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晩餐会③

ほんの少し、チェーザレとクラウディアの仲睦まじい様子が見られます。

カッ、と靴の音が響くのと同時に、曲が止む。笑みを浮かべているが明らかに疲労が見えるカーリンに俺はにやりと口元を上げた。


「ほんと、いい性格だわ」


「お褒め頂き光栄です、聖女カーリン」


嫌味も擦れた声と少し無理のある笑みでは可愛く見えた。ざまぁみろ、だ。


さて、ちょっとした悪戯も終えたところで、”注目の2人”は十分に会場へと知らしめただろう。予想通り、俺とカーリンに次のダンスはと紳士淑女が集まってきた。

最初の紳士は手が早いと有名な男爵の色男だ。奴は舞踏会に参加する度に次々と女性を口説き、物にしては捨てていると聞いている。淑女の方はその自慢の体つきを前面に押し出してきて視覚的にはかなり刺激的だ。ついでに香水もきついから嗅覚的にもかなり刺激的で俺には合わない。

次に現れた背の高い紳士は監査会の長の一人だ。こういうところでは大人しくしている方だったが、カーリンの物珍しさに惹かれたのだろうか。大胆にもカーリンと2きりになるよう持っていこうとしている。口どもっている淑女は淡いピンクのドレスで成人したてに見えるが、自身の武器が分かっているような仕草だ。こういうタイプのが、逆に達が悪い。


「チェーザレ様」


低めの声が俺を呼ぶ。腕に収まる小さな手に力が入った。カーリンは怒っていた。別に俺がダンスで合せなかったことじゃない。俺たちを囲む淑女たちを改めて見て、察してしまい思わず笑いそうになるのを堪えた。

場になれた淑女も、初々しい淑女も、それを後押しする貴婦人も全て、女性的魅力が強い体つきをしている。胸も大きく、くびれもはっきりとしていて、ついでにお尻もしっかりと膨らんでいる。要はぼんきゅんぼんだ。

それに比べカーリンは、、、到底、勝ち目はない。元の世界でもそんなにメリハリのある体ではなかったが、転生して幼くなった分より平たく、、、いやスレンダーになっている。

駄目だ、笑う。思わず俺は顔を逸らした。


「チェーザレ、様」


更に低くなった声が俺を呼ぶ。やばい、笑ったらきっと秒でミンチにされる。

俺は落ち着けと自分に言い聞かせながら短く息を吐いて、笑みを浮かべて振り返った。視界の少し下には、完璧な営業スマイルのカーリンが俺を見上げている。


「カーリン殿、お疲れでしょう。宜しければ静かなところへ」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますわ」


わざとらしいカーリンの甘い声色に俺は早々に踵を返した。吹き出しそうになるのを必死に抑え、後ろで騒ぐ観衆を無視して足早にテラスへと向かう。途中ロレンツォに目配せをして、今は姿の見えないヴィットーレと共に後のことを任せるよう視線だけで指示をした。三白眼の端麗な親友は眉間にしわを寄せたが、渋々と頷いた。



テラスに出ると背後にまだ聞こえる喧騒を遮るためにカーテンに手を伸ばした。初夏の涼しい夜風が気持ちよく、腕から開放したカーリンはふらふらと歩いている。流石にやり過ぎたか。


「大丈夫か」


「ご心配、ありがとうございます」


まだ嫌味を言う元気はありそうだ。

鼻で笑うとカーリンはどさりと重量感のある音を出してベンチへと座り込んだ。足が痛いのか靴を脱いで具合を見ている。重いドレスに高いヒールで俺の動きについてきたから、靴擦れにでもなっているのだろう。

ふと空を見上げると宰相の言う通り、夜空に大きな満月が浮かんでいた。強い月明かりがテラスを、カーリンの足を照らし出している。そのせいか、嫌に白く見えた。その白く細い足を摩る深緑のレースで覆われた小さな手の仕草も、妙に艶めかしい。

