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蜂蜜の飴

お読み頂きありがとうございます。ブックマークも頂き感激です。

チェーザレ物語第三話。今回は2人の親友が登場します。最後のチェーザレが連れ去られて(笑)からは、視点が変わりますので少し分かりにくいかもしれません。

日が傾いた頃にようやく帝国騎士学校へと辿り着いた。馬厩舎に行くと、丁度同じタイミングで帰省から戻ったヴィットーレに出くわす。馬にブラシをかけるヴィットーレに声をかけると、丸い平坦な顔つきで笑いかけてきた。


「やぁ、お帰り。チェーザレ」


「あぁ、お前も今帰ったのか、トーレ」


まぁね、とヴィットーレは自分の馬の横腹をポンポンと軽く。彼の横に自分の馬も括り付け、労いのために背を撫でると馬は嬉しそうに黒い尻尾を揺らした。


「今回のお土産、なに?」


「ある前提で話すなよ」


「だって~、いつも外出した時は買ってきてくれるじゃん」


自分の馬の手入れが終わったヴィットーレは、鼻をすんすんと動かしながら俺の荷物を探ってきた。方向転換して俺に近づいてくるところを見ると、目当ては俺の腰にぶら下がるお菓子が詰まった袋だ。

まさか馬厩舎の中で甘い匂いでも嗅ぎつけたのか。呆れた男だ。一応俺より一つ年上のはずなのに、修練生たちよりも意地が汚い。

目当ての物の居場所を突き止めたヴィットーレは、くるくるとはねる栗色の髪を携え、胸の前で両手を組み、垂れた明るい茶色の瞳を濡らして、頭一つ分低い位置から見上げてくる。

顔は平凡なのにこの愛くるしい仕草がまるで子犬のようだと女学生からは人気だが、本性を知ってる俺からすると、うさん臭くて溜まらない。


「城下町のいつものだ」


「わぁ、ありがとう!」


所謂、花が咲いたような笑顔になった。女学生は本当に奴の周りにお花が見えるらしい。おかしな話だ。

ヴィットーレ・ヴァリ・ルゼ・ヴィスコンティは、北の隣国を挟んだ先あるダヴォリア帝国傘下の交易国を管理するヴィスコンティ侯爵の末弟。由緒正しき侯爵家直系の男児なのだが、上に兄が2人いるからか跡取り云々は関係ないと好きなことをしている。加えて、下にも妹が2人いる5人兄妹だ。

交易国から離れられないヴィットーレの父ヴェナンツィオ・ルゼ・ヴィスコンティ侯爵は帝国騎士学校の同期の好でヴィットーレが7歳の時に親父に預けた。俺が6歳の時、俺たちは親父の修練所で出会った。それから同じ釜の飯を食い、寝起きを共にしてきた。兄たちと妹たちに板挟みで振り回された日々の中、ヴィットーレは見事に腹の中が真っ黒に育った。いつも身に着けているベストの中身も彼が好む暗器が仕込まれており、物理的にも腹周りが真っ黒だ。


馬厩舎内でお菓子の袋を奪いに来るヴィットーレを制しながら、生徒の宿舎に引っ張っていこうとすると、座学校舎兼図書館からロレンツォが本を片手に出てくる。手を挙げて声をかけると、俺が引きづっているヴィットーレを見て、またかと呆れたように息を吐いた。


「今戻ったのか、チェーザレ」


「あぁ。ついさっきな。早くもトーレの鼻に嗅ぎつかれたよ」


俺がお菓子袋を持ち上げて見せると、ヴィットーレの様子から馬を触って洗っていない手でお菓子を食べようとしたのだと察したロレンツォは、眉間に皺を寄せる。身長差で俺が持ち上げたお菓子袋に手が届かず、ぴょんぴょんと跳ねるヴィットーレを見て、ロレンツォは盛大に溜息をついて首を左右に振った。


「だって~、すっごい甘い匂いがしたんだもんっ」


「もんっ、じゃねぇよ。ちゃんと手、洗えって」


「明日、配属初日で腹痛とか、笑えないぞ」


お菓子袋をロレンツォに渡すと、今度はロレンツォに向かってぴょんぴょんと跳ねている。こちらも身長差があり、ヴィットーレの手はお菓子袋に届かない。しばらくして諦めたのか跳ねるのを止めて、俺が引っ張って皺になったシャツとベストを整えると、頬を膨らませて子どもが拗ねたような顔をロレンツォに向けた。


