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喧嘩

チェーザレとカーリンの喧嘩話。回想で流血等の事故シーンがあります。

騎士団長室にカーリンを押し込んだ。後ろから抗議の声が聞こえたが無視。少し乱暴な音を立ててドアを閉めたのは、カーリンだけでなく追い出した3人への牽制だ。流石に枢機卿も空気は読むだろう、多分。


「随分とお怒りね、騎士団長殿」


「俺の居ない間に好き勝手やっておいて、白々しい」


「殿下に現を抜かしているからよ、ロリコン」


「ロリコンって言うなっ」


少し力を込めてカーリンを放り投げると、彼女は痛いと掴んでいた腕を摩る。そんなに痛くもないくせに、大袈裟に反応しやがって。っていうかロリコンってなんだ。この世界ではこれぐらいの年の差なんて当たり前だっての。


「あの状況はなんだ。あんな派手にやらかして、どう説明する気なんだ」


「そこは騎士団長殿が」


「できるかっ」


「ですよね~」


こいつ。。。


-いつの世も争いごとは絶えん-


あぁ、またこの声か。


「どうしてそうお前は血の気が多いんだっ」


「別にあそこまでやるつもりはなかったわ」


「嘘つけ!」


「もうっ、そんなに怒鳴らないでよ。私だって好きであの対決をしたわけじゃないんだから」


「そんなこと分かってる!!」


傍にあった執務机に拳を叩きつける。物がぶつかる音と共に木が割れる音がした。触れた拳に木片が刺さり痛みを感じたが、今はそんなことを気にしていられなかった。

怒りを躊躇無く表す俺にカーリンはぴんと背を伸ばした。


「手、血出てる」


-多くの血が流れ、-


「治そうか」


-それでもまだ終わりは見えない-


「結構だ!」


くそっ、例の声が大きくなってがんがんと頭が痛い。


「何よ、、折角、再会できたのに怒ってばっかり」


拗ねたようにカーリンは一房残し垂らしていた黒髪を指で遊び始めた。くるくると動く黒髪を見ていたら、くらくらと意識がどこかに持っていかれそうだった。

廻る髪と時々こちらを見る紅い瞳。それに続く細い首に肢体。それが一瞬で砕けた記憶が浮かんだ。前世での最後の時だ。


あぁ、これか。この記憶が俺をおかしくしてる。

前世では仲が良かったが恋人ではない。2人で遊んでいたとしても他人が特別視することもなかったし、お互い特別な感情を持つこともなかった。


だがこの世界は違う。偏見と歴史としきたりにひどく縛られる。0歳時から転生した俺もこの世界の常識が”常識”と思っている。だから、非”常識”なカーリンの”常識”外れで自由な言動一つ一つが、気に障る。放っておけばきっとまた。


-抗わなければ良いものの-


「チェーザレ?」


声がひどく響く。

首を傾げて俺を見上げるカーリン。この世界では物珍しい色合いだ。小さい顔に細い手足と白い肌に魅力的な容姿。

おそらく、多くの人間が彼女を放っておかない。だから。


-しかし、それが我々の性です-


2つ目の声が頭の中に響いた。


-愚かなものでしょう。見捨てられないのです-


それははっきりとした強い意志が宿った声だった。


「チェーザレ、あなたどこか調子が」


俺は血が滲んだままの左手でカーリンの肩を掴んだ。


「チェ、ーザレ?」


細い。少し力を入れれば直ぐに砕けてしまう。肩だけじゃない、繋がる首や腰、手足も細い。守るべき存在だ。そんな脆い体で、なぜわざわざ危険を冒す。大人しくしていればいいのに、慎ましく、そうすれば。


ー我に従えば、生き長らえるというのにー 


自然と手に力が入った。視線の下にあるカーリンの顔が歪む。今度は大袈裟ではなく、耐えるように彼女は少し声を漏らすだけだった。何事かと痛みを堪える彼女の紅い瞳は、また俺を見上げる。


