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準備

がやがやと談笑をする者や業者に指示をする者の声がホールに響いた。所々、果実の赤い色で装飾された内装は、今晩開催される舞踏会の主役に合わせて彩られている。時折、物陰から中の様子を覗き込む侍女たちに目配せをしながら慌てて去っていく小さな背中を見届け、俺はほぼ完成された会場を見まわした。


魔物の出現、魔王の存在、帝都内の巡回と闘技場の出来事もあり、カーリンが中止を強く訴えたが通らず。フロリアーナ殿下の成人を祝う舞踏会の準備は着々と進んでいた。


「おい!そこ、何をしている!今晩がどのような会か分かっているのか!!」


ホールの上手で偉そうに指示を出しているのは騎士を見つけて、思わず運ばれる途中だった大きな絵画の影に隠れた。額縁から少し顔を出して様子を窺うと、奴は相変わらずの陰険な表情で従者に当たり散らしている。

別に奴がこの会の取り仕切り役という訳ではないのに、持ち前の出しゃばりでいらぬ指揮官を演じていた。


「はぁ」


面倒なことにならなきゃいいが。


天井に揺れるシャンデリアを見つめ、俺は数日前に開かれた会議の様子を思い出して大きく溜息を着いた。






ダヴォリア帝国公城内の軍事会議室


長机の端、最上座には皇太子が座りその隣には宰相、帝国騎士団長、副団長。向かい側にノルドハイム国の聖女と枢機卿が座ることになっている。他もろもろの面子は、発言力がある順番だったり議題の提案者だったりと様々だが、おおむね爵位順に並ぶことになる。

カーリンが主体となっている魔物討伐の警邏は滞りなく進行していた。最初は難色を示していた貢献者たちも、カーリンに教えを乞おうと躍起になっているし、第1騎士隊と第2騎士隊の仲も、副団長のアドルフォのおかげで特に問題はない。


だが、一部の人間からの批判は消えなかった。俺もカーリンが動きやすいようにと手を回しているが、それこそ重箱の隅の隅まで探しにくる粗に全て対応しきれていない。そして、ついに火を噴いた。それは先日の警邏で一般人に怪我人が出たことが発端だった。もちろんカーリンが全員治癒をしたが、そこで引き下がるような輩ではない。


そして、フロリアーナ殿下の舞踏会開催可否の討論へと繋がる。"帝国民も守れない"聖女にいつまでも我が物顔でいさせてもいいものか、と。


その第一声を挙げたのはウーゴだった。皇族は城内の魔物出現のせいでフロリアーナ殿下の成人を祝う舞踏会を延期していた。庭園の浄化も終わり、警邏のおかげで魔物による被害も減少。そろそろ開催してはどうかという流れを塞き止めていたカーリンにウーゴはそもそも論を語り始め、長机の中腹に座るやつに会議室のみんなは注目した。ウーゴが我がもの顔で話始め暫くして、呆れた空気と共にピリピリとして緊張感が広がった。発信源は主にカーリンだ。


「イッツォ殿は舞踏会の開催に賛成と仰るのですか」


「勿論です、ノルドハイム国の聖女殿。待ちに待った我が帝国の第一皇女の晴れ舞台を、軍事国家である我らが魔物などに怯えて中止など、他国に示しがつきません。それに聖女殿。爵位を付けるのをお忘れですよ」


「、、、では、イッツォ次期侯爵殿。一体どのような了見かお教えいただきますか」


「これはこれは、失礼致しました。ノルドハイム国の聖女殿にはまだ我がダヴォリア帝国のことを隅々までお話しておりませんでしたね。まずは我が大帝国についてお話してあげましょう」





この辺りで、俺の記憶が曖昧になっている。覚えているのは長ったらしいウーゴのよくわからない帝国自慢の話とフロリアーナ殿下主役の舞踏会をどれだけ盛大に行うべきか、加えてそれにイッツォ家がどれだけ貢献しているかをぐたぐたと話し、ウーゴが一言話す度にぴしぴしとカーリンの笑みが固まっていった。それに誰も横やりを入れなかった。

つい先日の晩餐会で見たカーリンの力を覚えていないのか、いっそ消し墨になってしまえばいいのにと俺も意味のない演説を放っておいた。で、しびれを切らした皇太子の一声。騎士団による護衛を増やすことで舞踏会の開催が決まった。結局、俺の仕事が増えただけだった。


