舞踏会の始まり
談笑で賑わう会場の中、一際大きな音が鳴るとホールの真ん中を空けて人が移動していく。ダンスの時間だ。演奏が始まると、今夜の主役であるフロリアーナ殿下がパートナーである皇太子と共に歩み出てきた。皇族の証を持つ皇太子と異国の色を纏う第一皇女のダンスは、兄妹ながらも恋人のように仲睦ましく、また芸術的な光景だった。
俺はというと、愚かな部下たちの賭けを崩壊させるべく、意味ありげな視線を送ってくるご令嬢たちを無視し続けていた。声をかけてきた貴婦人には、ここぞとばかりに宝剣を見せて任務中を主張したら惜しそうに退散していった。これで概ね賭け対象は排除できたはず。あとは、
「相変わらず大人気ね。チェーザレ」
「、、、どうも」
大きな賭けの一人、カーリンだ。あとはこいつを倒せば俺の完全勝利だ。フロリアーナ殿下とはそもそも踊る権利は俺にはないから、考慮する必要もないし。
「近づくなよ」
「何よそれ」
「お前と踊ると喜ぶ馬鹿がいるんだ」
ばれないように後ろの柱を指さす。俺の影からカーリンが指さす先をのぞき込むと、薄く色づいた唇の端が上がった。柱の向こうには、賭けに参加している愚かな部下たちが俺たちの様子を盗み見ていた。
「軍配は?」
「冗談だろ、全員散財だ」
「あら、フロリアーナ殿下とは踊らないの?」
「今夜の主旨を考えろ。一騎士の俺が踊る訳ないだろう」
「妹殿下とは恋仲のくせに」
「うるさい」
余計なことを喋りそうな口を酒で塞ぐためにグラスを差し出すと、カーリンは嬉しそうに早々に口をつけた。相変わらずの飲みっぷりだ。ほんとこいつは。
フロリアーナ殿下と皇太子のダンスが終わると、次は我こそがと招待されている異国の王族たちが前へと出ていく。そんな紳士の中には凝りないウーゴの姿もあった。あいつもほんとうに。
「そういえば、北国からは誰か来ていないのか」
「少なくとも王太子はいないわ」
「王族なのに?」
「代理の者が来ていると聞いてるわ」
帝国皇女が主役の舞踏会に隣国であるノルドハイム国の王族が参加しないなんて、どういうことだ。
「彼、そういうのに興味ないの」
「そんな一言で済まされることか」
「済まされてしまうのがノルドハイム国なのよね。強気でしょ」
「怖いもの知らずだな」
「というより、、、まぁ、失礼に当たらないよう事前に国王様からダヴォリア皇帝に書簡が届けられているから」
俺が渡したグラスを煽り終えたカーリンは次のグラスを手に取っている。早いペースだな。まぁ、どうせすぐに酔いを醒ますだろう。フロリアーナ殿下が再びホールの中央へと歩み出てきた。お相手は北の国境門に接する隣国の王子だ。交易相手として重要な国だ。妥当な選択だな。
フロリアーナ殿下たちに続き、次々とペアになった男女が前へと出てくる。2曲目からは主に位の高いものから順に自由参加だ。仕事がらみもあれば、純粋に好意にしている相手と踊る者もいる。色とりどりの洋装と明かりに反射する宝石の中で、フロリアーナ殿下の紅い首飾りは一際大きく輝いていた。
会場全体が見渡せるように、俺はテラスに続く柱に背を預けてホールを見下ろしていた。空いた窓の隙間から入る夜風が酒と人の熱気で火照った体には丁度良く、少しだけ肩の力を抜いた。
見下ろすホールには、相手を変えてまだ踊るフロリアーナ殿下。視界の端には濃い紫色のドレスの伯爵夫人と踊るロレンツォ。彼らとすれ違うようにゆっくり踊るのは薄い桃色のドレスを着たカーリン。どうやら断れない相手がいたらしい。
他、観衆に徹している者たちも含め、現時点で怪しい者はいない。ひとまず、第一夜は無事に終えれそうだった。
安心した俺はようやく皇族方が座る上座に目を移した。末の妹殿下に合わせるように、クラウディア殿下も薄めの黄色いドレスを着ていた。淡い空色の髪と合わさって、儚さが増して見えたが、逆に大きな瞳が印象的に見えた。きらきらと照明の灯りに揺れる蜂蜜色は、触れてもいないのに俺の喉奥を甘く魅了した。
今夜は公務に徹しているようだ。時折、挨拶に来る来賓に笑みを返している彼女に少し残念と思いながらも、自分も仕事に集中せねばと緩んだ口元を引き締めた。




