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-舞台裏-"悪い男"の親友

本日2話目の更新

カーリン視点となります。チェーザレとのダンス後のシーンです。カーリンのキャライメージが崩れるかもしれません。また本作の根本ネタバレな説明ちっくな台詞もあります。飛ばしても本編の影響はありません。

曲が終わると、どこからともなく拍手が始まりホール全体を包んでいく。抱かれた腰がゆっくりと離れると、私はぐらつく足に力を込めて倒れないように堪えた。本当は目の前の騎士を思い切り吹き飛ばしてやりたかったけど、握られた左手を思い切り握るだけで我慢した。どうしたんだと意地悪い笑みを絶やさないチェーザレにはあまり効いていないようだけど。


「ほんと、いい性格だわ」


「お褒め頂き光栄です。聖女カーリン」


小声で嫌味を言ったのに余裕な笑みで騎士の礼をとるチェーザレ。やっぱり丸焦げにしてやろうかしら。私もわざと大きな笑みを浮かべながら淑女の礼を取ると、見ているだけだった観衆から次々と人が前に出てきて、私たちを囲み始める。


「聖女カーリン。貴女様が舞う姿はまるで初夏の水鳥のように可憐でお美しい。貴女様のような美しい女性は初めてお会いしました。どうか、私とも踊ってくれませんか」


黒い服に茶色が混じったブロンドの髪で、前髪半分だけを前に垂らした紳士だ。すらりと手を伸ばした仕草と顔はとても整っていて、お誘いもとても素敵な言葉だが、若干軽そう。


「ザッカルド様。とても素敵でわたくし見惚れてしまいました。どうか今度はわたくしと。貴方とならわたくしの様な女でもきっと光り輝かけると思いますの」


濃い黄色のドレスを着た御令嬢。自慢の大きな胸を強調したデザインでわざとらしく両腕を前で組んで前かがみになっている。顕著な台詞と見た目が伴っていない。高飛車な彼女は私の胸に一度だけ視線を向けて、明らかに勝ち誇った笑みを浮かべた。

どうせ、私は小さいですよ。これでも人並みはあるんだから。


「いや、是非とも私と。騎士であるザッカルド殿の後ではお疲れでしょう。静かなところで少し私をお話ししませんか。私はこの帝国の議会で長の一人に務めております。貴国のことなど色々とご教示頂きたいです」


チャラ男の次に手を差し出したのは、渋い苔色の服に顎ひげを整えたすらりと背の高い紳士だ。頭脳派だと言いたいのか地位を辱めもなく披露しているが、背が高い分長い手足がひょろりとしていてとても頼りない。少し力を入れたら折れてしまいそうだ。


「あああ、あのっ。ザッカルド様、、、おこがましいとは、おおお思いますがっ」


今度は薄いピンクでフリルたっぷりのドレスを着た若い御令嬢。控えめは仕草ではあるが、先程の御令嬢と同じく自身の体を前面に出したデザインだ。特にくびれからのメリハリがとても欲情的な体つきだ。先程の御令嬢よりも胸が大きいのを分かっているのか、ちらちらと私と先ほどの御令嬢に目配せしている。

なんなのよ、全く。喧嘩でも売ってるの?いや、売ってるのか。


「チェーザレ、様」


少し低めの声で横に立つ騎士の名を呼ぶ。にっこりと笑みを浮かべると、チェーザレは面倒くさそうに視線を外した。なんだその態度は。こういう場面も治めてこその騎士団長様でしょう。


「チェーザレ様」


もう一度名前を呼ぶ。今度は腹を決めたのか、短く息を吐いてから見事な営業スマイルで私を見下ろしてくる。


「カーリン殿、お疲れでしょう。宜しければテラスにご案内致します」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますわ」


周囲のことなど目に入らないとばかりに、わざとらしく甘い声を出した。一応、辞する礼をしてから踵を返す。撃沈した紳士淑女の方々はその場であーだこーだと言ってくるが、私たちの前を遮る猛者はいない。