「意地悪すると、もうお菓子やんないぞ、ローリー」


「強請った覚えは一度もないんだが」


「いーっつも、眉間に皺寄せて機嫌悪そうなんだもん。甘いものが足りてない~」


「今はお前のせいだ、トーレ」


ロレンツォは、細身の体に白い肌、鋭い三白眼の中に光る濃い青の瞳と長いプラチナブロンドを三つ編みにして前に垂らし、夕暮れの薄暗さにランプの光で浮かび上がる姿は神話に出てくる女神のように神秘的だった。


身丈の大きさを除けば、麗らかな淑女にも見えるその顔だちの友人はロレンツォ・ヴァリ・デル・ピエロ。ダヴォリア帝国の皇帝と行政を支える帝国議会の宰相オルフェオ・ドゥ・デル・ピエロ公爵の末息子である。

長兄アドルフォは、言葉を選ばずに言うと筋肉馬鹿だった。好成績で帝国騎士学校を卒業したにも関わらず、平民出身が多く所属する帝都騎士団帝国第2騎士隊内に配属を希望し、今は第5部支部隊長としてそこらへんのゴロツキと変わらないような気性の騎士たちとつるんでいる。

そんな奔放な兄を持つロレンツォは、代々宰相家であるデル・ピエロ公爵家として"弟の方に素質を持って行かれた"とかなんとか噂され、企ても合わさって次代宰相として周囲の期待を一心に請け負ってきた。

そのおかげで常日頃眉間に皺が寄っているのは、仕方がないと思うのだが。


ロレンツォの気迫に押されず、めげずに絡んでいくヴィットーレは子犬というよりは大型犬の方が似合っている気がする。

実際、俺たちと並んでいると小柄に見られがちだが、ヴィットーレは特段身長が低いわけではない。女学生と並ぶと、きちんと彼女たちの目線が上を向くほどの身丈は持っていた。


「沢山買ってきたから、あとで分けて食べればいいだろう」


丸一日馬を走らせてきたせいでべたべたになった汗を洗い流すため足早に宿舎へと向かうと、後ろから友人2人がついてきた。相変わらずの問答をしているが、殴り合うほどの険悪さはない。

年齢は少しずつ違うが、約6年、辛い訓練も試験も共にこなしてきた俺たち3人は、親友と言える仲だった。


軽く体を洗った後に、食堂で軽く夕食を済ませてから宿舎の談話室に行くと、同じように明日卒業を控える生徒たちが集まって談笑をしていた。

別れを偲ぶ者、思い出話に花を咲かせている者も入れば、これを気に想いを寄せている者に愛の告白をしようとしている者もいる。


一際、女学生が集まっている群の中心に、先ほどよりも深くなった皺を作っているロレンツォが立っていた。

誰が一番に贈り物を渡すかとか、誰の贈り物が相応しいかとか、女学生たちが競い合っているらしいが、本人はすこぶる迷惑そうだ。

近くのソファにヴィットーレが座っているのを見つけ、彼の横に腰を下ろした。ヴィットーレは俺があげたお菓子袋の他に、貰ったであろうカラフルに彩られた袋を何個も抱えている。いつものように女学生からお菓子を恵んでもらったのだろう。夕食後だというのに、焼き菓子で頬をいっぱいにしている姿はハムスターのようだ。


「なぁなぁ、チェーザレ」


「なんだ?」


「さっき貰ったお菓子さ、一つしかなかった飴があるんだけど」


「飴?」


あぁ、そういえば、と昼のことを思い出す。ヴィットーレへのお土産として買っては来ているが、いつもロレンツォにも分けるため、大体は2つ以上買うことにしていた。足りない飴は、出くわしたあのお嬢様にあげたんだった。


「悪い、一つあげた」


「あげた~、誰に~?」


お菓子袋を探りながらヴィットーレは、不服そうに唇を尖らせる。

貰う方なのに随分と偉そうな態度だな、こいつ。

頬についてる焼き菓子の欠片を指摘するが、無視して一つしかない飴を俺の目の前に差し出してきた。


「これ、めちゃくちゃ美味しいのに。他のと違って、天然素材だけで砂糖は使わず、口に入れた時に鼻に届く香りときたら、森の香りが微かにして優しい甘い香り、、、すっごい美味しくて、すっっごい幸せになれるのにっ」


