和解
いつもお読み頂きありがとうございます。
さらっとネタバレをしています。さらっと。
ふるりと体が寒気に震えて目を覚ました。見慣れた天井を見ながら視界をはっきりとさせると、思いのほか深く眠っていたのだと分かった。こんなに寝たのは久しぶりだ。例の声たちも聞かなかったし、夢も見なかった。
すっきりとした頭を一撫でして起き上がるといつの間にか掛かっていた上着が床に落ちた。よく見ると天井と同じく見慣れた内装が見える。いつの間に執務室へと帰ってきたのだろう。確か俺はクラウディア殿下と庭園にいて。
「おはよう、チェーザレ」
床に落ちた上着を拾おうと腕を伸ばしたところで声がかかった。今更人の気配に気付くなんて、まだ寝ぼけてるようだ。すぐ殺気立たなかったのは、馴染みの声だったからだ。
「随分と、よく寝てたね」
淡々と続いた言葉に俺は胸中でため息を吐いた。声の主はだいぶ機嫌が悪い。
「あぁ、そのようだ」
上着を拾い上げ、寝ていたソファに座り直し俺は向かいに座る不機嫌な声の主、ヴィットーレと対峙した。小さな顔の割には大きめの茶色い瞳が真っすぐ俺を見返している。彼の肩には黒髪が垂れていた。
カーリン、か。
カーリンの存在に気付いた俺にヴィットーレは、カーリンの肩にかかっている自身の上着をかけなおした。それに微動だにしないカーリン。寝ているのか。
「僕は帰そうとしたよ。でも、頑なに離れようとしないから」
顔にかかる黒髪をそっと撫でながら、ヴィットーレはカーリンの顔を覗き込む。閉じられた紅い瞳が微かに動くが、カーリンは起きそうにない。そんな彼女に親友の一人は愛おしそうに口元を緩めた。その姿に俺は親友の気持ちを改めて目の当たりにした。
冗談じゃない。仕事でもない。ヴィットーレは本気でカーリンのことを。
「事情は副団長から聞いてる。寝ているチェーザレをカーリンがここまで運んだって。副団長はチェーザレの代わりに執務をこなしてるよ。今日はチェーザレも一日お休み」
「そう、、か。アドルフォにも迷惑をかけたな」
「そう思っているなら、早く仲直りしてよ。こんなカーリン、見ていたくない」
ヴィットーレの肩にもたれかかって眠っているカーリンは、少しだけ疲れているように見えた。実際、不安定な姿勢で眠るほど疲れているんだろうが。毎日のように警邏、魔物討伐をしていると聞いている。休日も皇族方のお相手だ。
だが、きっとそれ以外にも彼女を疲労させている要因はある。それが俺だということも分かっている。
「、、、ん」
「カーリン、起きた?」
規則的な寝息を立てているカーリンの顔を見つめていると、身じろぎ彼女が起き始めた。寝ぼけて呆けている紅い瞳の焦点が合ってくると、カーリンは自身を優しく支えるヴィットーレを映す。
「トー、レ?」
「うん。僕だよ。大丈夫?」
「、、、えぇ。上着、ありがとう」
「いいよ、これくらい」
親しげに会話をする2人に、少し安心をした。俺が知らない間にカーリンはここに馴染んでいるようで。少し悔しかった。本当なら、俺が彼女に色々と手を尽くすべきなのに。その役を親友に取られてしまった。
「チェーザレ」
今度は紅い瞳が俺を映す。真っすぐに向けられた視線は、あの日のように揺れていない。怒りのような感情もない。静かで穏やかな視線だ。
きっと、謝るなら今だ。
「トーレ、外してくれ」
「でも」
「大丈夫よ。私からも、お願い」
「、、、分かったよ」
カーリンが肩に掛かっていた上着をヴィットーレに差し出すと、しぶしぶ受け取ってヴィットーレはドアへと向かった。去り際に一度振り返ったが、カーリンは微笑むと不機嫌な表情のままドアを閉めた。