ホールにはいくつかテラスが設けられている。他でもない、恋人たちが抜け出し仲を深めるための場所だ。この流れでチェーザレと行くのはいらぬ誤解を大いに抱かせるが、正直休みたい。チェーザレの身体チートを甘く見ていた。



テラスに出て、チェーザレの腕から離れると彼がホールに続くカーテンに手をかけた。


「大丈夫か」


振り向きざまにチェーザレが声をかけてくる。心配してくれるならもう少し、手加減してほしかったわ。


「御心配、ありがとうございます」


嫌味を含めた礼を言うと、チェーザレは鼻で笑って返してくる。それを無視しててテラスに置いてあるベンチに座り、ホールに続くカーテンが完全に閉まったことを確認してから、私は高いヒールの靴を脱ぎ両膝を抱えた。スカートの裾から現れた足を見る限り靴擦れにはなっていないけど、じんじんと痺れている。ヒールをかける程でもないから少し休めば大丈夫だろう。そのままの姿勢で私は目の前に広がる庭園を眺めた。

森のような木々が並び、所々花壇がある。少し遠くには噴水があり、均衡のとれた美しい庭園だった。


「お前、そんな簡単に足晒すなよ」


「別にいいでしょ、チェーザレなんだし。この体力馬鹿」


「聞き捨てならないな。それならお前だってどうにかすれば良かっただろう。浮かんでステップ踏む振りをするとか」


その手があったか!


「それ、もっと早く言ってよね」


「知るかっ」


2人の叫び声が夜空に響く。宰相の言った通り、今日は満月が綺麗な夜。ドレス姿では少し肌寒いけど、ダンスで火照った体にはちょうど良かった。テラスの塀に腰を半分かけ、広がる庭園を眺めるチェーザレは片手をズボンのポケットに入れ、気怠そうにスカーフを緩めた。淡く光る月明かりも合わさってその仕草にどきりと胸が鳴る。

やっぱり、イケメンって何をしていても様になるのね。


「なんだよ」


「ううん、見惚れてただけ」


「は?きもっ」


「あの噴水まで吹っ飛ばしてあげようか」


やっぱりイケメンでも駄目だ。むかつくものはむかつく。

私は抱えていた足を解して、左手をチェーザレにわざとらしく向ける。流石に私が魔術を使う予備動作は既に把握してるだろう。驚いた顔でチェーザレは構えた。生身で耐えられると思っているのかしら。いや、彼はチートだった。どこまで耐えるかどうか。昼間の再戦ね。


「覚悟しなさい、チェーザレ」


「来いよ、受け止めてやるから」


左手に意識を集中させ力を込めた。静かだったテラスに風が舞い、私とチェーザレの髪を乱す。本当は切り刻んであげたいけど、死なれるのも困る。それにこのテラスが汚れるのは後始末が面倒だ。

服が切れるか切れないかぎりぎりのところを調整しつつ、強力な風を打とうと息を吸った瞬間、チェーザレが後ろに何かを気に取られたと思ったら前に一歩大きく出てくる。

打たせない気ね、させないっ。


「待て、打つな!」


「え、わっ!」


風が放たれる寸前にチェーザレの手が私の左手を捕らえた。起動と調整が外れた風はチェーザレの横を通り過ぎ、少し強めの夜風になってテラスから庭園、チェーザレを叩きつけるはずだった噴水まで吹き抜ける。木枝を大きく揺らす音と共に散った花びらが満月の夜空に舞った。


「きゃっ」


同時に小さな少女の叫び声が聞こえた。その声に思わず私は風を打った方向を見ると、噴水の淵に小さな影が見える。しまった、誰かいたんだわ。


「馬鹿っ」


「だって~、ちゃんと手加減はしようとしたわ」


「嘘つけ、割と本気だっただろう!」


ばれたか。別にチェーザレだけだったら少しは強めでもいいと思ったのに、まさか人がいるとは。ついさっきまでは誰もいなかったのに、チェーザレの影になって見えなかったんだわ。

