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不死鳥

カーリンが、やらかします

涙の跡が薄れたのを確認してから、名残惜しくも皇族専用の入り口近くでクラウディア殿下と別れた。その際に白い花びらを渡され俺はそれに口付けると、クラウディア殿下は頬を赤く染めて淑女の礼をしてそそくさと立ち去ってしまった。自分でもやったことなのに、恥ずかしがるなんて。小さくなっていく背中に俺は口元を緩めながら、騎士の礼をした。


ハンカチに花びらを大事にしまってから、俺は来た道、テラスへと戻る。階段を登り切ると、そこにはベンチに一人だらけて座るヴィットーレがいた。珍しく決め込んだ紳士服の上着は無造作にベンチの背に引っかかっている。


「だらしないぞ、トーレ」


「あー!遅いよ、チェーザレ~」


勢いをつけて飛び上がったヴィットーレは、器用にベンチの上で胡坐をかいて抗議の声を上げた。そんなに遅くなっただろうか。それに、カーリンとロレンツォもいたはずだが。


「2人はどうした」


「中」


ヴィットーレはカーテンの隙間から漏れるホールの照明を不貞腐れた表情で指を指す。一人残されるなんて、珍しいことでもないだろうに何拗ねてんだ。


「今、すっごいことが起こってて~それなのに、僕だけ~」


「お前も行けば良かっただろう」


「ローリーに留守番を言いつけられたの~」


「はぁ、またなんで」


「それは、、、」


気まずそうに項を掻くヴィットーレは、あぁもうっと投げられていた上着の袖に腕を雑に通す。皺が寄っていたズボンの裾を叩いてから、俺を睨み付けてくる。


「チェーザレが悪いんだからね」


「はぁ?」


「何も言ってくれないから、だからカーリンに直接って」


カーリンに直接?何のことだ。


「でも、失敗した。まさかあの状況でこんなところのを気が付かれるなんて」


蝶ネクタイを半端にぶら下げた首を摩りながら、ヴィットーレはぶつぶつと呟いている。何を言いたいのかさっぱり分からん。もう無視しようと緩めていたスカーフを整えホールに戻ろうとすると、ヴィットーレが前を遮ってきた。

少し下にある馴染みの丸顔は、お気に入りのおもちゃをお預けされている子どものように頬を膨らませている。

なんなんだよ。


「はぁ」


「カーリン、ずっとチェーザレ達のことを見てた」


やはり。良かった、キスしなくて。


「チェーザレのこと、別に何ともないって言ってた」


そりゃそうだ、お互い何とも思ってないんだから。


「でもチェーザレ達を見るカーリンの顔が寂しそうで」


「は?」


思わず変な声が出た。

あいつが、寂しい?何言ってるんだ。待て待て、ってことはカーリンは、俺のこと、、、いや、考えるのは止めよう。良からぬことしか想像できない。


「トーレ、お前飲み過ぎたのか」


「ちゃんと聞いてよ~。カーリン、本当に寂しそうだったんだって。だから、少し押せば落ちるかもって思ったのに」


「はぁ?」


落ちるって、ヴィットーレ、カーリンに何したんだよ。


「お前、カーリンに手ぇ出したのか」


「だから失敗したんだって~、これ、見られて」


ぐいと外れた蝶ネクタイがぶら下がる首元を晒してくるヴィットーレ。そこにはなんの変哲もない、男の首筋が現れた。まぁ、俺と比べれば細いが少し焼けていて健康的な色をしている。

俺は、一体何を見せられてるんだ。


「何もないが」


「え、嘘っ」


あぁ、何となく分かった。なんだか知らないがヴィットーレはカーリンを口説いた。そしてなんだか知らないが振られたんだな。とりあえず良かった、大切な親友の一人が切り刻まれてなくて。