飴の棒を握る手がふるふると震えている。


「あのなぁ、熱弁されても無いものはないんだ。次、また買って来てやるから、勘弁してくれ」


「明日からはばらばらじゃないか、次っていつになるんだよ、、、」


いやにしつこいと思ったら、今度は落ち込んで。女学生より面倒な男だな、トーレよ。確かに配属先は違うが、みんな帝国内にはいるんだから、隙を見て会えばいいだろうに。

俯く姿が本当に幼い修練生に見えてきた俺は、ため息をついて近くにあった紙でヴィットーレの口元を乱暴に拭った。


「わぁ、何すんだよっ」


「煩い、お前本当に俺より年上かよ。口元が汚すぎる」


「子どもか、トーレは」


暴れるヴィットーレを抑えつけていると、ようやく女学生の群れから逃げてきたロレンツォが、両腕に手紙やらお菓子やら一目で分かる高価なプレゼントやらを抱えて向かいのソファにどさりと座り込んだ。

一応丁寧に贈り物はテーブルの上に置いたが、見るからに疲れている。訓練でもこれまで疲労したロレンツォを見たことない。

いつも整えられている長いプラチナブロンドの三つ編みが、所々ほつれていた。一部、中途半端に切られているのは、気付かなかったことにしておこう。


「相変わらずの人気だな、ローリーは」


ヴィットーレを解放して笑いかけると、深い眉間の皺がさらに深くなった。どこまで深くなるんだろうと好奇の視線を送っていると、鋭い三白眼が一瞬より鋭くなった後、諦めたように項垂れた。

これだから女は、とか、めんどくさい、とか小声でぶつぶつと、呟いている。家柄や少し冷たい顔つきが逆に魅力的とかなんかで、入学当時から学位首席の将来有望な彼をものにしたい女学生は後を絶たなかった。

ロレンツォの少し後ろには、次は誰が彼に話しかけるのか、と女学生たちの戦いは続いている。我々紳士としての教育を受けてきた貴族男児は、女性を無下にできない。

可愛そうだが、見守るしかできないだろう。胸中で両手を合わせた。


「ほら、これやるから、元気だせって」


ヴィットーレは熱弁していた飴を哀れなロレンツォに差し出す。日頃の習慣からか、項垂れたまま目視せずにロレンツォは腕を前に出すと、ヴィットーレは落とさないように両手でしっかりと飴の棒を握らせた。オレンジ色に輝く小さい飴を掲げるロレンツォの姿は、なんとも言い難い。しっかりと脳裏に焼き付けておこう。


「あ~、チェーザレもここにいたのねぇ」


「どこにいってたのよぉ」


「げ、、、別に、さっきからここに座ってただろ」


「うそ~、ずっと探してたんだから~」


女学生の標的が俺に変わったらしい。一瞬で紳士的な笑顔を顔に作り、ロレンツォを隠すようにソファから立ち上がった。

明日から離れるから寂しいとか、またどこかで会えるから大丈夫だとか、社交辞令な言葉を返しながら、ゆっくりと親友たちのところから連れ去られていく。

途中、同期の男達に揶揄の視線を送られ、助けろと視線を送り返すが無視された。覚えてろよ、お前ら。

今夜は、長い夜になりそうだ。覚悟を決めて、賑わう女学生と共に自室へと繋がる廊下へと向かっていた。





チェーザレのおかげで、女学生の喧騒から解放されたロレンツォは、ようやく顔を上げて、自身の手に握られている飴を凝視した。なぜ握っているのか一瞬思考が追い付かない様子だったが、おもむろに包みを外して飴を口に含んだ。


「美味しい、ローリー?」


「あぁ」


「よかったぁ、僕の絶対のおすすめなんだよねぇ。今度、チェーザレにお店教えてもらおう」


何度もお土産で買って来て貰っていて販売店を聞いていないとは。呆れるロレンツォは、声に出すことなく棒を指で支えながらゆっくりと飴を舐めた。ヴィットーレが熱い想いを寄せるほどはある。口の中に広がる甘みと森のほのかな苦みにも近い香りが、絶妙な味わいだった。


