不穏
連日連夜、昼はお茶会が、夜は舞踏会が休むことなる執り行われた。催しに加えて通常の任務が重なり、激務で騎士たちから文句が出始めようとした頃にようやく今回のお祝いモードの終わりが見えてきた。流石にお付き合いでの参加者は減り、今夜は国内の近しい貴族らや皇族の友人らが自由に参加するラフな会だった。
疲れを隠さず舟を漕ぎそうに扉の前に立つ騎士の兜に軽く一発入れて、俺は会場へと入った。流石の俺もここ連日の警邏やら貴族方への挨拶やらで疲労が溜まっていたが、笑みは絶やさぬように努めた。特に後者が面倒この上ないが、運よく今日まで特定の誰かと踊ることも、そういった雰囲気になることもなかった。それはクラウディア殿下も含めてた。彼女も主役のフロリアーナ殿下程ではないが、毎日のように駆り出されている。あと数年で成人するクラウディア殿下もまた、今後の社交に向けて自他共に積極的なんだろう。特に他、の方だが。
ダンスホールに足を運ぶことはないクラウディア殿下は、皇族が座る椅子の上に背筋を伸ばして微笑んでいる。今夜は薄い黄色に緑と金色の糸で刺繍が入った長袖のドレスだった。挨拶や談笑は少しだけ、後は主役であるフロリアーナ殿下をたてるように来客を会場へと戻すように応対していた。時折、空気の読まない異国の王子がいたが、それでも嫌な顔せずに彼の話を聞いている彼女は、皇女としてとても模範的だった。
だからこそ、ここ連日の公務で心身が疲弊していないか心配になった。休みは取れているのだろうか。心無い輩に嫌な事を言われていないだろうか。帝国民が愛する屈託のない笑みを浮かべる幼い皇女に、一時でもいいから安らぎがあればいいのに、と俺は小さくため息をついた。
「っと」
クラウディア殿下のことを考えすぎていたのか、誰かとぶつかってしまった。
「し、失礼しました!」
よろける相手の腕を掴んで支えてやると、慌てて何度も頭を下げる彼は頬にそばかすが浮かぶ青年だった。ウーゴの従者だ。
「いや、俺こそすまなかった」
「いいい、いえっ。僕こそっ、、、ああの、失礼します!!」
またウーゴの我儘に付き合わされているのか、何かを大事に抱えて彼はそそくさと立ち去って行った。そんなに急がなくても、主人のウーゴは今どこぞかのご令嬢に自慢話をしているだろうに。案の定、ウーゴは一人のご令嬢に手振り身振りで話しかけている。相手のご令嬢はきっと飽き飽きしているだろう。扇で口元を隠して、目元はまったく興味がなさそうだ。
「あら、今晩もお勤めなのね」
「お前もご苦労なことだ」
後ろから声を掛けてきたのは、すっかり帝国流のドレスに馴染んだカーリンだった。薄い黄色を纏るカーリンを見て、俺は露骨に眉間にしわを寄せた。黒髪はポニーテールになっていて、ドレスと揃いのリボンと赤色のリボンが髪と首に巻かれている。クラウディア殿下の横に座る妹姫を見ると、同色のドレスでエルシーリア殿下だけ金色の刺繍が胸元に施されていた。ハーフアップの髪にはカーリンと同じ、赤色のリボンが結ばれていた。姉のクラウディア殿下に微笑みかけてから、カーリンへと視線を映したエルシーリア殿下は嬉しそうに笑みを深めた。応えるようにカーリンが礼をすると、クラウディア殿下も返してくれる。そんな彼女の髪にも同じ赤色のリボンが編み込まれていた。
これも揃いで作ったのか。
「まるで皇族の仲間入りでもしたようだな」
「言わないで頂戴。その話題ばかりで飽き飽きしているの」
どうやら噂好きの貴族や婦人たちから好き勝手に言われているらしい。まぁ、断れないのは致し方ないがここまでくるとな。
「あと数日で次の話で盛り上がるわ」
「そうだといいけどな」
「やめてよ。魔王倒したら私は自由にやるんだから」
「そりゃあいい。それまで精々、搾取されないことだ」
「取れるものなら取ればいい。力は有り余ってるのよ」
にやりと勝ち誇った笑みを作ったカーリンは、左手をくるりと動かし小さな炎を生み出す。炎が遊ぶように俺の周りをくるくるとし始め、やめろと炎を掴み上げた。少し熱かったが手袋が焦げる前に炎は消えたようだ。