左手を吊し上げられた状態で、私は改めて噴水の影を見る。聞こえた声とシルエットから少女なのは間違いないけど、出てきた雲が月を隠し影になってしまい上手く見えない。


「ディ、、なんで」


頭上で擦れた声が聞こえた。噴水の方を見るチェ―ザレの見開いた赤茶色の瞳の中が微かに赤く光る。何かを焦がれるような赤い光は驚愕の色を隠しもせず噴水に釘付けだった。あの薄暗い中でも彼には影の正体が見えているらしい。

ディ?だれ?


「知り合い?」


「まぁ、そんなところだ」


ぱっと手を離したチェーザレは、私には目もくれずにすぐ戻ると一言だけ言い残して庭園へと続く階段を降りていく。彼の視線はずっと噴水の少女だ。痛みはないが握られた左手を軽く振りながら、また噴水に視線を戻すと雲が動き、月明かりがその場を照らし出した。


「クラウディア皇女殿下?」


ふわりと柔らかい質の薄い空色の髪。その色よりも濃いドレスと共に髪を押えながら、クラウディア殿下は風が通った先をその大きな瞳で追っている。なんであんなところに皇女殿下が。それよりあの赤い光。チェーザレが本気を出すとき、つまり本来の力が発揮された時に”受け継がれた血の力”が反応し体の色に現れる。特にチートのチェーザレはそれが他の”貢献者”よりも顕著に出る。今といい昼間といい、やはり皇族の血に反応しているのだろうか。


それにしても。

階段を降り切り、庭園の木々の間を通るチェーザレを上から見下ろす。全く無駄のない動きに、私はなんだか気が抜けてしまいベンチへと座り込んだ。地べたに触れた足が冷たくなり、両膝を畳んでベンチの上に乗せる。

ディって、クラウディア殿下のことをそう呼んでいるのね。恋心でも”血の力”って反応するのかしら。



片肘を塀に付けて、乱れた髪をいじりながら私は遠く離れた噴水を見つめた。擦れていた雲がなくなり、月明かりで輝く噴水を背景に一人、小さな聖女が佇んでいる。やがて、そこに一人の騎士が現れた。騎士の登場に小さな聖女は驚きつつも、恥じらうように淑女の礼をする。それに騎士も礼で答えた。

2,3言葉を交わしてから、2人は噴水の淵に肩を並べる。何を話しているかは聞こえないけど、とても楽しそうだ。クラウディア殿下は時折手を口元に持って行き笑い、それにチェーザレも顔も緩ませる。

デレデレしちゃって、私への態度と大違いじゃない。帝国最強の誇り高き騎士団長、青い流星(笑)がだらしない顔。ほんと、


「悪い男ね」


独り言と共に吐いた息が白く濁り、空へと昇っていく。それを目で追うと月明かりにも負けない星が紺色の空に輝いている。ノルドハイム国ではあまり見れなかった星空に私は見惚れた。あちらではほとんど雲がかかって寂しい空だった。

しばらくして流石に体が冷えたのか、背筋がふるりと震える。肌が晒されている両腕を抱えるとふわりと後ろから何かが掛けられた。明るめの茶色い男性用の上着だ。


「すみません、団長の気が利かず」


振り向くとそこにはチェーザレの部下であり学友のヴィットーレ第1中隊長が立っていた。ベストと白いワイシャツ姿から、彼が上着を貸してくれたようだ。

白い息を吐きながら彼の上着をしっかりと掴むと、ヴィットーレ第1中隊長は満点の笑みを浮かべながら湯気が立つカップを私に差し出してきた。いつの間にかワゴンと共にティーセットがテラスに運び込まれている。香ばしい紅茶の香りに自然と口元が緩んだ。