「ほら、戻るぞ」


まだ自分の首元を探っているヴィットーレの肩を押して、俺はホールに続くカーテンを開いた。まばゆい照明の光に目を凝らし、慣れてくるとつい先程までクラウディア殿下と過ごした時が遥か昔に感じる。ホールの中は相変わらず多くの人が集まっていて、がやがやと話し声で賑わっていた。


「ん?」


この時間だとダンスの後半に入っているはずだから、曲が流れ、何組かが踊っていると思っていたが、様子がおかしい。俺はまだぶつぶつと文句を言いながら後ろに着いてくるヴィットーレに声をかけた。


「おい、トーレ。何があった」


「だ~か~ら~、大変なことが起こってるんだって~」


だから、拗ねてないでその詳細を説明しろっての。

ホールには確かに多くの人がいるが、ダンスは行われていない。中央に敷かれた赤い絨毯を中心に人が輪になっている。その真ん中に、一人の淑女が立っていた。大勢の人目に囲まれながらも怖気ける様子もなく彼女は王座に向かって淑女の礼をしている。その横には、床に両手をつく若い”貢献者”。

なんだ、この状況は。


「わぁ、カーリンすごい!彼、確か去年首席だった子だよね~」


いやいや感動してる場合か。


「ちゃんと聞くから状況を説明してくれ、トーレ」


「え~まぁ、いいけど。あのね、カーリンと僕が良い雰囲気の時にローリーが邪魔してきて~」


「お前とカーリンはどうとでもなっていいから、このホールの状況を説明しろ」


「なんだよ~ちゃんと聞くって言ったじゃん」


仕方ないなぁと蝶ネクタイを直しながらヴィットーレは説明をし始める。

どうやら、俺とカーリンがホールから中抜けした後にウーゴの自慢話に拍車がかかったらしい。カーリンと俺を呼び戻そうとヴィットーレは私用を済ませてからテラスに行くとそこにはカーリンしかいなかった。どういう経緯かは放っておいて、ヴィットーレがカーリンを口説こうとしていたらホールの状況が悪化したらしくロレンツォもテラスに出てきた。で、現場に出くわしカーリンだけロレンツォに連れられホールに戻った、と。


「で、ウーゴの奴、何しでかしたんだ」


「っていうか~、皇妃様?ウーゴがさ、カーリンの力は闘技場で見せたものだけじゃない、もっと凄いものなんだ、俺はそれを知っている深い仲なんだって言いふらして~で、皇妃様が見てみたいって仰ったらしいよ」


それでカーリン本人を連れてくる手前姿が見えないヴィットーレもロレンツォが探しに来たと。現状を見る限り”貢献者”とカーリンの力比べってところか。本当にあいつは負けず嫌いで喧嘩っ早いな。


「チェーザレ、お前どこに行ってたんだ」


「悪いローリー。おおむねトーレから聞いている」


「よぉ、チェーザレ。あの聖女様、やべぇ力だぜ」


人混みを分けて前に進むと、ロレンツォとアドルフォが最前列から一歩下がった位置で状況を眺めていた。アドルフォの軽口に溜息だけで返し、俺も2人と並ぶ。中央に一人立つカーリンの先、輪の向こう側には枢機卿が立っていた。流石にデザートの皿は持っていなかったが、相変わらず微笑んでいる。


「まさか、、この僕がっ」


「ありがとうございました。貴方の巧みな水芸はとても素晴らしかったです」


悪態をついて床を殴る若い”貢献者”を余所に、カーリンは”聖女”の笑みを浮かべてか細い声で淡々と言葉を続ける。称賛の言葉だがかなり嫌味っぽい。負けず嫌いが前面に出てる仕草に、俺は大きく両肩を下げた。満足げににこにこと枢機卿が笑いながら、俺に視線を向けてくる。彼は首を傾げながら口元に手を当てて、笑みを深めた。

確かに笑いたくなる状況だろうよ。北国の聖女が軍事国家と誇る大帝国の実力者たちを負かしている。カーリンが勝負を断らないことも枢機卿は分かっていてその笑みか。カーリンの言う通り、枢機卿はカーリンの行うことを止める気はないらしい。


