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帝国の皇女

晩餐会のドレス姿のまま凛と背筋を伸ばしてその場に立つフロリアーナ殿下と、彼女の肩に佇む不死鳥。優雅に不死鳥の腹を撫でながら、フロリアーナ殿下はきりりと細い眦を尖らせてこちらを見据えてくる。それに合わせるように寛いでいた不死鳥も同色の瞳を俺たちに向けた。


「どういう、状況ですか」


もう一度同じ問いがかけられる。それに誰も答えない。


「誰も答えないのなら、勝手に判断します」


かつかつと靴音を鳴らして、フロリアーナ殿下は俺たちへと歩み寄ってくる新緑色の瞳は、何事も見逃さんばかりに真っ直ぐに向けられていた。その視線に、誰もが静止した。

今ここに立っているのは、淑女たちの憧れの淑女でも成人したての若い娘でもない。軍事国家ダヴォリア帝国が誇る第一皇女フロリアーナ・レッサ・ダヴォリア。そこに立ち、一言発するだけで周囲を圧倒する"皇族"だ。


「まずはそちらの淑女から離れなさい」


静かな命令に俺とリッカルドはカーリンから一歩下がり、フロリアーナ殿下に跪いた。顔を伏せていても分かるほどの強い感情が込められた視線に、俺は背筋に緊張が走った。


よりによって、フロリアーナ殿下に目撃されるとは。

殿下の目には俺がカーリンを無理矢理襲おうとしていると見えただろう。リッカルドは助けに来たのか、はたまた俺と共犯なのか。どちらにしろ、騎士が淑女に無体を働いてたということに変わりはない。それに昼間の一件でフロリアーナ殿下はカーリンに信頼を寄せているはずだ。


「カーリン様、大丈夫ですか」


「はい、フロリアーナ皇女殿下。何も問題ございません」


カーリンが礼を取る気配がする。声色は落ち着いていたが、恐らく良い表情はしていない。彼女も突然のフロリアーナ殿下の登場に上手く繕えられていないようだ。


「そうかしら」


カーリンの言葉に難色を示すフロリアーナ殿下はカーリンの傍まで行き、彼女の全身を確認する様子が視界の端で見えた。ふと、どこかに視線を止めてから、一度俺たちへ振り返ってまたカーリンと向かい合った。


「貴女様のことですから、傷付いてもすぐに治してしまうでしょう」


殿下の言葉にカーリンが身じろぐ。


「本当に、大丈夫なのですか」


「、、、はい、ご配慮感謝致します」


カーリンの答えに少し沈黙した後、フロリアーナ殿下はそうですかと短く返し、不死鳥がクルクルと喉を鳴らす。


「面を上げなさい、ザッカルド」


「はっ」


厳しいフロリアーナ殿下の声に俺は俯いた頭を一度下げてから、立ち上がった。目の前には意外にも無表情の殿下が居た。


「カーリン様をお連れしても?」


疑問形で問われていたが答えは決まっていた。俺は了承の意を表して騎士の礼を返す。それにフロリアーナ殿下はカーリンに一声かけてから、彼女を廊下へと誘う。

一度淑女の礼をしてからカーリンはフロリアーナ殿下の後ろについて行くように足を動かした。俺の目の前で一度だけ足を止めたが、俺を見ることも何も発することもなく少ししてからまた足が動き始める。


「カーリン」


向けられた小さな背中に、思わず声をかける。またカーリンは足を止めたが、俺は次の言葉が出てこなかった。

何を言うというのだ。謝罪の言葉か。だがそれで済む話だろうか。カーリンは許してくれるのか。そもそも何に謝る気だ、何を許してもらいたいんだ俺は。


俺の言葉をじっと待つ彼女に、たった一言、悪かったが言えないとは。



そんな俺がおかしかったのか、カーリンは振り向きざまに口元を上げただけでまた踵を返した。廊下の先に2人の淑女の姿が消えてから、俺はゆっくりと息を吐いた。部屋に入ってきたロレンツォ達の視線がひどく痛い。