「ありがとうございます。とても温かいです」


カップを受け取ると陶器越しに熱が手に伝わってきて、また背筋が震えた。思ったよりも冷えていたみたいだ。


「ザッカルド団長は?」


「あちらに」


紅茶に口をつけて、私は噴水の方に視線を移した。ヴィットーレ第1中隊長も同じように視線を移すと、目を凝らすように眉間に皺を寄せてからあ~と声を出す。月明かりによるスポットライトのおかげで、彼も2人の様子がよく見えるらしい。


「申し訳ございません」


「なぜ貴方が謝るのですか」


「貴女の様な淑女をここにお連れしておいて、他の女性の元に行くなんて」


「女性の恥、とでも?」


誤魔化すようにヴィットーレ第1中隊長は目元を下げた。それに私は微笑むだけで返して、また視線を噴水に戻した。

別に気にしていない。そもそもチェーザレとどうこうなんてつもりなんてなかったし。仲睦まじい様子も思惑があってのこと。一人にされたことよりも見せつけられている逢瀬に少し呆れているだけだ。まさかあんなにもクラウディア殿下に夢中だなんて、思ってもみなかった。


クラウディア殿下に触れるチェーザレは、壊れものを扱うように、大切に、彼女を慈しむように顔を緩ませる。

また溜息が出た。熱い紅茶から上がる白い湯気と吐いた息が混ざり、視界が少し霞んだ。その靄が灰色の雲に覆われた北国の城を思い出させる。そっと、空いている手を胸元に添えレース越しにその形を確かめると、かつて抱いた熱い思い出が脳裏に浮かぶ。


「あんな顔も、できるのね」


幸せそうだなぁ、チェーザレ。


「カーリン様は、ザッカルド団長のことをお慕いしているのですか?」


まぁ、聞きたくなる件よね。今日の私たちの振る舞いを見れば当然だし、それがある意味一つの目的でもある。わざと目立ち、敵を炙り出す。帝国内の人間からということもあるけど、私個人としてはチート力2人が同じところに集まれば魔王側が何か手を出してくるのではないかと考えている。あちら側も、いつか自分を滅ぼしにくるであろう存在が一緒にいるのは良くないと思うでしょうし。


「皆様、そうお聞きになるのですね」


「先ほどのダンスを見れば。それに、貴女を一目見た男は誰しも恋に落ちます」


「お上手ですね、、、えっと」


「ヴィットーレです」


「申し訳ございません、違うお名前を記憶していて、、、、確か、ユルゲン、でしたっけ?それとも、フォスター?」


もう一口紅茶を口に含んでから、私はヴィットーレ第1中隊長に意味ありげに笑いかけた。私の発した名に驚いたのか、彼はその大きな瞳をさらに大きく広げている。


「ご存じ、でしたか」


「こちらも”見える者”がいますので」


彼の言葉に私は端的に答えてからまた噴水に視線を戻した。相変わらず帝国最強の騎士と小さな聖女の逢瀬は続いていた。


別に珍しいことじゃない。国が他国に間者を送るなんて日常的にある。ノルドハイム国にも”貢献者”と同様に様々な力を持つ魔術師が多くいる。その中には遠くを見通せる目を持つ者もいて、彼らは常に国内だけでなくダヴォリア帝国始め他国を監視し、ノルドハイム国のために情報を集めていた。

彼らの力でダヴォリア帝国の人間がノルドハイム国に忍び込み、私のことや国の世情を探っていることは分かっていた。挙げた2つの名前はその間者がノルドハイム国に滞在していた時に使っていたいくつかの名前の一部。まさかその間者がチェーザレの親友とは思いもしなかったけど。


「なので遠慮は必要はありませんよ、ヴィットーレ様」


「そう、ですか、、そっか~」


半分になった紅茶のカップをヴィットーレ第1中隊長に差し出すと、彼は受け取りながら空いている手で頭をかいて口調を和らげた。丸く親しみのある顔を緩めた彼は、ワゴンにカップを戻してから噴水への視界を遮るようにテラスの塀に体を預けた。