「チェーザレも、大人気だな」


「うん、さすがは首席での卒業だね。実家が伯爵位とはいえ将来有望、背も高くて容姿端麗な上にそれをひけらかさない」


「加えて、お前のような年上にも気配りできる寛容さもある」


「なにそれ~、嫌味~?まぁ、そこもモテるところなんだけどねぇ、チェーザレは」


女学生に囲まれながらも、群から肩と頭が飛び出し微笑んでいる親友を見て、2人は感嘆の息を吐いた。

齢10歳で異例の功績で帝国騎士学校に入学したチェーザレは、甘いマスクと青みがかかった髪、少し釣り目ではあるが瞳は温かみのある赤茶色をもつ。彼に笑いかけられた日には、男女ともに彼に魅了されてしまう、なんて噂される神に愛されたような存在だった。

そんなチェーザレは2人にとって帝国騎士学校で得た大切な友人であり、自慢の親友だ。


「トーレ、お前は将来どうするんだ?」


「なに~、いきなり」


「別に。俺は喜ばしいことに就く職は決まってるからな」


皮肉に笑うロレンツォにヴィットーレは、表情を変えずに応えた。


「僕は君みたく継ぐべき職も家督もないからなぁ」


「嫌味か」


さっきのお返しと言わんばかりに舌出すと、お菓子袋から先ほどロレンツォに渡した飴とは違う飴を取り出し、ヴィットーレは口に放り込んだ。しばらく転がしてから、口を開いた。


「帝国の外には、行ってみたい」


「北のノルドハイム国家か?」


「そこは父さんの仕事でいつでも。南の小国も巡りたいし、海の先にあると言われている島にも行ってみたい」


同じ時を同じ場所で長年過ごしてきたのに、こうして将来のことに関して話すのは初めてだった。

継ぐ家督もなく自由なヴィットーレ、入学前から就く位が決められていたロレンツォ、この2人が親友というほどまでになれたのは、入学当時からの桁違いな存在、チェーザレがあったからと、言葉にしなくとも2人とも分かっていた。


「そうか、、、そしたら、ダヴォリア帝国にはないお勧めのお菓子をお土産に買って来てくれ」


「いいけど、帰りに食べちゃったらごめんね」


そこは残しておけよ、とロレンツォは表情を緩ませる。つられてヴィットーレが声を出して笑うと、さっきまで感じていた疲労が嘘のようだと、ロレンツォも声を出して笑った。その拍子に歯が口の中にあった飴に当たり、半分に割れてしまった。ロレンツォの手には飴の欠片が残った棒だけが残った。


「あ~、それは小さくなるまで舐めるのがいいのに~」


「無茶言うな、不可抗力だって」


また駄々をこねる幼子のように頬を膨らませるヴィットーレに、ロレンツォはまた呆れた息を吐いた。チェーザレの背中が完全に見えなくなってから、自室に戻るため2人は腰を上げる。

部屋に辿り着くまでの廊下で、ロレンツォは思い出したかのようにヴィットーレに振り返った。


「トーレ、就寝までお前の部屋にいってもいいか」


「え~、あ~、チェーザレと同室だもんねぇ。真っ直ぐ帰ったらまぁた囲まれちゃうね」


悪戯な笑みをしながらも、ヴィットーレはロレンツォの申し出に頷いた。お礼と言わんばかりに、ロレンツォは両腕に抱えていたプレゼントの中からいくつかお菓子をヴィットーレに渡すと、上がっていた彼の口元が更に不敵に上がった。

この顔を黄色い声で追いかけてくる女学生たちに見せてやりたいと、ロレンツォは内心笑った。


「それにしても、さっきの飴は確かに美味しかった」


「でしょでしょ~、本当に一押しなんだっ」


「天然素材だけでできてるって言ってたな」


「うん、蜂蜜だけでできてるんだぁ」


鼻歌を歌いながらまた蜂蜜の飴を熱弁するヴィットーレを軽く聞き流しながら、ヴィットーレの部屋に辿りついた2人は、廊下の先から聞こえる黄色い歓声を耳にするも、無視して部屋に入っていった。

蜂蜜は自然資源が豊富なダヴォリア帝国では砂糖に比べると安価。だけど出店で売られている飴は店主の愛がたくさんで一段とおいしいと思います。

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