だから、そういうところだっての。


「お前、そんな簡単に足出すなよ」


「別にいいでしょ、チェーザレなんだし」


そういう問題じゃねぇよ。


「この体力馬鹿」


「聞き捨てならないな。それならお前だってどうにかすれば良かっただろう。浮かんでステップ踏む振りをするとか」


「はっ。それ、もっと早く言ってよね!」


「知るかっ」


ったく、面倒臭いな。

テラスの塀に寄りかかって、俺は息苦しいスカーフを緩めた。視界に広がるの庭園は例の如く、エルメントルート皇妃管轄の下整備されている。森のように木々が生い茂り、所々季節に合わせた花が咲き、少し先には噴水が設けられている。雲の切れ目で指す月明かりが噴水を照らし、それを中心に全体の調和が取れるような設計になっていた。


あの噴水は最初にクラウディア殿下と甘い時間を過ごした場所だ。今、こうしている間も彼女は皇族の席に座り、その役目を果たしている。叶うならあの大きな蜂蜜色の瞳が見る全ての物を共に見て、彼女を苦しめるものなら徹底的に排除する。俺の力なら造作もないはずのに、立場が、血統が邪魔に感じてしまう。傍にいたい。皇女と騎士ではなくもっと身近な存在として。だが、


ふと視界の端に紅い視線が映る。カーリンがこちらを見つめていた。

はぁ、なんで俺はカーリンと恋人のようにテラスに2人でいるんだ。


「なんだよ」


「ううん、見惚れてただけ」


「はぁ?」


どうせなら、そこにいるのがクラウディア殿下であればいいのに。


「きもっ」


「あの噴水まで吹っ飛ばしてあげようか」


何か魔術を俺に打とうとしているのか、カーリンの左手がこちらを向く。ったく、なんでこう喧嘩っ早いんだよ。

腰に手を当てるも今は剣を身に付けていない、受け止めるならこの身だけだが、、、まぁ、やってやろうじゃないか。


「覚悟しなさい、チェーザレ」


「来いよ、受け止めてやるから」


ふわふわとカーリンの髪が浮くのと共に、俺の髪も乱される。闘技場で見せた風の力か。文字通り、俺をあの噴水まで飛ばそうって訳だな。なら、俺は耐えて反撃するまでだ。昼からずっと考えていた。この際一発食らわせてやる。

噴水との距離を確認して耐える力を調整しようと振り返ると、ついさっきまで無人だった噴水に人影が見えた。その影は小さく、少女のように見える。

まずい。誰かいるのか。

ばさばさとカーリンのドレスが翻り、彼女を中心に大気が揺れるのが目に見える。その威力が割と強いものだと分かった。


「待て、打つな!」


力が放たれる前に止めようと俺は一歩踏み出し、カーリンの左手を掴んだ。


「え、わっ!」


間一髪。カーリンの左手に込められていた力がすっぽ抜ける。完全に止めることはできなかったが少し強い夜風になって庭園を通り過ぎ、噴水へと吹き抜けていく。


「きゃっ」


噴水で見た小さな影が叫んだ。風で煽られてはいたが影の様子からすると転倒はしていない。良かった、大惨事にはならなかったようだ。だとしても、


「馬鹿っ」


「だって~、ちゃんと手加減はしようとしたわ」


「嘘つけ、割と本気だっただろう!」


俺相手で、ただでさえ負けず嫌いのカーリンのことだ。結構な力を込めていたはず。誤魔化すように笑うカーリンを吊し上げの状態にして、噴水に眼をこらす。巻き上げられた髪を押えながら、その小さな影は風が通り過ぎた先を見つめている。雲が影になって見えにくいが、あの色合いを俺が見間違えることなんてない。

まさか、


「ディ、、なんで」


あの場所に、しかもまた一人で。


「知り合い?」


「まぁ、そんなところだ。すぐ戻る」


カーリンの手を離し俺は急いで庭園へと続く階段に向かう。少しでも視線を外したら見失ってしまいそうで、俺はクラウディア殿下を見つめながら木々を抜けて走った。雲が動き噴水が月明かりに照らされ、その姿がはっきりと映し出されても、その光の中に溶けていくように擦れて見える。

