
「なにっ」
「この声は、、、」
声の主を発する前に、俺を捉えていた赤い目がぐるりと移動する。カーリンと共に魔物の視線の先を追うと、崩れたシャンデリアの向こうの、さらに奥。王座の高い背が見えた。巨大魔物がゆっくりと背を向ける。俺たちに連撃していた腕は、今度は王座の方へと振り落とされた。
「あそこはっ」
「クラウディア!」
魔物が王座にいるクラウディア、もしくはフロリアーナ殿下に攻撃を仕掛けたのは明らかだった。思い切り地面を蹴って、俺はシャンデリアを踏み台にしながら先へと急いだ。
焦る気持ちがさらに焦った。さっきの悲鳴は聞き間違えもしないクラウディアのものだ。クラウディアが、またクラウディアが魔物に襲われる。あの日のように目の前が真っ赤に染まり、頭が沸き立つようだった。
くそっ、間に合うのか。
王座に辿り着いたと同時、バチンと何かが弾く音がした。崩れた天井の瓦礫に囲まれた王座は不思議と傷はなく、椅子のすぐ前に小さな皇女が倒れながらもどこか一点を見つめていた。すぐに追いついたカーリンと共に、クラウディアの視線の先を見る。
崩れた瓦礫の下から、細い腕が見える。その先を辿ると新緑色だった手袋は血で赤黒く染まり、手は剣を握ったままぴくりとも動かない。彼女の情熱さを表徴するような赤い髪は乱れて床に広がり、細い肩が見える。そこから下は、また瓦礫だった。
「リリー、おねぇ、さま、、、」
今にも消えそうな声でクラウディアが囁き、ぱたりと彼女の意識が途絶えた。
「そんな、、、」
すぐ後ろでカーリンが呟く。同時に巨大魔物が攻撃を再開した。気を失ったクラウディアに向かって、黒い腕が鞭のように振り落とされたが、またバチンと音がして魔物の腕が弾かれる。床に伏せるクラウディアを守るように、彼女の周りにバリアのようなものが張られていた。
「なんだ、あれ」
何度も振り落とされる魔物の腕は、そのバリアで都度弾かれた。何が起こっているのか分からない俺は、不可解な台詞を言うカーリンに振り返る。カーリンは目を見開いてクラウディアを守るバリアを見つめていた。
「カーリン?」
「クラウディア殿下、だったのね」
焦るように髪を握りしめたカーリンが叫んだ、今度は何かにヒビが入る音が聞こえた。視線をクラウディアに戻すと、魔物の腕が当たった箇所のバリアにヒビが入り始めている。そこをまた何度も魔物が狙い撃ちをしていた。
このままでは、あのバリアも持たない。
「俺はあの魔物を、、、カーリン、どうした?」
今度はぶつぶつとつぶやき始めるカーリン。こんな時に何をしているんだと苛立ってカーリンの肩を掴むと、今度は鳥の鳴き声が聞こえた。声の元はクラウディア。ヒビが入ったバリアの先に、不死鳥がいる。立て続けに打ち付けられる魔物の腕で壊れかけたバリアを守るように、不死鳥は我が身で黒い腕を受け止め、その度に苦しそうに鳴いた。
「不死鳥が、クラウディアを守っているのか」
「、、、そのようね」
何か知っている風に応えるカーリンに、俺は舌打ちをした。
また勝手なことをしたな。それもこいつも予想だにしていない状況になっているらしい。カーリンにはまだ話していないことが山ほどありそうだ。
「後で洗いざらい、吐いてもらう」
「、、、お手柔らかに」
「誰がするかっ」
俺は言い捨ててから走り出した。背後から強化魔術の念唱が聞こえる。澄んだ風のようなものが俺の体を包むと、体の奥から力がみなぎるのを感じた。同時に握っていた剣の柄が熱を持ち始める。
「 ”オン・チェーザレ”」
一段と強いカーリンの声と共に、俺の剣から炎が現れる。炎は剣先から柄、俺の手、腕へと伝ってきて、俺全体を防護するように包み込んだ。もちろん、俺自身へのダメージはない。