ゆっくりとカーリンの視線が俺に戻ってくる。俺も外さずに視線を返した。しまったカーテンの隙間から柔らかい朝日が差し込んでいる。カーリンが右手を少し動かすとカーテンが全開し、部屋に明かりを灯す。少し過ぎた光量に目を細めると、カーリンも同じように目を緩めた。
虹色に光る黒い艶髪。真っすぐで強い意志の籠った紅い瞳。稀有で美しい容姿。そして、誰もが喉から手が出る程欲する力。傾国とも言える存在でも、俺にとっては友人の一人でしかなかった。
「悪かった」
ゆっくりと腰を折り、短く発した。何がとは言わなかった。誰がとも言わなかった。あの日、あんなに躊躇した言葉がすっと出てきたのは正直自分でも不思議だった。クラウディア殿下のおかげだろうか。許してもらいたいとは、思わなかった。ただただ、謝りたい。それだけだった。
「、、、私も」
カーリンがか細い声で応えた。
「私も、ごめん」
頭上で彼女の言葉をしっかりと受け取ってから、俺は頭を上げた。そこには、前世で最後に見た笑顔の友人がいた。朝帰り、都会の朝特有の匂いの中、また朝まで遊んでしまったと笑った"彼女"だ。
そんな彼女に、俺も笑い返した。それに彼女は口元を抑えてくすくすと笑う。俺も声を出して笑った。再会したあの日のように、俺たちは笑い合った。
なんだ、簡単だった。こうやって笑い合えれば、喧嘩なんてなかったことになるのか。また、馬鹿なことできるのか。一緒に、やっていけるのか。
朝日が強い光になるまで、部屋の中は笑い声が響いていた。
少しして、お互い頭をはっきりとさせるために濃いめの紅茶を飲みながら俺たちは話した。まずは、カーリンからだった。カーリンが知っている今回の転生のこと。お互いのチートのこと。そして、もう一人の仲間のこと。
「といったところです」
「、、、はぁ」
俺は思った以上の話に深くため息をついた。
「聞いた情報と私の推測が含まれているけど、案外ありそうな話でしょ」
「なんだ。じゃあ、俺とお前と、あともう一人必要かもしれないと」
「まぁ、、、おそらく」
言葉を濁すカーリン。短くため息をついてから、俺に困ったように笑う。俺も同じ心境で笑い返した。
おそらく、お互い同じ人物を思い浮かべている。だが口にしなかった。だってあいつはあの日、俺たちと一緒にいなかったし事故にもあっていない。生涯のパートナーもいたし、幸せな日々を過ごしているはずだ。だから俺たちみたいに死んで転生なんて、考えたくはなかった。
「ダヴォリア帝国に伝わる建国伝説。そこで魔王は龍王と人間側の勢力に敗退する。この話になぞるのなら、チェーザレ。貴方が今の龍王の役でもおかしくない。そうでなければ、チート転生の意味がないじゃない」
「そうだが」
俺としてはそんな大役は捨てて、スローライフを送りたかったんだが。
「そしたら建国王の役はどうなるんだ。まさかお前じゃあるまいし」
「そこなんだよね~。そこまではあの人も教えてくれなかった」
どうしたものかと首を捻るカーリンは、うーんと腕を組んで再考し始めた。カーリンのいう"あの人"は彼女の情報源兼育ての親らしい。詳しく聞いたが、あまり話したがらない。時折、眉間に皺を寄せたり、何かを思い出したかのように青ざめたりしていた。まぁ、古傷をえぐらなくて済むのなら越したことはない。俺も深くは聞かなかった。
「最初は伝説の通り、皇帝がその役かと思ったんだけど何か違う気がする。ここに来たら何か新しい手掛かりが得られると思ったんだけど。チェーザレは何か思い当たる節はない?」
「そうだなぁ」
俺の睡眠を邪魔していた夢を思い出す。カーリンの言う通り、俺が伝説の龍王の生まれ変わりとするなら、あの夢の不思議な光景も頷ける。龍王は浄化の炎で穢れた地を焼き、野に返す。轟々とした炎の光景は恐らく、どこかの戦況の一部。龍王の記憶が俺の夢に反映されているということなら、妙に高い視線も納得がいく。