「では、次は私が失礼して」


人の輪の中から熟練の”貢献者”が前に出た。彼が床に落ち込む若い"貢献者"の肩に触れると、警備の騎士たちが若い”貢献者”を輪の中へと戻していく。その輪の中に青ざめたウーゴがいた。

馬鹿な奴だ、カーリンをうまく使おうとして事を荒立てたな。帝国中の”貢献者”を集めても、カーリンに敵う奴は恐らくいない。帝国側の敗北なんて、こんなところで突きつけられるなんて思いもしなかっただろう。相変わらず、考えが浅い愚かな男だ。


残った熟練の”貢献者”は王座の皇帝と皇妃に一礼をしてから、カーリンにゆっくりと頭を下げた。それにカーリンも応えるように腰を折った。

「今の方で5人目ですわ」


「恐ろしいこと。わたくし、気分が悪くなってきましたわ」


「あのような強大な力、北国で独占していたとは許しがたいな」


「それにあの稀有で端麗な姿。別の意味で手にしたいものだ」


「だが、あれほどの力では到底貰い手なんて。少なくとも私は遠慮したい」


人の輪からこそこそと話し声が耳に入る。賛否両論だな。特に、淑女としての感想は。

強い力は人々を魅了するが、脅威にもなる。ましてやカーリンは他国の聖女だ。”いつか”の不安は拭えまい。


「どうぞ、お手柔らかに」


淑女の礼を正し、カーリンは熟練の”貢献者”に微笑みかける。物珍しい黒髪と紅い瞳で作られる笑みは確かに一瞬見惚れる程美しいが、対峙した”貢献者”はその笑みから計り知れない圧を感じているのか厳しい表情のままだ。

カーリンのやつ、俺が少し目を離した内に相当やってるな。こうならないためにエスコートしたようなものなのに。大人しくテラスで待っているよう言いつければよかった。


「お先にどうぞ」


「ではお言葉に甘えて。失礼致します」


カーリンが一歩下がると”貢献者”は懐から出した杖を天井に掲げる。彼が何やら呪文のようなものを唱えるとホール全体を照らしていたシャンデリアの蝋燭の火が揺らぐ。確か彼は火を操る”貢献者”だ。マッカオ前騎士団長の時代から最前線で活躍し、柔らかい物腰ながらも戦闘時には敵を容赦なく抹殺する、まさに帝国に忠誠を誓い帝国のためにその力を振るう。同じ”貢献者”らだけでなく騎士たちも彼に習う者は多い。

火の力だけで言えば、強さも扱い方も彼の右に出るものはこの帝国にはいない。実質、帝国一の火の遣い手だ。


「御触れにはならないように」


彼が杖を振るうのに合わせ、蝋燭の小さな火がホールの中を飛び回る。人々の頭上でふわふわと漂い小さな火はその場を幻想的に飾る。時々、火の玉同士がぶつかっては弾け、ひらひらと舞い降りてくる。それは人々に触れる前に消えた。

光り輝く花びらのような動きに、観衆は感嘆の息をついた。”貢献者”の力は人を傷つけるだけではない。そう訴えたのは彼が最初だったな。


「なんて素敵な火なんでしょう」


「聖女様の御気に召したようで、光栄です」


彼が杖をカーリンに向けて動かすと、いくつかの火が彼女の周りをくるくると舞う。その一つにカーリンが顔を近づけると、彼女の白い頬を淡く照らした。


「とても温かい。まるで貴方の人柄を表しているようです」


「勿体ないお言葉です。さぁ、聖女様もご遠慮なく」


「では、私もお言葉に甘えることにしましょう」


目の前に浮かんでいる火の一つを手のひらに乗せるように、カーリンは左手を掲げる。杖の様な媒体を使わずに力を披露するのは至難の業だ。既に5人抜きしているカーリンの動作に観衆も慣れたのか、特に驚きはしていない。むしろ、次はどんなことをするのか、ここで失態を侵せばいいと様々な期待の視線を送っている。