その晩、舞踏会開催の強行とウーゴの演説に苛立ったカーリンと飲みに付き合ったのは、少し後悔している。いくらお互い酔いつぶれないからといって、樽3は流石に飲み過ぎた。愚痴が止まらないカーリンを宥めるのが面倒になってきて放っておいたらひどいことになっていた。ロレンツォとヴィットーレも付き合ってくれたが、途中で倒れてたな。



それに、皇族側が舞踏会を強行する理由は別にある。

舞踏会には近隣国の王族、貴族たちが参加する。成人したの皇女が参加する舞踏会は、言わずと知れず盛大なお見合いパーティーだ。今だ婚約者が決まっていないダヴォリア帝国の第一皇女を射止めるための機会を、他国の王子や高位貴族たちが逃すはずがない。もちろん帝国にとっても政治的にこの会の開催は重要なものだ。


「ザッカルド。そこで何をしている」


思いにふけっていると、いつの間にか絵画が退けられ俺の姿が露わになっていた。案の定、ウーゴに見つかった。


「、、、別に」


「こそこそと怪しいな。もしやお前、僕が指揮する舞踏会で何か企てでも」


「そんな訳ないだろう。それに指揮総統はデル・ピエロ副団長だ。お前こそ何しに来ている」


「あの武骨者の代わりにこイッツォ侯爵であるこ・の・僕が直々に指示しに来てやっているのだ。感謝はされど疑われる筋合いはない」


「次期侯爵、な」


それにアドルフォだって正式な公爵家の嫡男だ。それを武骨者とか言って、こいつ大丈夫か。


「ザッカルド、貴様ノルドハイム国の聖女がいるにも関わらず殿下までも手中に収めようと言うのか」


「はぁ?」


「そうはいかないぞ。なんせ今晩フロリアーナ殿下の御心を射抜くのは、この僕なのだからな」


駄目だ、手遅れだった。一発殴れば直るかなと拳に力を入れると、少し遠くから焦って走り寄ってくる男の姿が見えた。長い前髪とそばかすが特徴のウーゴの従者だ。漸く彼が辿りつくと何やらついさっきまでウーゴが指揮していた箇所で問題が発生したらしい。それを従者がしっかりしていないせいだと大声をあげ、ウーゴは早々にその場から走り去っていく。その後を従者が項垂れて力なくついていくが。

これは近いうちにまた従者が入れ替わるな。ウーゴの従者は入れ替わりが激しい。家柄と給与が良いことで応募が多くあるらしいが、何せ主人がアレだ。お気の毒なこった。


面倒くさそうに書類とにらめっこしているアドルフォを見つけたが、文句を言いながらもきちんと指揮を執っているようだった。首尾確認ついでにウーゴのことを話すと既に把握していて、好きにさせているらしい。まぁ、あいつがどう動こうが指揮権はアドルフォにある。余程のことがない限り、大丈夫だろう。


「今夜は誰と踊るんだ、チェーザレ?」


「誰とも踊らないが」


「ほんとかぁ?」


ニタニタといやらしい笑みを向けてくるアドルフォの言葉を、俺は呆れた息と共に否定した。

アドルフォの話によると、今晩の舞踏会に参加するご令嬢の中で誰が俺と踊るか、騎士団の中で賭けをしているらしかった。

主役である第一皇女のフロリアーナ殿下とノルドハイム国の聖女カーリン。この2人が賭けの候補に挙がっているが、大穴狙いで隣国の姫君に賭けている奴もいるらしい。


馬鹿なことをしてないで任務に専念しろと一喝を入れるが、アドルフォには効いていないようだった。


「っと、噂をすればだな」


ニタニタを苛立つ笑みを続けるアドルフォにもう一言言ってやろうかと思っていると、会場の奥が賑わってくる。作業員達が避けて道を作ると、その真ん中に銀色の鎧に赤い隊服のフロリアーナ殿下が現れた。いつも通り、殿下の一歩後ろにはアーリア率いる女性騎士隊の騎士たちが連なっている。