そういうことなら時折現れる少し高い声の持ち主は、建国王だ。伝説の通り、瞳は淡い金色。皇帝家の証を持つ者ならその役になりうる可能性は十分にあるが。
「なんか、ごめんね」
「なにが」
「チェーザレ、ネタバレ好きじゃないでしょ」
ここまで話しておいて今更だろう。それに流石に人生を左右することなら少しぐらいならいい。むしろまだ曖昧なことのほうが多い。
「まぁ、それくらいは許容範囲内だ」
「そっか。良かった。それに夢も叶いだし」
「夢?」
「そうそう。前世で、魔王倒して褒賞に幼な姫をもらうって言ってたじゃない」
、、、覚えていたのか。確かにそんなことも言っていた気がする。こんなタイミングでクラウディア殿下の話題を振ってくるか、普通。
「昨晩の様子から見ても、相思相愛。身分は違えど、貴方ならきっとどうにかなるでしょ」
「まぁ、、なれば、いいが」
とんだところで性癖が暴かれた気がして、居心地が悪いな。逆にカーリンはどうなんだ。、、、思い出せない、カーリンの話なんてあまり聞いてなかった。大抵泥酔してたし。
「お前はどうなんだよ。その、、、元夫とかよ」
「あ~まぁ、、、でも、もう会えないから」
「この前言ってたなにが何でも叶えたいことって」
「、、、ノルドハイム国に、、、いるの、、よね」
突然歯切れが悪くなったカーリン。カップを持って飲むふりをして誤魔化そうとしているカーリンに、俺はピンときた。
「別の男がいるのか」
「ちょっとっ、言い方」
「違うのか」
「違っ、、うような、違くないような、、、」
「はっきりしろ」
正直、カーリンのコイバナに興味はないが俺ばかり暴かれるのは腹が立つ。香り立つ紅茶を味わいながら、俺は追い打ちを立てた。
「彼は、、、そんなんじゃない」
「ほ~」
どうやら、まだ想いは伝えていないらしい。そういや、カーリンは本命には奥手だったな。その点俺は素直に気持ちを伝えることを躊躇しない。にやりと口元を上げると、悔しそうに俺を睨んでくるカーリン。少しいい気味だ。
「まぁ、応援はしてやるよ」
「、、、どうも」
そしてかわいそうにヴィットーレ。やつは知らぬところで失恋したな。少し笑いが声に出てしまう。
「あ~~もうっ、揶揄ってるでしょ」
「そんなことはない。応援したい気持ちに偽りはない」
「本当にそれだけ?」
「、、、あぁ」
「即答してよ!」
も~と乱暴に紅茶を飲み干すと、カーリンは不躾に俺を指さしてくる。
「この前の件はチャラだけど、力比べはまだ終わってないわ」
「、、、ほぅ」
「貴方も最近デスクワークで体を動かしてないでしょ。どう?私と一勝負しない?」
挑発的な笑みでカーリンが俺を誘ってくる。それに俺も同じように口元を上げた。俺だってカーリンの力の程を知りたいし、何よりチート同士のぶつかり合いとか、こんな面白いことはない。
「それに、私と戦えば”龍王の生まれ変わり”として何か目覚めるかもしれないわ」
荒療治だろ、それ。だが、悪くはない。
「受けて立とうじゃないか。今晩、闘技場でどうだ」
「いいわよ。また朝まで楽しみましょう」
決まりだと互いに手を組もうとした瞬間、
「失礼します」
ノック音と同時にドアが開いた。そこにはきちりと髪を固め、同じ固さの笑みを顔に貼り付けた優秀はどこかの副官殿が立っていた。
「お言葉ですが、自重下さい。城を全壊するつもりですか。貴方々の力は人外なのですから」
冷たく言い張ったリッカルドは、中途半端な姿勢で固まる俺たちの姿にわざとらしくため息を吐いて、退室した。
俺たちのお楽しみは、当分こなそうだ。
今回分で早くも年度が終わり、来月からは新しい年度になります。本作も約半年。ここまで読んでくださる皆さん含め多くの支えがあり続けられてきました。これからも飽きずにお付き合い頂ければ幸いです。




