垣間
帝国のシンボルが飾られたその部屋は馴染みがあった。少し違和感があったのは俺の記憶よりもそれが少し新しく見えたことだ。よく見ようと近づくと視線の先に尖ったものが見える。なんだろうと首を傾げたら、重い鎧がすれるような重低音が聞こえた。
-お気に召しませんでしたか-
ふと視界の端から話しかけられた。声のした方を向くと、その主は思ったよりも下の方にいた。
-少し重厚だとは思っているのですが、皆が考えてくれたんです-
声の主はシンボルに触れながらはにかんだ。なぞる手腕は細くどこか頼りない。
その者の言葉に俺はそうか、と答えた。特に意味はない。帝国のシンボルに良いも悪いも感じなかった。
-私は好きです-
その台詞にどくりと胸が鳴った。いやいや、シンボルに対しての言葉だと自分に言い聞かせ、また俺はそうかと答えた。
素っ気ない返答を特に気にすることなく笑みを深める"彼"の瞳は、黄金色に揺れていた。
その瞳に俺は釘付けになった。特に繕うつもりはない。俺はこの色に魅入られている。ただどう表現すれば"彼"が分かるのか術を知らないだけだ。
-もし宜しければ、-
次の言葉と戸惑う様子に、遠慮をするなと大きく息を吐いた。大抵のことは叶えてやれる。それだけの力を俺は持っている。だから、
- -
次の言葉は聞こえなかった。ただ遠慮がちに上がる薄い唇と夕日で輝く淡い金色の瞳がとても綺麗だった。
どすんと大きな音がして、俺はびくりと体を震わせた。霞む目をこすり何度か瞬きをするとそこには巷の淑女を賑わす紺色の三白眼が見下ろしている。今日は一段とキレがかかってる。
「起きろ、風邪をひくぞ、馬鹿」
馬鹿は風邪引かないんだけどなぁ、なんて言ったら絶対に怒られると思い、黙って起き上がった。背中と腰が痛い。どうやら昨日は執務室に帰ってそのままソファで寝てしまったらしい。何度か首を傾げると鈍い音がする。
「今日の会議までに目を通しておけ」
そういってロレンツォはまたどすんと大きな音を立てて、ローテーブルに紙束を置いた。俺が壊したせいで、今はこの凝った彫細工のローテーブルが執務机代わりだ。
「、、、多くないか」
「文句は聖女様に言え。まぁ、言えたらな」
ぺらぺらと会議資料をめくりながら、辛辣だと呟くと香ばしい香りが鼻を掠めた。相変わらずの優秀な副官殿は濃い目覚めの紅茶を用意してくれたらしい。ありがたいが、もう少し寝ぼけていたかった。心地いい夢を見れていた気がするのに。
「本日の会議は、聖女様の所要で午後からとなっています。時間は沢山あります」
「あぁ、そうか」
これもありがたい話だこと。まぁ、カーリンも昨晩喧嘩した朝一で気まずいだろう。会議がとん挫しなかっただけいい。顔を合わせる機会があるなら、話ができる。
「ヴィットーレは聖女側の補佐に就いたぞ。異論はないな」
カーリンを慰めるといっていた手前、すぐ行動に出るのは流石だな、トーレ。
その後、紅茶のおかげで冴えてきた頭の先で、カーリンの部屋が移動したことをリッカルドから聞いた。どうやらフロリアーナ殿下が手配してくれ、また俺にお咎めはないらしい。
「カーリン様がご配慮してくださったとか」
「カーリンが?」
「はい。"転びそうになったところをザッカルト騎士団長に助けてもらった。醜態をさらして申し訳ない"と仰っていたとのことです」
まじか。それ、フロリアーナ殿下が信じた、、、わけないか。カーリンに言うべきことが増えたな。
「淑女に庇われるなんて、騎士団長様様だな」
「感謝の御言葉もお忘れなきよう」
「分かってるさ」
俺は2杯目の紅茶を口にしながら、資料の次の山に手を伸ばした。悔しいが、内容は的確でしかもわかりやすく纏められ、午後までの宿題は嫌でも捗りそうだった。
会議終了の合図を議長が鳴らすと、各々残った課題や次回に向けての意見交換が始まった。ざわざわと人が行きかい賑わう中、俺は目当ての人物を探した。初回だったとはいえ、立案者の技量が確かな証拠だろう。これも本人の気質と経験から成るもの。
まずはそこを称賛するところから会話に入ろうかと椅子から立ち上がった瞬間、若い女性の貢献者が俺の前に立ちはだかった。