耳をつくような金切り声が聞こえる。巨大魔物が何本かの腕を集約させ、太い腕を作り出していた。なかなか破壊できないバリアないし不死鳥に癇癪を起したようだった。今までの攻撃に耐えていた不死鳥は小さな灯のように、弱弱しくクラウディアの前を漂っている。
あの攻撃は持たない。
そう察した俺は剣を振り上げながら魔物と不死鳥の間に滑り込んだ。魔物の腕は不死鳥を攻撃する前に、俺の剣で受け止められた。
「はぁ!」
魔物の腕を弾き返すと同時に、俺は腕の先を切り落とした。甲高い悲鳴を上げる魔物の腕は先ほど違い、再生することはなく代わりに切り口から焦げた匂いと硝煙が上がった。
いける。
思わぬ反撃にひるんだ巨大魔物に向けて、俺は立て続けて切り刻んた。集約された太い腕は何個かに分断され、その衝撃でよろめいた胴体に剣を突き刺した。今度は太い悲鳴と共に刺した先から黒い血が溢れ出てくる。穢れた血が降りかかってきたが炎の鎧がそれを浄化し、俺自身に血が届くことはなかった。
「カーリン!」
「分かってる!」
剣を抜きながらカーリンに叫ぶと、彼女は言わずともクラウディアの元へと駆け寄っていく。よろよろと宙を浮いていた不死鳥が床へ降り立つと、ヒビだらけだったバリアは溶けるように消えていった。倒れていたクラウディアをカーリンが抱き上げ、状態を確認する。
「気を失っているだけ。外傷はないわ」
「そうか」
良かった。少し緊張が取れた俺は今だ悶えている巨大魔物に改めて対峙した。やつの足元に崩れた瓦礫の下には、もう一人の皇女がいる。まだ気を抜くのは早いな。
「早く避難を。俺はこいつとフロリアーナ殿下を」
「えぇ。すぐ戻るわ」
カーリンがクラウディアを抱き上げたまま宙に浮いた。重ねて掛けた防御魔術を纏いながら出口に向かう2人の姿を確認し、俺は落ち着いてきた巨大魔物に剣を翳した。不思議と、さっきまで沸騰しそうだった頭は冴えていた。
「覚悟はできてるだろうな」
もちろん、魔物から返事が返ってくることはない。その代わりに血走った大きな目が俺をぎろりと睨み下ろしてきた。一度息を吐き、俺は剣を大きく振り上げた。
背後でチェーザレの戦闘が再開する音が聞こえた。抱えた帝国の聖女は思ったよりも軽くて、私でさえも力を入れたら壊れてしまいそうなほど細く、小さい存在だった。
こんな子に、”聖女”を背負わせるなんて。
生まれながらの皇族だからと頭では理解しているけど、あまり良い気持ちにはなれなかった。一瞬しか見えなかったけど、フロリアーナ殿下も一刻を争う状態だった。床に広がった血だまりを思い出し、背筋が冷たくなる。早く戻らないと。
できるだけクラウディア殿下の体に障らないよう、風で包み込みながら私は出口にむかった。先に氷の壁を作っておいたおかげか、出口付近の魔物はほとんど消え、今は残党らと騎士たちが交戦していた。炎で騎士たちの援護をしながら大広間を抜け、廊下の途中で多くの騎士たちが集まっている部屋の前で降りた。
クラウディア殿下の姿を見つけた騎士たちは急いで駆け寄ってきて、彼女の無事な姿に安堵しているようだった。
「クラウディア!?」
「殿下っ、だから大人しくしてろって!」
騎士たちの間をぬって飛び出てきたのはテレンツィオ皇太子。いつもの堂々とした姿はなく、明るい金髪を乱しながら走り寄ってきた。皇太子の後ろから、副団長が呆れたように追いかけてくる。
「気を失っているだけです」
「あぁ、ディディ、良かった、、、生きている、良かった、、、ディディ」