「枢機卿」


「何か、騎士団長殿」


「申し訳ございません、貴国の聖女である彼女に」


「問題ありません」


何かと首を傾げながら枢機卿は、相変わらずの笑みで目を細めている。言葉尻が責めるようでもなく、あっけらかんとしていた。

それよりもまた口が寂しくなったと甘い物を要求してくる。自国の聖女が他国の騎士団長に襲われたっていうのに、責める言葉一つも出てこないとはどういうことだ。


「いえ、正式な謝罪は至急行わせて頂きますので」


「いえいえ、結構ですよ。愛しい聖女が問題ないと言っているのならそうなのでしょう」


他に用がなければ退室をすると早々に踵を返した枢機卿の背中を、俺はさっきと同じように見送るしかできなかった。パタリと静かに音を立ててドアが閉まると、また気まずい雰囲気が部屋に広がっていく。

どかりと力なくソファに座り、俺は背もたれに体を預けた。


最悪だ。もう何やってんだ、俺。


「あ~」


自然と口から情けない声が出た。そんな俺に最初に反応したのは、ロレンツォだった。馴染みの溜息が聞こえた後に俺の向かい側にロレンツォが座った。


「お前、大丈夫か」


「そう見えるようなら、一回聖女様に診てもらったほうがいい」


「この状況でそんな図太い精神は持ち合わせていない」


「繊細だもんな、ローリーは」


「冗談を言ってる場合か」


一喝され、俺は謝る余裕もなくまた意味もない声を上げた。

分かっている。完全に俺が悪い。リッカルドの言う通り、らしくない。


「も~、チェーザレ、襲うほどカーリンのことが好きなら好きって言ってよ~」


「そんなんじゃない」


「ほんと~?」


俺の横に座ったヴィットーレは、ぼふぼふとソファの上で跳ね上がりながら文句を言ってくる。ぎしぎしと音を立てるソファの揺れに、抵抗なく俺の体も上下した。そんな姿にロレンツォはまた溜息を吐いた。


「そんなにあの聖女が気になるのか」


かちゃりという金属音と共に、ロレンツォに問われる。鼻を掠めた紅茶の香りにゆっくりを顔を上げると、リッカルドが紅茶を淹れテーブルに並べていた。優秀な副官は本当によく気が利く。


「気になるっつーか」


前世での友人、って言えば頭がおかしくなったと言われるな。だが何も言わないのもそれはそれでやましさがあると思われる。ここだけは否定しておきたいが、そもそも俺たちの関係を説明するのが面倒だ。幼い頃から一緒に居る2人の親友の目をかいくぐり、どうやって異国の聖女と仲良くなったというんだ。


「知人?」


「今朝初見だったはずだ、それとも一目惚れでもしたか」


「いや、それは、、、ない」


「歯切れ、悪すぎ」


ようやく跳ねるを止めたヴィットーレは、いつもの満点な笑みを黒いものに変えて短く発する。くすくすと笑う出すヴィットーレは、自分のカップを両手で抱えて息を吹きかけた。仕草は小動物のようなのに黒い笑みが全く似つかない。


「カーリンに乱暴するなら、チェーザレだって僕、怒るよ」


「トーレ、聖女のこと本気だったのか」


冷ました紅茶を一口飲んで、ヴィットーレはもちろんとロレンツォに答えた。


まじか。


驚いてヴィットーレを見ると、してやったりと笑みを深めていた。


ちょっと、今日は昼から色々あり過ぎだ。いくらなんでも、頭が消化しきれてない。俺のチートは体力系なんだ、頭脳系はあまり期待しないでほしい。それにあの声がここぞというときに邪魔をしてくる。

あぁ、もうっ。


「悪ぃ、ちょっと出てくる」


素振りでもして一旦冷静になりたい。

大きく息を吐いてから、俺は勢いよくソファから立ち上がった。


「チェーザレ、まだ話は終わってない」


「今行っても、フロリアーナ殿下に追い返されるよ」


「違ぇよ、ちょっと頭を冷やしてくるだけだ」


燕尾服を脱いでソファに乱暴に放り投げ、動きやすいようにTシャツに隊服ズボンへと着替える。いつもの嫌味な笑みを浮かべたリッカルドから手に馴染んだ剣を差し出される。俺の意図を組んでくれているのは有り難いが、読まれているのは何だか癪だ。剣を少し雑に受け取り、俺は廊下へと向かう。