「なんて、顔してるのよ」


歪んだ笑みがカーリンの顔に浮かんだ。そんなにひどいだろうかと紅い瞳の中を覗くと、カーリンと似た、痛みに耐えるような俺の顔が写った。


「チェーザレ、今夜のことは本当にごめんなさい。もし気がのらないのなら、大丈夫だから」


「大丈夫って、」


何が大丈夫なんだよ。


「私だってチートなんだし」


何の話だ。


「この力でこの世界を救って。それで、もしかしたら。それに、、、」


深緑のレースをまとった手が、首元のレースの下にある何かを握り締めるように胸元で拳を作る。昼間見たあの指輪だろう。前世での彼女の結婚指輪。

カーリンはまだ、前世に未練があるのだろうか。まだ戻れると、そう思っているのか。夫にまた会えると。


「これは私の問題だし」


不器用に笑うカーリンの顔を見て、今度は鮮明に前世での最後の光景が頭に浮かんだ。

朝方、白い靄と都会特有の匂いが充満した繁華街。酔っ払いと徹夜明けのサラリーマンがふらつく静かでもうるさくもない半端な喧騒。目の前の信号が変わり、俺と”霞凛”は何も意識せずに歩き出す。


「もし叶うのなら」


空に響くクラクション音と迫る大型トラックのバンパー。視界の上にはフロントガラス越しに見えた携帯片手の運転手。俺はどうしたっけ。隣にいた彼女はどうしてたっけ。それを確認する前に体が何かに突き飛ばされて、直ぐ後に体が曲がった。

残った視界に映ったのは整えられていた黒い髪が乱れ、赤黒く染まった顔と道路に投げ出された四肢。女性にしては少し筋肉質だが、ついさっきまで俺の背中をふざけて叩いていた手と腕だ。


「何でもすると決めたの」


血塗られた手に皺がよった。続く腕もぼこりと血管が浮き出て、所々シミが浮かんでいた。


なんだ、この映像は。


-何としても成し遂げたい。ですからこれくらいは。。。それに-


この手と腕は誰だ。この声は誰だ。


「死ぬ覚悟だって、」


-この身全てを捧げても足りない-


しがれた声と微かに上がった枯れた口元が、強い紅い視線と事故の血の色と重なった。

俺は思わず声を荒げて肩を掴んでいた手にも更に力が入った。


「ふざけるな!お前、自分が言ってることが分かってるのかっ」


「ちょっ」


「大人しくしてろよ。何かあったら俺に何でも言えって、言っただろう!」


「何でもって、、」


俺の手を押えるカーリンの手を空いている右手で掴み上げ、俺はぐいと彼女の体を引き寄せた。ふらつく細い体を無理矢理持ち上げ、上から目を見開いて見下ろす。目の前まで引き寄せた紅い瞳に向かって、唸った。


「死んだら、終わりなんだ」


「っ、、、そんなの」


今回の転生は偶然だ。同じ世界に2人で転生できたのも、チートなのも偶然。次があるとは限らない。この世界で死んだら、この世界では”終わり”だ。折角再会できたと言うのなら、旧知の仲としてこの世界を謳歌すればいい。

なんで、死んでも構わないようなことを言うんだ。


「そんなのっ、分かってる」


「ならっ!」


下からカーリンが叫んで食らいついてくる。見上げてくる紅い瞳には強い怒りを籠っていた。

駄目だ、感情がコントロールできない。なんだ腹の底から湧き出てくるこの感情は。怒りか、それとも。


「でも、これは私の問題だからっ」


「俺の国で好き勝手にやっておいて今更なんだ。すでに巻き込んでんだろ」


「だからこれからは一人でやるって」


「女一人に何ができるんだ!」


「っ」


痛むはずの肩を無視して、カーリンはぶら下がっていた手で俺のスカーフを掴み上げた。

売り言葉に買い言葉だと分かっていたが、撤回はしなかった。嘘じゃない、事実だ。


「なめないでくれない、騎士団長殿」


「はっ、無理しなさんな、聖女様」


ぎりぎりと締め上げられた首元がさらに締まり、目の前の赤い唇が低い声を出す。ふわりとカーリンの体からあふれ出した魔力が黒い髪を舞わせた。それに俺も負けじと掴み上げた手に力を入れた。細い手首から軋む音がするがそんなことを気にしていられない。

折れたって、死ななければどうってことない。なんせ俺たちは”チート”なんだから。


「伊織」


「あぁ?」


「あんたに守りたいものがあるように、私にも守りたいものがあるのっ!」


怒りで満ちていた紅い瞳が微かに濡れて揺れる。

怒りなのか、泣くのを我慢しているのか、カーリンの叫び声は震えていて、彼女を追いつめていることは分かったいた。それでも、俺は引き下がりたくない。前世からの友人、無二の存在だ。