心配はないと声を掛けたが、聞こえていないようね。私からクラウディア殿下を奪うように抱え込むと、何度も髪や頬、腕を撫で、少しして抱きしめたまま固まってしまった。肩を震わせている皇太子の姿に、涙ぐむ騎士もいた。
「フロリアーナは、、、」
落ち着きを取り戻した皇太子は、力ない声で問いてきた。いつも自信に満ちていた碧眼は涙で緩み、奥に赤みが見えた。
「チェーザレが」
「まだ中にいるのかっ」
「私もすぐに行きますので」
「俺も行く」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、殿下っ」
テレンツィオ皇太子は一度目元を腕で拭うと、抱きかかえていたクラウディア殿下を傍にいた侍女に預け立ち上がった。そしてもう一言。
「連れて行け、これは命令だ」
ついさっきまで涙で濡れていた碧眼は既に強い意志を宿していた。瞳の奥に微かに見えた赤色に、私は胸中でため息をついた。彼も、母親の気を受け継いでいたのね。もっとよく見ていれば良かった。
「皇太子殿下。貴方は何を仰っているのか分かっているのですか」
「カーリン。貴女が傍にいれば魔物なんてどうってことないのだろう」
そういう問題じゃないのですが。
万一があったら、北国との国家間問題になるし、護衛の騎士たちへの処罰だってある。非礼を承知で周りの騎士たちが皇太子を止めようとするが、彼の意志は変わらないようだった。
「デル・ピエロ。これは俺の独断だ。お前たち騎士団に何も非はない」
「非もくそもねぇよ。あんた、自分が皇太子って自覚はあんのかよ」
「ダヴォリア帝国王位継承権第一位、皇太子テレンツィオ・レッペ・ダヴォリア。それが俺の名だ」
「なら」
「大帝国の皇太子が魔物にひるんで逃げ出すなんてできるものか。それにまだフロリアーナが中で戦っている。兄が妹を置いていくことはできない。お前だって、同じ兄なら俺の気持ちが分かるはずだ」
身丈が大きい副団長を見上げ、皇太子は強く言い切った。それに副団長も返す言葉が見つからない様子だった。少しして、副団長は大きなため息をついた。
「俺も行く」
「いらん」
「勝手についていくだけだ」
今度は舌打ちをして、副団長は肩のマントを外し腰の剣を確かめて覚悟を決めたようだ。
面倒なことになったわね。正直、足手まといでしかないのだけれど。
「北の聖女さんよぉ」
「何か」
「いっちょ、頼んだぜ」
「むぐぅ」
ばんっと大きな手が背中を叩く。衝撃で少し咽たけど、犯人の副団長は我先にと進んでしまう。少しして振り向きざまに私を睨みつけてきた。
監視ってやつね。まぁ、いいけど。
「"プロテクション"」
わざとらしく皇太子と副団長に強化魔法をかけ、私たちは大広間へと戻っていった。
壊れた大広間の出口を守るように建てた氷の壁を溶かすと、辺りは魔物の血で焦げた床と死傷した騎士たち。動ける騎士らによって、小さな魔物は一掃されていた。王座の方を見るとあの巨大な魔物の姿は見えない。
既にチェーザレが倒したみたい。
皇太子を挟むように王座へと向かうと、舞った埃の奥から人影が見えた。大柄な影が何かを抱きかかえてこっちへと向かってくる。走り出そうとした皇太子を副団長が制止したところで、影の正体が現れた。
チェーザレは私たちに気付くと、抱きかかえていたフロリアーナ殿下をゆっくりと床に降ろした。彼女が纏っていた新緑色の瞳に合わせたドレスは赤黒く染まり、だらりと垂れたレースを纏った腕はあらぬ方向を向いている。常に凛とした笑みを浮かべる印象的な唇の端からは、赤い血が流れていた。
「!!リリーっ!」
泣き叫ぶように妹の愛称を呼んで走り出した皇太子を、今度は誰も止めなかった。