「カーリン、傷付いたよ」


ヴィットーレの言葉にドアノブを握ったまま俺は振り返った。ソファの上でカップを両手に抱える姿勢のまま、まだ息を吹きかけている。


「僕が、慰めようか」


意味深な笑みは消し、稀に見るヴィットーレの真顔に俺は手に力を込めた。

カーリンが傷ついてる?それを慰めるだって?そんなやわな女じゃない。そう思ってもヴィットーレには言えない。何を根拠にそう言える?前世と変わらぬ性格かもしれないが、もしかしたら。それなら旧知の俺の方がよほど適任じゃ、

そう考えに達して、直ぐにかき消した。止めよう、これじゃあ本当に特別な感情を持っているみたいじゃないか。


「好きにしろ」


乱暴にドアを開けようするとその拍子にドアノブが音を立てて外れた。片手に残ったドアノブを一瞬見つめてから後ろに放り投げ、空いてしまった穴に手をかけてドアを開ける。


「机と共に団長の給与から手配致します」


「、、、好きにしろ」


事務的に話すリッカルドにも同じ返事をし俺は廊下へと出た。廊下に立つ騎士たちが一度だけ俺を見て、元の姿勢へと戻る。フロリアーナ殿下に連れていかれるカーリンを目撃しているだろう。先ほどの部屋での騒ぎと合わさって、今度はどんな噂をされるんだろうか。

牽制をかけるように騎士たちをに睨むが、彼らは微動だにせず壁を一心に見つめている。こういう時だけ仕事熱心に振る舞う騎士たちに軽く舌打ちをしてから、俺は開放されているはずの練習場へと足早に進んだ。






















一番の上席がいなくなった部屋は、紅茶の香ばしい香りと呆れかえった雰囲気が漂っていた。ロレンツォに誘われ自分の分の紅茶を手にリッカルドが背筋を伸ばしてソファに座ると、合わせるように2人の親友が溜息をついた。


「あれ、なんなんだ」


「知らな~い、僕だってあんなチェーザレ見たことない」


「まぁ、私は帝国英雄の貴重な御姿を見れたので、副官冥利に尽きると感じますが」


良い性格をしているとヴィットーレが呟くと、それにリッカルドは笑みを浮かべるだけで応えた。

騎士団長室に残されたロレンツォ、ヴィットーレ、リッカルドは、先程までの騒ぎを好きに口にしていた。


「女性関係で感情的になるなんて、あの聖女のどこがいいんだ」


結んだ髪を解きながらロレンツォはいつもの呆れた息を吐く。


「あ~何それ~僕に喧嘩でも売ってるの?」


大袈裟にロレンツォを指さすヴィットーレ。それを無視して、ロレンツォはゆっくりをソファにもたれかかった。


「色合いが珍しいだけでなく端正な顔立ちと細い手足、立ち振る舞いも洗練されています。とても魅力的な方ではあると思います」


背筋を伸ばしたままカップをテーブルに置いたリッカルドは、崩れた前髪一房をゆっくりを整えた。フチなしの眼鏡を外し、レンズをハンカチで拭いてから何か問題でも、と残りの2人に首を傾ける。


「確かに聖女は美しく、素晴らしい女性だとは思う。だが実際は」


「少し活発な御令嬢ですよね」


既知の上だとリッカルドはロレンツォに微笑みかけた。

テラスでのカーリンの言動を見てきたかのように返すリッカルドにロレンツォは眉間にしわを作りながらも、とくに追及はしない。この副官は昔から聡い。そのおかげで執務から抜け出すチェーザレを一番に見つけるのはリッカルドだった。