「実は私、鳥を飼うのが夢で」


「素敵な夢ですね」


「ありがとうございます。ですが、ノルドハイム国ではそれが叶わなくて」


「この帝国にいらっしゃれば、叶えられる夢かと」


「大変魅力的なお話ですね。ですが帝国の方々の御手を煩わせる訳にはいきません。それに」


言葉を切って、カーリンは手の平で浮かんでいた火をぎゅっと握り込む。その動作に観衆から悲鳴が聞こえる。熟練の”貢献者”も流石に表情を崩した。火の玉を握り込むなんて頭がおかしい、と所々で声が漏れていた。


「欲しいものは出来るだけ自分で、と弁えているつもりですので」


カーリンが首をことりと横に傾げる。火を閉じ込めた左手が開かれると、小さかった火がぽつぽつと増えては合わさり、次第に大きな炎へと変わっていく。その現象と早さに熟練の”貢献者”の瞳が、驚きから感嘆の色に変わっていくのが分かった。

ついに軽く騎士一個隊は飲み込むほどの大きさまでになった炎はカーリンの手を離れ、天井に向かって浮かんでいく。その凄まじい勢いに、あちこちから悲鳴が上がりその場で気絶する貴婦人もいる。炎から発せられる熱風に煽られ、カーリンの黒髪は乱れるが近距離にも関わらず、焦げる様子はない。


「まじかよ」


アドルフォが呟きが聞こえた。その横に立つロレンツォも口を開けたまま呆けている。

無理もない。媒体なしで、しかもあの量の炎を生成、操れるのは規格外だ。それにカーリン自身も消耗は見られず、余裕の笑みを浮かべている。勝ち誇った、少し悪い笑みに俺は小さく溜息を吐いた。

おいおい、この後始末、俺がやるのか。


やがて、大きくなった炎は凝縮され一つの形を作っていく。それに伴いホールを満たしていた熱量は収まり、観衆は宙に浮く炎を見上げその経緯を見届ける。形が整っていくうちに炎はゆっくりと降りきて、カーリンの左手に戻る頃には彼女の顔よりも少し大きいぐらいの玉になっていた。

これで終わりかと観衆が胸を撫で下ろした瞬間、炎の玉がまた動き出す。球体から前後左右に炎が伸び、まるで生きているかのように動く。神秘的なようで得体のしれない生き物が蠢いているようで不気味でもある。


「叶うなら赤く輝く大きな鳥をと」


カーリンの言葉を合図に、炎が鳴いた。左右に伸びていたものは輝く翼になり、前方は細い首と鬣、後方は床に着くほど長い尾っぽが垂れ、しゃなりしゃなりと揺れている。それが小さな目を開くと、中は透き通る新緑色。きりりと先が尖りふっくらとしたアーモンド型の瞳は、俺たちを見定めるように見てからゆっくりと瞬きをした。


「”フェニックス”、だと」


「ふぇ、、くす?チェーザレ、知っているのか?」


ロレンツォが話しかけてきたが、俺は不死鳥の輝きとそれを伴うカーリンに釘付けで反応できなかった。

フェニックス、火の鳥、鳳凰、朱雀とも呼ばれ、前世では諸説あった。だがどれも共通なのは不死を司る霊獣の一つということだ。この世界では逸話すらもない俺とカーリンしか知らない架空の存在。そんなものすらも、カーリンは生み出せるというのか。

、、、カーリンの方が都合良いチートに思えてきたな。なんか、腹立つ。


クルクルと喉を鳴らしながら、不死鳥はカーリンの手の上で翼を毛づくろいし始める。その輝きと未知の存在に観衆含め、皇族たちも目を見開いている。流石、エルメントルート皇妃だけは扇で表情を隠しているが、深緑色の瞳は驚きと恍惚を隠しきれていない。