「ザッカルド騎士団長、少しよろしいでしょうか」
「、、、えぇ、なにか」
会議資料を抱える彼女に笑みを返す。内容を聞くと今回の魔王討伐兼魔物対策についての騎士団としての見解と今後の詳しい活動計画を確認したい、とのことだった。その件については、会議中に再議し翌週に持ち越すとしたはずだが、彼女は今確認したいらしい。
会議中と同様に再議中であることを伝え、女性の貢献者から逃れようとするもまた前を塞がれる。内心ため息をつきながらも、顔は笑みを保った。
一応紳士的な対応をとるつもりだったが、仕事が関わるなら話は違う。今回答できないことをぐたぐたと話すつもりはない。口元を上げたままこれ以上話すことはないと彼女を睨みつけたところで、俺の目当ての人物が早々に部屋を退室していくのが目に入った。
「失礼致しました。何分まだ着任して間もなく、早く成果が欲しいと焦ってしまいまして」
カーリンが部屋を出た途端、俺の邪魔をした貢献者は謝罪をしてから引き下がった。特に咎めるものでもない言い訳に俺は構わないと軽く手を挙げてから、カーリンを追いかけた。
ドアを開けると廊下には、何人かの帝国議会の者達が立ち話をしていた。その中に彼女の姿は見つからない。
タイミングを逃したか。
「ザッカルド騎士団長、いかが致しましたか」
「いや、、何でもない」
綺麗にそろえた書類を片手に抱えながら、リッカルドは立ちつくす俺の後ろから声をかけてくる。
知らぬ振りを、どうせこいつは分かっているはずだ。昨晩、俺とカーリンが喧嘩をしてからリッカルドの笑みがいつも以上に嫌味ったらしく見えるのは気のせいじゃない。
監査会側の代表として出席していたロレンツォは、カーリンが提案した計画に必要な情報と準備をするため会議後に足早に消え、ヴィットーレは父親の領地に朝一で発っていた。
「思った以上に出来た構成でした」
「兵力の計算に多少誤差はあるだろうが、早くても次の満月には第一陣を動かせそうだ」
「聖女様は癒しの力だけでなく、知の才にも恵まれているのですね」
「、、、まぁ、そうだな」
歯切れのない回答をリッカルドは無視し資料をめくりながら、騎士団の今後の対応について仮の計画を口にしていく。概ね問題ない内容に俺は頷きながら騎士団長室への廊下を進んでいると、宰相と枢機卿が立ち話をしていた。双方、時折笑みを浮かべたり、呆れた息を吐いたりしている。
「これはこれは、騎士団長殿。先程はお世話になりました」
2人の前で騎士の礼をすると、枢機卿は少し高い声で俺に話しかけてきた。会議後だというのに彼は手ぶらだ。
「いえ、こちらこそ。貴国の聖女殿の案には驚かされました」
「そうでしょう、そうでしょう。私も何度愛しい聖女に心を躍らせたことか」
「時に枢機卿、聖女殿はどこへ」
この男の言動に一々反応するのに意味はないと昨日で学んだ俺は、短くカーリンの居場所を尋ねた。
ついさっきまでカーリンの隣にいた枢機卿。会議室から退室するときも一緒だったはずだが、彼の近くにカーリンの姿は見えない。
「あぁ、愛しい聖女は帝国の方々にも愛されているようで」
くすりと首を傾げながら枢機卿は片眼鏡を指先で押さえた。
「カーリン殿は皇太子殿下のお誘いで、今身支度を整えている頃かと」
「皇太子殿下ですか?」
枢機卿の代わりに宰相が答えた。
何故皇太子がカーリンを呼びつけるんだ、フロリアーナ殿下ならまだしも。
「あぁ。どうやら、テレンツィオ皇太子は本当にカーリン殿のことがお気に召したようで、ね」
従者に手持ちの書類を渡しながら、宰相は軽く溜息を付いた。
「明日は愛しい聖女を街に案内して下さると言う。ダヴォリア帝国の皇太子殿下は、とてもお優しいのですね」
呆れながらも喜ばしことだ。とでも言いたげに宰相と枢機卿は互いに一礼をしてから、双方違う廊下を歩き始める。
本当に皇太子がカーリンのことを?昨晩、不死鳥を出した時は怪しげに思っていたのに、一夜明けたら何か変わるのか。それとも、フロリアーナ殿下に連れられていった後に何かあったのか。
2つの背中を見送った後、俺は元より目的地であった騎士団長室へと向かった。明日も駄目なら明後日でも大丈夫だろう。この時俺はそう思った。