-我は、失いたくない-


頭の声が、大きくて、震えた。何かが叫ぶ声が聞こえる。

そうだ、もう目の前で死ぬことはさせたくない。


「っ、霞凛!俺はお前のことをっ」


「失礼」


怒りに任せてカーリンを掴む両手に思い切り力を込めようとしたとき、抑揚のない声と共にドアが開いた。2人して睨み合ったままの顔でドアの方を見ると、相変わらず髪をかちりと固めた眼鏡越しに嫌みな笑みを浮かべるリッカルドが真っ直ぐに立っていた。


「何を、してらっしゃるのですか。ザッカルド騎士団長」


ゆっくりと、一つ一つ感情を押え込むようにリッカルドは言葉を発した。


「リッカルド、入ってくるなと指示したはずだ」


「私自身はそのような命令は受けておりません。それよりもお答えください。聖女様に、何を、してるのですか」


一歩大きく踏み出したリッカルドは、カーリンの肩を掴む俺の手首を握った。外そうとしているとは思うが力の差は歴然。無理にというわけではなく、諭すように少し力を入れる程度のものだった。


「なら今命じる。出ていけ」


「御断りします」


「邪魔だと言ってるのが分からないのか」


「申し訳ございませんが、私は団長と違って愚か者ですから理解できかねます。そんな愚か者の私でも、今団長がこちらの淑女に暴力を振るっているように見えるのですが」


俺の手首を掴むリッカルドの手に力が入った。少し下のあるリッカルドの目を睨み付けると、いつも冷静沈着な瞳に怒りが篭っている。やつの顔に嫌みな笑みはもうない。

これは誰に向けての感情だ。何に対する怒りだ。


「お前には関係ない、出て行け」


もう一度強く言うと、リッカルドはぐいと顔を近づけてくる。


「らしくないと言ってるんですよっ、チェーザレさん」


俺たちだけに聞こえるように、リッカルドは小さく唸った。

言われなくても分かっている。だが、引くこともできない。俺とカーリンの関係を知らないリッカルドに説明する気もないし、理解してもらおうとも思わない。


また、リッカルドの力が強くなった。それでも俺の手は外れず逆に力が篭る。それにカーリンの眉間のしわが深くなるが、声を漏らすまいと下唇を噛んで我慢していた。甘く錆臭い香りがする。


「聖女様、貴女もです」


そんなカーリンの様子に、俺の説得だけでは駄目と判断したのかリッカルドはカーリンにも諭すように囁いた。俺のスカーフを掴み上げる手がふるふると震え、彼女も煮え切らな想いに耐えているようだった。

微かに濡れた紅い瞳でリッカルドを睨み付けるが、やつは動じない。怒りを押し込めた、幾分か冷静な瞳でリッカルドはカーリンを見つめ返した。


「カーリン様」


もう一度リッカルドが強く発すると、ふと首元が緩みスカーフが開放された。ゆっくりと離れていった手は、ぶらりと細い体の横で揺れる。それを確認してから、俺もゆっくりとカーリンを開放した。レース越しに見えた細い手首には、赤く痕が残っていた。


そこから視線を外すと痕を隠すようにカーリンは自身の手首を握り締めた。少しして離した時には、既に痕はなかった。


「平気よ」


同じようにカーリンも視線を逸らして短く答えた。発した言葉とは違い、全然平気そうじゃない。強く噛んだ下唇から血が滲んでいるのが見えたが、短い舌が一舐めするとその傷も一瞬で消えた。

息をするようにヒールを使う彼女に、俺は不安を覚えた。アルコールの時もそうだ。そんな簡単に力を使っていたら。


「カーリン」


俺のチートだって、多少限界はある。俺はオーバーヒートにならないようコントロールしているが、カーリンはどうだ。性格上、限界を考えずに使い続けるんじゃないか。それこそ、力が尽きるまで。


「、、、何」


せっかく拾われた2度目の命だ。もっと、自分を大事にしてほしい。

俺がそれをいえる立場か。そう感じ悩んでいると廊下が少し騒がしくなった。一部始終を見ていたロレンツォ達が道を作るようにドアの前を開けると、そこに不死鳥を肩に乗せたフロリアーナ殿下が立っていた。


「これは、どういう状況ですか」


澄んだ彼女の声が気まずい雰囲気の部屋に響いたのと同時に、俺は喉を鳴らした。

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