どんな生き物でどんな力を持っているか分からなくても、絶対的な存在に人は惹かれるものだ。今それが目の前に現れたとなると、誰しもが喉から手が出るほど欲しているのだろう。


溜息をついて、ひとまずこの場からカーリンを連れ出そうと一歩前に出た瞬間、フェニックスが大きく鳴いた。その声に驚き足を止めると、カーリンの紅い瞳と不死鳥の新緑色の瞳がこちらを見つめている。

待てというのか、冗談じゃない。昔のよしみもあるが、こればっかりは引けない。俺はこのダヴォリア帝国騎士団長だ。勝手なことばかりされて黙っていられるか。

紅と緑の2つの視線を当てられながらも、俺は止めた足を前に進めた。観衆は俺の登場にあれこれと呟いているが、どちらにしろ俺以外誰もカーリンの相手にならないのだから静かにしておいてほしいものだ。ただでさえカーリンの勝手に苛立っているのに。


「まま、待てっザッカルドっ」


その矢先に、ウーゴが人混みから出てくる。真っ青な表情は今にも卒倒しそうなのにまだ出しゃばるというのか。懲りない奴だな。


「おっ、俺が、話すっ」


なんとも頼りない提案に俺は思わすカーリンと目を見合わせる。別に構わないとカーリンが両肩を上げた。まぁ、いいか、ウーゴぐらいはどうでも。

俺は了承の意味を込めて、ウーゴをカーリンの元へ促した。まさかこんな簡単に通されるとは思っていなかったのか、ウーゴは慌てふためきながらもプライドが優先されたのか、覚悟を決めてカーリンの元へと歩き始めた。今度は嘴を趾で掻いている不死鳥が、下からのぞき見るようにウーゴに視線を向けた。


「ひっ」


情けない声を漏らし、なるべく不死鳥と目を合わせないようにと仰け反りながらウーゴは少しずつ前に進む。


「ノ、ノルドハイム国の聖女よっ」


カーリンが返事をする代わりに、不死鳥が趾から嘴を離しウーゴを真正面から見据える。


「そそそ、そのッ、、此度の対決、大儀で、あああった、、、其方の力こそ、このダヴォリあぁ!?」


ウーゴが最後まで言い切る前に、不死鳥が翼を左右に広げて嘶いた。それに驚いたウーゴは叫び声を上げて、傍にいた熟練の”貢献者”を盾に身を隠す。手足も歯もがたがたと震え腰が抜けている情けないしかない姿に、俺は思わず呆れた息を吐いた。

だから、静かにしてろっての。


「ザザ、ザッカルドっ、、、お前に、任せてや、るっ、、いけっ」


口も減らない奴だな。ウーゴが盾にしている”貢献者”と目が合って、お互い声に出さずに失笑を漏らした。カーリンに視線を戻すと、変わらず紅い瞳で笑みを浮かべ不死鳥の小さな頬を指で撫でている。

ったく、こっちの気も知らないで。


「失礼、カーリン殿」


先程のウーゴと同じようにカーリンの傍に歩み寄ると、不死鳥がその新緑色の瞳を向けてくる。獣と目が合ったら、逸らした方が負けを認めることになる。俺は視線を外さないようにゆっくりと近付いた。不死鳥も動かず俺の目をじっと見返してくる。

カーリンと不死鳥にあと一歩辿りつくという距離で歩みを止め、俺は右手を差し出した。カーリンの左手に止まる不死鳥は首を左右に回しながら、俺の手を観察している。

ふと、カーリンの手から俺の手へと不死鳥が飛び移った。爪が乗りやすい場所を探しながら、不死鳥は俺の手のひらを行ったり来たりしている。ちくちくと肥爪が痛い。丁度いいところを見つけたのか俺の親指の上で止まり、赤い翼を毛づくろいし始めた。