なんだろう、変に不安を感じる。



ようやく噴水に辿りつき、挨拶もおろそかに俺は茂みから飛び出す。俺の登場に驚いたクラウディア殿下は風で乱れた髪を直しもせず、その場で立ち尽くしていた。


「殿下」


「ぁ、、、チェーザレ様っ」


声をかけると慌てて髪を手で撫でつけ、淑女の礼をする。俺も合せて騎士の礼をすると、クラウディア殿下は両手を前に重ねたまま顔を俯けた。

また、抜け出してきたのだろうか。護衛もつけないで、先日の様な事があったらどうするつもりなんだ。


「なぜ、お一人で」


「あ、あのっ、、、申し訳ございません、、、」


しまった。焦りで口調がきつくなった。萎縮させるつもりはなかったのに。

既に整っていた髪を再度手で撫でつけ、更に顔を伏せてしまったクラウディア殿下に一歩近付くが中々顔を上げてくれない。別に叱責するつもりなんて、ないというのに。


「失礼しました。殿下、少しお話しをしませんか」


腰を屈め、柔らかい口調になるように努めて声をかけると小さな頭がゆっくりと上がる。下から見上げてくる大きな瞳に俺の顔が映った。瞬きによってその絵が歪むと、クラウディア殿下は強張らせていた口元を緩めた。


「はい」






初夏とはいえ、夜はまだ寒い。ガウンもかけずにホールにいたままの姿でクラウディア殿下は、噴水の淵に軽く腰を降ろす。跳ねる水しぶきから小さな体を守るように、俺は深めに座った。少しだけ近くなった距離にいいものかと戸惑いつつも、小さな頬が赤く染まるのを見て俺は頬を緩めた。


「月がきれいですね」


しまった。少しベタ過ぎたか。


「はい、とても神々しいです」


良かった。ここでは意味までは通じないのか。まぁ、嘘でもないしな。

月明りは、照明がなくとも噴水から庭園全体、公城の形が分かるほど強かった。


「寒くはありませんか」


「はい、大丈夫です」


上着をかけようかとも思ったが、笑顔で返されてしまう。

なんだろう。殿下、緊張しているのか。


「あ、あの、、、」


「はい、クラウディア殿下」


「昼間は、、その、、、」


膝の上で綺麗に重なった小さい手が指遊びをしている。昼の出来事を思い出しているのだろうか、耳まで赤く染まっている。それがどうしようもなく年相応の少女の仕草で、思わず声を出して笑ってしまった。

なんだ、あのことで畏まっているのか。


「チェーザレ様っ」


俺が笑ったことで変な緊張がほどけたのか頬を膨らませて怒っている。が、全く怖くない。逆に可愛い。


「申し訳ございません、つい」


「ついって、、、チェーザレ様だって」


膨れながら小さな手がこちらに伸びてくる。表情が少し悪戯っぽく変わり、なんだろうと身構えると、


「ついておりますよ」


俺の髪にそっと触れた小さな手は、白い花びらを捕らえていた。可愛い、と呟いたのはその花びらのことなのか、花びらをつけていた俺のことなのか。意図を問おうと首を傾げるが、くるくると指先でそれを遊び、自身の鼻に近づけ香りを楽しんでいる。

誤魔化された。それが分かってわざとらしく不機嫌な表情をすると、彼女は薄い唇に手を添えてくすくすと笑う。

なんだなんだ、すごい可愛い。無防備すぎるだろ。


「殿下の方が」


そっと小さな手から白い花びらを取り、薄い空色の髪に添える。既にいくつか花で彩られているが、一段と映える橙色の木花の傍に指した。昼は見なかった甘い香りが特徴の橙色の木花は、夜の準備をした際に追加で飾ったのだろう。つい先日、魔物をクラウディア殿下が襲った庭園に咲いていた花と同じものだ。


「ありがとうございます」


白い花びらの位置を整えるとクラウディア殿下の顔がほころぶ。漂ってきた甘い香りと屈託のない笑み誘われるままに、そっと頭を撫でると彼女はうっとりと大きな瞳を閉じた。

きらきらと噴水の水が月明かりに反射して、透明な白い肌が所々銀色に瞬く。頭を撫でた手でそのまま頬に合わせると、指先に触れた小さな耳が熱を持っていた。


「ディ」


耳を指で掠めて、低く呼んだ。びくりと小さな背筋が反応する。それに可愛い、と先程のお返しに耳元で囁くとそのままの形で体が固まってしまった。はくはくと口が何度か動いてから何かを覚悟したようにしっかりと結ばれ、少しだけ顎が上を向く。噴水の淵についていた小さな手が、俺の膝の上に乗った。