「主役直々に偵察とは、ご苦労なこった」


「無駄口叩いてないで行ってこい、総統殿」


「どうせウーゴがすり寄っていくじゃねぇか。俺は後でいい」


そういう問題じゃないんだが。

アドルフォの言う通り、従者に怒鳴り散らしていたウーゴはころりと表情を変えてフロリアーナ殿下の下に駆け付けた。下心丸出しの笑みを浮かべながら何から色々と一生懸命話しているみたいだが、フロリアーナ殿下もそれに公的な笑みで返している。あれで”お近づき”になれていると思っているあたり、めでたい頭だ。


「見て見て、フロリアーナ殿下よ」


「今日も素敵だわぁ」


ふと背後から小さいがよく聞こえる黄色い声が聞こえた。視線だけで振り返ると先ほど遠ざけた者とは違う侍女たちがまた集まりだしていた。


「ドレスも素敵だけど、やっぱり騎士の御姿の方が凛々しくて一段と輝いていて、、、好き」


「私も私もっ。最近お気に召しているのか、真っ赤な首飾りも常に身に着けられていて、銀色の鎧と赤い隊服にも合っていて、、、」


「「「はぁ~」」」


重なった甘い溜息にアドルフォと両肩を上げながら、フロリアーナ殿下に視線を戻した。侍女たちの言う通り、フロリアーナ殿下の胸元には大きな赤い宝石の首飾りがぶら下がっている。確かにシンプルなデザインで鎧と隊服姿でも違和感はなかった。


「でっけぇ宝石」


「成人のお祝いだろ。ほら、それよりあいつ、墓穴掘ってるぞ」


ごますりが終わったのかフロリアーナ殿下はウーゴをあしらいながら、会場内を歩き始めた。まだ途中の天幕や備品について担当者に直接確認をしようとしているが、すかさず間にウーゴが入るが答えられるはずもなく、皇女様のご機嫌が下り坂だった。


「ったく、ちょろちょろと邪魔だなぁ」


面倒くさいと一度自身の身だしなみを確認してから、アドルフォはばらばらに持っていた書類を少し見つめる。こっちは面倒だったのか付いていた部下の騎士にそのまま押し付け、フロリアーナ殿下の下へと目指していった。

見なくとも内容は入っているのだろう。脳筋とはいえ、帝国騎士団副団長に座するだけの優秀さは持っている。また夜にと一声かけ、俺は面倒ごとに巻き込まれる前にホールを後にした。





執務室に戻ると、今晩着る一等の隊服をリッカルドが整えていた。第一礼装である紺色の生地に金色のフリンジ、多くの勲章がぶら下がった隊服は、俺が騎士団長に就任した時と同じ物だ。

傍には修繕が終わった馴染んだ俺の剣が戻ってきている。鞘から抜くと、すっと澄んだ音を立てて磨き上げられた刀身が現れた。反射する自分の瞳を見返すと、見慣れた赤茶色が綺麗に映った。

やっぱり、自分の剣はいい。


「準備は整っています、ザッカルド騎士団長」


「あぁ、助かる」


「舞踏会の来賓としてカーリン様をご招待していますが、急時の際は」


「一々了承を得ずとも手を貸してくれるはずだ。別に意中の者がいる訳でもないだろう」


「左様ですか。ではデル・ピエロ副団長の指示通りに致します、、、ちなみに、団長はどなたと踊るのですか?」


「、、、お前もか、リッカルド」


「賭けてはおりませんが、諜報してこいという方が多いので」


にっこりといつもの嫌味な笑みを浮かべるリッカルド。どうやら優秀な副官殿は上司がネタにされているのが相当嬉しいらしい。何か一言言ってやろうかとした時、リッカルドは笑みを深めて廊下に続くドアへと足を運ぶ。微かに、ドアの向こう側に何人かの気配を感じた。

リッカルドが勢いをつけてドアを開けるとまさに聞き耳を立てていましたとばかりに数人の騎士達が部屋に雪崩こんできた。ギロリと睨み下ろすと、笑いながらも慌てて退散していく騎士たちを見届けてて、俺は大きくため息をついた。

まとめて鍛え直してやる、能天気どもが。


いつもお読み頂きありがとうございます。

本話より新しい年度が始まりました。本作も次の章な展開になります。これからもよろしくお願いします。

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