「助かります~、堅苦しいのは苦手なんで」


「それは良かった。どうぞ気兼ねなく。チェーザレ様と同様に扱って頂いて構いませんので」


「ありがとうございます~。でも、カーリン様」


ずれた彼の上着を直そうと自身の肩に伸ばした左手が、ヴィットーレ第1中隊長に掴まれた。なんだろうと彼を見ると、中腰になって私の顔を覗き込んでくる。にっこりと大きな瞳を緩ませ笑みを作っているが、薄茶色の瞳の奥が笑っていない。

よく目にしてきた愛想笑いの少し濃いやつ、腹の内に何か良からぬことを企んでいる人の笑みだ。しかも彼の場合は大分年季が入っている。親しみやすい見た目と柔らかい仕草で穏やかな害のない人物かと思っていたけど、やはり帝国騎士団の一員で間者だけはある。きっと相当腹黒い。


「少し、無防備過ぎ」


ずれた上着を直し、ヴィットーレ第1中隊長は笑みを深めて私の手を開放した。掴まれたままの姿勢で固まる私にまたにっこりと笑みを向けて、彼は隣に腰を降ろす。片手をついてまたずいと顔を近づけてドレスのスカートに手を伸ばしてきた。


「さっきも言ったけど、男は皆貴女を好きになるんですよ」


靴を脱ぎ、ベンチの上で重ねていた足が少し露わになっていたのを、彼の手がスカートをずらして隠してくれる。その動作のまま私の膝の上に手を乗せ、今度は男性的な笑みを含めて顔を覗き込まれた。薄茶色の瞳の中に丸い月が映る。首を傾けながら、更に顔が近づいてくると流石に彼の意図が分かった。


「もちろん、僕も、、、」


キスをしようとしている。確かに遠慮なくとは言ったけど、こんな意味はない。しかもチェーザレのように言った矢先にこの行動。彼はチェーザレを恋愛対象として見ているっていうの?

まさかのこっち方面でフラグが立ってるとか?ほんとチェーザレは”悪い男”ね(笑)


特に受け入れる理由もないので、反撃しようと浮いていた左手を動かすとまた掴まれた。さっきよりも強い力が威圧的に感じ、彼の笑みが深まる。

ちょっと、チェーザレの親友も悪い男なの?本格的にどうのしてやろうかと考えていると、ふと彼の首筋に赤い跡があるのに気付いた。恐らくキスマークだ。高い襟のシャツを着ているが隠しきれていない。こいつ、とんだ食わせ者ね。ここに来る前に他の女性と何かしてきたんだわ。


まだ拘束されていなかった右手を彼の首元に伸ばした。まさか私から触れてくるとは思わなかったのか、笑みを作っていた瞳が大きく見開く。首筋の赤い跡に指先だけで触れ、私はお返しとばかりに口元を上げた。


「嘘つき」


拭うように指を這わせ、赤い跡を消す。私の言いたいことが分かったのか、ヴィットーレ第1中隊長は自身の首元を押えながら仰け反った。勿論私の左手を拘束していた手も離れる。してやったりと笑みを浮かべると、彼ははははと乾いた笑い声を出しながら喉を鳴らした。

こちらの世界では成人したての年齢でそれ相応の見た目だけど、前世では30年ほどは生きた立派な大人だ。少なからず酸いも甘いも経験してる。甘い言葉を囁いて押せば落ちる生娘と一緒にしてもらっては困るのよ。


「、、あぁ~そう上手くはいかないか~」


肩を大袈裟に落とし、ヴィットーレ第1中隊長は愛くるしい笑みを浮かべる。彼が私を口説いてどうしようと思ったのかは何となく分かる。こうやって女性を落として、色々と情報を集めていたんだわ。


