成人の祝い
ホールの入り口すぐに立ち腰に下げた剣に手を添えながら、俺は入場してくる来客に笑みを向けた。
「お勤めご苦労様でございます。ザッカルド騎士団長殿」
「恐れ入ります。どうぞ今宵はごゆっくりと」
形式的な挨拶を交わし一礼をしつつ彼らに怪しいそぶりはないかを確認し、その旨を視線だけで統括のアドルフォに伝える。アドルフォはそれを配置についた騎士たちに伝達し、連携を取る。
わざわざ騎士団長である俺が出迎えるには、それなりの意味があった。魔物騒動が落ち着いたはいえこのタイミングで行われる舞踏会では、これが一番簡単で安全な方法だった。体面的にも安心感を得られる。一応、カーリンも俺の目を通ったならと渋々了承をしている。
「こんばんは、ザッカルド様」
濃い紫色のドレスを身にまとった貴婦人が一人でホールに到着する。彼女はダヴォリア帝国の交易を支える港町の伯爵夫人。隣にエスコートがいないのは、いつものことだった。
「ようこそおいで下さいました、マルディーニ伯爵夫人。伯爵は既に到着しております」
「ありがとう。全く、妻をエスコートせずに商いの話に夢中だなんて」
「我が帝国交易の要の一つである港を担う御方です。どうかお手柔らかに」
「分かっています。ですが最近では娘も港に入り浸るようになって、、、伯爵家の淑女として、呆れているところです」
「ご息女はとてもご聡明とお聞きしております」
「物は良いようです。まぁ、商売好きの方々は放っておいて今夜はゆっくりすることに致します。折角の第一皇女様の晴れ舞台ですもの」
「恐れ入ります」
少し深めに腰を折ると、扇で呆れた表情を隠しながら貴婦人はホールへと入っていった。その背中を見届けると、同じように貴婦人を目で追うロレンツォがこちらに近付いてくる。燕尾服を纏ったロレンツォは今回は参加者側にいる。一応、公爵家の男児であるロレンツォも参加者側だ。
「今日も一段と綺麗だな、ローリー」
「言っていろ。カーリンがそろそろ着く頃だ」
「分かった」
真っ直ぐのプラチナブロンドが手入れによってさらに輝き、それをいつものように一束にまとめたロレンツォは女性と見紛う美貌の中央に皺を寄せてうなった。折角の美人が台無しだと付け加えておきたかったが、少し考えてから止めておいた。察したのか、ロレンツォの顔が鬼のような形相になったからだ。
ロレンツォの言う通り、少ししてからカーリンがホールに入ってきた。先の程の伯爵夫人と同じく隣にエスコートはいなく、代わりに一歩前に枢機卿がいつもの聖職者の姿で伴っていた。
新調したのか、最初に見たドレスとは違う色を着ていた。薄い桃色にフリルが多くあしらわれた”未成人”向けのデザイン。黒い艶髪はハーフアップでドレスと同じ色合いのリボンが編み込まれている。
カーリンの性格からは想像もできない姿だった。噴き出すのを我慢した俺は偉いと思う。
「チェーザレ」
「なんだ、ローリー」
「カーリンはもしかして"少女"なのか?」
「っく」
狐に抓まれたようなロレンツォの表情に、我慢できず笑いが漏れてしまった。慌てて手で押さえるが誤魔化しきれず、三白眼の麗人が怪訝な表情で俺を見上げた。
今までカーリンのふるまいと力、態度で俺たちと同世代に見られたが、本人曰くこの世界では18歳前後。フロリアーナ殿下とほぼ変わらないが、前世に近い容貌はこの世界ではかなり幼く見える。中身は前世の年齢と合わせて相当いっているはずだが。
「一応、成人してる」
「あれで?」
「それ以上は言うな」
追及したくなる気持ちも分かる。容貌だけではない、体つきも凹凸が少なく、、、まぁ、幼く見える。背が低く線が細い身体にパステルカラーピンクのフリルたっぷりのドレス。完全にお子様だ。あれで髪が巻かれていたら完璧だった。
「ご機嫌いかが、ザッカルド騎士団長殿、デル・ピエロ部門長殿」
俺たちの様子がおかしいことに気づいたのか、カーリンは枢機卿を残してこちらに挨拶をしてきた。貼りついている営業スマイルから、言わんとしていること察して俺たちはすぐに外向きの笑みを浮かべたが既に遅かった。
「感想を言ったら丸焦げにするわよ」
俺たちが何かを言う前に、カーリンから先手が打たれた。その物言いに俺たちは背筋をピンと張って気を付けをした。若い頃に上官から叱責を受けた時のように身体を緊張させる騎士2人を一瞥し、北国の聖女はゆっくりと息を吐いた。
「似合っていないことは分かってるから」
「いや、そんなことは」
「お世辞は結構よ、騎士団長殿」
俺の肘をつつくロレンツォに何か言えと視線を送られるが、何を言ってもフォローしようがないだろう。
「断り切れなかったの。末の御姫様に、揃いにしたいと言われたら」
また深い溜息をついたカーリンの言葉通り、既に上座に控えていた皇族たちを見ると幼い第三皇女エルシーリア殿下も同色を纏っている。ドレスだけを見れば、姉妹で揃えたようだ。
「意外に優しいな」
「意外には余計よ、ロレンツォ」
ハーフアップにされた黒髪とピンクのリボンを手で一つに束ねて、カーリンは片胸の前に持ってくる。幾分か大人びて見えたが、揺れる大きなフリルがやはり幼い。だがこれなら変に紳士たちに声を掛けられることもないだろう。幼女嗜好の者以外だが。
「大人しくしてろよ」
「お互いにね」
天井に飾られたシャンデリアから炎が少しずつ消え、辺りが薄暗くなっていく。ざわざわと賑わっていたホール内が静まり、ばらばらに散っていた参加者が中央の赤い絨毯を囲むように並ぶ。俺たちも各々の立ち位置に着き、観衆と共にホールのドアに注目をした。
『ダヴォリア帝国第一皇女フロリアーナ殿下の御入場です』
ホール内に騎士の声が響くと、入場の曲が流れ始める。閉じられていたドアが開き、外から指す光の中に2つの影が立っていた。その影が一歩踏み出すのを合図に、俺たちはその場に跪いた。
頭を垂れた先で2人の皇族が赤い絨毯を歩く音がする。こつこつと響く靴音と長い裾を引きずり布が擦れる音が自身の前を通り過ぎるのを、皆顔を伏せたままで待機した。
しばらくして、靴音が聞こえなくなると誰からともなく頭を上げ王座に注目する。そこには、皇帝カールミエと第一皇女フロリアーナが観衆に顔を向け並んで立っていた。
「此度は、我がダヴォリア帝国第一皇女フロリアーナの成人の祝いに足を運んでいただき、感謝する」
皇帝の低いがよく通る声がホールに響いた。
「とはいえ、まだ幼さの面影が残る故、ご容赦頂きたい。それも含め、ゆっくりと寛いでくれれば幸いだ。皆の者、今日から短い間だが楽しんでくれ」
皇帝が言葉を締めくくると、フロリアーナ殿下がゆっくりと腰を折る。彼女を彩るのは一段と濃い真紅の生地に王族の象徴である金色の刺繍がここぞとばかりに埋め尽くされたドレスだった。長い髪は綺麗にまとめられ、首には侍女たちが話していた赤い宝石のネックレスが飾られていた。