「おぉ、流石ザッカルド騎士団長」


「あの得体のしれない生物を手なずけるとは」


がやがやとまた賑わい始める観衆に俺は少し肩の荷を下ろした。カーリンを確認すると笑みが変わらず若干違和感を感じるが、とりあえず一段落ってことか。

近くで見ると新緑色の瞳の奥は虹色に輝き、赤い羽根は上質な絹のようで不死鳥が動く度に瞬く。くつろぎ始めている不死鳥の頬をカーリンと同じように撫でようと空いている手を差し出す。不死鳥は先程と同じように首を左右に回しながら、指先を観察し始めた。


「痛っ」


あと少しで頬に触れるという寸前、鋭い嘴が俺の左手に噛みついてきた。思わず指を引くと、不死鳥は俺の手から飛び立ち、長い尾っぽでついでとばかりに俺の顔を叩いてからカーリンの頭上をくるくると旋回し始める。

こいつ、、、。


「なんと!」


「駄目だ、ザッカルド団長でも敵わないなんてっ」


「誰かっ、この者を取り押さえなさい!次何をしでかすか分からないわっ」


「馬鹿言わんでください!相手は北国の御来賓、しかも聖女様ですよっ」


今度は違うざわめきが起こる。俺は赤くなった指を拳で隠してカーリンを睨み付けた。最初に安心させておいて反撃するとは、なんて性格の悪い鳥なんだ。霊獣でも飼い主に似るのか。時折俺を見下ろす不死鳥の表情が少し嘲るように見えて、腹が立つ。


「傷、治しましょうか」


「、、、結構です」


ダンスのお返しか。


笑みを送り合いながら火花を散らしてる俺たちを無視して、不死鳥は優雅にホールを舞っている。時々高度を下げては観衆の中から何かを探すように飛び、また高く飛び上がっていく。その姿を観衆と共に観察していると、やがて不死鳥は目的の物を見つけたのかゆっくりと降下してきた。


その先は、皇族が控えるホールの上座。こんな状況でも姿勢を崩さず凛と背を伸ばして立つフロリアーナ第一皇女の前で、不死鳥は止まった。


「私?」


フロリアーナ殿下の前に降りてきた不死鳥は、くるくるとその場で小さく旋回してはその新緑色の瞳を殿下に向け、首を左右に傾げる。何度かそれを擦り返す姿を見ていると、何かを強請っているように見えた。


「触れてあげて頂けますか、フロリアーナ皇女殿下」


カーリンの言葉に、フロリアーナ殿下は扇子を持っていた右手を離しそっと前に差し出す。その仕草に不死鳥は待ってましたとばかりに、嘴を殿下の指先に伸ばす。触れる寸前、横から白い手袋をはめた手がフロリアーナ殿下の手を握り引き留め、その拍子に不死鳥は羽ばたいてまた上空を旋回し始めた。


「フロリアーナ」


「テレンツィオお兄様、、」


「迂闊に触れるな」


「皇太子殿下。カーリン様が触れてと仰ってるのです」


「だがっ」


「ご覧になってください。赤く輝く翼に緑の瞳。私と同じ色、いえそれ以上に美しい色ですわ」


「そうだとしても、火から生まれたものだ。害がないはずがない、何をしでかすか分からない」


「ですが、この子はそういうつもりではないようですわ」


皇太子に手を取られたまま、フロリアーナ殿下は不死鳥に視線を戻す。不死鳥は、また高度を下げて様子を窺うように首を傾げたまま大人しくふわふわとフロリアーナ殿下の前に留まっている。その愛くるしい仕草に、フロリアーナ殿下は笑みを深め自身の手を引き留める皇太子の手を外そうと、手を重ねた。


「皇帝陛下!陛下からも何かっ」


「フロリアーナ、触れなさい」


皇帝をも引き合いに出そうと皇太子は叫ぶが、それを深みのある女性の声が遮る。その声の元はエルメントルート皇妃だ。やはり欲するか。羽根の扇を閉じ、フロリアーナ殿下にそっくりな濃い赤い唇を持ち上げもう一度言葉を発した。