「いつもそうしているの?」


「まぁね~、ベッドの上だと女性は口が軽くなるから」


なんて奴。


「男性だって、そう変わらないじゃない」


「あはは、そうですね~カーリン様、良く分かってる」


整えた髪をくしゃりと崩しながら、ヴィットーレ第1中隊長は乾いた笑みを続ける。この笑みに騙される女性の気が知れない。うさん臭くてたまらないじゃない。


「カーリン様だって、チェーザレに色仕掛けしたんじゃないんですか~」


「は?冗談でしょ、彼とはそんなんじゃないわ」


「ふふふ、口調、変わってますよ、カーリン様」


片腕をベンチの背に乗せながら、ヴィットーレ第1中隊長はまた顔をずいと近づけてくる。今度は腹の内を隠すつもりはないのか、にやりと黒い笑みを浮かべながら一房残した私の黒髪を手に取る。


「こっちの方が、僕は好きだけど」


わざと音を立てて、彼は黒髪の先に口付けを落とした。

懲りない奴。悪い男には”悪い男”の友人が集まるものだわ。類友ってやつね。チェーザレとまとめて今度丸焦げにしてあげよう。


「どうも」


そっけない返事をしても、ヴィットーレ第1中隊長の笑みは収まらない。一体何が楽しいのやら。



「おい」


先に目の前の腹黒だけを焼いてやろうかと考えていると、低い声が聞こえた。ヴィットーレ第1中隊長は知っていたかのように黒髪を掴んだまま、仰け反るように後ろを見る。視線の先には、白い紳士服を着た美人がすごい形相でこちらをにらみつけている。

チェーザレのもう一人の親友ロレンツォ・ヴァリ・ドゥ・デル・ピエロ。確か騎士団監査会監査部門長を務めている。父親は宰相だったわね。


「何をしている、ヴィスコンティ第1中隊長」


「何って、聖女様とお近付きに」


「やめろ」


かつかつと怒りを込めた靴音をテラスに響かせ、ロレンツォ部門長は私の髪を掴んでいるヴィットーレ第1中隊長の腕を拘束した。幼子のような抵抗の声を出して、ヴィットーレ第1中隊長は私の髪を解放すると鬼の様なロレンツォ部門長に笑いかける。


「お前、分かっているのか。この方がどんな方か」


「分かってるよ~虹色に輝く黒い艶髪に宝石の様な紅い瞳。その美しさと輝きに誰しも心を奪われ、さらに癒しの力で傷と心を癒す。ノルドハイム国の愛しい麗しの聖女様」


「ならお前が今したことがどんな非礼になるか、処刑されたいのかっ」


「でもさ、僕たちにとっては得体のしれない存在だよ」


「トーレっ」


掴まれた腕を振りほどきながら、ヴィットーレ第1中隊長はロレンツォ部門長に真剣な表情を向ける。いつも笑みを浮かべていた彼には珍しいことなんだろう。ロレンツォ部門長は驚いた表情をして、その場で立ち尽くした。


「僕でも分からなかった。今晩の付き添いだって、勝手に決まってて。チェーザレは何か知ってそうだけど、何も言ってくれないじゃないっ」


「お前、、」


「だから、本人から聞き出せたらって、、、チェーザレにどう取り入ったのか。癒しの力もそれ以外の力も、、帝国にも、僕たちにも必要な情報でしょ」


拗ねたようにベンチの上で膝を抱えるヴィットーレ第1中隊長に、ロレンツォ部門長は困ったように大きく溜息を吐いた。

これはこれは。本当にこっちのフラグが立っているのか?まさか、親友の一人が異国の聖女に嫉妬とか。ちょっとこの先は流石に考えるのを控えよう。違う笑いが我慢できなくなる。