「カーリンのそんなところが、僕は好きだけどなぁ」


「私も同意見です」


「あれ~リッカルドもカーリンのこと気になるの?」


「騎士団長をあそこまで振り回す御令嬢はそういらっしゃらないかと」


「そういう意味では、殿下の方かと思っていたんだが」


3人は”殿下”の顔を思い浮かべた。

柔らかく、温かい、あどけなさを残したダヴォリア帝国の聖女の笑みは、全ての人を癒す。その云われの通り、3人の騎士の口元を緩ませた。


「どちらなんだろうな」


「本人はカーリン様のことを否定してます」


「自分の気持ちに気付いてないかもよ~」


案外子供っぽいところあるし、とヴィットーレが続けると2人は確かにと合わせて首を縦に振った。


「僕は殿下に一票」


「だとしても、聖女がお前に靡くとは思えんぞ」


「ローリーはあの時のカーリンの顔を見てないからね。全く脈がない訳じゃない」


「よほどカーリン様をお気に召したと」


「う~ん、そうだね~。でも無理矢理はしないって決めたの。カーリンがチェーザレを選ぶんなら、僕は応援するよ」


「損役では?」


「元々表立って行くのは性に合わないし、気兼ねなく接せれる異性の存在って結構重要だよ」


「で、チェーザレが聖女を振ったらすぐに手を出すと」


「寄り添って慰めるのっ。役得でしょ。万が一、北国から何か言われても僕を差し出せばいいんだし。これでも侯爵家の人間だよ、父親も皇帝陛下と旧知の仲。使い勝手はいいと思うよ、僕」


確かにとロレンツォは解いた細いプラチナブロンドの髪を一房撫でた。

北に位置するノルドハイム国に唯一入国が可能なダヴォリア帝国傘下の国、それがヴィットーレの父が統治する領土だ。その直系男子を差し出すことには多くの意味と価値があるだろう。幸いなのかヴィスコンティ家には男子がヴィットーレの上に2人居る。どちらが欠けたとしてもまだ補える中、ヴィットーレの婿入りにそう抵抗はないだろう。何かあれば、すぐ北を訪れることができるのもあの領土の良いところだった。


「まぁ、お前がそれでいいのなら俺は何も言わない」


「ありがとう。僕、ノルドハイム国に行ってもローリーのことは忘れないよ」


にっこりと笑みを浮かべるヴィットーレに、ロレンツォはまた呆れた息を吐いた。まだ婿入りするとは決まっていないのに、と小さく呟くとリッカルドがふと上に視線を向けて静止した。何事だろうと様子を見る2人に対して、リッカルドは少ししてからまた紅茶を口に含んだ。


「チェーザレ、大人しく素振りしてるのかなぁ」


チェーザレの今までの素行を考えると、2人の親友の頭には突拍子もないことを仕出かす前科が次々と浮かんでくる。今までは彼の美貌と功績で何とか許されてきたが、異国の聖女にもそれが通じるとは思えない。ましてや、つい先ほどまで掴み合っていた相手だ。これまでの御令嬢と違って、”微笑めば惚れる”は通用しない。


「どうだか」


知らぬふりとロレンツォは空いた紅茶のカップを片付け始める。その後に続いたヴィットーレは、カップの代わりに引き出しを探って奥から砂糖菓子を取り出した。ヴィットーレはこれくらい貰わないとと幾つか取り出した一つをロレンツォの手に渡すと、彼も異論はないようでポケットの中に砂糖菓子を収めた。


「ご心配なく」


そんな2人を他所に、リッカルドはまだ背筋をぴんと伸ばしたままソファで紅茶を口にして発した。何をだと薄茶と紺の瞳が見返すと、眼鏡のレンズ越しにいつもの嫌味な笑みが返ってきた。


「きちんと、鍛錬に励んでいるようです」


そう言葉を切って、リッカルドは残りの紅茶を煽った。手際よくカップを片付け、呆然と立ち尽くしていたヴィットーレの手から砂糖菓子を一つ摘まむと、失礼しますときっちり45度腰を曲げて騎士団長室から退室した。

彼のセリフと行動に2人の親友は彼が消えたドアを見つめていたが、少ししてからゆっくりを息を吐いて両肩を上げた。リッカルドの言葉が何を示しているのかは分かっていたが、部屋の中にいたのでは確信はない。それでも間違いがないことは何となく察していた。こういう時、彼の言葉はいつも当たっているのだ。


自分たちもそろそろ行こうとドアへと足を動かした。チェーザレがドアノブを壊したことを思い出し、開けづらいドアに文句を言いながらも、2人の親友は廊下へと出た。大きなガラス窓から大きな月が顔を出している。星の光すらも掻き消すぐらいの強い月明りは神々しくもあり、少し孤独に見え先ほど部屋を出て行った帝国の英雄を思い出させた。


今、帝国最強の騎士は何を思って剣を振っているのだろう。


ロレンツォとヴィットーレは言葉を発せずとも同じ思いだった。互いに目を合わせ少し笑った後に、明日にはきっといつもの姿が見れるだろうと、2人はもう一人の親友を信じて背合わせに足を進めた。

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