彼女の意図が分かって、俺は心が躍った。


あの時もそうだった。月の明かりに照らされ、俺の腕に飛び込んできた小さな聖女。ずっと探し求めていたようで、でも触れた感触は初めて味わう感覚で。彼女の甘い香りが、小さな身体が、鈴の様な声が、大きな蜂蜜色の瞳がどこか懐かしく、体の奥底から歓喜が湧き上がってくる。


「チェー、ザレ、、様」


薄い唇が俺の名前を呼んだ。甘い香りが強くなってくらくらと頭が霞み、白い頬を指でなぞり、俺は自分の顔を傾けた。

ここに口付けたらどうなるんだろうか。


-人間は脆い-


聞き覚えのある声が頭の奥で響いた。その言葉に俺はぴくりと体が固まった。


ふわりとどこからともなく吹いてきた風がクラウディア殿下の髪を舞わせ、俺の頬に触れる。その感触がくすぐったくて閉じかけた目を開けた。視界に入ってきたのは俺からの口づけを待つ清らかな小さな聖女。


俺はこの小さな体を壊さずにいられるだろうか。


また、風が俺たちを包んだ。その風が少し強めなのに気付き、途端俺は思い出した。違う、2人きりではない。カーリンが遠からずもこの場が見える公城のテラスにいる。あいつをテラスに誘ったのは間違いだったな。


俺は唇から顔を遠ざけ、そっと閉じられた大きな瞳の上に口付けをした。俺の唇が離れると、驚いたように、でも少し不安そうに蜂蜜色の瞳が俺を見つめた。


「ディは、瞳も甘いな」


頬に触れていた手で小さな両手を包み俺は彼女を見下ろし、到底行動には伴っていないが紳士的に笑みを浮かべた。

よし、よく我慢した、俺。まだその時じゃない。もしこの小さな唇に自分のを重ねるのなら、それは本当に彼女を手に入れた時。そして、誰の目にも触れない場所で、だ。


「チェーザレ様、、、私、、」


「お体が冷えてしまいます、そろそろ戻りましょう」


「ぁっ」


今度こそ自分の上着をかけようと釦に手をかけると、それをクラウディア殿下の手が止めた。半端な状態で固まった姿勢に、俺は何事かとクラウディア殿下を見つめる。彼女の瞳は先ほどの不安と共に、ほんの少しだけ後悔の色を宿していた。


「私、、私はっ、、」


「殿下?」


途切れ途切れに漏れる言葉に合わせて、もう一方の手が俺の服を掴む。縋るように体を寄せてくる彼女からより強く甘い香りが漂ってきた。


「私はっ、、魅力が、ありませんか、、?」


泣きそうなクラウディア殿下の言葉に俺は息を飲んだ。縋りつくように俺の服の皺を深めた小さな手は、震えていた。

服を掴む両手を少しだけ強く包み込み、額を重ねると、ついに大きな瞳から涙が零れた。閉じた視界のすぐ先で、彼女がすすり泣く声と謝罪が聞こえる。


-私はそんなに魅力はありませんか-


今度は見知らぬ声が頭の中で話しかけてきた。震える殿下の声とそれが重なり、俺は大きく息を吐いた。


一体、なんなんだ。殿下の様子もおかしいし、喉の奥をなぞるような甘い香りも、ひどく理性をかき乱してくる。


ーいっそ喰ろうてしまえばー


また深い声が頭に響いた。喰らう。誰をだ。殿下か。衝動に任せて行動すれば、きっと彼女を不幸にする。皇女で聖女でもある彼女も、俺の前だけで甘える一人の女性としての彼女も、どちらも。


「チェっ、、ザ、レ、、」


そんな声で俺の名前を呼ばないでくれ。頼むから。


「ディ、、、」


大切に、したいんだ。



ぼろぼろと彼女の涙が俺に手に落ちてくる。

額を離し、零れる涙を指で拭う。それでも涙は次々と溢れてきて止まりそうにない。


どうしたものか。濡れていく自分の大きな手を見ながら俺は困惑した。この手で色々なことを熟してきた。悪党も簡単に倒せたし、反抗的で屈強な騎士たちも抑えてきた。魔物だって一振りで倒せるのに、涙の止め方をこの手は知らない。