とりあえず、お怒りな美しい親友様にとり繕っておこう。


「デル・ピエロ部門長」


「はい、聖女様」


「どうかあまり責めないでください。彼の言う通り、私が信用できる人物かどうか図りかねているはずです」


「ですが、聖女様」


「ローリー、騙されないで。この人、猫被ってるから」


聞き捨てならない。彼にだけは言われたくないわ。

抗議するようにヴィットーレ第1中隊長を見ると、ふんと顔を逸らす。子どもか。あぁ、もう馬鹿らしい。

ついてこれていないロレンツォ部門長も不憫だし、どうせその内この2人と深く関わっていくのだから、もう営業態度はいいかしら。


「知りたいのなら、見せてあげる」


ベンチの上に立ち、私は庭園へと左手を掲げる。淑女としてはしたないとは思うけど、この際遠慮なく晒しておこう。何事かと戸惑っている2人の親友は、無視無視。


左手をゆっくりと動かし、風を集める。ふわふわとドレスのスカートが揺らぎ、残した一房の黒髪が舞う。狙いを外さないように、光り輝く噴水を見つめた。小さな聖女と帝国最強の騎士が、身を寄り添い合っている。

腹立つほど完璧な2人の姿に、私は呆れて笑った。邪魔するつもりはない、ただ少し粋な悪戯をするだけよ。


「”祝福”を」


小さく呟いてから、私は力を発した。

テラスに渦巻いていた風は庭園の木を揺らし、咲いていた5弁の白い花と共に噴水へと飛んでいく。規則的に出ていた噴水の水を止め、そこから氷の玉を作り浮かべる。何事かと騎士が聖女を抱き上げ周囲を見回す頃には、月明かりが氷に反射し、虹色の光がきらきらと2人を包んでいた。白い花びらが噴水に辿りついた瞬間、浮かばせていた氷を一気に蒸発させてからまた凍らせ雪の結晶を作る。花びらと雪の結晶が降る中、ついでに小さな火の玉も合せると、その幻想的な光景に小さな聖女は大きな瞳を輝かせていた。


チェーザレがこちらを見るのが分かる。私の仕業だと気付ている彼は、テラスにいる親友2人の姿も確認してから、また小さな聖女に笑いかけた。悪くはなかったみたい。我ながら素敵な演出ね。


「これでいいかしら、ヴィットーレ第1中隊長」


トンとベンチから飛び降り、口を開けて茫然としているヴィットーレ第1中隊長に笑いかける。何が起こったのかとロレンツォ部門長の視線は私と噴水とを何度も行き来する。


「聖女、、風、、チェーザレ、、クラウディア殿下、、花、、火、、」


単語だけを並べるロレンツォ部門長は、どうやら頭がパンクしているみたい。くすりと声に出して笑うと、白くきめ細かな彼の頬が見る見るうちに赤く染まっていく。ずっとしかめっ面なイメージだったから、それがなんだか似合わない反応でまた笑ってしまった。


「すごい、、」


ぽつりとヴィットーレ第1中隊長が呟く。


「すごいすごい!これほどまでなんてっ、、、カーリンっ、貴女は本当に聖女様なんだっ」


先程までの腹黒さはどこにいったのやら、ぴょんぴょんと跳ねながら私の両手を握り締め、にこにこと子どものようにはしゃいでいる。上下にぶんぶんと振られる両腕が若干痛い。


「それはっ、どうもっ」


「ねぇねぇ、チェーザレと、僕たちと一緒に戦ってくれるんだよねっ」


「え、えぇ、、まぁ」


「やった!僕のことはトーレって呼んで。僕、カーリンのこと好きになっちゃった。ほんとだよ、嘘じゃないからね。次からは無理矢理なんてしないからさっ、カーリンのこと色々と教えてよ、ねっ。僕、カーリンとずっと一緒に居たい」


「はぁ、、」


「一緒に戦う仲間なんだし、気兼ねなく、でしょっ」


最後には置いていくんだけど、なんてことも言えず、鼻歌でも歌いだしそうなヴィットーレ第1中隊長、もといトーレは嬉しそうにくるくるとその場で踊り始める。ちょっと気兼ねなく過ぎないかしら。しかも、どさくさに紛れてすごいこと言ってるし。さっきまで散々疑って、色目使って情報引き出そうとしてたのにこの変わりよう。一応、人格操作なんてことはしていないつもりだけど。