「貴女が選ばれたのです」


皇妃の言葉に、皇太子の手が離れた。というよりは、力が抜けて外れた。フロリアーナ殿下は開放された右手を不死鳥に掲げる。それに不死鳥はいいのかと嘴を前に出しては少し後ずさり、触れるのを戸惑っていた。そんな様子に笑みを浮かべ、左手に残っていた扇子を脱力している皇太子に預けてから、フロリアーナ殿下はさらに一歩前に出て両手を掲げた。


「いらっしゃい」


フロリアーナ殿下が声をかけると、不死鳥は一度小さく旋回してから嘴を殿下の指先に乗せた。殿下は不死鳥の炎を熱がる様子もなくそっと嘴、頬をその細い指の先で撫でていく。不死鳥は気持ちよさそうにクルクルと喉を鳴らし、殿下の指先に頬ずりをしていた。そんな不死鳥の様子に、フロリアーナ殿下は小さく可愛い、と呟いた。


「きゃっ」


殿下の反応が嬉しかったのか、不死鳥はばさりと大きく翼をはためかせて殿下の首元へと飛び込んだ。一瞬皇太子が驚いて駆けつけようとするが、お構いなしに不死鳥はフロリアーナ殿下の細い首元をくるくると回っては殿下の頬に自身の嘴を撫でつける。幼い子どもが親に甘えているようだ。

長い尾っぽが何度か細い首元を掠め、それにフロリアーナ殿下はくすぐったいと抗議をしながらも、時折首を傾げる不死鳥が可愛くて溜まらないのか笑みを浮かべてからまた小さな頬を指先で撫でていた。その笑みは普段の聡明なものよりも少し年相応の愛くるしい少女もので、その場を和ませた。


「カーリン様」


フロリアーナ殿下の澄んだ声が天井に響いた。


「この子、お受けしても?」


「勿論です、フロリアーナ皇女殿下」


フロリアーナ殿下の問いに、カーリンはゆっくりと淑女の礼を取った。その取引にこの場にいた誰も異議を唱える者はいない。フロリアーナ殿下の肩の上でくつろぎ始める不死鳥は時折観衆を、俺を牽制するように緩めた瞳を開いて睨み付けてくる。彼女を傷付ける物は容赦しないとでも訴えたいのか。


北国の聖女が生み出した火の鳥が大帝国の第一皇女を守護している。このシナリオは一体何を意味してるんだ。カーリンを睨むが満足そうな笑みを浮かべているだけで、この場では明かそうとはしない。

更に苛立ちが増して、思わず舌打ちが出そうなのを必死で我慢した。カーリンの奴、ここまでやって俺が簡単に許すとでも思ってるのか。


「もう、宜しいでしょうか」


皇帝と皇妃に腰を折りながら、カーリンは静かに終演の言葉を発した。それに皇帝は無言で肯を示し、皇妃も扇を広げ直し顔半分を隠して何も言わなかった。異論はないようだ。むしろ不死鳥に釘付けだ。

早々に辞そうと踵を返す前に、カーリンは皇太子にも伺いの笑みを向ける。皇太子はやはり納得いっていない様子だったが、フロリアーナ殿下の愛らしい笑みを一瞥してからゆっくりと紳士の礼を返した。


視線を送ってきたカーリンに俺は一礼をしてから腕を差し出す。それに細い腕が収まるのを確認してから踵を返した。ホールに入ってきた時と同じように、赤い絨毯の左右に観衆が並び俺たちに道を開ける。言わずとも俺たちの後ろに枢機卿、ロレンツォ、ヴィットーレが着いてくる。

驚愕と嫌悪と、恐怖の視線を浴びながら俺たちは扉へと足を運んだ。


紳士の笑みを浮かべながらカーリンにいろんな意図を込めた視線を送ると、彼女は動じることなくその紅い瞳を緩ませた。

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