「まぁ、確かに有り余ってるな」
「嬉しいことに、ここ最近、魔物の気配は全くないからね」
「あっちも飽き飽きしてるんじゃないか」
「そりゃあ、いい」
両肩を軽く上げて薄く笑うと、カーリンは賑わう会場の中へと消えていった。カーリンの言う通り、フロリアーナ殿下の成人の祝いが始まって数週間、ぱったりと魔物が出なくなった。小さいものは城下町で確認されたが、俺やカーリンが出ることもなく処理されている。巷ではフロリアーナ殿下の加護のおかげだと話題だ。お誂え向きにカーリンから火の鳥を受け継いでいるし、もとより民から人気のあった第一皇女を称える声は瞬く間に帝国中に広がった。
「、、、何事もなければいいが」
今夜もホールの中心にはフロリアーナ殿下がいる。連日の公務にも関わらず疲れを一切見せず、新緑色の瞳に合わせたドレスを優雅に翻しながら踊る彼女の胸元に、見慣れた赤い大きな宝石はなく代わりに赤色のリボンが首に巻かれていた。先ほどまで目の前の"聖女"が髪に結んでいたものと同じだった。
ここまでとは。満足げに笑みを浮かべ、瞳を輝かせて会場を見回す末の姫君は、思った以上に策士のようだ。血は争えないな。
末姫の策に気付いているのかいないのか、渦中の"聖女"は紳士からのダンスの誘いを断っているところだった。そんな彼女の傍には、当然のように俺の親友が立っていた。
今夜の会も中盤が過ぎ、一際会場が盛り上がったところで皇太子が入室してきた。ご令嬢たちは驚きを隠さず歓声をあげる。それに軽く応えた皇太子は今しがたダンスを終えたフロリアーナ殿下の元へと足を進めた。
御開きか。
今夜の最後のお相手はテレンツィオ皇太子が務めるらしい。まだ決まった相手がいないフロリアーナ殿下と踊る最後のダンスは今のところ、親族に限られている。最初の方は皇帝が務めていたが、最近はテレンツィオ皇太子が踊っていた。
銀色の裾に金の刺繍を入れた礼服を纏い、テレンツィオ皇太子はフロリアーナ殿下に手を差し出す。その手をフロリアーナ殿下が取ると、彼女は前から決められていたかのように彼の腕に収まった。2人のダンスが始まると、どこからともなく第二皇アンドレア殿下子が現れ、今にも踊りだしそうな末姫を仕方なしにとダンスに誘う。少し躊躇するふりをしてから、エルシーリア殿下は嬉しそうに直兄の手を取った。
洗練された動きで会場を魅了する兄殿下と姉殿下、少しつたないものの弟殿下と妹殿下が彼らの後を追う。一曲目が終わると今度は皇太子が妹殿下を誘う。それに倣うように弟殿下は姉殿下に手を差し伸べた。ダンスホールは珍しくも、皇族兄弟がその場を占めていて、仲睦ましい皇族兄妹の姿を観客は和やかに見守っていた。
フロリアーナ殿下が男性側としてダンスに誘うも、クラウディア殿下は申し訳なさそうに笑ってから首を横に振った。観客の一員に徹していたクラウディア殿下も、気持ち公的なものとは違う緩やかな笑みを浮かべている気がする。少しは気持ちが安らかになってくれたと思った。
そう俺が肩の力を抜いた瞬間。
帝国”聖女”の笑みに黒い影がかかった。会場の全員が自然と上を向く。当然ながら公城の中で雲がかかるなんてことはない。天井が開く仕掛けもない。だから、何らかの演出で照明が変わったのだと思った。しかし、皆の考えは外れた。
ソレはゆっくりと王座の後ろから顔を出す。黒く、丸く、大きなソレが真横にぱっかりと割れると、アンバランスなサイズ赤い目が現れる。その目が何かを探すようにさ迷ってから、何かを捉えたように止まった。視線の先はダンスホールの中央、皇族兄妹たちだった。
「戦闘態勢!!」
アドルフォが叫び声に反応したのは一部の騎士のみ。他の者は突如現れたソレを見上げたまま、その強大な存在にただただ圧倒されていた。
”あっちも飽き飽きしてるんじゃないか”
”そりゃあ、いい”
ついさっきした会話を思い出す。飽き飽きしてるだって、冗談じゃない。
俺は突如現れた巨大な魔物を見上げながら、腰の剣を抜いた。
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