「落ち着け、馬鹿」


「ぎゃっ」


右に左にと踊るトーレの首根っこをロレンツォ部門長は器用に捕まえた。赤く染まっていた白い頬は、今は別の感情で真っ赤になっている。ついでに眉間に深いしわが寄っている。まるで逃げ出した猫を捕獲したような格好に、私は思わず吹き出した。


「あ~ひど~い、カーリン~」


「ごめんなさい、だってっ、、、ふふふ」


駄目だ、コントのような2人が面白い。私、結構沸点低いのよね。


「聖女様」


呆れたロレンツォ部門長の声が私を呼ぶ。それに滲んだ涙を拭いながら返事をすると、私の足元とベンチの端に置かれた靴を交互に見る。


「そのような御姿は、余りお晒しにならないほうがいいかと」


「ごめんなさい」


冷静なご指摘に私は素直に謝った。ロレンツォ部門長は見た目の通り、厳格な方みたい。

ぺたぺたと音を立てながらベンチに戻り、私はテラスに直接触れた足の裏を手で払ってから靴へと収めた。その仕草は到底淑女とは程遠く足も堂々と晒したため、またロレンツォ部門長から深い溜息が出た。


「貴女が、そのような方とは」


「幻滅しましたか。デル・ピエロ部門長殿?」


「半分。残りは安堵です。どうやら、今の貴女が本当の御姿のようなので。それと私のことはロレンツォとお呼び下さい。仲間、なんでしょう」


捕獲したトーレを少し持ち上げてから彼は、怒りを込めた笑みを浮かべる。それに掴まった大きな猫は誤魔化すこともなく満点の笑みを返した。


「では、お言葉に甘えて。それなら貴方も畏まらなくていいわ、ロレンツォ」


「そうか、なら俺も遠慮はしない。ただ安心してくれ、別に口説こうって訳じゃない」


「あら、それは残念ね」


「ちょっと~僕のことも忘れないで~」


トーレはロレンツォに掴まれた首元を探りながら暴れている。その姿にまた笑うと、今度はロレンツォも一緒に笑みを零した。男性とはいえ中性的な美人が笑う姿は、とても綺麗だし、トーレを見下ろす目が優しい。さっきのトーレの不埒な暴走といい、ロレンツォといい。チェーザレは友人に恵まれているのね。


「もうっ、離して~」


「はいはい。お前は少し反省しろ、聖女がこんなのだったから許されたものの」


”こんなの”ってどういうことよ。前言撤回、こっちの親友も”悪い男”なのね。


「いいじゃ~ん、許してくれたんだからさ~っていうか、邪魔しないでよ、ローリー」


「それは悪かったな。こっちはお前の胡散臭い恋心よりも重要なんだ」


「チェーザレなら、向こうにいるけど」


火と雪と花びらで輝く噴水を指差すけど、ロレンツォは首を横に振って溜息を出す。なだらかになった眉間に新しい皺を作ってから、彼は重々しく口を開いた。


「聖女カーリン、貴女をお呼びだ」


「私?」


誰かしら。一応、今私は帝国騎士団長と逢瀬を楽しんでいることになっているはずだけど。それに横やりしてくるなんて、一体どんな人物なのだろう。


「ちょっと面倒なことになってな」


深くした皺に細い指をあてて、ロレンツォはまた大きく溜息を吐く。その深刻そうな表情に私は首を傾げた。もしかして、また枢機卿が何かやらかしたのだろうか。それとも。

遠慮がちに差し出されたロレンツォの手に自らのを乗せ、促されるままに私はホールへと戻った。


言わずとも、カーリンの性格も相当だと思います。そして彼女はだいぶ第一皇女贔屓です。

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