情けないものだな。


「ごめん」













小さく謝罪を口にした瞬間、突然大気が動く気配がした。明らかに自然の風とは違う何かが、木々を鳴らしこちらに近づいてくる。


「殿下!」


「きゃっ」


すぐに俺はクラウディア殿下の体を抱え込み、近付いてくる気配の方の見る。今剣は持っていない。迎え撃つとしたら己の体のみ。空けた左腕をどうとでも動かせるように、神経を張り巡らせる。

視界の中に入るのは木と枝とその間に咲く花。何か生き物がいる様子はないのに、それらが大きく唸り、空へと舞い上がっていく。


「っ」


一際大きな風が俺たちを襲う。腕で庇うも一瞬霞んだ視界を直ぐに回復させ、俺はその元を睨み付ける。視線の先には、紅い光。

あれは。


「カーリン、か」


テラスの上から左手をこちらに向け、にやりと口元を上げている。強い魔力で黒髪が舞い上がり、月明かりで紅い瞳を強く光らせ、真っ直ぐにこちらを見つめていた。

何してるんだ、あいつ。ここには俺だけじゃなくてクラウディア殿下もいるんだぞ。


「わぁ」


カーリンの行動に怒りを覚えていると、腕の中から声があがった。今度は何が起こったのだとクラウディア殿下の様子を見ると、彼女は俺の上着にしがみつきながらも大きな瞳をさらに大きく見開いて上を見上げている。


「チェーザレ様、見て」


小さな手が空を差す。視線をその先に移すと、一面に光り輝くなにが俺たちを包み込んでいる。その一つにクラウディア殿下が触れると、一瞬で溶けて消える。雪の結晶だ。

クラウディア殿下を片腕に抱えながらぐるりと周りを見渡すと、そこは幻想的な景色が広がっていた。雪の結晶がひらひらと宙を舞い、その間を縫うように小さな炎がくるくると舞っている。時折白い花びらの上を飛び回るように炎が跳ね、その拍子に甘い香りが強く主張する。橙色の木花とは少し違う、初夏に似合う爽やかだけど濃厚な香りだった。

橙色の花に負けじと白い花びらが空色の髪に落ち、飾っていく。その一つを手に取ってクラウディア殿下は香りを嗅ぎ口元を緩ませた。俺が髪に付けてきた花と同じ花びらだ。


「良い香りです」


「、、えぇ」


「とても、素敵です」


「、、、はい」


まだ涙の跡は残っているが、蜂蜜色の瞳は笑みを作っていた。

あぁ、やられた。よりによって、カーリンに。

悔しいような、有り難いような。少し後者の感情が大きい。今回は功績としておこう。感謝を込めて俺はカーリンへと視線を送った。それに彼女も気づいたようだ。


というか、よくよく見るとあいつベンチの上に立ってないか。横に見えるのはヴィットーレとロレンツォ。

ったく。俺の親友2人の前とはいえ、素を出すの早すぎだろ。ほんとに聖女のつもりか、あいつ。


「チェーザレ様」


腕の中の小さな方の聖女が小さく俺の名を呼んだ。抱き上げたままの彼女を落とさないようにと抱き直し、俺は短く応えた。


「私、欲張りでした。昼間我儘を聞いてくださったばかりなのに」


「そんなことは」


俺が言葉を続ける前に、クラウディア殿下はその手に捕らえていた白い花びらを俺の唇に押し当ててくる。


「これだけで、、、私はとても幸せです」


唇に触れた白い花びらが滑らかなビロードのように滑らかで、少し冷たい。花びらの甘い香りと彼女の香りが混じってひどく酔いそうだったが、すぐ目の前にある聖女の笑みが理性を冴えさせる。ついさっきまでのすさんだ心が、小さな聖女のおかげでどこかに行ってしまったようだ。


-私は、この瞬間が一番幸福なのです-


また頭の中で見知らぬ声が俺に語り掛けてくる。さっきよりも少し、擦れた声だ。

なんだろ、俺、疲れてるのか。


声を無視し、殿下に俺も、と囁いてから、そっと大きな蜂蜜色の瞳にもう一度、唇を落とした。

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